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  • 太陽ヨットレース

    2012/01/26

    ひどい話

    第一回太陽ヨットレースは熾烈を極めた。


    光が鏡に当たって反射すると、鏡に圧力が加わる。
    これを光圧と呼ぶ。

    太陽ヨットは、太陽からの光圧を推力源とする宇宙船のこと。
    誤解されることが多いが、太陽風で飛ばされるわけではない。

    太陽風は、太陽から吹き出す電気を帯びた気体の風だが 
    推進力として使えるほどエネルギーはないのだ。


    近年、極めて軽量かつ極めて広い面積を保持できる薄膜鏡 
    および極めて高性能な薄膜太陽電池が開発された。

    イオンの電荷を利用して加速するイオンエンジンとの併用により 
    宇宙空間における推進・姿勢制御が実用可能となった。

    ただし、重量オーバーとなるのため、人は乗せられない。
    プログラムとリモコン制御による無人宇宙船である。


    コースに関して、途中経路の選択は自由。

    地球の衛星軌道上にある宇宙ステーション近くのスタート地点から 
    火星の衛星軌道上にある宇宙ステーション近くのゴールまで。


    レースは、3隻の太陽ヨットによって競われた。
    出場は5隻だったが、うち2隻はスタートさえできず棄権した。


    レース中、たとえ先頭に立つことができても 
    そのまま優位を維持することはできない。

    後続のヨットが太陽との間に割り込んで影を落とす作戦を採れば 
    いくら進路変更を繰り返しても引き離すことは無理なのだ。

    また、それが3隻なので、ゲーム理論として駆け引きが難しい。


    ・・・・というわけで 
    第一回太陽ヨットレースは熾烈を極めた。

    ただし、レース結果は誰も知らない。


    こんな太陽ヨットレースを先進国が宇宙でやってる間に 
    世界最終戦争が地球上で勃発したからである。
     

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  • 諦めなさい

    2012/01/25

    ひどい話

    私はピコモラゲを抱えて審査会場に向かった。

    準備に三年、制作に丸一年かけた苦心の作である。
    トータルの費用も相当なものになった。

    革新的な発想、大胆かつ精緻な構造、有益性と娯楽性、
    あらゆる観点において歴史的な大傑作。

    自惚れても当然であろう。


    審査会場は混雑していた。

    このコンクールは世界中が注目しており 
    年々規模が拡大し、応募者数も急激に増えている。

    しかし、最終的に注目されるのは私に違いない。

    そんなふうに私は希望に燃えたまま作品受付の列に並び 
    書類と一緒にピコモラゲを提出したのだった。

    と、その時、受付担当者が手を滑らせ 
    ピコモラゲが大理石の床に落ちた。


    ・・・・割れてしまった。

    ピコモラゲが真っ二つに割れてしまった。


    「ああ。これは駄目ですね。審査基準を満たしません。
     こんなに簡単に破損してしまうようでは」

    受付担当者は割れたピコモラゲを床から拾い上げ 
    それを私の目の前に差し出した。

    「残念ですが、受理できません」


    私は笑った。

    なんで笑えたのか、私にもわからないが 
    広い審査会場が私の笑い声で溢れんばかりになった。

    この笑い声で、他の応募作品も全部 
    なにもかも世界中が壊れてしまえばいいのに。

    私は割れたピコモラゲをぴったり重ね合せ 
    非常用の緊急作動スイッチを押した。

    もしピコモラゲの機能がまだ壊れていないとしたら 
    きっと私の人格が壊れてしまったのだろう。

    それは決して押してはならないスイッチのはずなのだから。
     

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  • 歴史介入者

    2012/01/24

    ひどい話

    産院で息子が生まれた、
    と喜んでいたら、歴史介入者が現れた。

    「この子は将来において、恐るべき犯罪者になります。
     大人になる前に粛清せねばなりません」

    政府発行の身分証明書を提示しながら説明するのだった。


    タイムトンネルを通って未来から来たのだ、
    と歴史介入者は言う。

    時間移動のための大型設備が完成した、
    という最新ニュースは、俺も聞いて知っていた。

    その結果が、これか。


    あまりのことに信じられず、呆然としていると、

    「待つのだ。その子を殺してはならない」
    新たな歴史介入者が現れた。

    「その子が大人になって殺した青年の一人が、未来において
     とんでもなく極悪非道な犯罪者になってしまったのだ」


    さらに俺が呆然としていると、

    「いやいや。待て待て。やっぱり殺すべきだったのだ」
    さらに新しい歴史介入者が現れた。

    「最新の未来においては、あまりにも平和が続いたために
     人口爆発が起こり、絶望的な惨状を呈しておるのだ」


    呆れ果てた俺の目の前で
    それぞれ歴史の異なる三人の歴史介入者が口論を始める。

    そのうち取っ組み合いの喧嘩をやり出した。


    さすがに腹が立ってきた。

    俺は護身用の銃を引き抜くと、
    彼らに向け、怒りを込めて全弾撃ちまくった。


    「ふん。現在における正当防衛さ」

    どうせ未来がなんとかしてくれるだろうよ。
     

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  • 不釣合いな夢

    2012/01/21

    ひどい話

    一個のタイヤだけで一軒の家くらいもあるような 
    大きな大きな大型トラックには、夢がありました。

    (ああ。小さなオートバイの姿になって
     好きなところを自由奔放に走りまわりたいな)

    大型トラックはあんまり図体が大き過ぎたので 
    石灰岩の採掘場から外に出ることができなかったのです。

    ある日、一台のオートバイに乗って 
    乗り物の神様が大型トラックのところにやってきました。

    「大型トラックよ。おまえの夢を叶えてやろう」

    大型トラックは大喜び。
    「本当ですか? ぼく、オートバイになれるんですか?」

    「なに、簡単さ。魂を入れ替えるだけよ。
     ちょっとしたタイヤの交換のようなものさ」

    乗り物の神様はオートバイのアクセルをふかしました。

    「こいつ、大型トラックになりたいんだとよ。
     おまえはこいつになり、こいつはおまえになる」

    「そいつは素敵ですね!」

    商談成立です。

    乗り物の神様はオートバイに乗ったまま 
    大型トラックの車体に触れました。

    「さあ。おれの体の中を通って反対側に移れ!」
    乗り物の神様の中を高圧電流のようなものが流れました。

    さて、それからどうなったのかというと・・・・

    オートバイは新しい体に慣れなくて、走り出した途端 
    乗り物の神様を乗せたまま転んでしまいました。

    大型トラックも新しい体に慣れなくて 
    急に猛スピードで走り出してしまいました。

    そして、その一軒の家くらいもある大きなタイヤで 
    転んだオートバイと乗り物の神様を轢いてしまいました。

    さらに大型トラックは、ブレーキ操作がわからなくて 
    そのまま滅茶苦茶に石灰岩採掘場を走り続け 
    とうとう採掘口の巨大な穴の崖から落ちてしまいました。

    ・・・・やれやれ。

    こういうこともあるから 
    乗り物には十分に気をつけないといけませんね。
     

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  • 騒がしい

    2012/01/17

    ひどい話

    目を覚ましたら真夜中で、窓の外が騒がしい。

    「殺されるよー!
     誰か助けてよー!」

    そんな老女の叫び声がする。

    またか、と思う。

    どこの家か特定できないが 
    この近所の家では喧嘩が絶えない。

    ときどき物騒な怒声が聞こえる。
    たまに物の壊れる音もする。

    印象としては 
    中年の息子とその老母ではなかろうか。

    (ああ、家庭とはいやなものだ。
     望まぬ同居はいやだ。貧乏はいやだ)

    そんな心の声がする。

    きれい事をいくら言ったって 
    実際にきれいになるわけじゃない。

    (殺されればいいんじゃないの。
     他人に頼るな。近所迷惑なんだよ!)

    そう言いたくもなる。

    実際問題として 
    垂れ流しの優しさなんざ、やってられない。
     

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  • やさしいゾウ

    2012/01/14

    ひどい話

    一頭のゾウが歩いていた。

    歩きながら足もとを見下ろしたゾウは 
    アリが地面にいるのに気づいた。

    (アリを踏んだら、かわいそう)
    やさしいゾウは足の下ろす位置を変えることにした。

    すると、そこにカタツムリがいるのに気づいた。
    (カタツムリを踏んだら、かわいそう)

    ゾウはさらに足を下ろす位置を変えた。

    ところが、そこにはネズミがいた。
    (ネズミを踏んだら、かわいそう)

    ゾウは足を下ろす位置をもっと変えなければならなかった。

    そのため、ゾウはからだのバランスを崩し 
    ひっくり返るように倒れてしまった。

    地面にいたアリとカタツムリとネズミを下敷きにして。
     

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    • Tome館長

      2013/02/25 15:10

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2013/01/13 15:55

      「さとる文庫 2号館」もぐらさんが朗読してくださいました!

  • さわやかな目覚め

    2011/12/30

    ひどい話

    長い長いコールドスリープから目覚めると
    人類は絶滅していた。


    「あなたが現存する最後の人間です」

    自動制御の介護ロボットが親切に教えてくれた。


    空気は悪くない。
    出された食事にも不満はない。

    「どうして絶滅したんだ?」
    「種の寿命だそうです」

    老衰のようなものか。


    「おれは不治の病だったはずだが」
    「凍ったまま眠っているうちに自然治癒してしまいました」

    なるほど。
    そういうこともあるかもしれない。


    「この建物の外に出たいのだが」
    「出ると死にます」

    「外を見るだけでもいいのだが」
    「見ると死にたくなります」

    なるほど。
    すべて予測可能というわけか。

    「でも見たいな」
    「それでは」

    ロボットが指示を出したのだろう。
    窓に相当する壁の大型スクリーンが開いた。


    なるほど。
    ロボットは正しい。

    おれは死にたくなった。
     

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  • ガラスの宮殿

    2011/12/29

    ひどい話

    ガラスの宮殿のお姫様から使者がやってまいりました。

    「レンガの宮殿の王子様へ申し上げます。

     今宵、ガラスの宮殿で行われます舞踏会に
     ぜひともお越しくださいませ」


    レンガの宮殿の王子様は使者に言われました。

    「それはそれは、大変に名誉なお話でございます。
     と、お姫様には伝えていただこう。

     ただし、ガラスの宮殿は大変に美しいが
     また大変に壊れやすいとも聞いている。

     残念ながらそちらへ参るわけにはいかないので
     よろしく伝えておいてくれ」


    ガラスの宮殿の使者は困ってしまいました。

    「今のお話、そのままお伝えするわけには・・・・・・」


    レンガの宮殿の王子様はおっしゃいました。

    「ありのままのことをそのまま伝えて壊れるような宮殿なら
     いっそ一度壊れてしまえば良いのではないかな」


    ガラスの宮殿の使者はすごすごと引き下がりました、

    とさ。



    ガラガラ、ガッシャーン!

    はい、おしまい。
     

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  • 異常事態

    2011/12/26

    ひどい話

    けたたましく警報が鳴った。

    続いて、自動アナウンスの声。
    「この宇宙船は、まもなく爆発します。脱出してください」


    避難ボートの乗船ゲートに殺到する船員たち。

    「性別不問。若い順に乗れ!」
    船長の怒鳴り声がする。


    避難ボートの定員は乗船者の半数にも満たない。

    最古参のおれは脱出を諦めた。

    「どうしたんだ?」
    「わかりません」

    誰も事態を把握していないらしい。


    通路を走り、操縦室に入る。
    誰もいない。

    管理パネルを見る。

    「抜き打ち避難訓練、作動中」
    そのように表示されている。


    なんだこれは?
    なにも聞いてないぞ。

    抜き打ちだから事前に聞いていないとしても、
    避難訓練を抜き打ちにするとも事前に聞いてはいない。


    しかし当然、船長は知っているはずだ。


    操縦室を出て、通路を戻る。

    悲鳴や怒声が聞こえる。
    乗船ゲートは悲惨なことになっていた。

    殴り合いの喧嘩が始まっていた。

    船長は床に倒れている。
    その床は血だまりになっていた。


    「おい。やめろ!」
    おれは怒鳴った。

    誰も聞いていない。


    その時、チャイムが鳴った。

    続いて、自動アナウンスの声。
    「避難訓練、終了。避難訓練、終了」
     

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    • Tome館長

      2012/02/06 01:10

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2012/01/06 22:26

      「ゆっくり生きる」haruさんが動画にしてくださいました!

  • ほのかな希望

    2011/12/24

    ひどい話

    ついに限界に達してしまった。
    とうとう万策尽きてしまった。

    エネルギーも食糧も 
    供給が需要に追いつかなくなった。

    掘れる地下資源は掘り尽くし 
    使えるエネルギーは使い尽くしている。

    喰える食糧も喰い尽くし 
    すでに人肉まで食べ始めている。


    「ねえ、ママ」
    「なに?」

    「おじいちゃん、食べていい?」
    「あら、ダメよ」

    「どうして?」
    「だって、まだ生きてるじゃない」

    「おなかへったよ」
    「おばあちゃんの肉は?」

    「もう残ってない」
    「しょうがないわね」

    「ボク、死にそう」
    「それじゃ、頼んでみなさい」

    「うん」

    そんな会話がここまで聞こえる。

    ほとんど目は見えず、まともに歩けなくなったが 
    なぜか耳だけは遠くならない。

    わしは手探りして 
    麻酔薬の注射セットを引き寄せた。

    やれやれ 
    これを使う日がとうとう来たか。

    わしはため息をつき 
    肉の薄いふくらはぎを撫でた。
     

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