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2008/11/08
泥と呼ばれ
泥のような暮らしを続ける
その女は 今
泥の床にすわり
泥の床になみだする
暗い部屋の入口
樹のように痩せた男は
なすすべもなく
樹のように立ちつくし
樹のように見下ろすばかり
時の屍
鐘の音さえ届かず
永遠に救われぬ
ふたつの影
泥はさびしく
樹はかなしい
2008/11/01
視界の下半分に大空が広がり、
私は雲ひとつない青い空を歩いている。
視界の上半分を大地が覆い、
私の頭上、逆さまになって浮いている。
遠い山があり、近くには家もある。
近くといっても、とても高い。
いくら飛び跳ねても手は届かない。
あんなに高くて、しかも逆さま。
もう家には帰れそうにない。
山羊も川の水も落ちてはこない。
つまらない期待などしない方がいい。
立ち止まって、私はひざまずく。
そっと両手を足もとに伸ばしてみる。
いかにも空の手ざわりがする。
2008/10/31
縛られ、倉庫の床に転がされている。
コンクリートの床の冷たさとかたさは
ああ、拉致されているんだなあ
という感慨で私の胸を一杯にさせる。
肩から足首まで焼き豚のように縛られ
さらに両手に手錠までかけられていながら
猿ぐつわを口にはめられていないのは
ここが、大声で救いを求めたとしても
救助される見込みのない僻地であることを
露骨に暗示している、ように思われる。
見張りはいない。私ひとりきりだ。
見上げると、倉庫の高い天井に
一匹のコウモリがぶら下がっている。
まさかあれが見張りとは思えない。
ときおり遠い汽笛のような音がするのは
窓の隙間から風が入るためだろう。
曇りガラスなので屋外の景色は見えない。
なんとかすれば立ち上がれそうだが
なんとなく立ち上がる意欲が湧かない。
縛られ、倉庫の床に転がされているのも
そんなに悪くない、ような気がする。
2008/10/24
鏡も見ず
麻痺した触覚を頼りに
そおっと指先でつまんで
べりべりべりべりべりべりと
はがした唇の干からびた皮を
どこに捨てようか
考えてない
痛みを伴い
錆びついた血の味を
ぬらりと舌先に感じ
ぺろぺろぺろぺろぺろぺろと
濡れはじめる唇のひび割れを
見せつけようとして
誰もいない
2008/10/21
異臭漂う危険な丘の上では
ドラム缶から黄色い液が流れ
錆びたボルト草にナットの花が咲く
六本足のネズミが笑っている横では
病気持ちの浮浪者が眠っている
潰れた車体から白い足をはみ出して
いかれた歌を口ずさんでいるのは
家を出たばかりの家出少女
なんだか あたし
猫に蹴られて 死にたいな
とっても あたし
猫に蹴られて 死にたいな
2008/10/19
昔、この沼に一匹の亀がいた。
沼から出たことのない臆病な亀は
頭さえ滅多に甲羅から出さなかった。
蛇が首に巻きついたことがあって以来
首を伸ばすことができなくなったのだ。
ほとんど動かないため
亀の甲羅に苔が生えてきた。
茸が生え、
やがて草まで生えてきた。
緑に覆われ、
甲羅の下から根が伸び、
ついには水面に浮かぶようになった。
そして、そのまま
風に吹かれて漂うのだった。
ここが亀沼と呼ばれ、
浮き島があるのは
つまり
そういうわけなのだ。
2008/10/15
わたしはおもちゃ
遊んでもらうためにつくられた
わたしを使ってたのしんで
なんでもいいの
どうでもいいの
見つめられたらほほえむわ
さわられたら感じちゃう
こわれるくらいはげしくね
よろこんでもらえたらうれしいわ
ねえ 教えて
どんなことするの
あんなことするかしら
こんなこともするかしら
そんなことまでするなんて
でもいいの
なんだっていいの
どうだっていいの
飽きられたら
なんにもできない役立たず
おもちゃ箱の暗い底
ほこりにまみれて泣くばかり
2008/10/08
ここは
雨女の通り道
傘も持たずに
通しゃせぬ
濡れたくなけりゃ
早くお帰り
途中で会っても
知らんぷり
目を合わせちゃ
いけないよ
めそめそ泣いても
いけないよ
同情なんか
もってのほか
濡れるのは
雨のせい
通り過ぎるのを
静かにお待ち
寂しいだけさ
雨女
一緒に虹を
見たいだけ
2008/07/29
イグアノドンが森へ帰ってゆく
長いのか短いのか
楽しいのか哀しいのか
よくわからない一日を終えて
イグアノドンが森へ帰ってゆく
夕暮れの赤い空が
その大きすぎる背中を
小さなシルエットに変えて
イグアノドンが森へ帰ってゆく
2008/07/13
ある風の強い日に
誰か
玄関のドアを
ノックする。
「どなたでしょう?」
返事がない。
ドアを開けても
誰もいない。
ただ風が
髪をゆらすだけ。