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2011/09/12
ある山の麓に森があって、
滅多にないことだが
お山の方角から風が吹くと、
美しい笛の音が聞こえる。
それゆえ村の者は、その森を
「笛吹きの森」と呼ぶ。
笛の音が聞こえたからといって、
べつになにか恐ろしいことや
めでたいことが起こるわけでもないが、
そのままなにもしないというのも
なんとなく申し訳ないような気がして、
村の者は、皆きょろきょろして、
棒を見つければ
それで石ころを叩き、
箸を持っていれば
それで茶碗を叩き、
それぞれ適当に
笛の音に合わせて拍子をとる。
まったくもって
人が好いというか、なんというか。
2011/08/25
「もしもし、きこえますか?」
「もしもし、きこえますよ」
幼い兄弟が糸電話で遊んでいる。
「いま、なにしてますか?」
「でんわでおしゃべりしてます」
「それはえらいですね」
「どういたしまして」
たわいない会話である。
「そちらはどこにいますか?」
「こちらはここにいます」
「こちらもここにいますよ」
「それはえらいですね」
「奥さん。旦那には内緒だぜ」
「なんですか、これは?」
「なんですかね、これは?」
「へんなこえでしたね」
「いやらしいこえでしたね」
「たぶん、こんせんですね」
「それはえらいですね」
2011/08/05
エレクトロニクスの進歩はすさまじい。
なんと最新式の電子秤は
微妙な感情の重さまで量れるという。
「おれたち、別れる時期を逃しちゃったな」
いやがるようなことばかり言って、
恋人から溜息を吐き出させることに成功した。
出たばかりのそれを
さっと専用のポリ袋に入れて、
その口をくるっと結ぶ。
そして、そのまま
その恋人の溜息なるものを
電子秤にかけてみた。
表示は「35.7g」
う〜ん、微妙。
2011/04/02
ある日、学校からの帰り道が大きく曲がって
お花畑の中を通り抜けるみたいになっていた。
「わあ。これじゃ、まるで遠足だね」
タカちゃんが嬉しそうに言った。
「でも、家に帰れるのかな」
トシちゃんは心配そうに言った。
「だって、他に道はないもん」
わたしは普通に言った。
それから、みんなでワイワイおしゃべりしながら歩いた。
途中、変なおじさんが声かけてきたけど
「あっ、変なおじさんだ!」
って、タカちゃんが叫んだら、逃げちゃった。
本当に変なおじさん。
きれいな色違いの花があたり一面いっぱい咲いていて
帰り道がいつもよりずっと楽しかった。
そして、とても不思議なんだけど
みんなでふざけているうちに、気がついたら
わたしの家の前までついていた。
「みなさん、おうちにつくまでが遠足です。
気をつけて帰りましょう」
校長先生がおっしゃっていたのはこのことだったんだな
と私は思った。
なにを気をつけなければいけないのか
まだよくわかんないんだけどね。
2011/02/14
見知らぬ町で女の子を拾った。
もちろん、見知らぬ女の子だった。
「拾ってくれて、ありがとう」
知らんぷりするには、もったいない笑顔だった。
「なんでまた、こんなとこに落ちてたのかね?」
「あたし、捨てられたの」
「誰に?」
「いろんな人に」
なるほど、ありそうな話だ。
「さて、どうしようかな」
「どうするの?」
「とりあえず交番に届けようか」
すると、彼女は顔をそむけ、しゃがんで泣き始めた。
「ひどい、ひどい、ひどい、・・・・・・」
髪飾りの花が小刻みに揺れた。
きれいな花だが、やはり見知らぬ花だった。
「でもね、落しものは交番に届けないと」
「おじさん、あたしがきらい?」
「いや、そんなことはないが・・・・・・」
むしろ好みかもしれない。
できれば持ち帰りたいくらいだ。
「とにかく立ちなさい」
手を差し出すと、彼女は素直に立ち上がった。
「さて、どうしたものかな」
「交番に行くんでしょ?」
「そうなんだけどね、
どこに交番あるか知らないんだよ」
すると、彼女は微笑み、手を引っ張った。
「あたし、知ってるよ」
そして、見知らぬ通りを一緒に歩き始めた。
「ところで、おじさんの名前は?」
なんだか拾ったのではなく、
拾われたような気がしてきた。
2009/02/28
と言っても
おもちゃの暴走族。
仲間とミニチュアのバイクを操って
深夜に段ボールの国道を暴走するのだ。
集団は左右にわかれ
暴れまわる。
「やっちまえ! 蹴散らせ!」
「ふざけるな! ぶっ殺せ!」
狭い室内は修羅場と化す。
割り箸の角材、ストローの鉄パイプ。
あたりに飛び散る赤いトマトジュース。
ついにパトカーと白バイが現われる。
逃げ惑う秩序なきバイクの群。
「あんたたち、いいかげんにしなさい!」
この家の女主人が怒り狂う。
子どもの邪魔をするのはいつも大人だ。
夜が明けると、集会は散開。
みんな、それぞれの家に帰ってゆく。
ひとり、この家の子だけ残される。
背中を丸めてうずくまる少年の
そのさびしそうな横顔。
2009/02/25
影はなんでも知っている。
ひっそり隠れた耳たぶ。
観察する切れ長の目。
ほくそ笑む薄い唇。
影を葬ることは誰にもできない。
昼間どんなに明るくても
影は皮膚の内側にも潜むから。
「ほら、影を踏んだぞ!」
息を切らして男の子が叫ぶ。
「嘘よ。踏まれてないわ」
負けずぎらいな女の子が逃げる。
けれど、男の子の靴の下で
千切れた影がのたうっている。
その影を男の子が責める。
「あの子の秘密を言え!」
そう。
影はなんでも知っている。
2009/01/31
「もういいかい」
「まあだだよ」
「もういいかい」
「もういいよ」
「どこだろう」
「どこかしら」
「見つからない」
「どうしたの」
「消えちゃった」
「見つけてよ」
「教えろよ」
「しいらない」
「もう出てこい」
「まあだだよ」
2009/01/15
電車に揺られながら読書していた。
近所の図書館から借りた本。
かつて題名が話題になった小説。
権威ある文学賞も受けている。
夢中になって読んでいたと思う。
その本の見開きに虫がとまった。
蝿でも蚊でもない変な虫だった。
ページの上を六本脚で這う。
地へ下りたり、天へ上ったり。
喉に寄ったり、小口へ迫ったり。
それを見ているとおもしろい。
小さいのによくできている。
主人公の恋人の名を平気で踏む。
ときどき立ち止まったりもする。
この虫も迷っているらしい。
どこかの駅に到着して扉が開く。
扉に近づき、虫に息を吹きかける。
本の端にしがみついて離れない。
三度目でやっと虫は本から消えた。
扉が閉まり、窓の景色が流れた。
キミノ棲ム世界ハソッチダヨ
2009/01/05
彼女、死んだ真似がとてもうまい。
白目むいて、公園で倒れていたりする。
わざと服装を乱して、下着とか見せて。
または、街路樹の枝で首を吊るとか。
遺書まで用意して、足下に置いたりする。
真に迫っていて、誰でも騙されてしまう。
慌てる人々の反応をこっそり楽しむのだ。
それが彼女の趣味。迷惑この上ない。
町内では知らない人がいないほど有名。
まだ若いけど、彼女は主婦をやってる。
さすがに彼女の家族はもう慣れっこだ。
最近、家で死んだ真似をしなくなった。
「あっ、ママがまた死んでる」
反応が冷たいからだ。
死に甲斐がない。
本当に死んでやろうか、と思ったりする。
だけど、それだけはできないな、と思う。
「あっ、失敗して本当に死んじゃった」
そして、死ぬほど笑われるのだ。