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2011/10/22
そこまで。
それ以上近づくな。
我が肌に触れること許さん。
髪にも爪にも触れさせん。
いや。
切り捨てた毛や爪なら
許そう。
脱いだ下着も
勝手にすればいい。
どうだ?
光栄であるか。
おやおや。
満足できぬか。
我が姿を見ることできるのに。
我が声を聞くことも
匂いを嗅ぐことさえできるのに。
なんだ?
その眼は。
飢えておるな。
唾でも飲むか。
我がものなら
なんでも飲み込むか。
そうかそうか。
よしよし。
しっかり見届けてやる。
我が目の前で
飢えて死ね!
2011/06/10
あのね、タカシくん」
「なーに? 先生」
「タカシくん、この問題とける?」
「えーと、ちょっと待って」
「待つわよ、タカシくん」
「うーん。難しいな」
「がんばってね、タカシくん」
「もしかして、反転するのかな」
「タカシくん、いけないわ」
「だって、ここが交点だもん」
「でもね、タカシくん。そこは」
「わかった! 角をニ等分するんだ」
「タカシくん、すごいわ」
「それから、この分母を求めて」
「そうよ。そこよ、タカシくん」
「エックスに代入すればいいんだ」
「すてき。すてきよ、タカシくん」
「どう? 先生」
「すごい、すごいわ。タカシくん」
「先生」
「タカシくん」
「先生!」
「あら、どうしたの? タカシくん」
「先生こそ、どうしたの?」
「なんでもなくてよ、タカシくん」
「先生、いつも僕の名を呼ぶんだね」
「いけないかしら、タカシくん」
「ううん。僕、うれしいけど」
「先生もよ、タカシくん」
2009/02/02
桑畑の真ん中で教師に見つかってしまった。
「なにしてるの? こんなところで」
「別になにもしていません」
「あら、隠さなくてもいいじゃないの」
「僕だけの秘密なんです」
「だったら、先生も秘密にするわ」
「みんなに話されると困るんです」
「約束するわ。誰にも喋らないと」
「先生の言葉を信じていいのかな」
「神様に誓うわ」
「どこの神様に?」
「ええと、桑畑の神様に」
「・・・・・・」
「生徒が先生を疑うものでなくてよ」
「あの、その、つまり、魚雷を磨いていたんです」
「嘘ばっかり」
「本当です」
「どこにあるのよ」
「ええと、ほら、ここです」
「あら、なかなか立派な魚雷じゃない」
「破壊力は抜群ですよ」
「じつは私もね、駆逐艦を浮かべてるのよ」
「えっ、どこに?」
「ほら、この桑畑の端っこ」
こんな教師を信じた僕が馬鹿だったのだ。
2009/01/25
細長い沼のように見える川が流れ、
その土手に沿って壁がめぐらされている。
壁は一部爆破され、
無残な裂け目ができている。
そこから顔を突き出すと、
草原の疑似地平線を背景として
墓石のように立ち並ぶ団地の群が見える。
これら団地には不特定多数の住民が寄生し、
とりとめのない日常生活が営まれている。
ある専業主婦たる妖艶なる若妻は
おそらく違法であろうライフル銃を所持し、
雀やカラスを撃つのに飽き飽きしている。
そのため彼女は
川沿いの壁の穴から人影が現われるや
その見知らぬ他人の額に照準を合わせる。
ところが、予告なく夫が帰宅した。
ライフル銃を電気掃除機に改造すると
若妻は急いでトイレに隠れ、
ひっそり静かに用を足す。
疲れた夫が家に分け入る。
夫が洋服ダンスの扉を開けると
なぜか中に下着姿のセールスマンがいる。
男は単に隠れているばかりでなく、
汗まみれでラーメンの汁さえすすっている。
「いやあ、ご主人。
まったく、ここは暑いですねえ」
ご主人たる夫は目を宙に浮かせ、
ぼんやり考え事を始める。
2009/01/16
わたし、プールに飛び込んだら
からだが水に溶けちゃった。
一瞬のできごと。
きっと消毒薬が強すぎたんだ。
それとも水瓶座生まれだから?
あら、そうだっけ?
ああ、よくわかんない。
脳も一緒に溶けちゃったのね。
ゆらゆら水面に浮かぶのは
わたしの花柄のピンクの水着。
男の子が見つけてしまった。
ああ、あんなに喜んでる。
なんかとっても恥ずかしい。
水が赤くなったりしないかしら。
あら、あら、いやだ。
わたしの中で勝手に泳がないで。
バタフライなんて気色悪い。
潜水なんか冗談じゃないわ。
泳いでいいのはあなたとあなた。
他の人たちは早く出なさい。
まあ、この子ったら。
おしっこだけは勘弁してよ。
2008/12/30
靴音が信じられないくらい大きく響く。
街灯もまばらな暗く寂しい新月の夜道。
若い娘がひとり通るには危険な場所だった。
角を曲がったところで抱きしめられた。
闇に隠れ、待ち伏せていたのだ。
悲鳴をあげる暇も与えられなかった。
脇腹に潜り込む指先、その素早さ。
その鋭く絶妙な動作、耐え難かった。
死ぬかと思った。
死ぬほど笑わされた。
どうしても笑わずにいられなかった。
さらに邪悪な指先が脇の下を襲う。
「だ、だめ。そこは」
息が苦しい。
笑いすぎて咳き込む。
横隔膜が痙攣しているのがわかった。
靴を脱がされ、足の裏もやられた。
「ひい、やめて」
よだれが垂れて、スカートが汚れた。
涙で、すべての世界が歪んで見えた。
「助けて。だ、誰か」
だけど、誰も助けてくれないだろう。
悪ふざけと思われてしまうに違いない。
こんなにはしたなく笑っているのだから。
悩ましい指先の群が首筋を這ってきた。
まさに笑ってる場合ではなかった。
だんだん意識が遠のいてゆくのだった。
2008/12/11
世界中から集めた美女が千人。
姿かたちが美しいの、表情が豊かなの、
愛嬌があるの、気品があるの、麗しいの、
賢いの、愚かしいの、アートなの、
幼いの、純情なの、生意気なの、
年増なの、艶かしいの、変態なの、
悪女なの、どうにも手がつけられないの、
歌手なの、女優なの、ダンサーなの、
女学生なの、ナースなの、女教師なの、
巫女なの、尼なの、未亡人なの、
酔ってるの、狂ってるの、サイボーグなの、
獣なの、妖精なの、幽霊なの、妖怪なの、
原始人なの、異星人なの、異次元人なの、
仙女なの、天女なの、女神なの、
もうなにがなんだかわからないの・・・・・・
ありとあらゆる美女を集めた。
それが私の夢のハーレム。
当然、このハーレムの主は私だが、
私は怖くては入れない。
2008/12/04
茂みをかき分けかき分け、
奥へ奥へと進んでゆく。
あたりはひっそり
静まり返っている。
山鳥のさえずりさえ
聞こえない。
草と木と土の匂い。
ひどい汗。
不意打ちのように茂みが途切れ、
目の前に小さな沼が現われる。
ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ
なんだろう。
妙な音。
沼の対岸で水を飲む、
それは山猫。
ふと顔を上げ、
こちらを見る。
視線が合う。
その縦長の瞳。
すぐにつまらなそうに目をそらし、
山猫は再び水を飲み始める。
ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ
小さな舌が
水面に波紋を作る。
それは沼のこちら側まで広がる。
波紋は岸で終わらない。
だから僕の足が
柔らかな地面に沈んでゆく。
2008/11/02
深夜、ひとり居間で
その家の娘が脱皮をしていた。
蛍光灯に照らされ、
娘の体は小刻みに震えていた。
白い背中がめりっと縦に裂け、
割れ目から新しい皮膚が覗いている。
娘の脱皮に気づいた父親は
入口の前で立ち尽くしてしまう。
娘は裸のまま泣いているようであった。
折れそうなほど背骨を曲げなければ
古い皮を脱ぐことはできないのだ。
親は娘の脱皮を手助けしてはならない。
それが暗黙の決まりになっていた。
新しい皮膚は血のように赤く生々しく、
見るからに痛々しい感じがするのだった。
娘の自慢の黒髪が汗で濡れ、
悩ましく揺れていた。
かすかに軋む音を耳にして
あわてて娘が振り向く。
「・・・・・・誰?」
いつしか父親は柱にしがみつき、
醜いサナギになっていた。
2008/09/30
バスケットを抱え、家に帰る途中、
森の木陰から吹き矢が飛んできて
少女の白いうなじに刺さった。
あっ、蜂かな。
少女は驚いて片手をあげたけど、
吹き矢に毒が塗ってあったので
そのままの姿勢で倒れてしまった。
大切なバスケットも地面に転がった。
片手をあげたまま倒れたのが
ちょうど受身の形になって
彼女は顔を傷つけずにすんだ。
あれ、おかしいな。
倒れても、少女には意識があった。
そういう種類の毒だったのだ。
森の木陰から少年が現れた。
へへへ。
少年は、倒れた少女は放っておき、
地面に転がったバスケットを拾いあげると
掛けてあった布巾をめくった。
ああ、いや。
少女は泣きたくなった。
おいしいケーキが入っているのに。
生クリームたっぷりのケーキがいくつも。
ケーキを一切れ
少年は食べてみた。
うまかったので
もう一切れ食べてみた。
それから
さらにもう一切れ食べてみた。
げっぷ。
少年はバスケットを投げ捨て
なにやら歌いながら森の奥へ消えた。
日が暮れて、やっと少女は起き上がり、
バスケットの中を覗くのだった。
あーあ、やられちゃった。