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2016/01/07
「とにかく面倒臭がらずに続けることですね。
放っておいたら悪くなるばかりですから」
彼女はたたむのがうまい。
「では、そういうことで」
話も仕事も人も、なんでもたたんでしまう。
かくいう私もすっかりたたまれてしまい
手も足も声も出ない。
それはともかく、彼女の職業は
弁護士であり、医者であり、教師である。
そういう兼業が可能なのかどうか
当然ながら、誰しも疑問に思うところであろう。
ならば直接、彼女に問うてみるがよい。
彼女に説明されたら、誰だって論理的にたたまれてしまい
どうにもこうにも納得するしかないのだから。
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2016/01/06
こじんまりとした白っぽいオフィス。
出入り口付近に置かれたデスクに腰かけ
ぼんやりとしているだけの私がいる。
早朝であろうか、女子社員が数人いて
それぞれなにやら仕事をしている。
コンピュータに向かっていた女子社員が
ううんと背伸びをして
「よし。たまにはゲームをしてやれ」
勤務時間なのに電脳ゲームを始める。
まじめな性格の子だと思っていたが
やはり遊びたがっていたのだなあ。
隠さずおおっぴらにやるところが
いかにも彼女らしい、などと思う。
奥の別室では打ち合わせが行われているらしく
曇りガラスに人影が映っている。
かすかな話し声も聞こえる。
そのドアが開き、女子社員が出てきた。
少し驚いた様子で、私の名を呼ぶ。
「冷蔵庫にアイスクリームが入っているの。
いっぱいあるけど、みんな食べてね」
変な話だとは思ったが、素直にうなずく。
冷蔵庫を開け、冷凍室を覗いてみると
カップに入ったアイスクリームが4個もあった。
その一つのフタを開けてみると
乳白色のバニラで、中央部分がへこんでいる。
ペン先のようなもので突き刺した形で
なんだかいやらしいイメージを連想させる。
それは彼女にもわかっているはず。
私がそれを見てどのように感じるか
その反応を想像して楽しむつもりだろうか。
しかし、彼女に尋ねるわけにもいかない。
彼女だって正直に答えるはずもない。
奥の別室は商品企画の会議中だという。
業者の持ってきたサンプルを見せてもらう。
文具セットなのだが、あちこち抜けていて
ペン1本と消しゴム1個しか残ってない。
これでは参考になりそうもない。
新人であろうか、女子社員が出社したらしく
それらしい気配を背後に感じる。
通り過ぎる彼女を横目で盗み見ながら
私はアイスクリームを食べ続けている。
冷たさも味も、よくわからないまま。
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2015/12/10
我々はグループとして、とある屋外イベントに参加している。
グループ構成員は親しい仲のようでもあり、初めて会うようでもある。
たとえるなら、オフ会みたいなものであろうか。
そのイベントにおいて表彰式があり、我々グループが指名される。
たいした功績とも思えないが、我々は素直に喜ぶ。
ところが、その式典の最中に雨脚が強くなる。
放送システムがあって、避難勧告らしきアナウンスが流れる。
あわてて全員が下山し始める。
すると、そのイベント会場は高台にあったわけだ。
しかし、なにか忘れ物があるような気がしてならない。
私はグループを離れ、少し前までいた場所に戻ろうとする。
迷いはあるものの、向こう側からでも下山できるのではないか。
全員が同じ行動をとることに対する反感も否定できない。
後悔することになるかもしれないが、そうせずにいられない。
いずれにせよ、後悔することになりそうではあるけれど。
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2015/12/08
送別会があり、酒場で盛り上がった。
その帰りに同僚だった女性の家に寄ったところ
カセットテープをプレゼントされた。
帰宅して、ラジカセにセットする。
酔っているせいかボタンを押し間違えて
ラジオの女性アナウンサーが明るく喋り始める。
「明日は雨が降らなかったり
降りもしないくせに降ったフリをするくらいでしょう」
なんだ、これは?
酔っ払いを馬鹿にしとるのか?
しばらくして、やっと誤操作に気づく。
ともかく彼女の歌声は甘酸っぱくて
最後の「女友だち」という曲は特別に気に入った。
羨ましがっているうちに夜が明けて
隣に住んでる奥さんと道を歩いている。
途中、同級生だった女の子の姿が目に入る。
そっと近寄り、肩を叩いて声をかける。
「すごかったね」
ところは、彼女は振り向きもせず
「知りません」
なるほど、背後から見たら別人であった。
あわてて隣の奥さんに言い訳をする。
「知り合いの女の子が歌手デビューしてね、
その子の友だちに似ていたんだ」
すると、背後から遊び仲間の女性が現れ
「それ、ホント?」
いまさら噓とも言えず、うなずくと、別の友だちの話になり
「知ってる? 彼女、結婚するんだって」
彼女に恋人がいることは知っていたので
べつに驚くような話題でもないのに、などと思う。
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2015/12/05
独り暮らしなのだが
目が覚めると余計な家具が増えている。
家の中のどこかに
勝手に家具が増えるのである。
ひどい時など、ちゃんと起きているのに
振り向いたら、そこに見知らぬソファーが置いてあった。
困って警察に連絡したところ
「盗難でなければ対応できませんね」
まあ、そうかもしれない。
しかし、これは犯罪に近いのだ。
大型家具を処分する場合、粗大ゴミ扱いとなるので
貼って出す処理券を近所のコンビニで買わねばならない。
出す日を決めるため、電話をする必要もある。
外に出すのも重くて大変だし、まったく面倒臭い。
そして今朝、とうとう余計な人まで増えてしまった。
「あんた、誰?」
「あんたこそ、誰?」
まるでお話にならない。
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2015/11/26
退院したら、町の様子が変わっていた。
なにやら至るところに行列ができている。
短いのもあるし、長いのもある。
短い行列は、それを行列と呼べるかどうかわからないが
ふたりだけで橋の欄干のところに並んでいたりする。
長い行列は前も後ろも端が見えない。
なにかイベントでもあるのだろうか。
並んでいる老人に尋ねてみた。
「これはなんの行列でしょう?」
老人は笑いながら
「天神様の行列じゃ」
どうも意味がわからない。
ある行列の最後尾にいた女子学生にも尋ねてみた。
「どうして並んでいるの?」
「並んでなんかいないわ」
「でも、いかにも列に並んでいるように見えるけど」
「私の進む方向に勝手に列があるだけよ」
彼女は怒ってしまった。
ますますわからない。
とりあえず、この行列の先頭を調べてみることにした。
自宅に帰る方向でもあったからだ。
事故の後遺症なのか、入院が長かったせいか
ところどころ道路や建物の記憶が抜けている。
歪んだ形の立体が空中に浮かんでいるのを見たりすると
その体積を求めなければいけないような気もしてくる。
やがて行列は乱れ、あちこち落ちてる糞をよけたり、
倒れている女をまたいだりするようになった。
そのうちどこにいるのかわからなくなり、
つまり、どうやら迷子になってしまったらしい。
食事をしていないのに空腹は感じない。
なぜか喉も渇かない。
しかし、不安がよぎる。
もうなんでもいいから
どこかの行列に並びたくなってきた。
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2015/11/17
不思議な現象があるものだ。
僕が「好き」と言うと
君には「きらい」と聞こえるらしい。
調べてみたら、なるほど
そういう聞き違いやすい発音があるのだそうだ。
たとえば、「トッタノカヨ」が「デーアイアイ」に
ある割合で聞こえるという。
または、犬の鳴き声「ワンワン」が
外国では「バウワウ」になったり。
しかし、「好き」と「きらい」はないだろう。
音数だって明らかに違う。
試しに「きらい」と僕が言ってみたら
そのまま「きらい」に聞こえると君は言う。
なんだそれは。
きらわれているだけか。
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2015/11/15
これが夢なのか実体験なのか、不明。
ただ、私のもっとも古い記憶のようなのだ。
まだ赤ん坊の私が這いながら
積み上げられた俵の小山を登っている。
実家の前から続く細い坂道を下って
大きな道にぶつかる丁字路のところ。
前方から黒い小さなバスが現れ
こちらに向かってだんだん大きくなる。
やがてバスは俵のすぐ脇をかすめ
そのまま走り過ぎてゆく。
それだけ。
赤ん坊の私は泣きもしない。
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2015/11/07
突然の夕立ちで町が流されたみたいになった。
ダンス発表会なるもの見物のため、傘さして家を出たが
道路が川みたいになり、途中で断念。
全身びしょ濡れになって帰宅した。
すぐに裸になってシャワーを浴びる。
キッチンペーパーで拭いたり、丸めて中に入れたりして
溺れた靴の脱水を試みる。
財布など、デイパックの中身も濡れてしまったので
部屋のあちらこちらに広げて置いて干す。
翌日、なんとか乾いたようなので片づけ始めたが
なぜかデジカメの予備バッテリーがケースごと見つからない。
変なところに置いたはずはないのだが
心当たりをいくら捜しても見つからない。
やれやれ。
デジカメ越しでなければ舞台が見えなかったり
ほんのちょっと前にしたことの印象が残らなかったり
そろそろ予備の寿命も消えそうだ。
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2015/11/04
土煙の舞う荒野
血の色に染まる夕陽
不毛の大地を這う
ふたつの長い影
ふたりのガンマンは
どちらも名うてのうそつきだった。
どちらがよりうそつきかを競い
これから決闘が始まろうとしていた。
負けた者は死あるのみ。
「おれはうそをついたことがないぞ」
「うそ? なんだそれ?」
判定は相打ち、勝負なし。
攻守を変えて、再試合。
「おまえは本当に正直者だな」
「いやあ、おまえほどじゃないさ」
これも相打ち、勝負なし。
攻守を戻して、決闘は続く。
荒野に沈む夕陽
闇に消える不毛の大地
もともと決闘など
なかったかのように
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