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2016/07/29
いくつものブランコが並んでゆっくり流れてくる。
スキー場にあるリフトの列を連想させる。
ただし、ここはスキー場ではない。
山の斜面はないし、雪もない。
ゆっくり移動するブランコの列を除けば
ありふれた駅前広場である。
どうも状況が呑み込めないものの
他の人たちの作法を見習ってリフトに乗る。
駅前通り商店街の中空を並んでゆっくり運ばれてゆく。
見飽きた風景がいくらか新鮮に感じられる。
なんとなく遊園地へ向かっているような気がする。
そんな洒落た施設が近所にあったためしはないのだが
遊園地がないなら、こんなリフトだってないはず。
そんな屁理屈が通用しそうな気配。
なにしろ、こうして皆とリフトに乗っているだけで
もう気分は遊園地なのだから。
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2016/07/20
クルマに同乗している。
視野いっぱいに道路が映っているので
助手席にでもいるのだろう。
複雑な組み合わせの交差点では
対向車と衝突するのではないかと不安になった。
それにしても運転手とは偉いものだ。
しきりに感心する。
運転手は若き日の親父のようである。
私は玄米おにぎりの話をしていた。
それを持参しているらしい。
やがて、路肩に停車して店に入る。
立ち喰いそば屋のような印象。
親父が言う。
「そのおにぎりを喰わせてくれ」
バッグから取り出してみると
いなりずしと玄米おにぎりが一個ずつ。
喰いかけもあり、それは自分で食べるとして
他はすべて親父に差し出す。
おいしそうに食べてくれる。
店内にいる客の話になり
「まるで野武士のようだな」
確かにそんな顔をしている。
その客に気づかれ斬られてしまうのではないかと
クルマの運転のようにドキドキする。
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2016/07/13
看護婦がいるから病院に違いない。
診療室と言うより手術室のように見える。
なぜか一匹の白い蝶がヒラヒラと
空色の部屋の中を飛んでいる。
その部屋の中央に上半身裸の男が立ち
いかにも粗野な性格を顔と体全体で表現している。
しきりに両腕を曲げて力こぶを作るのは
おそらく鍛え上げた筋肉を自慢したいからであろう。
男の目の前には一台の白いベッドが置かれ
その上には思春期に入ったばかりの少女が横たわっている。
彼女は目を閉じているが眠ってはいない。
その証拠のように肩が震えている。
男はベルトを外し、ズボンを脱ぐ。
毒々しい緑色のビキニの下着姿になる。
毛深い。
思わず目を背けたくなるほどに。
男はベッドから上掛けを乱暴に剥ぎ取る。
「キャッ」と悲鳴をあげる少女。
顔を両手で隠して胎児のように丸くなる。
彼女は兎の絵柄のパジャマを着ている。
それがなぜか膝までずり下がっていたので
紺色のブルマーの着用を男に知られることになる。
天井の隅に設置された監視カメラが動く。
離れた別室で少女の実の父親が監視している。
しかし、彼には手が出せない。
それが暗黙の了解のようになっている。
ビキニ男と娘がなし遂げようとする作業を
歯噛みしながらモニターで監視するしかないのだ。
痛ましいことに、いまさらながら
少女は眠ったふりを続けようとしている。
ビキニ男は爬虫類のように腰をひねる。
薄目にせよ、少女に見てもらいたいのだろう。
それはともかく、この空色の部屋に
場違いな白い蝶が飛んでいる。
ヒラヒラヒラヒラ
いつまでも白痴のように飛んでいる。
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2016/07/03
大きな森の端っこに小さな木の扉があった。
犯罪者の指紋みたいな美しい木目。
呼び鈴はなかった。
おれはノックしてみた。
「どちら様でしょうか?」
かわいらしい声であった。
「狼ですが」
扉の向こうでなにか倒れたような音がした。
「狼ですって?」
「はい。狼です」
扉の向こうで悲鳴があがった。
「扉を開けてください。空腹なんです」
「お願い。入らないで。食べないで」
扉はなかなか丈夫にできていた。
爪も牙も鼻息も役に立たなかった。
夕暮れが訪れようとしていた。
しかたがない。
今夜は扉の前で眠ろう。
おれはこれでも礼儀正しい狼なのだ。
わざわざ扉なんか通ろうとさえしなければ
森の中に入るのはたやすいことだ。
森の扉の両端には別段
高い柵や塀があるわけではないのだから。
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2016/06/27
その博物館へは家から歩いて行ける。
なのに、なかなか辿り着けない。
それほど遠い距離にあるわけではない。
最初、散歩の途中で見つけたのだ。
こんなありそうもないような場所に
まさか博物館があるとは思わなかった。
その時、あいにく財布を持っていなかったので
入場料を払えず、入館できなかった。
翌日、しっかり財布を持って出かけたら
どういうわけか行く道がわからなくなってしまった。
昨日と同じ道を歩いていたはずなのに
なぜか博物館が見つからないのだ。
不思議である。
結局、歩き疲れて帰宅するしかなかった。
この町へは数年前に引っ越してきたのだが
その時に買った地図を開いてみた。
だが、家の近所に博物館などなかった。
新しい地図になら載っているのかもしれないが
それほど新しい建物には見えなかった。
それとも、あえて古風に見せる設計なのだろうか。
あれこれ考えてみたが、どうもよくわからない。
もう忘れかけた頃、その博物館を偶然に見つけた。
やはり意外な場所にあったのだ。
残念ながら、休館日なので入れなかった。
その翌日、再び博物館は消えた。
まさに消えたとしか言いようがなかった。
同じ道を歩いたのに辿り着けない。
まったくもって、これはどうなっているのだ。
駅前の交番に尋ねてみた。
「この町に博物館なんかありませんよ」
その年配の警察官は断言した。
では、あれはいったいなんだったのだろう。
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2016/06/25
哲学者が迷子になった。
「さて。ここはどこであろうか」
数学者も迷子であった。
「はて。座標が示されておりませんな」
「どうやら私とあなた以外には何も存在しないようですよ」
「いわゆる二体問題ですかな」
「いやいや。出題であるとは限りますまい」
「ところで、あなたの存在を疑うことはできますね」
「おやおや。消去法できましたか」
「しかし、あなたを疑う私を疑うことは難しい」
「有名な自己言及のパラドックスがありますからな」
「しかも、語り得ないことについては沈黙するしかないと言う」
「ただし、語り得ないかどうかの判断が曖昧なままではありますがね」
「そうか。なるほど、わかりましたよ」
「ほほう。なにかわかりましたか」
「つまり、ここはここでないところではない、と」
「つまり、ここはどこにもない、と」
哲学者も数学者も消えてしまった。
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2016/06/12
そこは岩場のある海岸のようであり
潮騒とも思えるざわめきがかすかに聞こえる。
そこにあるそれは巨大な巻貝の抜け殻のようであり
入り口の穴にはヤドカリならずとも引かれるものがある。
本能的とも呼べるその抗あらがいがたい誘惑に負け
私またはあなたは、この不思議な巻貝の穴に入り込む。
私またはあなたは裸足のまま滑らかな通路を進む。
通路の内壁には貝殻の内側のような光沢がある。
大きな弧を描きながら曲がっているにもかかわらず
いつまでも通路が明るいのは内壁に光が反射するからだろう。
そう。まるで光ファイバーの通路のように。
それにしても、なかなか行き止まりにならない。
また、通路の曲がり具合に変化は感じられない。
つまり、蚊取り線香のように平面的な渦巻きではなく
やはり巻貝のように縦方向に螺旋を描いているのだろう。
ただし、上っている感じも下っている感じもしない。
それほど大きな直径または円周ということか。
なんにせよ、いつまでも終わりがないのは困る。
引き返す決断を下すきっかけが欲しい。
あるいは、これは罠なのだろうか。
入り込んだら抜け出せないネズミ捕りのような。
私は不安になり、あなたは立ち止まる。
私またはあなたは振り返る。
真っ直ぐな道ではないのだから
まさか進行方向を間違えるはずはない。
しかし、この不安な気持ちはなんだろう。
ひょっとすると、私はあなたによって
習慣的な思い込みを逆用されたのではなかろうか。
または、あなたが私によって。
つまり、私にとって右へ曲がることは、すなわち
あなたにとって左へ曲がることを意味しないか。
いやいや、待ってくれ。
そもそも、その意味するところがわからない。
私またはあなたは
いったい何を考えているのだろう。
今更のように迷いが渦巻く。
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2016/06/11
あやしげな売店である。
ありきたりなものは売らない。
食品なら、たとえば半魚人の肉。
衣類なら、たとえば天狗の隠れコート。
文房具なら、たとえば書ける消しゴム。
宝石なら、たとえば水星の水晶。
貴重品なんだか冗談グッズなんだか
よくわからない。
美しい人妻さえ売られている。
ひとりで店番しているこの妙齢の女性、
じつはこの店の商品でもある。
なぜなら、その豊満な胸に「商品名:人妻」
ちゃんと値札も下がっている。
ただし、恐ろしく高い。
値引き交渉するのもためらわれるほど。
ただの話題作りであろうか。
いや、どうも本気のような気がする。
なぜなら、この店そのものが売り物だから。
出入り口の扉には貼り紙がある。
「値段交渉によっては店ごと売ります」
まさに売店。
そういえば、注意してよく見ると
来店客の背中に値札シールが貼ってあったりする。
悪質ないたずらだろうか。
それとも、サービスだろうか。
まあ、買い手と値段によっては
売られてもいいような気がしないこともない。
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2016/06/08
駅前広場で待っている。
「誰を待っているの?」
約束したはずなのに
なかなか待ち人は現れない。
この場所ではなかったのだろうか。
「思い出せないの?」
列車がホームに滑り込むのが見える。
誰も降りず、誰も乗らない。
どうやら無人駅のようだ。
車内にも人影は見えなかった。
今、何時なのだろう。
「時計を持ってないの?」
花壇に日時計はあるが
空が曇っていて使えない。
突風が吹き、新聞紙が舞い上がる。
寒くて鳥肌が立ってきた。
「どうして裸なの?」
話しかけないで欲しい。
ただ待っているだけなのだから。
ここでこうしていつまでも。
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2016/05/30
訪れるはずの友人の姿は家の中に見つからない。
まだ到着していないのかもしれない。
玄関から首を突き出して外を眺める。
庭の端に自転車が五台も置いてある。
見慣れぬデザイン。最新型であろう。
どうやら兄の客が来ているらしい。
母の話では、全員が外国人だそうで
この国の言葉を学んでいるのだという。
兄たちの話し声が聞こえてくる。
応接室には誰もいない。
おそらく二階の兄の部屋に集まっているのだろう。
テレビには青白い画面が映っている。
観る者のいない、つけっぱなしのテレビ。
我慢できず、リモコンのスイッチをOFFにする。
なぜか消えないので、本体のスイッチを切る。
それでも消えないので、電源コードを抜く。
なのに、どういうわけか青白い画面は消えてくれない。
諦めて応接室を出ようとして、ふと不安になる。
あの青白いテレビ画面を観ていたのは誰だったのだろう。
兄たちではなく、この自分ではなかったか。
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