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2008/12/28
「おい。黒板が汚いぞ」
教師に注意されるまで気づかなかった。
不謹慎な落書が、消されずに残っている。
黒板をきれいにしておくのは、当番の仕事だ。
あいにく、今週の当番は自分なのだった。
黙って席を立ち、黙って教室の前に進む。
黙って黒板消しを持ち、黙って黒板をふく。
「授業が始まる前にちゃんと」
文句を背に浴びながら、落書きを消す。
「恥ずかしくないのか。こんな稚拙な」
視線を無視して、ただ黙々と黒板をふく。
「だいたい、試験の前だというのに」
教師の金属的な声が頭の中に反響する。
「まったく情けないね。親の顔を見て」
駄目だ。限界だ。もう我慢できない。
手に持った黒板消しを教師の顔に当てる。
そのまま黒板に教師の頭を押し付ける。
なぜか黒板にぶつかる音がしなかった。
黒板消しを引くと、教師の顔が消えかけていた。
黒板消しを当てた部分が消えたのだ。
おもしろい。黒板消しで教師が消える。
さらに黒板消しを当てて、教師をふいてみる。
消える。消える。おもしろいくらい教師が消える。
とうとう教師の姿は全部消えてしまった。
教師がひとり、黒板の前で消滅したのだ。
不安になって振り返り、教室を見渡す。
みんな口を開けている。ただし、声はない。
窓を開け、黒板消しを校庭に放り投げる。
黒板の前から離れ、黙って席に戻る。
静かな教室。話し声さえ聞こえない。
しばらくすると、みんな自習を始めた。
2008/12/27
きょうがっこうへいきました。
とてもおおきながっこうでした。
たくさんのせいとがいました。
すぐにともだちができました。
かおのないおとこのこです。
かわいいこいびともできました。
ろうかにおちてたおんなのこです。
あかちゃんもできました。
まだらんどせるのなかです。
せんせいはいつもあそんでます。
はんめんきょうしだそうです。
なんだかおかしながっこうです。
2008/12/19
麦わら帽子のひさしの下
まっすぐな一本道がどこまでも延びていた。
ひとりの女がすぐ前を歩いていたが
その腰のところに取っ手が付いていたので
つい声をかけてしまった。
「お嬢さん、お持ちしましょうか?」
「あら、すみません。お願いします」
女は地面に四つん這いになった。
プラスチック製のありふれた取っ手を
片手でつかみ、ウンと持ち上げると
女は膝を曲げ、胎児のように丸くなった。
「痛くありませんか?」
「ううん。ちっとも」
「苦しくありませんか?」
「ううん。気持ちいいくらい」
そうであろう。そうでなければ
腰のところに取っ手などあるものではない。
「また随分と軽いのですね」
「ええ。昨日からなにも食べてなくて」
それでも、しばらく歩くと腕が痛くなり
交互に持ち手を替えなければならなかった。
暑い。本当に暑くなってきた。
顎の先からポタポタ汗が垂れ落ち
まっすぐな一本道が少し曲がり始めた。
2008/12/15
近所の池で釣りをしていた。
まったく当たりがなく、
そのまま眠ってしまったらしい。
魚になった夢を見た。
気ままに水中を泳いでいて
うまそうな虫がいたので飲み込んだ。
途端、針が刺さったような鋭い痛み。
そこで目が覚めた。
引いてる。
竿を握り締める。
やっと魚が釣れた。
と思ったら、水死体だった。
どことなく見覚えがある。
そうだ。
こいつは、俺ではないか。
すると、釣っているのは誰だ?
どうも、まだ眠っているらしい。
2008/12/12
体調が悪い。
だるくてしかたない。
歩くことすら困難に感じられる。
ふと、なにか落ちたような音がした。
歩道には枯葉がたくさん落ちている。
よく見ると、小さな歯車が転がっていた。
なかなか精巧な歯車だが、錆びている。
それを拾い、ポケットに押し込んだ。
再び歩く。
ますます調子が悪い。
歩道がねじれて見える。
宙を舞う枯葉。
犬が空を飛んでる。
街路樹が歩いてる。
またまた、なにか落ちた音がした。
なぜか歩道は頭の高さにあった。
見上げると、小さな歯車が転がってる。
やはり精巧な錆びた歯車。
やれやれ、なんなんだ。
これも拾って、ポケットに押し込んだ。
さらに歩こうとしたのだが、もう歩けない。
歩道がカーブを描いて脇腹に刺さっている。
あわててポケットから歯車を取り出した。
二個だけではない。
いくつも出てくる。
それら歯車を錠剤のように飲み込む。
いくらか調子が戻ったように感じられた。
天へ垂直に立つ歩道。
枯葉が滑り落ちる。
空が細い川になって両足の間を流れてる。
またもや、なにか落ちた音がした。
うんざりしながら足もとを見下ろす。
今度は歯車ではなかった。
やや安心する。
やはり錆びてはいるが、精巧なバネだった。
2008/12/06
あわてて目覚めたら、そこは戦場だった。
ミサイルがまっすぐ飛んできた。
すばやく地面に転がって衝突を避ける。
あるいは、素手でもつかめたかもしれない。
それほどミサイルはゆっくり飛んでいた。
そのミサイルを狙い、光線銃で撃つ。
なぜ光線銃を所持しているのか、不明だ。
それはともかく、
光線が空中をゆっくり進む。
そのため時差が生じ、位置が重ならず、
光線はミサイルには当たらなかった。
死を覚悟するような戦場においては
すべてがゆっくりと動くらしい。
おそらく、相対的に主観的に
そのように感じられるだけなのだろう。
ミサイルの進行方向には戦車が一台、
空中に浮かんでいた。
戦車に翼があるわけではないのだから
見えない竜巻にでも巻き込まれたのだろう。
やがて目測通り、
その空飛ぶ戦車とミサイルとは衝突した。
しかし、爆発しない。
ミサイルは地面に落ちてから爆発した。
油断していた。
爆発も遅いのだ。
ほんの近くだった。
爆風がゆっくりとこちらにやってくる。
逃げようとして、地雷を踏んでしまった。
それとも潜水艦の頭であったか。
あわてて目覚めたら、そこは海底だった。
2008/12/02
その年の冬は大雪だった。
屋根から下ろした雪が屋根より高くなった。
前年は、雪でスポーツカーをつくった。
その年は、雪で城をつくる計画だった。
しっかりと城の設計図まで書いた。
方眼紙に定規を当てて書いた立派なもの。
つくる場所は、家の裏の畑の上。
もちろん雪に埋もれて畝(うね)など見えない。
ある晴れた朝、シャベルを雪面に突き刺した。
アーチ式の門を立て、城壁をめぐらす。
中央には螺旋階段のある、大きな塔を築く。
王と女王のための豪華な玉座も並べて置く。
美しい姫君のための寝室まで用意した。
天蓋付きのベッドが備えられてあるのだ。
氷柱を何本も削ったりして、大変だった。
水彩絵の具で雪の表面に着色したりもした。
熱中のあまり、時の立つのも忘れてしまった。
そして、とうとう見事な雪の城が完成した。
本物の城にも負けていない、と思った。
それにしても、完成するのが遅すぎた。
冬も春もとうに過ぎ、夏の盛りになっていた。
2008/12/01
大都会。
立体交差の高速道路。
その上をラクダの商隊が進んでいる。
長い行列を作り、整然と歩み続ける。
クルマにとっては大変な迷惑だ。
ドライバーが怒鳴っても通じない。
どうやら言葉が理解できないらしい。
砂漠の民であることは確実である。
耳が毛だらけ。
鼻にはフタまである。
かれらが乗ってるラクダそっくりだ。
「オアシスでも見せてやればいいのに」
軽薄な若いドライバーが提案する。
そんなものどこにもないのに。
ついに警察のパトカーが到着した。
「とにかく高速道路から降りなさい」
ラクダの商隊は命令を聞かない。
「無視するな。発砲するぞ!」
ラクダの商隊は拳銃さえ見ない。
もう警官は頭にきてしまった。
とうとう銃弾が発射された。
その銃声が大都会の空に消える。
銃声とともに拳銃が消える。
撃ったはずの警官も消えてしまう。
クルマもドライバーも消える。
さらに高速道路まで消えてしまう。
周囲の建築物まで消えてゆく。
やがて大都会そのものが消えた。
まるで蜃気楼のオアシスのように。
ラクダの商隊は黙々と歩み続ける。
どこまでも果てしなく広がる大砂漠を。
2008/10/03
玄関の扉が開いた。
「ようこそ、いらっやいませ。
どうぞこちらへ」
女に案内され、奥へ進む。
長い廊下の左右の壁に絵が飾ってある。
絵はともかく、額縁は立派なものだと思う。
「外套をお預かりします」
女に外套を手渡したところで
廊下に裸で立っている自分に気づく。
裸の上に外套を着ていたのだろうか。
「君、名前は?」
女は振り返り、にっこり笑う。
「召使いのサリー、と申します」
ごく自然な若い女の表情である。
きっとサリーは、裸の男なんか
うんざりするほど見飽きているのだろう。
「主は元気かね?」
「旦那様は、ご病気でございす」
「まだ息はあるのかな?」
「昨日の朝からあるかなしかと存じます」
「脈は?」
「さきほどまでございました」
「すると、今は?」
「わたくしの、この透けるような細く白い指が
旦那様の老いさらばえた醜い手首に今、
わずかなりとも触れておりませんので
なんとも察しようがありません・・・・・・」
「なるほど」
廊下が終わり、階段を上り始める。
召使いサリーのスカートの丈は短い。
ちょっと短すぎるのではないか、とさえ思う。
「で、奥方は?」
「奥様は、荒縄で縛られております」
「誰に?」
「旦那様でないとすれば、わたくしにでしょうね」
「あの丈夫な手錠は?」
「今朝方でしたか、壊れた、と聞いております」
「信じられないな」
「信じてくださらなくても結構でございます」
階段が終わると、さらに廊下が続いていた。
左右の壁にたくさんの鏡が並んでいる。
それぞれ別の表情が見える仕掛けだ。
「確か猫がいたね?」
「さっきまで鳴いていやがりました」
「どんな鳴き声だっけ?」
「まあ、そんな。
とても恥ずかしくて口にできませんわ」
「そういうものかね」
「そういうものでございますとも」
「それはまた、残念だね」
廊下は緩やかにカーブを描き始める。
まるで少しずれた合わせ鏡のようである。
「きれいな娘さんがいたよね?」
「お嬢様は、それはそれは美しい方でございます」
「もう結婚したのかな?」
「いいえ、まだなんですよ」
「好きな人はいるのだろうか?」
「さあ、どうでしょう」
「彼女の名前、なんといったけ?」
「サリーお嬢様、と申します」
「なるほど」
曲がる廊下が曲がりきれなくなる頃、
さりげなく目の前に扉が現れる。
その扉をサリーが開ける。
前に進むと、背後で音を立てて扉が閉まった。
冷たい風が吹いている。
枯れ葉や野鳥が斜め下に落ちるのが見える。
見上げれば、寒々とした冬の空。
ここは屋外なのだった。
外套を預けたまま庭に出てしまったのである。
まったくサリーには困ったものだ。
振り返ると、そこに扉はなかった。
玄関も窓もない。
なにしろ屋敷がなかった。
まったくなんにもないところに
ひとり裸で立っていた。
そして、遥か遠くに見える木の枝に
引っ掛かっているのは外套なのだった。
「まったくもう、サリーときたら。
・・・・・・ヘ、ヘックション!」
2008/10/01
少女の首を絞めている。
もちろん軽く、冗談みたいに。
「ううん。もっときつく絞めて」
聞き覚えのある声。
でも、誰の声か思い出せない。
突然、背景の白っぽい壁紙が破れ、
厚化粧の子どもが次々と現われる。
男の子も女の子もいる。
みんなかわいい、と思う。
まわりをぐるりと囲まれて、
手と手をつなぎ、輪になって踊るのだ。
「絞めてあげなよ、もっときつく」
余計なお世話だ、と思う。
でも、少女の瞳が潤んでいる。
「絞めてあげなよ、もっときつく」
いけないことだ、と思う。
でも、指が迷って震えている。
「絞めてあげなよ、もっときつく」