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2011/12/22
些細なことから彼女と喧嘩してしまった。
「もう、やってられないわ!」
そう言いながらベッドから降り立つと、
彼女は右耳から下がるイヤリングに指をかけた。
そして、それをエイっと引き下げると、
彼女の裸身の右側面の皮膚がジジジジジと裂けた。
(なんだなんだなんだなんだ?)
アングリと口を開けた僕の目の前に
まったく見知らぬ女性の裸身が現れた。
「もう私、あんたの彼女でもなんでもないからね」
状況が理解できなかった。
彼女の脱ぎ捨てられた皮膚が床に落ちている。
イヤリングが腰のあたりまで下がっている。
よくよく見ると、
イヤリングからV字形に見慣れた二本の列が延びている。
・・・・・・ファスナー。
ジッパー、またはチャック。
なんと、彼女の右耳のイヤリングは
じつは彼女の皮膚のファスナーの取っ手だったのだ。
「それ、あんたに返すわ」
素早く着衣を済ませた彼女は
寝室のドアを開けながら言い捨てる。
「また、どこかの適当な彼女に着せてやれば」
怒ったようにドアを閉めると、
彼女はそのまま足音高く立ち去った。
やがて、玄関ドアを閉める音も響いた。
バカみたいに口を開けたまま僕は考える。
(・・・・・・彼女、誰?)
ベッドの上にひとり残された僕。
床の上に乱暴に脱ぎ捨てられた
僕の彼女だとばっかり思っていた彼女の
抜け殻。
2011/12/08
趣味の山歩きをしている途中、
赤い蝶を見つけた。
美しく羽ばたく真っ赤な蝶。
「私を捕まえて」
そんな声が聞こえたような気がした。
もともと昆虫採集の趣味はなく、
捕虫網など持っていない。
けれど、あの蝶だけは欲しくなった。
なんとか自分のものにしたい。
「私を捕まえて」
あまりにも頼りなげな飛び方。
素手でも捕まえられそうな気がした。
それでも、じつに巧みに逃げる。
赤い蝶を追いかけるのに夢中で
いつの間にか山道を外れてしまった。
どうにか山道に出たところで
あの美しい蝶を見失ってしまった。
その山道の先に家が建っていた。
山小屋らしくない。
小さいが、なかなか立派な洋館。
おそらく山歩きの休憩所だろう。
外国語の洒落た看板がある。
レストランのようだ。
ドアを開けると、すぐにカウンター。
「いらっしゃいませ」
カウンターの向こうに美女がいた。
なぜ美女かというと、
その唇に赤い蝶がとまっていたから。
2011/12/07
「待ってくれーっ!」
叫びに叫び、走りに走ったが間に合わなかった。
バスの後姿はバス停から遠く離れ
見えないくらい小さくなってしまった。
あれが始発バスだと聞いていたのに
時刻表を見ると、最終バスでもあった。
なんと、この村には
一日一本しかバスが通っていないのだ。
よんどころない事情があり
今朝まで世話になった家に戻るわけにもいかない。
私は諦め、バスを追うように歩き始めた。
ともかく村を出る道は、この一本道しかないのだ。
喉が渇き、腹が減り、やがて足まで痛くなってきた。
湧き水も川もなく、弁当も水筒も持っておらず
ときどき道端に腰を下ろして休憩するのが関の山だった。
そろそろ日暮れ近く
歩いていた一本道が唐突に途切れてしまった。
道の先が崖で途切れていたのだ。
バスはどうしたのだと不審に思って崖を見下ろすと
薄暗いがバスらしきものの影が崖下に見える。
突然の崖崩れかとも考えたが
崖の淵からの急な斜面には草木が生い茂り
たとえ崩れたとしても、まず最近のこととはとても思えない。
すると、もともとあそこがバスの終点ということか。
他に考えられない。
他に進むべき道とてない。
私は決意すると、崖下のバスらしきものめがけ
道の端から思い切って飛び降りた。
2011/11/20
マンション管理組合の定期総会で
裏庭の一角を畑にすることに決めた。
担当役員を決め、土を掘り、ブロックで区画。
ホームセンターで肥料や土を買い、
なかなか立派な畑らしきものができた。
さて何を植えようか。
そんなことを考えていたら
居住者の娘さんが屋上から飛び降りた。
美人だなあと思ってはいたが
まだ高校生だという。
もったいない気がしたので
この娘さんの死体を畑に埋めた。
その作業を見ていた住人もいたであろうに
娘さんの親からもどこからも苦情はなかった。
警察からも話はない。
そんなものか、と思った。
しばらくすると、畑から美人が生えてきた。
あの娘さんとは違う。
どことなく似てはいるが
明らかに別の美人だ。
2011/11/19
約束された日だったのに
その日、なにも起こらなかった。
「おかしいなあ」
彼女は首をかしげる。
ひどく落ち込んだ様子。
彼女の信頼する多くの人々が信頼するなにかによって
その日なにか起きなければならなかったらしい。
「ひょっとして、なにか目に見えない事件が起こったのかも」
僕は彼女を慰めてみる。
「そうかもしれないけど、だとしたら、そんなのインチキよ」
まるで僕がそうであるかのように
彼女は僕をにらむ。
そのため、もう僕はなにも言えなくなる。
「また騙されたのかなあ」
そして溜息。
なにも起きなくて、いつもと同じような一日が
なにかを待ち続けていた彼女を無視するかのように終わった。
2011/11/18
遅れて到着したら
すでに行列ができていた。
私はあわてて行列の最後尾に並んだ。
行列は建物の角を曲がって続いており、
ここからでは先頭まで見えなかった。
余裕を持って家を出たのに
途中、電車を乗り違え、しかも
しばらく気付かず遠回りしたため
予定より随分と遅れてしまったのだ。
行列の流れは少し進んでは止まり、
止まっては少しだけ進む。
ようやく建物の角まで着いた頃には
すでに夕刻になっていた。
角を曲がっても行列は延びており、
さらに先の角を曲がって見えなくなっていた。
通りの反対側には別の行列ができていた。
その行列は先の角を反対側に曲がって続いていた。
私は心配になってしまった。
他に行列があるとは思わず、
あわててこの行列に並んでしまった。
あちらの行列はどこへ続いているのだろう。
「あの、すみません。これ、なんの行列ですか?」
外国人らしい通行人が尋ねてきた。
私は答えられなかった。
私の前の人たちも後ろの人たちも
なぜか誰も答えてはくれないのだった。
2011/10/26
私の部屋の壁には絵が飾ってありました。
それは女の子にいる部屋を描いた絵でした。
黄色い壁、緑色の絨毯、薄紫色のカーテン。
開いた窓からは青い空が見えます。
女の子は床に立っていて
かわいらしいピンクの服を着ています。
ある朝、その絵をなにげなく見ると
絵の中の女の子の位置が動いていました。
いくらか手前にいるような気がするのです。
でも、気のせいだと思いました。
だって、ただの絵なんですから・・・・
その夜、ふたたび壁の絵を見ると
女の子の位置がさらに動いていました。
もっと手前にいるのです。
そして、こっちを見て笑っているのです。
怖くなって、私は泣きそうになりました。
わけを話したら、ママに笑われました。
「ちっとも変ってないじゃないの」
「だって・・・・」
「これはね、ママがもらった絵なのよ」
親類に画家の叔父さんがいるのです。
叔父さんには娘さんがいたのですが
病気になって死んでしまったそうです。
きっと絵の女の子は、その娘さんでしょう。
翌朝、目が覚めたら
部屋がすっかり変わっていました。
絵の中の部屋ではなく、私の部屋がです。
黄色い壁、緑色の絨毯、薄紫色のカーテン。
開いた窓からは青い空が見えるのでした。
そして私は、ピンクの服を着ていたのです。
私はびっくりして、壁の絵を見ました。
ところが、そこに絵はなかったのです。
ただの四角な鏡があるばかりでした。
2011/10/24
任意の解析的連接層に同値関係が与えられ、初期超平面との交わりの近傍において、一種の調和次元としての再起事象依存と解の依存領域が完全に同系であるなら、重複対数の法則に従い、虚軸と実軸は境界張り合わせによる共鳴錯乱の結果、共通の帯領域でコンパクトに連結する。
さらに、到達可能な階数の核となる次元を同一分布に従う独立確率変数列とし、無限回微分可能であるとするなら、射影特殊ユニタリ群の無縁成分と両立し、支配された確率分布族として収束する。
相補性および相対性平滑化が深刻化すれば、逆補完としての累積丸めの誤差が生じるが、この場合、双曲型の超越特異点を導入することで、安定ホモトピー群の真の皮膜面に対し、係数行列を単位行列と置換できるので、劣弧から積分の残余項が求められる。
多様体の特性数については、除外指数が後退差分の選定母数と同等であるため、内積する一般単項的変換の強擬凸により、コホロジー環の多重劣調和関数が得られる。
また、完全単調な線形順序集合に対しても、両側イデアルとして対象テンソル空間が十分滑らかな関数の準有界であるとき、位相球面の定式化された整因子を求める。
ただし、収束する正側管が束同形の場合、相対不定量の述語計算が可能であり、非可換体の可逆な結合法則は成立しない。
この現象は、測度に関する密度の微分可能な次数が順序づけられた負の直行行列に含まれ、等質有界領域に一様収束するためである。
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2011/10/15
いらっしゃい。
さあ、どうぞ。
なにも遠慮することはないのよ。
やりたいように振舞ったらいいわ。
裸になりたかったら裸になっていいの。
あなたの自由よ。
なんでも許してあげる。
許されたくないなら許さないけどね。
わかるでしょ。
ここはそういうお店なの。
お金の心配なんかいらないわ。
あなたが払いたければ払えばいい。
払いたくなければ払わなくていいから。
もし私の顔が気に入らなかったら
あなたの気に入る顔にすればいいのよ。
会いたくても会えない人がいるでしょ。
私がその人になってあげるから。
あなたの望むままよ。
酔ってもいい。
酔わなくてもいい。
愚痴ってもいい。
喧嘩したっていい。
子どもになりたかったら子どもになれば。
私があなたのママになってあげる。
ここではなんだってできるんだから。
できないことなんてないんだから。
みんな、あなたの好きにしていいの。
まだ信じられないみたいね。
でもどうしたって信じるしかないのよ。
信じられないと信じてるだけなんだから。
あなた、どうかしら。
こんなお店いらないかな。
いらなかったら消しちゃうね。
2011/10/10
僕は、ひとりの友人と一緒に道を歩いていた。
あたりに人家はなく、荒野が広がっていた。
かなり前から、僕たちは空腹を感じていた。
重い足を引きずりながら、食堂を探していた。
道端には、たくさんの豚の死体が捨ててあった。
それらは鼻の先から尻尾まで
ペンキでも塗ったように鮮やかなピンク色だった。
丸々と太り、ぬいぐるみのようにも見えた。
悪い疫病でも流行っているのだろうか。
僕たちは不安そうに顔を見合わせたものだ。
もし運良く食堂が見つかったとしても
豚肉を出されたら、きっと困るに違いない。
やがて前方に大きな川が見えてきた。
橋を渡る途中、何気なく欄干から見下ろすと
川底にたくさんの豚の死体が沈んでいた。
はっきり見えなかったが、どれも痩せていて
どの死体の肌も白に近い灰色に見えた。
水の中ではピンクに見えないのだろうか。
それとも、ピンクの色素が流されたのだろうか。
仲良くめまいがして、僕たちは背中を合わせ
橋の真ん中で座り込んでしまった。
結局、僕たちは食堂を探し出せそうもない。
そんな気がする。
死ぬほど空腹なのに、少しホッとしていた。