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2012/03/16
ねえ、あんた。
いいかしら。
お願いがあるの。
ううん。
なんてことないの。
ごく簡単なこと。
あのね。
その前に、確認ね。
世界は今だけだって、知ってた?
知らなかったの。
でも、そうなんだよ。
たとえば、「後悔」は
過ぎ去ったことを悔やむ、今の気持ち。
それから、「希望」は
やがて訪れるであろうことを望む、今の気持ち。
そんなふうにね、
すべては今でしかないんだよ。
移り変わるけどね。
まあ、いいよ。
とりあえず、そういうことにしておいてよ。
それでね、お願い。
この今を大事にして欲しいの。
先のことでも、後のことでもない、今。
この瞬間、この瞬間の、今。
だって、他に世界はないんだよ。
あんたが今、まさに意識していることが
あんたの世界のすべてなんだよ。
放っておいても世界はある、なんて
大間違いだからね。
そんなことしてたら、
放っておかれたような世界しか
残らないんだからね。
2012/03/12
広い道に出た。
曲がりくねって先が見えない。
ちょっと散歩のつもりが
すっかり道に迷ってしまった。
なぜか長靴を履いている。
空は今、見事に晴れているのだから
出る時、雨でも降っていたのだろうか。
それにしては傘を持ってない。
どうも思い出せないのだけれど
きっと適当な靴がなかっただけなのだろう。
道は相変わらず曲がりながら延びている。
たまにクルマが通り過ぎる。
いい加減歩き疲れたので
僕はヒッチハイクをすることにした。
手を上げる。
止まってくれない。
手を振る。
止まってくれない。
足の裏が痛くなってきた。
道端に座り込み、長靴を脱いでみた。
靴下も脱ぐ。
痛いはずだ。
足の裏がマメだらけだ。
数えてみたら、両足合わせて13個もある。
どうしようもない。
そのまま道端に寝転ぶ。
でも、どうしよう?
うとうとしていたら、声がした。
「おい。大丈夫か?」
かたわらにトラックが止まっていた。
「ああ、大丈夫です」
「轢(ひ)かれたんじゃないのか?」
「いいえ。疲れてしまって」
あわてて僕は起き上がる。
「すみません。乗せてもらえませんか?」
それで僕は、トラックの助手席に乗せてもらった。
とても親切な運転手さんだった。
いろんな話をした。
けれども、互いに目的地が違うので
道の途中までしか乗せてもらえなかった。
別れ際、オカマを掘られた。
乗せてもらったお礼に
僕は我慢した。
そのため足だけでなく、
尻まで痛くなってしまった。
日は傾き、ひどく空腹だった。
なのに売店も畑も見当たらない。
そもそも、ここはどこなんだろう。
まだ道は続いている。
こんな感じで適当に曲がりながら
どこまでも続いているような気がする。
歩いている理由を
そのうち忘れてしまうくらい、どこまでも。
2012/02/14
私は宇宙飛行士。
カモメではない。
地球周回軌道上の有人人工衛星
いわゆる宇宙ステーションの中にいる。
現在、私の生活空間は、ほぼ静止しており
ぼんやりと風船みたいに赤道上空に浮かんでいる。
無重力に浮遊しながら、私は考える。
まったく、こんなところで
いったい私は何をやっているのだろう。
互いに等速度で運動する慣性系において
光源の運動状態に係らず光速は一定であるという。
しかしながら、わずかなりとも光にはエネルギーがある。
だからおそらく、エネルギーのない光のようなもの
そのように仮想される何かの速度が一定なのだろう。
そしてそれは、この宇宙そのものの性質や状態を
表さないまでも暗示しているに違いない。
さらにまた考える。
ある瞬間とそれに続くように感じられる次の瞬間との間に
もし仮に切れ目のようなものがあったとする。
さて、その場合、その時間の隙間のようなものを
私たちが感じる、または計測することは可能だろうか。
時間とはなんだろう。
そもそも、宇宙とはなんだろう。
また、なぜこんな宇宙があるのだろう。
もし意識できなければ
私たちは宇宙の存在に気づきもしない。
ならば、意識できない宇宙も存在するのだろうか。
いつ、どこに・・・・
こんなどこでもないところにいると
こんなとりとめもないことばかり考えてしまう。
私ハ クラゲ
海ガ ワカンナイ
2012/02/09
どこかにある古い館。
あなたが玄関のドアノブを叩くと、
執事らしき男が嬉しそうに出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。お持ちしておりました」
長い廊下を渡り、
あなたは広い居間に通される。
「ここでしばらくお待ちください」
居間の壁には大きな肖像画が飾ってある。
おそらく、この館の主の肖像。
あなたは、それが自分の顔に似ていることに気づく。
あるいは血の繋がりがあるのかもしれない。
あなたは思い出せない。
この館を訪れた理由さえも。
しばらくすると、
さきほどの執事が私服に着替えて戻ってくる。
「そのうち主はお帰りになるはずです」
壁の肖像画を見上げ、感慨深げな表情。
「では、これで私は失礼いたします」
そのまま男は館を出て行ってしまう。
時は流れずに淀(よど)み、
いつまで待っても主は戻らない。
あなたは館の中を歩きまわる。
あなたの他に誰もいない。
居間に戻ると、壁の肖像画が微笑んでいる。
最早、あなたの顔とは似ても似つかない。
あなたは執事の部屋を見つけると、
ハンガーに掛けてあった執事の服に着替える。
あなたは主の帰りを待ち続ける。
与えられた執事の仕事をこなしながら
なんの疑いも持たず、
いつまでもいつまでも。
2012/02/07
あの事件の真相を申しあげます。
当時、あの事件は世間を大いに騒がせました。
そもそも事件そのものが異常でした。
あまりに異常なので、これは事件ではないのではないか、
という意見すらあったほどです。
しかし、あまりに話題になってしまったため、
いまさら事件でない、とは言えなくなったのです。
そういうわけで事件として扱われましたが、
じつは、あれは事件でもなんでもなかったのです。
ただの噂でした。
そういうことが起こりそうだ、という予感。
そういうことが起こったら嫌だな、という気分。
そういうことが起こったのではないか、という憶測。
そういうことが起こっても不思議ではない、という確信。
そして、そういうことが起こってしまった、という妄想。
その噂になんらかの価値を見出した者たちが
まるで噂ではなく事実であるかのように広めたのです。
その判断基準は、それが事実かどうかではなく、
面白いかどうかの興味本位だったはずです。
なぜなら、なんら証拠もないのに
あれほど話題になり、事件にさえなったのですから。
派生的な結果として、死者が出る事態になりました。
しかし、たとえまったくなにも起こらないとしても
ある一定の割合で死者は自然発生するものです。
そのような確率的な現象を因果的必然と同一視する危険性は
現代人が回避せねばならない常識のはずです。
なにはともあれ、ただの噂は事件として仕立て上げられ、
異常な事件として処理されてしまいました。
これが事件の真相です。
つまり、なにもなかったのです。
2012/02/06
えてして穏やかな日に事件は起こる。
まるで退屈を紛らわすかのように・・・・
発端は119番通報だった。
「江戸川にね、変なもんが流れてるんですよ」
川から引き上げられたそれは、確かに変なものだった。
死体には違いないが、人間や獣のそれとは違う。
あえてどうしても言わなければならないとすれば
とりあえず「宇宙人の死体」であろう。
なぜなら死体の首らしき部位に名札が下がっていて
それには「宇宙人の死体」と油性ペンで書いてあった。
その名札は、担当の警察官がふざけて下げたのではなく
川から引き上げた時から付いていたのだと言う。
すると、江戸川の上流で何者かによって遺棄される前に
そいつによって下げられたのだろうか。
その後、その不審死体の司法解剖がなされたのか
そして真相が究明されたのか、続報はない。
死体が消えてしまったという噂もある。
あまりにも穏やかな日の出来事だったので、あるいは
罪のない冗談で済まそうとしているのかもしれない。
2012/01/15
ひとり田舎道を歩いていたら
向こうから一頭の牛がやってきた。
大きな牛で、しかも金色に輝いている。
思わず話しかけてしまった。
「おまえ、高そうな牛だな」
「ああ、わしは高いよ」
なぜか牛が返事をした。
「やっぱりな。なんせ黄金色だもんな」
「しかし、あんたはまた随分と安そうな人間だな」
これには、さすがにムッと来た。
「ボロは着てても、心は錦だ」
「あんた、わしを売ってみねえか」
妙なことを言う牛だ。
「おれがおまえを誰かに売っていいのか」
「ああ、かまわんよ。
どうせ腹減ってるから誰かの世話にならにゃいかん」
「牛なら、道草でも食えばいいじゃねえか」
「いやいや。わし、ご飯しか食べられんのよ」
「・・・・・・なるほど」
さすが、高そうな牛だけのことはある。
2012/01/10
春になって気候も暖かくなった。
すると、冬眠から覚めたばかりの蛇が
彼女の腹からウジャウジャ這い出てきた。
「うわーっ! 凄いね、これ。何匹いるの?」
そんな無邪気な質問に答える余裕などない。
爬虫類ぎらいの俺は
テーブルの上にあわてて避難した。
「おい。なんとかしてくれよ」
「んなこと言ったって、出てきちゃうんだもん」
ところが、冬眠明けは蛇だけではなかった。
彼女の腹のどこに潜んでいたのだろう?
クマまで出てきた。
クマは寝ぼけて
俺ごとテーブルを引っくり返した。
朝食の皿やカップやスプーンと一緒に
俺の体は蛇だらけの床にぶちまけられてしまった。
その打撲の痛みを感じている余裕はない。
さらに彼女の腹から
もっと大きなものが出ようとしているのが見えた。
まだ出てくる途中ではあるが
想像するに
あれはきっと
恐竜の足ではないかと思う。
2012/01/09
ぼんやり夜空を見上げていたら
天の川が流れていることに気づいた。
本物の川の水のように
星が天の川を流れているのが見えるのだ。
「大変! 銀河系が狂っちゃった」
天の川は銀河系内の星の集団。
北斗七星やオリオン座など
銀河系外の星は所定の位置から動いていない。
ということは、銀河系だけ勝手に動いてることになる。
しかも、物理学的に非常識なスピードで。
「・・・・信じられない」
とんでもないことが宇宙で起こっている。
寒さのせいもあるが、体が震えてきた。
「あっ!」
天の川が決壊した。
天空から降り注ぐ
光り輝く滝のような流れ星。
2012/01/03
おしまいだった。
突然、なんの前触れもなく
終わってしまった。
「なんだなんだ?」
「いったい、どうなってんの?」
皆の混乱と動揺が伝わってくる。
それはそうであろう。
無理もない。
「この先は?」
「続きがあるはずだ」
ところが、先もなければ続きもないのだった。
完璧におしまいだった。
「冗談じゃない!」
「ふざけるな!」
いくら罵声を浴びようとも
ないものは仕方ない。
「しかし・・・・・・」
「あっ、待っ・・・・・・」
ついに、声まで途切れてしまった。
そういうふうにして世界は