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2012/05/21
あなたにお願いしたいことがある。
協力して欲しいのだ。
安心なさい。
難しい注文ではないのだから。
まず、手相を見るように
自分の片手を眺めていただきたい。
それは手である。
疑うまでもない。
しかしながら
あなたに問いたい。
その手は常に手であるか、と。
からかっているわけではない。
実際、疑う余地があるのだ。
その手をクルマのワイパーのように
左右に大きく振ってみていただきたい。
しかも、目で追えないくらい速く。
すると、手の形は消え、
扇状のぼんやりしたものが現れるはず。
動く手の残像である。
さて、残像のそれは
はたして手と言えるのだろうか。
ある位置において
あったりなかったりするもの。
ある位置において
存在と不在を繰り返すもの。
動きを止めれば
そこに確かに手はある。
しかし、再び動き始めた手は
そこだけでなく、ここにもある。
いや、そうではない。
そこにもここにもない。
なんだ、それは。
そんなものが手と言えるのか。
まるで幽霊のようではないか。
あなたに対して移動し続ける対象を
あなたが追尾しようとしない場合、
たとえ、その動きが高速でないとしても
それがあなたと同じようにそこに存在すると
あなたには言えるのだろうか。
・・・・・・以上である。
あなたが存在するかどうかは不明だが
ともかく、あなたの協力に感謝する。
2012/05/19
じつにつまんない話なんだ。
まったくもう、つまんなくてつまんなくて
反吐が出るくらい。
それくらいつまんない話なんだ。
内容なんて、まるでないよ。
こんなの、聞くだけ時間の無駄だね。
もし聞いちゃったら、
きっと聞いたのを後悔して、落ち込んじゃうよ。
それくらいつまんない話なんだ。
本当だって。
で、どんなにつまんない話かというと、
もうどうにもこうにも救いようがないくらいだね。
いっそ自殺したくなるくらい。
つまり、死にたくなるくらいつまんないんだ。
わかるだろ、
どんなにつまんないか。
もううんざりするよ。
そういうわけだから、話すまでもないよね。
だからもう、つまんない話はやめる。
いやいや、本当に。
わざわざ聞くまでもないって。
だって、本当につまんない話なんだから。
2012/05/18
その少年は本を読むのが好きだった。
だから、図書館にいるのも好きなのだった。
ある日、少年は家の近所の私立図書館に入った。
そこで彼は、奇妙な本を見つけた。
書名は「図書館の少年」。
児童向けの小説らしい。
少年は立ったまま読み始めた。
読書好きな少年が主人公。
ある日、彼は近所の私立図書館に入る。
そこで「図書館の少年」という名の本を見つける。
そして、立ったまま読み始める。
(あは。こいつ、僕と同じことしてら)
少年は笑う。
読書好きな少年が主人公。
ある日、彼は近所の私立図書館に入る。
そこで「図書館の少年」という名の本を見つける。
そして、立ったまま読み始める。
(なんだ。これ、冗談かな)
少年は驚く。
読書好きな少年が主人公。
ある日、彼は近所の私立図書館に入る。
そこで「図書館の少年」という名の本を見つける。
そして、立ったまま読み始める。
(もう。ふざけるなよ)
少年は怒る。
読書好きな少年が主人公。
ある日、彼は近所の私立図書館に入る。
そこで「図書館の少年」という名の本を見つける。
そして、立ったまま読み始める。
(おいおい。まさか・・・・・・)
少年は心配になる。
読書好きな少年が主人公。
ある日、彼は近所の私立図書館に入る。
そこで「図書館の少年」という名の本を見つける。
そして、立ったまま読み始める。
(・・・・・・)
少年は・・・・・・
いつまでもいつまでも
本の中の少年は本を読み続ける。
少年の家の近所の私立図書館で。
2012/05/12
突然、ふたりは出会った。
それは、あり得ない出会いだった。
僕が死んだはずの彼女に出会った時、
彼女は死んだはずの僕に出会った。
つまり僕たちは、互いに自分は生き延び、
互いに相手が亡くなったものと信じていたのだ。
「私、あなたの葬式に出たわよ」
「僕なんか、君の死に顔を見たぞ」
「そんなの嘘よ」
「そっちこそ」
どうも話が合わない。
互いの記憶が喰い違っている。
「だって、私があなたを・・・・・・」
彼女が言い淀む言葉を
僕は直感できた。
「いや違う。僕が君を殺したんだ」
ふたりは互いに見つめ合う。
その表情を別にすれば
まるで昔の恋人同士のように。
2012/05/06
それは不思議な扉です。
確かに扉はあるのに
どこにあるのか誰も知りません。
いくら探しても見つからないのです。
なのに、ふと気付くと
なぜか目の前にあるのだそうです。
つまり、そういう扉なのです。
その扉は施錠されていません。
だから、誰でも開けることができます。
そして、開けることができれば
誰でも通り抜けることができます。
それによって
どうなるのか
入ることになるのか
出ることになるのか
よくわかっていません。
というのも
この扉を通り抜けた者で
こちらに戻ってきた者は
いまだかつて
一人としていないからです。
さて、唐突ではありますが
今、あなたの目の前に扉があります。
そうです。
冗談みたいですが
あの不思議な扉なのです。
2012/05/05
墓場で出会った彼女は
とても魅力的な幽霊だった。
駄目もとで誘ってみたら
快く僕に憑いてきてくれた。
普通の多くの人たちには
彼女の美しい姿は見えない。
せいぜい寒気のようなものを
背筋に感じるくらいだ。
思い出したくないのか、彼女は
幽霊になった経緯を話してくれない。
話したくないわけでもあるのだろう。
あえて僕も尋ねたりしない。
彼女の言うところによると
僕は半分ほど幽霊なのだそうだ。
そう言われてみると、確かに
現実感が希薄な気がする。
「すると、僕は半分ほど死んでいるのかい?」
「いいえ。あなたは半分ほど生きているのよ」
なんだか同じ事のような気がするけど
じつは微妙に違う事なのだそうだ。
いつも彼女が側にいてくれるから
いつだって僕は幸せな気がする。
いつか僕は死ぬだろうけど、もう
いつ死んでも怖くない気がする。
2012/05/02
大きな屋敷である。
長い廊下がどこまでも続き、
その両側には、等間隔に扉が並んでいる。
私は、丸い金属環を片手に持っている。
己の尻尾を噛む蛇の意匠が施された、それは
取っ手の穴を串刺しに、いくつかの鍵を携えて離さない。
私は、あるひとつの扉の前に立ち、
ある想いに囚われる。
(この扉に合う鍵は、この束の中にあるのだろうか)
私は、金属環を目の高さに持ち上げ、
垂れ下がる鍵に目をやる。
(そもそも、いくつの鍵があるのだろう)
私は、ひとつひとつ鍵を数え始める。
しかし、それは環状になっているがゆえに
始まりと終わりの区切りがない。
途中で数がわからなくなってしまった。
とりあえず私は、ひとつの鍵を選び出し、
目の前の扉の鍵穴に挿し込んでみる。
しかし、鍵は回らない。
(鍵が合わないのだろうか。
それとも、扉が合わないのだろうか)
私は、意味もなく扉を撫でる。
(私は、この扉を開けようとしているけれど、
この扉でなければならない理由はあるのだろうか)
私は、扉をノックしてみる。
(また、仮に扉を開けることができたとして
それから私は、なにをするつもりなのだろう)
私は周囲を見回す。
(このことは、どの扉についても言える)
その時、扉の内鍵の外れる気配がした。
2012/04/22
俺は工場で働いている。
なぜなら、俺の目の前には
ベルトコンベアが静かに流れているから。
この状況に置かれていては
ともかく流れ作業をするしかあるまい。
それにしても、よくわからないものが色々、
よくわからないなりに流れてくる。
俺の傍らには様々な工具らしきものが置かれ、
俺自身、モンキーレンチを右手に持っている。
これでなにかすべきであろうけれども
なにをすれば適切であり、
なにをすれば問題になるのか
俺には判断できない。
少し離れたところに他の工員が立っている。
彼は千枚通しのようなもので
流れてくるものをズブズブ刺している。
時々、刺されたものが悲鳴のような音を立てる。
それを聞く度、彼の横顔が笑うのが見える。
ベルトコンベアを挟んだ向こう側にも工員がいる。
彼は黙って流れを見下ろしているだけだ。
黙視検品というものであろうか。
ふと俺は、足もとが流れていることに気づく。
なんと、工場の床だとばかり思っていたものは
じつは大きなベルトコンベアだったのだ。
俺は途方に暮れてしまう。
2012/04/12
僕は学校帰りに自転車で転んで
頭を強く打って
気がついたら
黒い犬がいて になっていて
制服のスカートが破れ 私は
手が悴んで
とても困ったことに
そんなこと
「ああ、お願い。 やめて!」
どうして辺鄙な
軍艦なんか
でも、 片目の人形がこっちを
「 もっと強く。 血が 」
「 逆転すると困る ?」
「案外ね」
いくら炊飯器だって
俺にもわからない。
「ただいま」
「 遅かったわね」
そういうわけなのでした。
2012/03/22
私は走っていた。
そして、焦っていた。
この先にある目的地まで、私は
どうしても日没までに辿り着かねばならない。
けれど、それは死を意味していた。
日没を過ぎれば、友の死。
日没の前であれば、私の死。
どちらも耐え難い。
できれば、どちらも避けたい。
そこで私は考えた。
ちょうど日没と同時に到着したらどうだろうか、と。
友は殺せまい。
私も殺されまい。
・・・・甘い考えだろうか。
私は走りながら腕時計の時刻を読む。
目的地点における日没時刻は計算済みだ。
私は走る。
とにかく走る。
途中、目の前に亀が歩いていた。
私が現在の亀の位置に辿り着いた時
この亀は少しばかり前進しているはずだ。
その少しばかり前進した位置に私が至った時
さらにほんの少しばかり亀は前進しているはずだ。
・・・・などと考えているうちに
私は亀を追い越してしまっていた。
私は走る。
ひたすら走る。
脚が痛い。
胸が苦しい。
頭が割れそうだ。
それでも走る。
それでも私は、走り続ける。