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2013/06/14
住所のメモだけが頼りだった。
地図はなく、電話番号もわからない。
もっとも、住所だけで十分ではあった。
むしろ、これで見つけられない方が問題である。
途中で迷ったりしながらも目的地に着いた。
入口らしくない入口から建物に入る。
受付嬢らしくない受付嬢がいたので挨拶した。
「あなたはとてもきれいだ」
受付嬢はにっこり笑う。
「では、こちらへどうぞ」
合い言葉が通じたのだ。
奥へ案内された。
そこは殺風景な狭い部屋だった。
「壁から手を離さないで、お待ちください」
当惑したが、とりあえず壁に両手を当てた。
「片手で結構ですよ」
受付嬢はにっこり笑いながら立ち去った。
しばらくすると、裸の少女が現れた。
顔はあどけないが体は違うのだった。
手を伸ばしたが惜しくも届かなかった。
壁から片手を離してはいけないのだ。
そこで、手を滑らせながら壁を移動した。
すると、裸の少女も移動するのだった。
少女の白い肌に触れることができない。
部屋の出入り口で壁が切れているからだ。
壁から自由な少女は出入り口を越えてしまう。
走り疲れて、ついに床に座り込んだ。
それでも片手は壁から離さなかった。
すると、少女は近寄ってきた。
聖母のようなやさしい眼差しだった。
ようやく少女の乳房に触れることができた。
「あなたは合格です」
そう言うと、裸の少女は部屋を出ていった。
それにしても、疲れた。
突然、頭の上から男の声がした。
「こちらに来たまえ」
見上げると、天井に穴があいていた。
そこからロープがゆっくり下りてくる。
その口ープをにぎり、壁から手を離す。
その途端、床が二つに割れた。
あわてて両手でロープにしがみつく。
割れた床の下は真っ暗闇だった。
必死でロープをのぼってゆく。
天井の穴を抜けると広い部屋に出た。
そこには大勢の人々が待っていた。
「よく来た」
背の高い男が発言する。
さっきの男の声だ。
「あやうく死ぬところだったぞ」
男の顔をにらみ、文句を言う。
穴が大きくて、まだ足が床に届かない。
ロープをにぎる手がしびれてきた。
背の高い男は低い声で笑った。
「許せ。これも手続きなのだ」
その途端、両手の力が抜けてしまった。
2013/06/11
オフィスを出ようとしていたら
女子社員のひとりに呼び止められた。
「これ、素敵ね」
彼女のデスクの上に胸像が置いてある。
それをボールペンの先で示しながら
彼女は感心したような表情をしている。
石膏を削って表面に着色したもの。
彼女の姿形に似せて僕が作り、
僕が彼女にプレゼントしたものだ。
「それは、どうもどうも」
嬉しくなり、彼女と話し込もうとしたら
別の女子社員が声をかけてきた。
「これも素晴らしいと思うわ」
その彼女のデスクの上にも胸像が置いてある。
やはり僕が作ってプレゼントしたもの。
さらに他の女子社員たちの声が重なる。
「私、こっちが好き」
「これが一番いいわ、私は」
「ううん。こっちのが最高よ」
どうやら、この部署の女子社員、
見境なく全員にプレゼントしたらしい。
みんな、顔をこちらに向け、
みんな、僕の作晶を褒めてくれる。
嬉しくて涙が出そうになる。
「みんな、ありがとう」
それから、僕はオフィスを出ると
もう二度と戻って来なかったのだった。
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2013/06/06
海岸なのに海は見えないのだった。
大男が大きなオートバイに乗り
砂浜を颯爽と横切ろうとしている。
心配していると、やはり横倒しになった。
水着の女たちの大袈裟な悲鳴が聞こえる。
それからどうなったのか
あまり気にせずハンバーグ屋へ入る。
じつは違うのかもしれないが
とにかくハンバーグ屋のような店だ。
やや長い行列がレジ前にできている。
私が並んだ列のすぐ手前の男が
隣の列の女と会話をしている。
「それは嘘だろ。絶対に嘘だ」
「だって、こんな辺鄙な海じゃないもん」
「わがまま言うなら、おれは帰る」
その男、行列から抜け出ようとしながら
なんのチケットか不明だが
また、どうして持っていたのかも不明だが
とにかく私が手に持っていたチケットを
さっと奪ってしまうのである。
男の服の袖をつかむことができたので
私は引っ張り、さらに男の手首をつかむ。
「おい。チケット返せ」
なかなか凄味のある声なので
どうも自分の声ではないような気がしてくる。
まあ、それはともかくである。
この店の窓からも
まったく海は見えないのだった。
2013/06/02
夕闇の荒野をひとり、
くたびれた旅入が歩いていた。
遠く人家の灯りが見える。
頼めば泊めてもらえるかもしれない。
不用心な事に
その家の玄関の扉は開いていた。
見知らぬ家族が食卓を囲んでいる。
老婆がうなずく。
「おかえり。遅かったね」
若者が立ち上がる。
「おかえりなさい。お父さん」
美しい女が微笑む。
「疲れたでしょう。あなた」
旅人は走って逃げる。
「嘘だ。こんなのデタラメだ」
裏返しの星座には見覚えがない。
流れ星が夜空を昇ってゆく。
2013/05/29
クルマは高速道路を走っていた。
「えっ、なに?」
返事がなかった。
「なんだよ?」
やはり返事がないのだった。
おれは不安になってきた。
「あのさ、なにか言わなかった?」
「なにも言ってないわよ」
「おかしいな」
「私の声が聞こえたの?」
「うん」
「空耳よ」
「そうかな」
「寝ぼけてたんじゃないの」
そこで、目が覚めた。
自宅の寝室だった。
夢だったのだ。
笑える。
本当に寝ぼけていたらしい。
それはともかく、少し気になる。
あれは本当に空耳だったのだろうか。
確かに聞こえたのだ。
よく聞き取れなかったけど。
それに、あの走っていたクルマ。
あれは
いったい誰が運転していたのだろう。
彼女は後部座席で
おれは助手席で
おれの横には誰もいなかったのに。
2013/05/28
意識の底へ沈もうと思う。
潜水艦に乗って
深く深く・・・・
まずハッチをしっかり閉める。
水漏れは死を意味する。
二度と浮上できなくなる。
小さな丸窓から意識の海が覗き見える。
ありふれた欲望や不安の魚が泳いでいる。
光が失われてゆく。
サーチライトを点ける。
双頭のウミヘビが視界を横切る。
閉じたり開いたりする洞窟のいびつな門。
漆黒の闇の奥で胎児が泣いている。
聞こえぬはずの泣き声さえ聞こえる。
オギャー オギャー オギャー
海ユリが鯨を飲み込もうとしている。
その不気味な花弁の口が裂ける。
青い血の煙
軋む音が艦内に響き渡る。
巨大なイカの脚に抱きつかれたらしい。
丸窓を覆い尽くす吸盤。
可能性として思い浮かぶ。
あるいは巨大なタコかもしれない、と。
比重の童そうな液体が溜まり始める。
そこだけ床が凹む。
不意に、音もなく室内灯が消えた。
もうなにも見えない。
なにも感じない。
2013/05/23
水晶池には、奇妙な伝説があっての。
昔、ある坊さんが村にやってきて
山を掘って水晶の塊を見つけたそうじゃ。
それを坊さんは素手で磨いて
十年かけて水晶の玉にしたんじゃと。
それは見事な玉であったそうじゃ。
しかも、この玉をじっと覗くと
人の心が透けて見えたという。
やがて、坊さんは気がふれてしまっての。
あわれ、山の池に入水じゃ。
水晶玉を抱いたままでの。
この坊さん、白蛇になったとか
いかにもそれっぽくいわれとるな。
水晶玉は池に沈んだまま
いくら捜しても見つからん。
潜る者、ことごとく気がふれおる。
見つげられんのじゃ。
以来、この池を水晶池と呼んでおる。
よくわからん話じゃ。
どんなもんが透けて見えたのやら。
2013/05/06
ここで死ぬるは
ここで生まるるより多し
あるところに砂漠があり、
その果てに偉大な扉があった。
まだ誰にも開けられたことのない扉。
鍵穴はなく、わずかな隙間さえない。
だから、扉の向こう側を知る者は
どこにもいないのだった。
「黄金の宮殿がそびえているのだ」
「いや。世界を征服できる剣があるのだ」
「いやいや。きっと、どんな望みでも叶う
魔法の泉が湧いているに違いない」
そんなふうに
ただ己の欲望を投影するばかり。
この扉はカでは開かない。
呪文でも開かない。
爆薬でも壊れなかった。
空しい試みが繰り返され、
多くの猛者が扉の前で屍となった。
さて、ここで疑問がある。
開くことのない扉は
本当に扉だったのだろうか。
扉そっくりに描かれた
砂の絵ではなかったのか。
2013/05/04
未開の土地に小さな部族があった。
貧しい部族ではあったが
唯一、古くから伝わる宝があった。
「犀の角」という名の笛である。
犀の角の形をした縦笛。
大昔、天から降りたと伝えられている。
これを吹くことを許されているのは
部族の中でも選ばれた者。
長となるよう定められた男だけである。
しかも、この笛を一度吹いたら
もう二度と吹いてはならないのだ。
正しくは、一度吹いたら
もう二度と吹けなくなるらしい。
その理由は謎とされている。
満月の晩、老いた長は皆を呼び集めた。
そして、集まった皆の前で
ある若者に犀の角を手渡した。
長は草原の上に浮かぷ月を指さし、
行け、と若者に合図をした。
若者はうなずき、
草原の向こうへ消えた。
季節が流れ、
やがて若者は戻ってきた。
ただし、もう彼は
ただの若者ではなかった。
この部族の長なのであった。
2013/04/29
荒れ果てた岩だらけの大峡谷。
たまに大小の岩が転がり落ちてくる。
一列に並んで転がってきた岩の集団が
まるで人が運転する乗り物のように
落ちる寸前、断崖の縁に躊躇して止まり、
やがて決心がついたらしく飛び出し、
放物線を描いて落下する光景も見られた。
もし岩の中に運転手がいたとすれば、
もう二度と彼は運転できないだろう。
いかに荒れ果てようとも
岩の行動としては奇怪すぎるように思えた。
落ちたくないのに落ちなければならない。
そのような理由でもあるのだろうか。
何か秘密があるような気がしてきた。
この大峡谷には隠された秘密がある。
なぜ岩は転がり落ちて自減するのか。
なぜ大峡谷が荒れ果ててしまったのか。
これらの謎を解く鍵があるはずだ。
そんな確信のようなものがある。
しかし、なぜ秘密にするのか。
知られると不具合でも起こるのか。
まるで、そう、まるで・・・・
興奮のため、息苦しくなってきた。
その時だった。
異変に気づいたのは。
黒々とした、とんでもなく大きな岩が
恐ろしい速度と地響きの迫力を伴って
まっすぐこちらに向かって転がってくる。
逃げようにも足がすくんで動けない。
間に合わない。
衝突され、押し潰され、確実に殺される。
目の前が真っ暗になった瞬間、
頭の中が真っ白になった。