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2015/08/13
傾きに気づいた頃には
すっかり家は浸食されていた。
壁や柱は喰い散らかされ
床はへこみ、天井には大きな穴。
ここまでひどいとは思わなかった。
いまさらリホームしても手遅れだろう。
仕方がない。
おれは家に火をつけた。
メラメラと燃えあがる我が家。
土台までしっかり焼けるよう
灯油も少しばかり注いでやった。
さて、家は完全に焼け落ちた。
しばらくはホームレスだ。
ただし、テントはある。
寝袋だってある。
水とトイレは近所の公園。
まあ、なんとかなるだろう。
汚れた灰色の夜空に向かって
おれは誓う。
今度こそ浸食されない家を築いてやるぞ、と。
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2015/08/11
気が遠くなるほど昔
まだ豚に翼が生えていた頃のお話。
でなかったら
これから起こるかもしれないお話です。
海原と大地は天にあり
大空は眼下に深く
どこまでも底が抜けておりました。
それにもかかわらず
絶大な権力を持つ王の統治下
生きんとするものは殺され
死なんとするものは生かされ
満たされぬ日々の暮らしが
子々孫々と続いておるのでした。
そんなある日の昼上がり
女の子なのに男の子が言いました。
「天地が逆さまだよ」と。
しかしながら
そんなもっともらしいこと
今さら言われても
すでに手遅れなのでした。
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2015/08/07
人生に絶望して
踏切に飛び込んだら
なぜか不意に
目の前で電車が脱線した。
そのため
線路上の僕は助かり、
遮断機の前で
律儀に待っていた人たちは
迫り来る車両を
避け切れずに
みんな
亡くなってしまった。
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2015/04/04
「あやかし」という名の怪物に襲われ
豪華客船が難破した。
どんな怪物なのか
と言うと
なぜか人によって
まったく印象が異なるのだった。
ある水夫
「入道雲みたいに大きなクジラだったね」
若い女性客
「あら、いやらしい顔の大男よ」
幼い女の子
「イチゴのショートケーキを頭にのせたタコみたいなの」
船長
「私が見たのは、悩ましき声で歌う美しい人魚の群でした」
そういうところがまた
あやかしのあやかしたる所以なのだろう。
2015/02/26
キラキラ輝いて
まぶしくて
とても美しいのだけれども
ほんのちょっとの衝撃で
粉々に壊れてしまいそうな
そんなガラスの街のお話です。
そして
実際のところ
この美しいガラスの街は
ほんのちょっとの地震で
粉々に壊れてしまったんですけどね。
あはは。
そういうわけで
まことに残念ながら
これ以上
お話は先に続きません。
ガラガラ ガラガラ
ガッシャーン!
はい、おしまい。
2015/02/17
暗い道の先の向こうから
バンジョーを弾きながら男がやってくる。
「ハーイ!」
陽気な男だ。
おそらく酔ってる。
「ハーイ!」
俺も酔ってる。
片手を上げて挨拶する。
男はバンジョーを弾きながら
そのまま俺が歩いて来た道を行く。
俺はバンジョーを持ってないが
そのまま男の歩いて来た道を行く。
お互い、もう会うこともなかろう。
バンジョーの物悲しい音だけが
しばらく俺の耳に残る。
2015/01/30
そのピアノは横に長いのだった。
つまり、鍵盤の音域がとても広い。
そのため、低音部は低すぎて音が聞こえない。
高音部は高すぎて、やはり音が聞こえない。
人間の耳に聞こえない音域まで鳴るのである。
なんでまたそんなピアノを製造したのか
理由は不明である。
ちなみに
このピアノを買った私の父は現在、行方不明である。
たわむれに鍵盤の端を叩いてみる。
近所の犬が吠えたり
窓辺に鳥が集まって来たりする。
このピアノを演奏するピアニストは
床に敷かれたレールの上にある椅子に座り
鍵盤の前を左右に滑るように移動しながら演奏する。
ただし
やがて精神に異常をきたすので
長時間の連続演奏は控えねばならない。
2015/01/24
僕の恋人と呼べないかもしれない彼女は
暗くて狭い洞窟に棲んでいる。
言葉を話せないので
人間とも呼べないかもしれない。
ただし、なんとなく気持ちはわかる。
なにか考えているらしいことも推測できる。
けれど、推測できると僕が思い込んでるだけで
じつは僕の思い違いであるかもしれない。
そう言えば、彼女は時々
美しいけれども理解できない歌を口ずさむ。
おそらく、それが
彼女にとっての普通の言葉なのだろう。
そんな彼女の奇妙な歌を聴いているうちに
ふと奇妙な考えが浮かぶ。
じつのところ僕は彼女の恋人でもなんでもなく
むしろ僕こそ人間ですらなく
たとえば、そう、たとえば
ただの彼女のペットに過ぎないのではなかろうか。
2015/01/21
さて、わかれ道だ。
右は「険しけれど面白き道」
左は「穏やかなれど退屈な道」
そのように道案内の立て札にある。
ただし、実際に表示通りかどうかは不明。
なんらかの罠である可能性は否定できない。
ある種のいたずらでないとも限らない。
それに、かなり古い立て札なので
立てた昔と今とにズレがありそうなものだ。
また、仮に表示内容が正しいとしても
右へ行けば、死ぬほど険しい道かもしれない。
左の道は、死にたくなるほど退屈かもしれない。
疑えば切りがない。
とりあえず、右の道を選んでみよう。
危険を感じたら、引き返せばいい。
あるいは引き返せなくなるかもしれないが
どうせ100%の安全など現実にはあり得ないのだ。
2014/12/13
紅葉の季節に古都の街並み歩めば
観光地らしう雅な琴の音聞こゆ
「ひさしぶりどす」
「おいでやす」
なにはとまれ馴染の老舗旅館に泊り
芸者太鼓持ちなんぞ呼んで騒ぐぞかし
「ここはどこどす?」
「ここは古都どす」
きっぱり散らば潔いに散らぬゆえ
公家神官陰陽師琵琶法師やら徘徊す
「ほなさいなら」
「おおきに」