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2009/01/23
理科室で彼女を待っていた。
理科室は暗かった。やや寒くもあった。
人体の骨格標本が奥に白く立っていた。
外の元気な声は、陸上部の練習だろう。
戸棚には、あやしげな薬瓶と実験器具。
緑色に濁った水槽。空気ポンプの音。
いつまでも彼女の来るのを待っていた。
とうに待ち合わせ時間は過ぎていた。
テーブルの上、出しっぱなしの顕微鏡。
窓辺に運び、暇つぶしに覗いてみた。
「もう。遅かったじゃないの!」
こちらを見上げる彼女の怒った顔。
2009/01/21
「ほら、見て。この花」
「おっ、赤くなった」
「不思議でしょ」
「どうなってんの?」
「あなた、へんなこと考えたでしょう?」
「えっ。・・・・・・考えてないよ」
「この花、人の心が読めるのよ」
「ほう」
「そして、恥ずかしがると赤くなるの」
「へえ」
「とっても不思議な花なの」
「おっ、今度は青くなった」
「あなた、信じてないわね」
「えっ。・・・・・・信じてるよ」
「だって、この花、怒ると青くなるのよ」
2009/01/18
廃墟になった原子力発電所に幽霊が出るという。
昔、放射能漏れ事故が発生し、
多くの職員が亡くなった場所だ。
「やっぱり、おまえだったのか」
「ああ・・・・・・」
「どうして幽霊に」
「ああ、被爆して・・・・・・」
「まだ怨んでいるのか」
「ああ・・・・・・」
「おまえ、なんだか幽霊らしくないぞ」
「ああ、やっぱり・・・・・・」
「どうして足があるんだ。幽霊のくせに」
「ああ、だから仲間に笑われる・・・・・・」
「足があるからか」
「ああ・・・・・・」
「でも、どうして」
「ああ、放射能汚染のせいで・・・・・・」
2009/01/12
昔、あるところに、爺と婆がいた。
爺は山で柴を刈っていた。
「さて、そろそろ昼飯にしようか」
爺が湧き水で手を洗うと、たくさん泡が出てきた。
そして、爺の手はとてもきれいになった。
妙なこともあるものだ、と爺は思った。
この湧き水は谷に流れ、川になっている。
婆は川で洗濯をしていた。
そこへ川上から泡が流れてきた。
その泡で洗うと着物がきれいになった。
妙なこともあるものだ、と婆は思った。
夕方、家に帰った爺の背中を婆が洗った。
すると、爺の背中からたくさん泡が出てきた。
そして泡から産声がして、赤ん坊があらわれた。
ふたりは驚いた。
「これはまた、妙なことがあるものだ」
でも、ふたりとも子どもが欲しかったので大喜び。
女の子だったので、泡姫と名づけた。
やがて、泡姫は美しい少女に育った。
美しいだけでなく、とても清潔好きだった。
泡姫が爺と婆の背中を洗うと、たくさんの泡が出た。
きれいになるだけでなく、気持ちよかった。
そのせいか爺も婆も若返ったように見えた。
これが村の評判となり、隣村でも噂された。
泡姫に洗ってもらおうと、若者が詰めかけた。
やさしい泡姫は、皆の背中を洗ってやった。
爺と婆は、お礼に野菜や米をもらった。
さらに、噂は若い殿様の知るところとなった。
城に招かれ、泡姫は殿様の背中を洗った。
泡に包まれ、殿様は大いなる幸せを感じた。
と、殿様の背中から赤ん坊があらわれた。
殿様に顔がそっくりな男の子だった。
「あっぱれ。でかしたぞ」
殿様は喜び、そのまま泡姫を正室とした。
赤ん坊は泡太郎と命名され、やがて世継ぎとなった。
まさに泡のような昔々の話である。
めでたし、めでたし。
2009/01/03
水着に着替えてからドアを開けると
海水が家の奥まで押し寄せてきた。
「わあ、冷たい!」
まるで入り江になったみたいだ。
でも、家の中で泳ぐ気はしない。
膝くらいの深さしかないし、
泥に濁った海水だから、なおさらだ。
玄関を出ると
庭は海面の下に沈んでいた。
チュ−リップの花が溺れかけてるけど
あれは造花だから別に気の毒じゃない。
たくさんの船の横顔が垣根越しに見える。
道路が狭くてすれすれを通るから
見上げるくらい大きくて迫力がある。
オートバイに乗った友だちが手を振る。
「おはよう。元気かい」
「やあ、すてきなバイクだね」
水陸両用の最新型だ。
「折りたたみ式テントが内蔵されているんだよ」
「それはすごいね」
なんとなく感心したけど、
でも、どこにテントを張るつもりなんだろう。
「さあ、急ごう」
とりあえず、変な位置の補助席に乗り込む。
「みんな、待ってるかな」
「もちろん、みんな待ってるとも」
手馴れた仕草でビーチパラソルを開く。
真夏の日差しと風を受け、
最新式の乗り物が海へと動き始めた。
もっとも近頃、どこもかしこも海なんだけど。
2008/12/31
とりあえず女になってみる。
もちろん美人。いわゆる女盛り。
化粧なんか邪魔よ、邪魔。素顔が最高。
宝石も髪飾りも、ハイヒールもいらない。
裸より素敵な服なんか、どこにもない。
「おなか、すいたみたい」
つぶやくだけで用意される豪華な食卓。
私が食べると、男どもは感謝する。
私の触れた食器は、そのまま家宝。
死ねって言えば、死ぬかしら。
ちょっと怖くて、言えないわ。
でもね、そんな魅力だけじゃなくてよ。
いろんな能力があったりするわけよ。
たとえば、感覚がものすごく鋭いの。
鼻は、犬並み。臭くてかなわん。
耳は、兔やコウモリにも負けやしない。
両の眼は、望遠鏡と顕微鏡。透視も可能。
読心術だってできる。予知だって。
さらに、体力だってすごいのよ。
美しい指先、七色の光線銃。
豊かな乳房は、連発式のロケット砲。
走れば、裸足で音速超えちゃうの。
ほら、空だって鳥みたいに飛べるのよ。
どう? すごいでしょ!
ええと、なんですか。
ああ、そうですか。
だからなんだ、と言うわけね。
ただの、空想の女の話だよ。
2008/12/29
磁石男の悲しみは深い。
鉄を引き寄せるくらいなら、問題ではない。
ナイフが飛んできて、胸に刺さるくらいだ。
この男は女を引き寄せるから、困る。
それも美女ばかり、選り好みをするのだ。
磁石男が街を歩けば、美女が飛んでくる。
空中正面衝突など、日常茶飯事だ。
あまりに磁力が強烈で、離れられなくなる。
もちろん、水をかけたって離れない。
美人コンテストの会場では、死にかけた。
なんとか救出されたのは、三日後だった。
引き寄せられないから、と泣く女までいる。
押しのけられないのだから、と慰める友人。
実際、反発されて飛び去る女だっていた。
誰も磁石男の苦しみを救えなかった。
磁石男は、ひとり教会で祈るのだった。
やつれた姿は、いまにも死にそうに見えた。
神の力なら、磁力が消えるかもしれない。
だが、その時であった。
礼拝堂の奥から現われるものがあった。
それは、空中を飛ぶ、聖母マリア。
大きくて重そうな、美しい石像だった。
2008/12/07
女房もらうんなら掃除好きに限るな。
ホコリ溜めねえで金を貯めるってもんだ。
うちのなんかもう掃除好きで大変だぜ。
よそでホコリ見つけると懐かしくなるよ。
しかも耳掃除ときたらもう天下一品だね。
まず、あいつの膝枕に頭のっけるだろ。
あの耳かき棒がぐいっと突っ込まれるね。
耳の穴の奥をぐりぐり掻きまわされてな。
脳ミソをくすぐられてるような心地よさよ。
もう口の端からよだれが垂れちまうよ。
おれの親父なんか小便まで垂らしやがった。
それにまた、耳クソの出ること出ること。
どこからこんなに出るのか信じられねえぜ。
終わると、頭が軽くなって浮いちゃうよ。
そりゃ冗談だけどさ、そんな感じだよ。
どうだ、おまえ。うらやましいだろうが。
それでな、おれにいい考えがあるんだ。
あいつに耳掃除屋をやらせるわけよ。
つまり、客の耳の穴を掃除する商売さ。
いや、本当だって。絶対に儲かるって。
あの耳掃除を途中でやめられてみな。
こりゃもう確実に身もだえもんだよ。
大枚はたいても続けて欲しくなるって。
なんなら、おまえが最初の客になりなよ。
どうだ。なんとも耳寄りな話じゃねえか。
2008/11/29
ほとんど誰も知らないが、
レレレという名の神がいて、
それを祭るレレレ神殿というものがある。
ここの神様はひまなのだ。
まったくといってよいほど
仕事がない。
どこかを支配しているわけはなく、
なにかを任されているわけもない。
なにもしない名ばかりの神なのだ。
これでは崇められるはずもない。
神殿があることさえ不思議なくらいだ。
ところが、この神殿に祈る人がいる。
「レレレの神よ、お願いです」
なにやら罪深い人らしい。
「どうか、なにもしないでください」
2008/10/05
真夜中に目が覚めた。
まったく、ひどい悪夢だった。
下着もふとんも汗でぐっしょり濡れていた。
寝室は完全な暗闇であった。
着替えるために立ち上がると、
頭になにか異様なものが当たった。
こんなに天井が低いはずはない。
手で触れてみると、ぬるぬるしていた。
「なめてやろか食ってやろか!」
突然、おそろしい声がした。
「なめてやろか食ってやろか!」
人間の声ではない。妖怪であろう。
「なめてやろか食ってやろか!」
食われたら、死んでしまう。
「な、なめてください」
必死に頼んでみた。
すると、とんでもない笑い声がして
「なめるぞ、なめるぞ、なめまくるぞ」
それから、死ぬほどなめられてしまった。