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2012/01/04
普段おとなしい人が怒ると怖い、という。
怒り慣れてないくせに
我慢の限界を超えて無理に怒るものだから
つい羽目をはずしてしまうのだろう。
うちのお父さんが怒った時は
ひとりで黙って家を出て
かなり遠くにある川原まで行って
大きな石ころをいくつも拾ってきて
それを転がしも放り投げもせず
私の部屋の床にそっと並べるように置いて
裏返った声の変なアクセントで私に言ったのだ。
「おまえ、いい加減にしろよ」
うん。確かに怖いものはあった。
2012/01/01
今は授業中。
君は僕の目の前に座っている。
その愛しき背中。
この席を確保するために僕がどれほど苦労したか
君は知っているだろうか。
(君のすぐ後ろの席に座りたい)
(君のすぐ後ろの席に座りたい)
(君のすぐ後ろの席に座りたい)
必死に繰り返せば、想いは届く。
君のすぐ後ろの席だった女の子のメガネが壊れてしまい、
最前列の席だった僕が席替えを提案したのだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
今はただ、僕の熱き想いを君に送るのみ。
君の美しい黒髪を見つめる僕。
(君のうなじが見たい)
すると、君は髪に手をやり、
その白いうなじをチラリと僕に見せてくれる。
それは偶然かもしれない。
(君の横顔が見たい)
君は消しゴムを床に落としてしまい、それを拾おうとして
麗しき横顔をチラリと僕に見せてくれる。
これも偶然かもしれない。
でも、偶然だってかまわない。
僕の狂おしき想いよ、君に届け。
(君が好きだ)
(僕、君が好きだ)
(僕、君が大好きだ!)
不意に君が振り向く。
(あんたなんかきらい)
(あたし、あんたなんかきらい)
(あたし、あんたなんか大っきらい!)
なるほど。
しっかり届くもんだ。
2011/12/30
おれは質屋に入った。
どうしても現金が必要だったからだ。
「おや、先生。いらっしゃい」
質屋の主とは顔なじみだった。
「じつは、相談なんだが」
おれは主の目をまともに見ることができなかった。
「なにか売りたいのだが、なにも売るものがないのだ」
母親は、少し前に売ってしまった。
すでに父親は、売る前に亡くなっている。
妹はいるが、これは売るわけにはいかない。
その妹の薬代のために金がいるのだから。
「それは困りましたね」
「なんとかならないかな」
主はおれの顔をまじまじと見る。
「先生は、たしか絵が描けましたよね」
「ああ。そこそこ描けるが、絵が売れるのか?」
「いいえ。近頃、なかなか絵は売れません」
「そうだろうな」
「絵に買い手はつきませんが、絵を描く才能なら」
「なに? 才能が売れるのか?」
「売れます」
「いくらくらいになる?」
「ちょっと先生、これに描いてみてください」
チラシを裏返して、ボールペンと一緒に渡された。
その白紙にさらさらと、主の似顔絵を描く。
久しぶりだったが、なかなか上手に描けた気がする。
「これはまた、うまいもんですね」
「いくらになる?」
主は電卓のキーを叩いた。
「こんなところですね」
なかなかの金額だった。
迷うことはない。
「よし。売った!」
それで商談成立。
現金を手に入れると、おれはそのまま薬局へ向かった。
「お兄ちゃん。ありがとう」
薬を飲みながら妹が礼を言う。
だが、おれはあまり嬉しくなかった。
妹の様子がおかしいのだ。
いつもと違う。
なぜだろう。
妹の顔が、あまりかわいらしく見えなかった。
しばらくして、おれはやっと気づいた。
やれやれ。
絵を描く才能を失うとは、こういうことか。
2011/12/25
その大道芸人は道端に寝転んでいた。
なんの芸も見せていなかった。
「おい。なんかやって見せろよ」
餓鬼大将のポン次が命令した。
寝ていた芸人は片目だけ開け、おれたちを見上げた。
「銭はあるか?」
「銭なんかねえが、牛ガエルならあるぞ」
おれは、後ろ足が一本しかない獲物を示した。
「なんで片足なんだ?」
「さっき味見したからな」
「面倒臭えな」
「おまえの見世物はなんだ?」
「口では説明できねえよ」
「じゃ、やれよ」
「しょうがねえな」
くたびれた芸人は起き上がり、よっこらと立ち上がった。
「さあさ、皆の衆。寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。
見なきゃ損々、お代は見てのお帰りだよ」
急に元気になって口上を述べ始めた。
「ご覧の通り、様子のよろしい坊ちゃん方」
と、おれたちを紹介。
「たちまちに消してご覧に入れまする」
なにやら呪文を唱えると、
ポン次や仲間の姿が本当に消えてしまった。
「すげえ!」
おれは興奮して叫んだ。
なぜか、おれは消えてない。
「おい。牛ガエルよこせ」
言われるまま、おれは芸人に食いかけを渡した。
「ありがとよ」
それから芸人は、おれに向かって呪文を唱えた。
2011/12/23
「遥かなる大平原が見えます」
おれには怪しげな身なりの女が見える。
「あなたの前世は」
その占い師は言うのだった。
「モンゴルの馬賊です」
「なるほど。モンゴルの馬賊か」
「そうです。モンゴルの馬賊です」
「すると、そのモンゴルの馬賊の」
「そのモンゴルの馬賊の頭目」
「頭目か」
「いいえ。そのモンゴルの馬賊の頭目の息子」
「息子か」
「いいえ。そのモンゴルの馬賊の頭目の息子の馬です」
「馬?」
「そうです。馬です」
「つまり、おれの前世は、モンゴルの馬賊の頭目の息子の馬?」
「です」
おれは腹が立った。
「なら、おまえの前世はなんだ」
「アラブの女王です」
「そうか」
「そうです」
ますます腹が立った。
「おれが何者か知っているか?」
「知りません」
「マフィアのボスだ」
「そうですか」
「おまえは占い師だ」
「そうです」
「どうやら現世では勝てないようだな」
「そうかもしれません」
「そうかもしれないではなく、そうなのだ」
おれは女をにらむ。
「来世では」
どうやら女も腹を立てたらしい。
「来世?」
「私はトルコの監獄の看守です」
「看守?」
「そうです」
「なら、おれの来世は?」
女は目を閉じる。
「あわれなる死刑囚の姿が見えます」
2011/12/21
部屋の窓から水平線と地平線が見える。
海と草原と山と湖と滝と池だって見える。
さらに空には虹とオーロラまで。
「どうだい、ここは?」
俺はフィアンセに尋ねる。
「そうね。なかなか悪くないわね」
彼女、あまり嬉しそうじゃない。
「なにか不満ある?」
「まあ、あると言えばあるけど」
「たとえば?」
「あの虹、三重にできないかしら?」
「お安い御用さ」
俺は部屋を出ると
すぐに携帯端末から指示を出した。
しばらくすると、虹が四重になった。
「あら。三重でいいのに」
「なに、サービスさ」
それから、牧場と遊園地を追加した。
インディアンを走らせ、騎兵隊に追わせたり、
UFOを編隊で飛ばすような演出さえして見せた。
「他には?」
「あのね」
はっきり彼女は言った。
「あなた。もっと素敵な男性になって」
2011/12/20
あんまり暇で死にそうだから
暇つぶしをすることにした。
外に出て魅力的な女を見つけたら、
その女を尾行するのだ。
ストーカーではないか、と言われそうだが、
気づかれなければ迷惑にはなるまい。
さっそく家を出る。
駅前商店街へ向かう。
あっさりターゲット発見!
ロックオン!
まだ若い女だ。
学生かもしれない。
休日だから私服なのだろう。
歩く後姿が見飽きない。
コンビニに入った。
ス−パーでないところが、さすが。
我慢して外で待機。
顔を覚えられたら尾行に気づかれる。
コンビニから出てきた。
来た道を戻る。
危ない危ない。
道路を挟んで監視していて正解だ。
横顔もなかなか魅力的。
尾行を続ける。
我が家と同じ方向だ。
案外、近所の子かもしれない。
おやっ? 角を曲がった。
その先は・・・・・・
しまった。
女が振り向いた。
「あら、おじいちゃん。どうしたの?」
どういうことだ。
信じられん。
実の孫娘なのだった。
2011/12/19
兵士となって戦場へ向かう恋人。
それを見送る娘。
「必ず帰ってきてね」
「うん。必ず帰ってくる」
だから、恋人は帰ってきた。
娘との約束を守るため。
ただし、幽霊となって。
「私、悲しいけど、嬉しいわ」
「僕もだよ」
娘は幽霊の恋人と暮ら始めたが、
幽霊なのでつかみどころがない。
娘は生身の恋人が欲しくなってきた。
「もう戻っていいわよ」
「戻るところなんかないよ」
しかし、幽霊の恋人がいたのでは
生身の恋人が寄ってこない。
娘は幽霊の恋人を心霊スポットに誘い、
女の幽霊と見合いさせてみた。
「君はゾクゾクするほど素敵だ」
「あなたこそビクビクしちゃいそう」
あっさりまとまってしまった。
さすがにショックを受けたのか、
その帰り道、娘は交通事故を起こした。
「やっぱり帰ってきてよ」
死んで幽霊になった娘。
2011/12/18
「いけないことよ」
「そんなのわかってる」
「ああ、駄目だったら」
「我慢できないんだ」
「そんなことしたら」
「ごめん。許してくれ」
「まあ、信じられない」
「やってしまった」
「もう、どうするつもり」
「自首するしかないさ」
「ちょっと待って」
「他に方法はないよ」
「ここをこうして」
「おい。なにやってんだ」
「遺伝子配列を換えてるだけ」
「なんだって」
「これで正当防衛が成立するわ」
「意味わかんないんだけど」
「あら、全然かまわないわ」
「だって・・・・・・」
「さあ、続きをやるわよ」
「・・・・・・」
2011/12/09
「SBY48のハチコを誘拐した」
電話の声に心当たりはなかった。
「あの、もしもし」
「無事に帰して欲しければ身代金を用意しろ」
「あの、間違い電話では」
電話の声はかまわず喋り続け、
俺の月収に相当するほどの金額を要求した。
「あの、なんといいますか」
「おまえがハチコのファンであることは調査済みだ」
「あの、そうですけど」
「ファンなら、彼女にもしものことがあってはなるまい」
「あの、それはそうですけど」
「だったら指示に従え」
身代金の受け渡し日時と場所を指定され、
俺はあわててメモを取った。
「他のファンに喋ったら、ハチコの命は保証しない」
そして、電話は切れた。
等身大ポスターのハチコが、目の前で微笑んでいた。
確かに俺は彼女の熱烈なファンだ。
しかし、関係ないだろ。
しかも、この微妙な金額はなんだ。
もし無視したらどうなる。
もし無事に彼女が保護されたらどうなる。
預金通帳を見下ろし、
俺はすっかり考え込んでしまった。