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  • なくなったもの

    2012/10/27

    怖い話

    目覚めたら、両腕がなくなっていた。
    これでは目をこすることもできない。

    頬をつねってみることもかなわない。
    あるいは夢かもしれないというのに。

    起き上がろうとしたが、両脚もなかった。
    これでは起き上がることもできない。

    助けを呼ぼうとしたら、声が出ない。
    喉も口もなくなってしまったらしい。

    しかたがない。
    寝なおすことにした。

    ところが、まぶたまでなくなっている。

    まぶたがないのに、何も見えない。
    おそらく両目もなくなっているのだ。

    耳もなくなっているかもしれない。
    なぜなら鼓動や呼吸の音も聞こえない。

    何か他にもなくしてしまったに違いない。
    わからないけど、もっともっと大事ものを。
     

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  • 希望のない家

    2012/10/21

    怖い話

    この家を訪れる者
    すべての希望を捨てよ。


    門もないのに
    金棒持った門番がいる。

    玄関には靴を履いたままの足首が並ぶ。
    廊下を駆け抜けるカマイタチの群。


    居間にいるのは
    観用植物になった鉢植えの妹。

    キッチンに入れば
    冷蔵庫を齧るあさましき弟の姿。


    浴室の窓からは
    砂漠の砂が巧妙に侵食する。

    浴槽に浮かぶのは
    孫の手と祖父の腕であろうか。


    父はいつも母に変装している。

    家族は誰ひとり
    生前の母を知らない。


    家の奥には開かずの寝室がある。

    真夜中
    そこで肩を叩かれる。

    そこには
    肩を叩く者も

    肩を叩かれる者も
    いないというのに。
     

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  • 火の酒

    2012/10/03

    怖い話

    どうだ、おまえ。
    こんな酒、見たことなかろ。

    なんでも火の国の地酒なんだと。
    羨ましいか。すげえうめえらしいぞ。

    のん兵衛にはこたえられん酒なんだと。
    飲めるんなら、火の中でも飛び込むとか。

    だから、一口でも飲んだら危険なんだと。
    もう飲むことしか考えられなくなってな。

    たとえば、殺人だってやりかねないと。
    なんてね、酒屋の親父が言ってた。

    もちろん、冗談だろうけどさ。
    おい、なんだその眼は。

    なんか燃えてるぞ。
    まさか、おまえ。
     

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  • 喉にナイフ

    2012/10/02

    怖い話

    ナイフの刃を喉に当てられている。

    身動きできない。
    動けば殺される。

    「あんた、私が怖いのかしら」

    正直なところ怖い。
    もう失禁してる。

    だが今、彼女に嫌われるのは
    もっと怖い。

    退屈な奴と思われるくらいなら
    死んだ方がマシだ。

    「怖くないと言っても、信じないくせに」

    声が震えていた。
    仕方あるまい。

    笑う彼女。
    軽く見られたかもしれない。

    「信じてあげてもいいわよ」

    どうすれば彼女を満足させられるのか。

    意識をめぐらすのだ。
    手段はあるはずだ。

    「君の鼓動が聴こえるよ」

    彼女の胸に押し当てた耳たぶ。
    心に余裕があるように思われて欲しい。

    「それ、自分の鼓動じゃないの?」

    驚いた。
    指摘されるとそんな気もする。

    しかし、簡単に認めてはいけない。

    「たぶん、君と同じリズムなんだ」

    強がりか。
    馴れ馴れしかったか。

    「あら、それは光栄ね」

    皮肉に違いない。
    彼女の声は正直だ。

    ナイフの刃先が喉に突き刺さる。

    鼓動が弱まる。
    意識が遠のいてゆく。
     

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  • 崩落の響き

    2012/09/23

    怖い話

    三年前の冬、雪山でなだれに襲われた。
    悪夢のような崩落の響き。

    僕は奇跡的に助かった。
    しかし、恋人は死んでしまった。

    なぜそうなったのかわからない。
    あれから僕は登山をやめた。

    今、新しい恋人が僕の横で眠っている。
    やすらかに幸せそうに眠っている。

    雪山のように白く大きなホテルの一室、
    雪のように真っ白なシーツの上で。

    生きていることに感謝せずにいられない。
    しかし、まさにその瞬間だった。

    ベッドが激しく揺れ、振り落とされた。
    地震だ。恐ろしい地鳴り。崩落の響き。

    いつか聞いた響きと同じ。
    忘れかけていた思い出が蘇る。

    懐かしい声まで聞こえてくる。
    「アナタモ、マキコンデ、アゲル」
     

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  • 霊園通り

    2012/08/30

    怖い話

    深夜、彼女を荷台に乗せて
    僕は自転車のペダルを漕いでいた。

    道沿いに高い塀が延々と続いているのは
    そこに大きな霊園があるからだ。


    「ここよ。この通りで人が消えるの」

    彼女の声は震えていた。

    タクシーに乗った乗客が必ず
    この霊園通りで消えるというのだ。

    ただの噂話に過ぎないが
    まったく怖くないこともない。

    それで、つい強がりを言ってみたくなる。

    「振り向くと、君が消えていたりしてね」


    なんの反応もなかった。
    いやな予感がした。

    振り向くと、しかし、そこに彼女はいた。

    「なんで黙ってるのさ」
    「だって・・・・・・」

    彼女は視線を落とした。


    なるほど。

    彼女の足が消えかけていた。
     

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  • 悪魔の子

    2012/08/26

    怖い話

    両親は心中した。
    その子を残して。

    遺書はなかった。
    その子が燃やしたから。

    ふたりの大人を死に追いやったのだ。
    その幼い子が。

    かわいらしい子だった。
    絶望させるくらいに。

    両親は奴隷でしかなかった。
    あわれなことに。

    「パパもママも、きらい」
    ちょっとすねてみただけなのに。
     

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    • Tome館長

      2013/07/14 23:11

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2012/09/03 15:52

      「ゆっくり生きる」haruさんが動画にしてくださいました!

  • 2012/08/22

    怖い話

    歩いていたら穴に落ちてしまった。

    大きな穴なのに気づかなかった。
    考え事をしていたからだ。

    かなり深く、なかなか立派な穴だった。
    自力では脱出できそうもない。

    頭上を見上げる。
    丸く切り抜かれた青空が見える。


    しばらくすると、そこに顔が現れた。
    こちらを見下ろす。

    中年の男だ。
    おそらく通行人であろう。

    あるいは助けてくれるかもしれない。
    何か言わなくては。

    「すみません。落ちてしまいました」

    くだらないことを言ってしまった。
    軽蔑したような薄笑いを浮かべる男。

    「まったく信じられないね」
    唾を吐き捨てると、男は視界から消えた。

    腹が立った。

    だが、文句は言えない。
    実際、自分でも信じられないのだから。


    やがて、別の顔が現れた。
    若い女だった。

    「あの、大丈夫ですか?」

    とても優しそうな声。

    「ええ。なんとか無事です」
    「あら。心配して損しちゃった」

    すぐに女は消えてしまった。

    失敗した。
    軽率な返事をしたものだ。

    母性本能に訴えるべきだったのだ。


    だんだん腹が減ってきた。
    目がまわりそうだった。

    そのうち野良犬が一匹、現れた。
    見下ろして唸り、吠えて消えた。

    もう怒る元気も残っていなかった。


    さらに待ち続け、見上げ続けた。
    しかし、もう誰も現れなかった。


    日没の頃、穴にフタがされた。
     

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  • 女のいる部屋

    2012/08/14

    怖い話

    僕の部屋に女がいる。

    ただし、その姿は見えない。


    触れることもできない。
    声も足音も聞こえない。

    なぜなら部屋には僕しかいない。

    なのに女がいる。


    壁の鏡を覗いてみる。

    そこに僕の姿はない。


    見知らぬ女が僕を見つめ返すばかり。
     

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    • Tome館長

      2013/07/03 13:29

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2012/08/14 15:59

      「ゆっくり生きる」haruさんが動画にしてくださいました!

  • 見えない明日

    2012/08/09

    怖い話

    (・・・おかしい)
    占いお婆は思案顔。

    (明日が見えない)

    水晶玉に明日のイメージが映らないのだ。


    水晶玉に未来を映すのは
    未来における現在を映す未来の自分。

    つまり、未来のお婆が
    その過去である現在へ向け

    水晶玉へ思念を送り込まなければならない。

    当然だろう。

    送る者が送り出さなければ
    受ける者は受け取れない。


    (・・・ということは)
    お婆は水晶玉を撫でる。

    (明日、おまえを愛でられなくなる、ということ)

    その余裕がなくなるのか。
    それができなくなるのか。

    (・・・わからない)

    とにかく、水晶玉の中は空っぽ。

    明日に限らず
    未来からのメッセージは

    ひとかけらも入っていない。
     

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