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2013/01/25
捨てられた死体を道端で見つけた。
夕暮れが迫っていた。
帰宅の途中だった。
まるで眠っているような美しい少女。
白い服が破れ、
胸が赤く染まっていた。
カメラあれば写真を撮りたかった。
スケッチブックあれば写生してみたかった。
あいにく、どちらも持っていなかった。
仕方ないので
しっかり網膜に焼き付けようとして
僕は黙ってじっと
死体の少女を見つめた。
まぶた、唇、鎖骨、膝小僧、ふくらはぎ・・・
いつまでも見続けていたかった。
でも、すぐに暗くなってしまった。
諦めるしかない。
そのまま僕は帰宅した。
布団に入ったけれど
あの死体のことを考えると眠れない。
やがて明日、朝になれば
きっと誰かが持ち去ってしまうだろう。
美しさだって失われてしまうかもしれない。
残念だ。
でも、諦めるしかない。
だって、なにしろ道端に捨てられた
ただの少女の死体なのだから。
けれど
そうなのだけれど
なかなか眠れないまま
僕はいつまでも後悔していた。
冷ややかだったであろうその肌に
触れもしなかったことを。
2013/01/22
おねがいですから
いじめないでください。
せいかくがくらくて
すがたかたちがみにくくて
おこないやふるまいがいやらしくて
いじめたくなるきもちも
わからないではないですが
とてもおちこみます。
あなたは
とにかくつよいひとなので
あなたへしかえしするなんて
とんでもないはなしですけど
あなたにとってたいせつであろうものや
あなたがまもりたいであろうものなら
なんとなれば
きずつけることくらいできそうです。
なんでもありのいまのよのなか
しゅだんなんかいくらでもあります。
たとえば
いま、ここに
じつめいやじゅうしょ
だれにもしられたくないじじつとか
じじつでなくてもいやなことばかり
かいてしまうことだってできるのです。
それはもちろんきけんをともないますけど
いじめられつづけることにくらべれば
とるにたらぬことのようにおもわれます。
ただし、
いまのところ
もちろんじょうだんです。
ちゅういをうながしてみただけですけど
おどされたとうけとられたとしたら
それならそれでもいいです。
そういうわけなので
どうか
よろしくです。
2013/01/10
ひとりで寝るのがいやなのね。
坊や、
暗闇が怖いのかしら。
それとも、悪い夢を見るの?
ううん、心配しなくていいのよ。
私が添い寝してあげるから。
坊やは臆病なんかじゃない。
想像力と感受性が豊かなだけ。
いつもどんなこと考えるの?
ふうん、渦巻きを想像するの。
ぐるぐるまわり続ける渦巻きね。
その回転は誰にも止められない。
まわるたびに大きくなるのね。
渦巻きはどこまでも大きくなる。
太陽系よりも大きくなる。
銀河系よりも大きくなる。
もっと大きく、さらに大きく。
無限に大きくなり続ける渦巻き。
うわあ。
なんだか目がまわっちゃうね。
なるほど。
それは怖い話ね。
私の方が怖くなっちゃった。
坊やの腕にすがっちゃう。
すごい。
力こぶが硬い。
うん、なんだか頼もしいな。
それじゃ、打ち明けても大丈夫かな。
どうしようかな。
いいかな。
あのね、驚かないでね。
小さな話なの。
渦巻きなんかより
ずっとずっと小さな話なの。
どういう話かと言うと・・・
あのね
じつは私ね
鬼だったりして。
2013/01/09
夜、眠れなくて
ひとり、灰色の舗道を歩く。
ふと気づく。
自分の影が白い、と。
腕を上げると、白い影も腕を上げる。
脚を開くと、白い影も脚を開く。
やはり、舗道のラクガキなどではない。
正真正銘、自分の影だ。
辺りを見回してみる。
いくつもの白い影が
あちらこちらに佇んでいる。
建物の影、電信柱の影、並木の影。
見上げれば、真っ白な満月。
(そうか。あんなに月が白いから・・・)
嬉しくなり、思わずスキップする。
白い影も舗道の上をスキップする。
(スキップ、スキップ、楽しいな!)
白い影が笑う。
口が灰色に裂ける。
ますます眠れなくなりそうな
ますます白い
満月の夜。
2012/12/23
見上げたら、めまいがした。
鬱蒼とした枝葉が邪魔をして
空がちっとも見えやしない。
様々な色の樹皮の幹に囲まれて
身動きさえできやしない。
胸が苦しい。
息が詰まる。
僕はポケットに手を突っ込み、
お気に入りのジャックナイフを取り出す。
銀色の鋭い刃をカチッと起こして
僕は目の前の樹皮へズブリと突き刺した。
「ギャー!」
その忌まわしい怪鳥の叫びは
怖いくらい女の悲鳴に似ていた。
僕の手のひらは樹液で真っ赤になった。
木立が逃げてゆく。
枝葉の覆いが切れる。
それでもまだ空は見えやしない。
蛍光灯の光が、まぶしいだけ。
2012/12/21
埃まみれの暗い屋根裏部屋に
恐ろしい一匹の怪物が棲むという。
怪物の姿は見えたり見えなかったりする。
たとえ怪物を目撃できたとしても
その姿は美しかったり醜かったりする。
もしそれが美しく見えるとすれば
あなたこそ怪物なのである。
どこにもない湖
その水面に拡がる波紋
それにより歪んで映る時計台
それを眺めている捨てられた蝋人形
いかにも無邪気そうに見えるその瞳の奥にも
恐ろしい一匹の怪物が棲むという。
2012/12/17
殺人事件が発生した。
被害者の死体は彫刻の前で発見された。
その彫刻は辺鄙な村の農道の端にあり
抽象的というか幾何学的な形状をしていた。
なにを意味しているのか
まったく不明。
また、なぜこんな道端に彫刻があるのか
村人も役人も誰も知らないのだった。
「またか」
刑事はうんざりしていた。
「これで四人目だ」
すでに彫刻の前で三人も殺されていた。
いずれも頭を割られていた。
凶器は道端の彫刻だった。
今回も同じ。
なぜなら彫刻の角に血糊が付着している。
まさかこんな重い彫刻を振り回すことはできまい。
頭を彫刻にぶつけたものと思われる。
おそらく犯人は腕力のある男に違いない。
ただし、目撃者はいない。
ほとんど手がかりはないのだった。
「まさか彫刻が殺すわけないしな・・・・」
刑事は道端の彫刻を見上げた。
もうすぐ日が暮れようとしている。
彫刻の前には、この刑事しかいない。
現場検証は済み、もう死体も片付けた。
ただし、農道は通行止めにしたままだ。
それにしても奇妙な形をした彫刻である。
こんな変なの、誰が作ったんだ?
きっと頭のいかれた奴に決まってる。
刑事には芸術など理解できなかった。
だが、この奇妙な彫刻に
事件解決の鍵があるはずである。
刑事は彫刻のまわりを歩いて一周してみた。
わからない。
さっぱり理解に苦しむ。
見る角度が悪いのだろうか。
刑事は首をかしげて彫刻を見上げてみた。
なるほど。
愉快な形に見えないこともない。
地面すれすれまで顔を低くして見上げてみた。
なんとなく素敵な形に見えてくる。
さらに刑事は逆立ちして彫刻を見た。
なかなか素晴らしいではないか。
走りながら見る。
これは面白い。
側転しながら見る。
傑作ではなかろうか。
刑事は道端の彫刻に夢中になった。
彫刻の上によじ登って見下ろす。
彫刻を蹴飛ばしながら睨む。
彫刻を抱きしめて見つめる。
彫刻の角に頭をぶつけて・・・・
にぶい音がした。
2012/12/14
(ああ、踏んじゃった!)
出勤途中、いやなものを踏んでしまった。
近眼乱視のくせにメガネをかけないせいだ。
ガムじゃなかった。
犬の糞でもなかった。
なんと言えばいいのかよくわからないけれども
とにかく、それをしっかり踏んでしまった。
急いでいたので確認する暇もなかった。
(ああ、遅刻しちゃう!)
そして、朝から晩まで会社で働かされた。
くたくたに疲れてしまった。
朝の出来事など、すっかり忘れていた。
帰宅途中の夜道は暗かった。
痴漢に襲われてもおかしくなかった。
「踏んだわね」
女の声がした。
なんだか変な声。
振り向いても誰もいない。
「よくも踏んだわね」
正確にはオカマの声だ。
あたりを見まわしても人影はない。
「よくもよくもアタシを踏んだわね!」
下を見たら、人が倒れていた。
血塗られた顔。
胸も脚も歩道も血だらけだ。
おそらく轢き逃げされたのだろう。
それにしても、違和感。
倒れた人物の手のひらを踏んでいることに
やっと私は気づいた。
しかも、ハイヒールの鋭い踵で。
「ご、ごめんなさい!」
私は急いで足を上げた。
すると、その男か女か
よくわからない人物は上体を起こし、
血を吐きながら笑った。
「そうよ。ちゃんと謝ればいいのよ」
2012/12/07
夜遅く、迷子になってしまった。
なぜか自分の帰るべき家が見つからない。
新興住宅地に外観の似た家が軒を連ねている
という事情はある。
自分がしたたか酔っている、という事情もある。
しかし、それにしても
なんだかおかしい。
いつものように帰宅して
鍵が掛かっていたので呼び鈴を押すと
見知らぬ奥さんが玄関のドアを開け、
怪訝そうな表情で尋ねるのだった。
「こんな夜遅く、どなた様でしょう?」
おかしな挨拶だと思ったが
べつに皮肉を言ってるわけではなさそうだ。
「ええと、ここは私の家ですよね?」
「はあ?」
「あなた、誰ですか?」
ドアを閉められてしまった。
なんて失礼な女だ。
これ見よがしにシースルーの
色っぽいネグリジェなんか着やがって。
いやいや、そういう問題じゃない。
そういえば、門柱の表札も違う。
あれ、なんだったっけ?
なぜか自分の苗字が思い出せない。
そういえば、自宅があるはずの地名も番地も・・・
あちらこちらの家々から
飼い犬どもの吼え声が
暗く冷たい闇の底に響き始めた。
2012/11/30
もう誰も住まない古い屋敷があった。
もし住んでいるとしたら幽霊くらい。
高い塀に囲まれ、庭は広かった。
その荒れ放題の庭の片隅には古井戸。
石造りの丸く暗い穴。
どんなに深いか想像もできない。
小石を投げても落ちた音がしない。
穴に叫んでも木霊は返ってこない。
身投げする者もいた。
心中とか。
死体は見つからなかった。
黄泉の国へ通じていたのかもしれない。
なんにせよ
この古井戸はもうない。
穴は塞がれてしまった。
屋敷も壊されてしまった。
今ではもう
それがあった場所さえわからない。