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2013/03/28
山の斜面をひとり歩いていた。
家族の待つ家に帰るためだった。
岩がむき出しの不安定な足場が続く。
土砂崩れの跡かもしれない、と思った。
滑って転ばぬように注意が必要だった。
帰り道をまちがえたような気がしてきた。
いくら歩いても家が見つからないのだ。
ふと、これは夢ではないかと思った。
じつにくだらない思いつきだった。
そんな冗談みたいなこと、あるはずがない。
なにしろ、こんなにリアルなのだから。
記憶だってクリアだ。
夢のはずがない。
それでも、戯れに意識を集中させてみた。
すると、目の前の視界が崩れ始めた。
驚いた。
本当に夢だったのだ。
絶対に夢ではない、と確信していたのに
闇の中、仰向けに寝ている自分がいた。
体がまったく動かない。
まぶたも開かない。
いわゆる金縛りの状態なのだった。
何者かに捕らわれているような感覚。
必死に叫ぼうとするが、喉が動かない。
かすかにもれる声は言葉にならない。
わけがわからない。
頭がパニック。
どうなったんだ。
どうなってしまうんだ。
しばらくして、ようやく呪縛が解ける。
跳ね起きた。
全身、もう汗びっしょり。
以上、ほぼ正確な金縛りの体験記録。
2013/03/21
家のまわりをすっかり囲まれてしまった。
鬼どもの恐ろしい声がする。
「出てこい、出てこい。
出てきたら、出てきたら
つかまえて喰ってやる、喰ってやる」
そして、ものすごい笑い声。
押し入れに隠れても聞こえてくる。
「出てこい、出てこい。
出てきたら、出てきたら
地獄へ連れてゆこ、連れてゆこ」
そして、家が揺れるほどの笑い声。
耳を塞いでも聞こえてくる。
「出てこい、出てこい。
出てこなきゃ、出てこなきゃ
家の中へ入ってくぞ、入ってくぞ」
そして、背筋凍りつく大笑い。
ああ、来年の話なんかするんじゃなかった。
お願いだ。
初日よ、早く昇っておくれ。
2013/03/18
そこで目が覚めた。
夢だったのだ。
とにかく恐ろしい夢だった。
まだ心臓がバクバクしている。
だが、どんな夢だったのか、思い出せない。
どうしても思い出せないのだ。
はて?
どうして思い出せないのだろう?
思い出したくないからだろうか。
うん、まあそうだろうな。
なら、どうして思い出したくないのだろう?
これはひょっとすると、つまり
思い出したくないような夢だったからか?
そうだ、きっとそうだ。
思い出したくもない夢だったに違いない。
それくらい恐ろしい夢だったのだ。
うん、間違いあるまい。
だけど、それなら
どんなふうに恐ろしい夢だったんだろう?
恐ろしいはずなのに
どんな恐ろしさかわからない。
わからないのに恐ろしい。
正体不明の恐ろしさ。
これほど恐ろしいことはない。
そこで目が覚めた。
夢だったのだ。
2013/03/15
諸君、聞いてくれ。
我々は未知の何者かによって遠隔操作されているのだ。
似たような夢を見るのも、その一つ。
同じ考えに囚われ続け
他の考えが浮かばないのも、その一つ。
そういう考えは馬鹿げている
と判断するのも、やはりそうだ。
本来、もっと自由であるべきなのだ。
なのに、好んで束縛されている。
まるでリモコンのロボットみたいに。
どう考えても、やはり間違いない。
これは確実である。
絶対にそうなのだ。
なにしろ他に考えられないのだから。
諸君、信じてくれ。
我々は未知の何者かによって遠隔操作されているのだ。
2013/03/06
夕暮れの薄暗い畳の部屋で
自殺したはずの作家に組み敷かれている。
異常な性格であるという彼の噂を思い出す。
私は敷布団の上に仰向けのまま
彼の顔を両手て挟むように押さえている。
彼の首をねじ曲げようとしているのだ。
いやな臭いがする。
彼に対する嫌悪感が異臭化しているのだろう。
あのビー玉の眼。
あの文楽人形の固まった表情。
必死に歯を喰いしばっているらしい。
彼の額から筋となって汗が流れ、
それが吸い込まれるように彼の目に入る。
今にも泣くのではないか、と不安になる。
彼の首をねじ切ってしまいたい。
もうすぐ彼の顔はスクリューのように一回転する。
視界の端に誰か
部屋の暗い片隅で正座している。
なんとなく
母かもしれない、と思う。
2013/03/03
巨大な岩の上は平らだった。
多くの観光客が右往左往している。
白い旗を持った女が喋っていた。
「このすぐ下には死体置き場があります」
どうやら観光案内のようだ。
「ですから、下に落ちると死体になるのです」
妙な説明だ。
ガイドの見習いかもしれない。
「皆さん、黒い男には気を付けましょう」
なるほど、黒い服を着た男がいた。
黒い肌、黒い髪、黒いサングラス。
黒い男は老人の脇に立っている。
老人は片腕を押さえられて動けない。
黒い男は岩の端まで老人を押しやる。
「お願いだ。助けてくれ」
泣きそうな顔の老人。
「頼む。全財産をやる。孫娘もやる」
黒い男は老人を突き落した。
おそらく死体置き場に直行だろう。
黒い男はじつに働き者だった。
岩の上の人々を次々と落としてゆく。
「いけません。話が違います」
観光案内の女も男に捕まった。
「この白い旗が見えないのですか」
黒い男は旗を奪い、女を突き落した。
振り返る。
こっちにやってくる。
目の前に立ち、黒い男が旗を差し出す。
「おまえ、引き継げ」
わけのわからないまま白い旗を受け取る。
「この旗の色に意味はない」
黒い服を脱ぎながら男は説明する。
「この服の色にも意味はない」
差し出された黒い服を受け取る。
男は岩の上の端まで移動する。
「だから、おまえの好きにしろ」
そのまま男は岩の下へ身を投げた。
岩の上にひとり残されてしまった。
見上げれば、どこまでも青い空。
両手には、白い旗と黒い服。
とりあえず黒い服を着てみた。
あつらえたようにピッタリだった。
それから、白い旗を振ってみた。
青い空を背景に白い布が左右に揺れる。
それだけ。
何も起こらない。
ひとり大きな岩の上に立っているだけ。
他にすることもないので、ひとり
いつまでも白い旗を振り続けた。
2013/02/19
道路工事の穴を見下ろしていたら
背後から突き落とされた。
まったく悪い奴がいるものである。
穴の底で働く労働者たちは人ではなかった。
額から触角らしきものが伸びていた。
そのうちのひとり、現場監督であろうか、
僕を食事に招待したい、と言う。
とても断れる状況ではなかった。
彼女の両目は複眼だった。
横穴の暗く狭い通路を進むしかないのだった。
「ここは食糧倉庫よ。覗いてごらんなさい」
重い金属の扉が開く。
しばらく闇しか見えなかった。
何か奥で動く気配がした。
その時、不意に背中を押された。
「冗談よ。閉じ込めたりするもんですか」
彼女は笑いもせず、扉を閉めた。
入り口の縁をしっかりつかんでいなかったら
どうなっていたことか。
気を取り直し、通路を進む。
前を行く彼女の背中から目が離せない。
その腰はほとんどないくらいに細かった。
なのに異常に大きな尻。
腕と脚が合わせて六本あるのも気になった。
「この部屋は私の寝室よ。
ドアの鍵が壊れているの。いやーね」
誘っているのだろうか。
甲羅のような顔が黒光りする。
その木製のドアの隙間から
棘のようなものが見えたような気がした。
「それから、こっちが応接間なの」
それは紙の扉だった。
素手でも破れそうだった。
だが、爪を立てると、太い金網が隠されていた。
「どうしたの? 何をためらっているの?」
振り向いた彼女のアゴが横に大きく開いた。
それはとても丈夫そうに見えた。
2013/02/18
忘れた頃に招待状が届く。
死への誘いである。
返信ハガキだったので
辞退する旨を書いて投函する。
昔は愛の招待状なども届いたものだが
近頃は滅多に来なくなった。
ちっとも相手にしなかったから
もう相手にされなくなったのだろう。
2013/02/17
好きな子がいるんだね。
わかるよ。
泣くんじゃない。
諦めちゃいけないよ。
いいかい。
このあたしを信じるんだ。
大丈夫さ。
あたしが失敗したことあるかい?
そりゃそうさ。
もっとも、成功するには
おまえの勇気が必要だけどね。
まず、その子の体の一部を手に入れる。
髪の毛でもいい。
爪でもいい。
抜けた虫歯とか、垢だってかまわない。
もし体液が浸み込んでいれば
その部分だけ下着を切り抜いて使えるよ。
とにかくできるだけたくさん集めるのさ。
集めたら、それで
その子の人形を作る。
その子から集めた体の部分だけで作る。
大きければ大きいほど・・・・と言うか
重ければ重いほどいいね。
より効果が高くなる。
そんな心配そうな顔するんじゃないよ。
そりゃ難しいに決まっているさ。
だから、あたしも手伝ってやるって。
さて、人形ができたら命を吹き込む。
そうだよ。
これが一番大変なんだ。
その子の生血と涙の雫を垂らすんだよ。
呪文を唱えながら
人形の表面がすべて覆われるまで。
おまえにできるかい?
ほほう、そうかい。
それができれば
その子はおまえのものだよ。
おまえが望むままに操れるよ。
ああ、約束する。
間違いないよ。
2013/02/06
村はずれの浮島がある池のほとり、
そして初夏、
目立たぬ地味な草に
可憐な花が咲く。
なんとも言えぬ美しさゆえ
この花を摘みたがる者が絶えぬ。
茎は意外に丈夫。
葉は細く鋭い。
下手に摘み取ろうとすれば
指を切る。
見れば
白い花と赤い花がある。
真っ白な花は
まだ一度も指を切った事がない。
少しでも赤ければ
すでに血が染み込んでいる。
真っ赤な花には触れてはいけない。
たまに指ごと切り落とされる。
指のない村人が多いのは
そのためじゃ。
ゆえに村人ら、この草を
指切り草、と呼べり。