Tome Bank

main visual

Tome館長

m
r

Tome館長

CREATOR

  • 3

    Fav 1,206
  • 9

    View 6,102,272
  • p

    Works 3,356
  • 夜の虹

    2008/10/06

    怖い話

    雨上がりの夜空を眺めてはいけない。

    夜の虹が架かっているかもしれないから。


    「あら、きれいな虹」
    「うそつけ。真夜中だぞ」

    「ほら、あそこ」
    「どこだよ。見えないぞ」

    「どうして見えないのよ」
    「おい、変だぞ。おまえ」

    「あんなに輝いているのに」
    「透けてるよ。向こうが透けて見える」

    「手を伸ばせば届きそうなのに」
    「おい、聞こえてるのか」

    「あっ、届いた」
    「おい、どこへ行くんだ。おい」


    あなたは戻れなくなってしまうだろう。

    もしも夜の虹を見てしまったら。
     

    Comment (1)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
  • 夜 道

    2008/10/05

    怖い話

    夜の見知らぬ街角を曲がると、
    遠近法に従いつつ街灯が並んでいる。

    ほとんど人通りはない。
    地蔵を背負った老婆とすれ違うくらいだ。


    笑ってしまいたいほど寂しい夜道。
    音もなく霊柩車が車道を滑ってゆく。

    靴音が重なり合うように響く。
    振り返っても、そこには誰もいない。


    垣根の隙間から、小さな足が覗いている。
    ぶらぶらと揺れて、赤ん坊の足だろか。

    だが、あまり気にしてはいられない。

    先を急ごう。
    帰れなくなってしまう。


    低い塀の上に警官が腰かけていた。
    俯いているので、顔がよく見えない。

    静かに近づき、そっと立ち止まる。

    「あの、すみません」

    反応がない。
    警官の人形だろうか。

    「道を教えていただきたいのですが」

    警官は静かに顔をあげる。

    まだ若い。
    その頬は涙に濡れている。

    「地図なら交番にあります」

    そうであろう。そうに違いない。

    「あいにく、本官は迷子であります」


    困った。
    本当に困ってしまった。

    あの霊柩車を止めて、尋ねるべきだった。


    なんという暗く寂しい夜道だろう。

    この先はもう、街灯さえないのだ。
     

    Comment (1)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
  • 花嫁人形

    2008/09/27

    怖い話

    ある村に、人形が大好きで
    人形遊びばかりしている女の子がいた。

    人形のように愛らしい子だったが

    あまりに人形と親しみすぎたためか
    とうとう本物の人形になってしまった。


    両親の悲しみはいうまでもない。

    死んだわけでもないので葬式はあげられず、
    生きているわけでもないので嫁にもやれず、

    しかたなく床の間に飾っておくのだった。


    ある日、噂を耳にした町の長者が
    この人形を見るために村にやってきた。

    「これはこれは、なんともかわいらしい」

    町の長者は目を細めた。

    「この人形、わしにくれ。なっ、頼む」
    「申しわけないけど、うちの娘なので・・・・」

    「わかっておる。いくらでも金は出す」
    「そう言われても・・・・」

    「よし。わしの花嫁として迎えよう」

    断ってしまいたいが、貧乏暮らし。
    結局、長者の嫁に差し出すことになった。


    嫁といっても、長者には本妻がいるので
    妾ということになるが、仕方ない。

    神主を呼び、ささやかながら宴も張り、
    長者は花嫁として人形を手に入れた。


    さて、長者には息子がひとりいた。
    かなりの放蕩者で、父とは仲が悪かった。

    この若者が久しぶりに家に帰った途端、
    父の花嫁人形に一目惚れしてしまった。

    「父上、この人形を私にください」
    「なにをいう。これはわしの妾だぞ」

    「父上、恥ずかしくはないのですか」
    「なに。おまえこそ、この恥知らずが!」

    その夜、長者父子は大喧嘩を始めた。

    これを止めに入った本妻も巻き込み、
    障子は破れ、襖は折れ、悲鳴はあがり、

    もう大変なことになってしまった。


    翌朝、花嫁人形は消えていた。

    家の使用人たちが捜しまわったが
    どうしても見つからなかった。

    さらに、長者父子と奥方の姿も消えていた。


    ただ、見知らぬ女の子がひとり

    座敷で楽しそうに
    人形遊びをしていたという。


    「うふふ。
     一緒に朝ごはん、食べましょうね」
     

    Comment (2)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
    • Tome館長

      2012/06/03 13:51

      「Spring♪」武川鈴子さんが朗読してくださいました!

    • Tome館長

      2012/06/02 19:33

      「こえ部」で朗読していただきました!

  • 猫の雑木林

    2008/09/23

    怖い話

    猫は一度こちらを振り返ると
    そのまま雑木林へ逃げ込んでいった。

    まるで僕を誘惑するみたいに
    茂みの奥へと姿を消してしまった。

    ひとりで足を踏み入れてはいけない、
    そう大人から言われている場所だった。


    ひょっとすると、あの猫の罠かもしれない。

    でも、いまさら引き返したくなかった。
    あいつをこのまま逃がしたくなかった。

    だから、僕は道をはずれ、茂みをかき分け、
    たったひとり、雑木林に入っていったんだ。


    人の気配のない雑木林の中は薄暗く、
    ひんやり、ひっそりとしていた。

    切り抜き色紙のような木漏れ日が
    クモの巣を銀色に浮かび上がらせていた。


    なんとも言えないにおいがして
    あちこちに不法投棄物が目についた。

    空缶、空ビン、濡れた雑誌、ポリ袋、
    錆びた自転車まで捨てられてあった。


    着せ替え人形が腐葉土に埋もれていた。

    汚れた人形の腕を持ち上げると
    腰の部分から千切れてしまった。


    近くに、いやらしい色彩の毒キノコが
    落葉を押し上げるように突き出ていた。

    その不気味な傘のところを蹴飛ばすと
    黄色っぽい煙のような粉が舞った。

    吸い込まないように
    僕は顔をそむけた。


    なかなか猫の姿は見つからなかった。

    音を立てないように注意しながら、
    さらに奥へと雑木林を進んでいった。


    大きな切り株があった。

    年輪のあるその丸いテーブルの上、
    トカゲの尻尾がのたうちまわっていた。

    あの猫のいたずらに違いない。
    いかにもあいつがやりそうなことだ。

    しばらくすると
    尻尾は動かなくなった。


    なんだかいやな予感がした。
    そして、その予感は正しかったのだ。

    なにか白いものが木々の間に見えた。
    それはゆっくり動いていた。

    僕は立ちすくんでしまった。

    あれは大人たちが噂していた怪物。
    見てはいけないものを見てしまったのだ。


    うっかり枯れ枝を踏んでしまい、
    その折れる音があたりに響き渡った。

    本当に心臓が止まりそうになった。

    恐ろしい姿の白い怪物がこちらを向いた。

    まともに目と目が合ってしまった。


    やはり、あいつの罠だったんだ。
    足を踏み入れてはいけなかったんだ。

    肉食の獣が獲物を見つけたみたいに
    いやらしく舌なめずりしながら

    白い怪物はニタリと笑うのだった。


    なにも考えられなかった。
    立ちすくんで、一歩も動けなかった。

    ヘビににらまれたカエルみたいだった。


    ゆっくりと白い怪物が近づいてきた。

    周囲の木立ちが手をつなぎ始めた。
    ここから絶対に逃がさないつもりなのだ。

    木々の樹皮が横に裂け、ニタリと笑った。

    もう僕はダメになるんだ、と思った。


    どこか遠く、
    あるいは耳もとかもしれないけど

    あいつの鳴き声を聞いたような気がした。
     

    Comment (1)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
  • 沼の番人

    2008/09/23

    怖い話

    重苦しい吐息のような霧に包まれ、

    聞こえるのは
    櫓を漕ぐ音と舟に当たる水音。

    そして、ときどき気味の悪い怪鳥の叫び。


    この沼は腐ってる。
    吐きそうな臭いがする。

    実際、これまでうんざりするくらい吐いた。


    忘れた頃、
    沼の澱んだ水面に死体が浮かぶ。

    浮かぶ死体を沈めるのが
    沼の番人の仕事だ。

    錘を付けても
    ガスが溜まって浮かぶのだ。


    膨らんだ死体は
    竹槍で刺すと簡単に沈む。

    穴を開けてガスを抜けば
    再び沼の底に帰る。


    錘が外れて浮かぶ死体の処置は面倒である。
    鎖を巻いてやれば沈むのだが容易ではない。

    その鎖を巻くために沼に落ちそうになる。
    沼の番人が死体になっては話にならない。


    滅多にないが
    浮かんだ死体が喋ったりする。

    「よう、沼の番人。あんたも大変だね」

    思わず竹槍でブスブス突きまくってしまう。

    あるいは、気が変になったのかもしれない。
    こんな因果な仕事をしていたら無理もない。


    一度だけ美女の死体が浮かんだことがあった。

    まるで微笑んでいるような美しい表情だった。
    これは生きているのかもしれないと思った。

    だが、引き上げてみたら腰から下がなかった。

    嫌になったね。
    あのときは死ぬほど吐いた。


    やれやれ、またひとつ死体が浮かんできた。

    はて、誰であったか。
    見覚えのある顔だが。

    なんだ。
    俺の顔が沼の水面に映ったのか。


    笑わせるが、
    こいつの顔は笑ってない。
     

    Comment (1)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
  • 近 道

    2008/09/18

    怖い話

    その場所へ行くためにはいつも
    大きくまわり道をしなければならなかった。

    近道をしようと別の道を歩いてみても
    結局、遠まわりになってしまうのだった。


    ある日、その場所から家に帰るにあたり、
    初めて通る道を歩くことになった。

    それは明らかに近道のように思われた。
    道は家のある方向へまっすぐのびていた。

    どうしていままで気づかなかったのか。

    ここへ来る時、この道に出ないのは
    いったいどういうわけなんだろう。

    なんだか不思議な気がした。


    とにかく、そのまっすぐな道を歩き始めた。


    ある気がかりな考え事をしながら
    知らないうちに長時間歩いていた。

    とっくに家の近くに出そうなはずなのに
    あいかわらず見覚えのない景色ばかり。

    足もとの影法師は進行方向へのびていた。
    出発した時もそうであったように思う。

    もう少し進んだら、はっきりするはずだ。


    向こうに見える林は近所の林かもしれない。
    それにしては高い塔が見えないけれど。

    歩き疲れて足が痛くなってきた。

    それとも靴が合わないのだろうか。
    たしかに見覚えのない靴ではある。


    坂道の途中に小さな墓地があった。

    こんな道端に墓地があるなんて、変だ。
    なんだか気味が悪くなってきた。

    痛みをこらえながら急いで通りすぎた。

    墓地が見えなくなってから思いついた。
    交通事故で亡くなった人の墓かも。

    それにしては自動車が一台も通らないけど。


    まだ見覚えのある景色が現れない。
    やっぱり道をまちがえたのだろうか。

    そうかもしれない。そうだろうか。
    そうでないかもしれないではないか。

    ついに考える気力まで失われてきた。


    喉が渇いた。腹も空いてきた。
    あいにく小銭さえ持ってないのだった。

    そういえば、喫茶店や食堂らしき店、
    通りのどこにもなかったような気がする。

    いやな予感がしてきた。


    とうとう十字路のところで立ち止まった。

    いったいここはどこなんだろう。

    町名の表示のようなものは見当たらない。
    道を尋ねようにも人影さえない。

    ああ、いやだ。ここはいやなところだ。


    やっぱり来た道を引き返そう。

    おそらく、さっき考え事をしていた時、
    家の近くを通りすぎてしまったに違いない。

    そう決め付けて、振り返った。


    再び歩き出そうとして、しかし躊躇した。

    なにやら知らない道のように思えたのだ。
    歩いてきた道はこの道だったろうか。

    他の三本の道にも記憶がなかった。

    どうして十字路なんかで立ち止まったんだ。

    こんなところで悩んでしまったから
    もう方角がわからなくなってしまった。

    あわてて足もとを見下ろした。
    なぜか影法師までいなくなっていた。

    どこへ消えてしまったのだろう。
    そんなこと、わかるはずがなかった。

    どの道をいけばいいのだろう。

    それはなおさら、わからないのだった。
     

    Comment (1)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
  • 錫杖の音

    2008/09/14

    怖い話

    夜、ふと目を覚ますと
    どこか遠く、かすかに音がする。

    場違いな金属の音。
    風鈴の音ではなく、錫杖の音。


    錫杖は、頭に鉄の環がついた古風な杖。
    それを突くと、ジャランと音がする。

    こんな夜遅く、こんな住宅街を
    時代錯誤な坊主が歩いているのだろうか。


    どうでもいいが眠れない。
    錫杖の音が大きくなった気がする。

    眠れないので、寝床から起き上がり
    小便をして、手を荒い、再び寝床に入る。


    錫杖の音。
    また錫杖の音。

    さらにまた錫杖の音。


    なんという音。かなり近い。
    あの十字路のあたりだろうか。

    ゆっくりと近づいているらしい。
    もう家の前まで来ている。


    いや。もっと近い。
    窓の外、庭にいるような気がする。

    まさか、そんなはずはない。
    しかし、この錫杖の音。

    いや。もっと近い。
    耳を聾する錫杖の音。


    枕元だ。
    腕を伸ばせば届くだろう。

    だが、動かせない。
    鉄の環の金縛り。


    そして、錫杖が突き下ろされる。
     

    Comment (1)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
  • 校庭の逆立ち

    2008/09/10

    怖い話

    ぼくたちの学校は昔は学校でなくて
    近くにあったお寺の墓地だったんだって。

    それで今ではお寺も墓もないけど、
    いろいろとこわいうわさ話があるんだ。

    真夜中にろうかで泣き声を聞いたとか
    へいたいが歩いていたとかそんなの。

    そのひとつに校庭で逆立ちをすると
    墓石が見えてくるというのがあって、

    校庭でずっと逆立ちをつづけていると
    ぼんやりと墓石が見えてくるという話。

    ぼくもためしに逆立ちしてみたけど、
    すぐたおれるからなにも見えなかった。

    これは友だちから聞いた話だけど、

    その友だちのおねえさんの同級生で
    逆立ちがすごくうまい男の子がいて

    ほうかごに校庭で逆立ちをはじめて
    ずっと逆立ちをつづけていたんだって。

    でも墓石がなかなか見えてこないから
    みんなが帰っても逆立ちをつづけていて

    つぎの日の朝、校庭のまん中にたおれていた。

    あたまが倍ぐらい大きくなっていて
    鼻血を出して死んでいたんだって。

    こわい話だけど墓石のせいじゃないよ。

    やっぱり逆立ちのしすぎだとぼくは思うな。
     

    Comment (1)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
  • 肝試し

    2008/09/07

    怖い話

    学校で肝試しをすることになった。

    この夏に転校してきたばかりなので 
    同級生に臆病者と思われたくなかった。

    夜、ひとり校門を出て裏山に登った。

    山寺の墓場があり、その一番奥に 
    大きな地蔵が立っているはずだった。

    暗くて足もともわからなかったが 
    それらしい真っ黒な輪郭が見えてきた。

    なるほど、大きな地蔵様だ。

    「何者だ!」
    突然、その地蔵に怒鳴られた。

    もう驚いたのなんの 
    思わず小便をもらしてしまった。

    懐中電灯の光がまぶしかった。
    「なんだ。子どもじゃないか」

    どうやら、この寺の住職らしい。
    「なにしとる、こんな時間に」

    しどろもどろになって説明した。

    「なに? 学校の肝試しだと」
    恐ろしい顔の老人だった。

    「あそこは、十年前から廃校だぞ」
     

    Comment (2)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
    • Tome館長

      2014/09/02 09:13

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2008/09/07 17:26

      雑誌「小説現代」の「ショートショートの広場」入選作。
      ただし、選者の星新一氏が体調不良により、担当編集者が選んだため、文庫本に掲載されなかった。

  • 影法師

    2008/09/03

    怖い話

    私たちは並んで夜道を歩いていた。

    スポットライトみたいに満月に照らされ、
    私たちはみんな友だちだった。


    突然、その友だちのひとりが叫んだ。
    「ねえ、見て! 私たちの影法師」

    私たちは振り返り、地面を見た。


    ごく普通の影法師だった。
    ありふれた輪郭で、口など裂けてない。

    「これがどうしたっていうの?」
    「だって、影法師が五人いる」

    たしかに影法師は五人いる。
    でも、友だちは四人しかいない。


    みんな悲鳴をあげた。

    すると、怒った声がした。
    「ばか! 自分自身を数えてないぞ」

    あっ、そうか。そうであった。
    私たちは、全部で五人だったのだ。


    でも、今の声は誰だろう。
    どの友だちの声でもなかった。

    私たちはあたりを見まわした。


    私たちの他に誰もいないのだった。
     

    Comment (1)

    • ログインするとコメントを投稿できます。

      投稿
RSS
k
k