1万8000人の登録クリエイターからお気に入りの作家を検索することができます。
2011/11/03
少年は崖っぷちに腰かけていた。
その背後には
平原が果てしなく広がっている。
奈落の底を見下ろせば、
目眩する高さ、吐き気する深さ。
上昇気流に逆らい、吸い込まれそうな
えぐれているようにさえ見える断崖絶壁。
どれほどの時が過ぎたろうか。
不意に少年は立ち上がる。
少年は確信できたのだ。
(僕は臆病者なんかじゃない!)
崖っぷちに背を向け、
少年は広大な平原を振り返る。
そして、少年は歩き始める。
ところが、すぐに足が止まった。
少年は立ち尽くしてしまう。
あまりにも長かった崖っぷちでの時間。
断崖の深さと平原の広さを
もう少年は区別できなくなっていたのだ。
2011/10/30
たくさんの花が咲いている。
さまざまな色と形、香り漂う女たち。
どこかしら美しさを認められると
手足や首をスパスパ切られ、
器に挿され、生け女にされる。
生け女には良質の素材が求められるが、
だから長く生かせるというものでもない。
腕の長さ、ヘソの位置のバランス、
首の傾きや眼差しの方向にも気を使う。
見た目美しければ良いというものでもない。
心情など内面的な表現も欠かせない。
哲学や宗教の意味も考慮する必要があり、
このあたり、生け花との関連が深い。
だが、生け女と生け花は似て非なるもの。
優れた生け女は、人の寿命より長く生きる。
より美しくなりたいという願いだけでなく、
長生きを理由に生け女になる女も多い。
生け女の起源については諸説ある。
ある女が生け花をしていたところ、
過って自分の手首を切り落としてしまった。
いくら切断面を合わせても繋がらない。
しかしながら、捨てるのは惜しい。
これを花器に挿してみたら趣があった。
それから生け女が始まったという説。
誘拐殺人事件の犯人を逮捕したら、
その家の床の間に飾ってあったという説。
地方の葬儀屋が始めたという説もある。
最近では、生け女人気にあやかって
生け男とか生け犬まであるというが、
なんでもかんでも生ければ良い
というものではない。
2011/10/28
街灯はなく、夜道は暗かった。
新月なので、夜空に月の姿はなく、
曇っているのか、星の光も見えなかった。
隣町から帰る途中、トンネルがあった。
短いトンネルだが、今夜は長かった。
歩いても歩いても出口に出ないのだった。
おかしい、と思った。
どうしたんだろう。
ふと、いやな話を思い出した。
新月の真夜中、ひとりで歩いていると、
このトンネルから永遠に出られなくなる。
そんな噂を学校で生徒たちがしていたのだ。
それから、別の話も思い出した。
トンネルのちょうど真ん中で振り返ると、
出口が消え、そこから永遠に出られなくなる。
これは子どもの頃に聞いた迷信だ。
ばからしい話だが、笑う気になれない。
まだトンネルの出口が見えてこないのだ。
振り返ったら出られなくなるかもしれない。
しかし、このまま前へ進んでも出られない。
どうしたらいいのだろう。
歩きながら必死になって考えた。
前も駄目、うしろも駄目。
残る方法は・・・・・・
「そうだ!」
思わず叫んでしまい、声がトンネルに反響した。
失敗するかもしれないが、やるしかない。
右向け、右!
思い切って真横を向いてみた。
すると、そこにトンネルの出口があった。
2011/10/06
無理やり引き剥がすように起床した。
完全に目覚めた状態ではなかった。
口の中が気持ち悪い。
歯をみがきたい。
なんとか浴室の洗面台にたどり着く。
練り歯みがき?
そんなの使わん。
水だけで十分だ。
文句あるか。
で、目を閉じたまま歯をみがき始めた。
けれど、どうも様子がおかしいのだ。
いやいや薄目を開け、見下ろす。
洗面台が真っ赤に染まっている。
舌には生々しい血の味がする。
一瞬、歯槽膿漏だろうか、と思った。
その瞬間、歯ぐきに鋭い痛みが走った。
あまりにも寝ぼけていたのだ。
手に持っていたのは歯ブラシではなかった。
カミソリだったのだ。
2011/09/14
帰国して帰宅したら
家はクモの巣だらけだった。
玄関ドアの鍵穴を見つけるのに苦労した。
鍵穴から鍵を抜くと、クモの子が散った。
真昼なのに、家の中は暗かった。
天井から床までクモの巣に覆われていた。
留守中になにが起こったのだろう。
「どなた?」
声がして、奥の居間から女が現れた。
「あら。あなた、誰?」
美人だが、見知らぬ女だった。
「この家の持ち主だ。おまえこそ、誰だ?」
よく見ると、女はほとんど裸だった。
銀色のクモの巣を身にまとっているだけ。
「嬉しいわ。あたし、あなたを待っていたの」
じつに妖しく、そして魅力的な瞳だった。
「だって、こんなに落ち着く家は珍しいもの」
背伸びする女の腕と脚は異様に長く見えた。
「あなたとなら、一緒に暮らせそうな気がする」
その長い腕を絡ませ、女が抱きついてきた。
「ふざけるな。出てゆけ!」
声はかすれていたが、なんとか怒鳴ってやった。
女は不思議そうな顔をするのだった。
「あら、それは残念ね」
女を突き放そうとしたが、体が動かなかった。
いつの間にか、すっかりクモの糸に縛られている。
「本当に残念だわ」
女は見せつけるように舌を出して唇を舐めた。
じつに怪しく、
そして怖いほどに魅力的な唇だった。
2011/09/03
毎度お騒がせいたしております。
こちらは廃人回収車のコエブ商会です。
ご家庭でご不用となりました痴呆老人、
処分にお困りの長期ヒキコモリ、
手の付けられない腐女子など
どんな廃人でも無料でお引取りいたします。
もう動かなくなった死人、
壊れたケガ人、
病気がうつるかもしれない病人など
どんな症状でも構いません。
お気軽にお声をおかけください。
こちらは廃人回収車です。
クルマはゆっくりゆっくり移動しております。
ご家庭でいらなくなった廃人はおりませんか。
ネトゲ廃人、
自称宇宙人、
近所迷惑なロリコン息子、
世間に顔向けできないコスプレ娘、
働きもしない飲んだくれ暴力亭主、
パチンコ中毒なカラオケ大好き夜遊び奥さん、
などなど、
どうにも手に負えない重い廃人でも大丈夫です。
力自慢の運転手が力ずくで運び去りますので
ご安心ください。
なお、
危険思想の持ち主や組関係者の方などは
有料になる場合がございます。
その他、ご不明な点がございましたら
どうぞお気軽に運転手までご相談ください。
毎度お騒がせいたしております。
こちらは廃人回収車のコエブ商会です。
2011/08/22
皆様にお知らせいたします。
当遊園地はまもなく閉園時間となります。
出口が見つからないお客様は、
閉園時間を過ぎますと
永遠に出られなくなる可能性がございますので、
くれぐれもご注意ください。
と申しますのも、
真夜中の遊園地は大変楽しいのですが、
それに比例して非常に危険な時空となるからです。
観覧車は輪廻を繰り返しますし、
コーヒーカップには本物の熱いコーヒーが注がれます。
回転木馬は三角木馬になってしまい、
ジェットコースターは銀河鉄道に連絡いたします。
また、エクトプラズム・パレードをご覧になりますと、
まれに魂が離脱するお客様がございます。
さらに、幽霊屋敷は本物になりますので
気の弱い方は決して近づかないでください。
もっとも屋敷から出てきたら逃げようがありませんが・・・・・・
あっ、もう時間ですね。
門が閉まりましたら、運命と諦めてください。
明日の開園時間まで爆弾が落ちても開くことはありません。
それでは、またのお越しをお待ちしております。
本日のご来園、まことにありがとうございました。
2011/08/16
雄大な海を見下ろす崖の上に
不釣合いに見える母と子の姿があった。
美しい夫人が醜い赤ん坊を抱いていた。
夫人は遠い水平線を見詰め、
そんな母親を赤ん坊が見上げていた。
ところが不意に、夫人はめまいに襲われ、
意識を失って崖の上に倒れてしまった。
赤ん坊は崖から海に落ちてしまい、
いくら探しても死体さえ見つからなかった。
そのため、夫人は気が触れてしまった。
でも、なぜか誰もそれに気づかない。
もう夫人の美しさは怖いくらい。
正気の美しさではなかった。
・・・・・・知らんぷりして、時が流れた。
雄大な海を見下ろす崖の上に
絵のように見える母と子の姿があった。
美しい夫人が美しい赤ん坊を抱いていた。
夫人は遠い水平線を見詰め、
そんな母親を赤ん坊が見上げていた。
すると不意に、まだ幼い赤ん坊が
しっかりした言葉を喋り出した。
「ママ。今度は落とさないでね」
あの醜い赤ん坊の顔。
「ええ。心配しなくていいのよ」
怖いほどに美しい夫人の微笑み。
「今度は、ママも一緒に落ちてあげるから」
2011/08/15
さびしい夜道をひとり歩いていました。
ときおり冷たい風が吹き抜けてゆきます。
両親の待つ家に急ぎ帰るところでした。
こんなに時刻が遅くなってしまったので
きっとひどく父に叱られることでしょう。
もう子どもでもないのに
いまだに私は父が怖いのです。
ふと不安になり、
あたりを見まわしました。
誰かに見られているような気がしたのです。
見上げると
大きな目が光っていました。
でも、なんということはありません。
木の枝の間から満月が覗いていたのです。
それにしても人の目にそっくりでした。
その目がまばたきをします。
私が歩くと視点の位置が変わるので、
木の枝のまぶたが動くように見えるのです。
それは花も葉もない冬の桜の木でした。
私は立ち止まり、しばらく
その枝越しの満月を見上げ続けました。
本当に目としか見えないのでした。
だんだん私は腹が立ってきました。
そして、こんなふうに叫んだのです。
「そんないやらしい目で私を見ないで!」
突然、その目がつぶれてしまいました。
カラスが飛び立って
枝の形の邪魔をしたのです。
あるいは、その鳥はフクロウだったかもしれません。
すぐに私は家まで走って帰りました。
玄関に入ると
そこに父が立っていました。
「・・・・・・遅くなってごめんなさい」
いつものように私は謝りました。
けれど、今夜の父は
いつものように私を叱ろうとはしませんでした。
ただ黙って
片目でじっと私を見るのです。
そして、なぜか今夜の父は
不自然に片目を手で押さえているのでした。
2011/08/10
うん、一緒に寝ようよ。
ううん、なんでもないんだ。
ただ寝ながら話をしたいだけなんだ。
ひとりで寝るのが怖いわけじゃないよ。
小さい頃はそういうこともあったけどね。
もう平気さ。子どもじゃないんだから。
まあ、あんまり大人でもないけどね。
返事したくなければ黙ってていいよ。
眠くなったら眠ってかまわないからね。
そう、いい子だね。
昔、ある国にね、王様とお姫様がいたんだ。
王様は立派な人で、お姫様は美しかった。
少なくとも国民はそう信じていた。
でも本当は違っていたんだ。
王様はじつにくだらない人物で、
お姫様はじつに醜い女の子だった。
王様もお姫様も国民を騙していたんだね。
で、ある日のこと。
お姫様を見て、王様がしゃっくりをした。
化粧をしてなかったんだね、お姫様。
王様のしゃっくりが止まらないので、
お姫様は笑い出してしまった。
醜い顔がますます醜くなって、
そのままいつまでも笑い続けた。
しゃっくりをしながらも王様は怒ったね。
そして、お姫様を殺してしまったんだ。
やっと笑い声もしゃっくりも止まった。
まったくとんでもないことだよね。
国民が黙っているはずがない。
だけど、王様はまたもや国民を騙したんだ。
お姫様は生きている。
死んではいない。
ただ眠っているだけなんだ、と。
なるほど、お姫様は眠っているみたいだ。
王様と一緒に眠っている。
まるで死んだように・・・・・・
おや、もう眠ってしまったのかい。
ねえ、お姫様。