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2012/03/07
今夜は静かだ。
なんにもする気がしない。
テレビはつまらない。
パソコンは面倒臭い。
本を読む気にもなれない。
音楽を聴く気にもなれない。
そもそも考えるのが億劫だ。
眠りたい。
・・・・・・いや。
眠りたくもない。
なんにもしたくないのだ。
動きたくない。
息もしたくない。
脈だって・・・・・・
ああ、そうか。
そうなんだ。
だから、静かなんだ。
なんにもしたくないわけだ。
なにかしたくても
もう
なんにもできないんだ。
2012/02/26
私には見えるのです。
あなた方が、その背後に、足枷のように
ずるずるずるずる引きずるものを。
たとえば、ほら。
あそこを歩いてらっしゃる
あの顔色の悪い猫背の男の人。
あの人は、なんというか、
なんだかとても古びた箪笥のようなものを
ずるずるずるずる引きずっています。
そのいかにも重そうな古箪笥から二つ三つ、
だらしなく引き出しが突き出ているのですけど、
その一つの引き出しからは・・・・・・
あれは、老婆の腕でしょうか。
そのように見える細い皺くちゃの腕が一本、
いやらしく外に食み出ています。
ああ、そして、
その腕の先にある数本の指が
虫の腹にある脚のように
もぞもぞもぞもぞ蠢いています。
それから、あの若い女の人。
あの人、汚れた雑巾のようなものを
ずるずるずるずる引きずっていますね。
ああいうのは、私、
よく見かけるので知っているんですけど、
あれは胎盤とか、羊膜に包まれた胎児とか、
とにかくそういう類のものです。
ええ、そうです。
見なければよかったと思うようなものが
ほとんどです。
あなた方は、そういうふうに
そういうものを大小様々、
いくつもいくつも引きずっているのです。
少なくとも私には、そう見えます。
ただ、それらは、目に見えないだけであって、
おぼろげながら本人には
なにかそのようなものの重みというのか、
引きずる感触のようなものの自覚があるはずです。
ですから私は、本人に向かって
引きずってらっしゃるものがどのようなものであるか
わざわざ教えてやるような差し出がましいことは
まず致しません。
致しませんが、
どうしても実際に見えてしまうものですから
どうにも堪(たま)らないものがあります。
しかも、近頃では
引きずる音まで聞こえてくるのです。
ええ。
そうです。
あの音です。
ズ、ズズ、ズズズズズ、
ズズ、ズズズ、ズズ、ズズズ、
ズズズズ、ズズズ、ズズ、ズズズ、
ズズズズズ、ズズ、ズズズ、ズズ、ズルリ。
2012/02/16
生家には大きな振り子時計があった。
小さな子なら入り込めるほど大きかった。
観音開きの扉を開け、時計の奥に潜り込む。
ただし途中、振り子に触れてはならない。
振り子が左右どちらかに寄った瞬間を狙う。
もし振り子に触れたら、気が狂ってしまう。
そのように祖母におどされていた。
僕など、振り子に何度触れたかわからない。
兄もそうだ。
でも、兄は本当に狂ってしまった。
兄の場合、振り子を止めてしまったのだ。
止まった時計の奥、膝を抱えた兄の姿。
もう兄は一言も喋れなくなっていた。
それが偶然だったのかどうか
僕にはわからない。
当然だが、すぐに振り子時計は壊された。
その直後、迷信好きの祖母は倒れ、
最期まで振り子時計の祟りを信じたまま亡くなった。
それから色々なことがあったけど、
高校を卒業すると、僕はすぐに上京した。
都会でのひとり暮らしは楽ではなかった。
友人もできず、孤独な毎日だった。
それでも、やがて僕にも恋人ができた。
恋人は、あの振り子を連想させた。
あちらへ揺れ、こちらに揺れ、
暗い観音開きの扉の中で揺れ続け、
触れると気が狂ってしまうような少女。
でも、彼女の体に触れるくらいなら大丈夫。
僕など、彼女に何度触れたかわからない。
揺れる振り子を止めなければいい。
振り子時計を壊したりしなければいい。
(つまり、彼女と別れなければいいんだ)
そんなふうに、僕は単純に考えていた。
ところが、ある日突然、
彼女が消えてしまった。
なんの予告もなく、置手紙すらなかった。
彼女の服も靴も持ち物も、みんな消えていた。
僕と一緒に撮った写真まで消えていた。
はじめから恋人なんかいないみたいだった。
僕は膝を抱えて床にうずくまった。
その姿は、あの古時計の奥にいた兄と同じ。
目を閉じると、振り子が見える。
目に見えない時を刻み続ける振り子。
暗い扉の中で左右に揺れ続ける振り子。
この振り子を止めてはならない。
もし止めたら、気が狂ってしまう。
僕はうずくまったまま、そう思った。
おそらく迷信に過ぎないのだろう。
だけど今でも僕は
そう思っている。
2012/02/04
三丁目の児童公園には子どもがいない。
この場所で子どもの失踪事件が続いたため
「ここで遊んではいけません」
と親や教師が指導するからだ。
「おれ、ジャングルジムでね、
ケンジと一緒に遊んでたんだよ」
近所の子、マモル君が教えてくれた。
「そしたらね、ケンジの奴、急にいなくなったんだ」
他の失踪した子どもの場合も同様である。
ジャングルジムで遊んでいたところを
最後に目撃されている。
見ているうちに消えた、という証言さえある。
「金属パイプの通路をくぐって、そのまま消えた」
と言うのだ。
子どもの言うことなので
もちろん鵜呑みにはできない。
だが、無視するには事件があまりに異常すぎる。
私は刑事でもなんでもない一般人だが、
同じ町内の住人として気になって調べているのだ。
周囲に誰もいないのを確認しながら
私は問題のジャングルジムに近づいた。
なんの変哲もない。
普通のジャングルジムにしか見えない。
塗装された金属パイプをつかんで側面を登り、
ジャングルジムの頂上に立ってみた。
そんなに高くもない。
児童公園に隣接して電力会社の変電所が見える。
見上げると、頭上に高圧電線が通っている。
気にはなるが、事件に関係あるとは思えない。
変電所の反対側には、新興宗教の建物がある。
信者が急増し、教祖が人間ではない、と話題だ。
怪しいと言えば、じつに怪しい。
怪しいと言えば、私だって十分に怪しいけれど・・・・・・
一旦地面に降りて、周囲を見まわす。
やはり誰もいない。
別に問題になることはないと思うが、
近所の人に見られたら困る。
いい大人がこんなところで、恥ずかしい。
ジャングルジム最下段の端にある
正方形ふたつ分の長方形の入り口から中に入ってみる。
通路は狭いが、小柄な私なら通れないことはない。
(そうそう。こんな感じだったな)
遠い昔、子どもの頃の懐かしい感覚がよみがえる。
目を閉じる。
忘れていた記憶。
田舎の小学校のグラウンドにもジャングルジムがあった。
立体の迷路で、確かにジャングルの中みたいだった。
(ジャングルジムとは、うまい命名だな)
いまさらながら感心する。
目を開くと、あたりは薄暗かった。
なぜか鬱蒼と茂った木々に囲まれている。
私の手は、金属パイプではなく、木の枝をつかんでいた。
暑い。とんでもなく蒸し暑かった。
そして、奇妙な鳥の鳴き声が聞こえるのだった。
(ここは、まさか・・・・・・)
その時、私は信じられないものを見た。
頭上から垂れ下がる大蛇と
まともに目が合ってしまったのだ。
「おじさん、助けてー!」
ケンジ君の声がした。
2011/12/11
交差点の横断歩道の前で信号が変わるのを待っていると、
たまに声がすることがある。
「なんで待つのよ」
ビルの屋上とか高いところにいると、
やはり声が聞こえることがある。
「ちょっと落ちてみたら」
ある日、踏切の前で電車が通過するのを待っていたら、
やはり声がした。
「遮断機をくぐって行けばいいのに」
振り向くと、幼い女の子と目が合った。
手をつないでいる母親らしき女の人が注意する。
「ヨミちゃん。そんなこと言っちゃ、ダメよ」
それからなのだ。
あの声を僕が
「黄泉の声」と呼ぶようになったのは。
2011/12/01
しまった、と思った。
これは自分の財布ではない。
黒くて似ているが、Kさんの財布だ。
Kさんは、私が勤めている会社の上司。
財布が間違っていることに気づいたのは、
買い物を済ませ、部署に戻ってからだった。
自分のデスクの上に
自分の財布が出しっぱなしになっていたのだ。
あわてて支払った金額をKさんの財布に戻し、
それをそのまま、Kさんのデスクの上に置こうとした。
しかし、考えてみると、Kさんは外出中だ。
財布がなくて、とても困っているはず。
一刻も早く手渡さなければ。
私は会社を出て、最寄の駅まで走った。
なぜか駅にいるはずだ、という確信があった。
改札を抜けてホームに入ると、
知人が大勢いて、電車を待っていた。
見まわしてもKさんの姿が見つからない。
同僚のSがいたので、尋ねてみると、
Kさんは先に現地入りしている、とのこと。
困ってしまった。
こちらにまだ用があるので
私は現地へ向かうことができない。
ホームに電車が入ってきた。
悩ましいが、他に方法はない。
事情を説明し、Kさんの財布を
迷惑そうなSの手に無理やり押しつけた。
「向こうで、必ずKさんに手渡してくれ」
それでもSはしぶっていたが、ベルが鳴り、
仕方なさそうに電車に飛び乗った。
すぐにドアが閉まり、電車は動き出した。
窓からこっちを見ている知人たちに手を振り、
やっと私は胸をなでおろしたのだった。
駅の改札を出ようとするところで、
すうっと目が覚めた。
夢だったのだ。
私は自宅の寝室にいた。
夢の内容を思い出し、苦笑する。
Kさんは、前の前の会社の上司だった。
Sも同じ会社の同僚。
だが、もうその会社は倒産して存在しない。
私は現在、独身で無職。
隠居と称して、このまま求職もせず、
慎ましく好きなことをして往生するつもり。
しかし、なんでこんな夢を見たのだろう。
私は思い出す。
前の会社に転職した頃、Kさんは癌で亡くなっている。
見舞いもしたし、葬式にも出た。
でも、夢の中ではまだ生きているらしい。
また、Sとは音信不通。
私より若かったから、まだ生きていると思う。
けれども、この夢の状況からすると、
あるいは、Sが死んだ、というお告げだろうか。
そうかもしれないが、
なんにせよ、確認のしようがない。
それから、また思い出す。
たくさんの知人が、あの電車に乗車したけれど、
あれはどういう意味だろう。
思い出せそうで、ひとりとして思い出せないけど、
まさか・・・・・・
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2011/11/26
猫に マタタビ
彼女に お酒
あらあら よっと
ほろ酔い加減のところで
アイマスクと手錠を掛けてやった。
「えっ? なになに? どうしたの?」
さらに冗談みたいにして
足首もひもで椅子に縛り付けてやった。
「なにするつもり? まさか・・・・・・」
とても不安そうな彼女の耳もとで
俺はそっと囁いてやった。
とても怖い都市伝説系の怪談ばなしを・・・・・・
2011/11/21
女と目が合ってしまった。
「逃げないで」
僕が逃げようとしていること
どうして彼女にわかってしまうのだろう。
「もう追いかけるの、疲れちゃった」
彼女、一丁の拳銃を僕に差し出す。
「これで、私を撃って」
ズシリと重く、ヒヤリと冷たい。
「私は、あなたにしか見えない」
そんな気がしていた。
「私の死体も、あなたにしか見えない」
そうかもしれない。
「だから、心配しなくてもいいのよ」
僕は彼女の胸に銃口を向け
ためらいもせずに引き金を引く。
銃声と衝撃。
悲鳴と血しぶき。
痙攣したように撃ち続ける指。
穴だらけになる幻想の女。
休日の歩行者天国に
いつまでも響き渡る銃声と悲鳴。
2011/11/17
ええ、そうなんです。
私はもうこんなですけど、まだ今でも
死んだ子の年を数えております。
ええ、そうなんです。
あの子はほんと、かわいそうに
生まれてすぐに死んでしまいました。
ですから私、あきらめきれなくて・・・・・・
あの子がまだ生きているとしますと、
今年で、ちょうど百歳になります。
ええ、そうなんです。
私より長生きしたことになるのです。
2011/11/07
私の目の前を歩いているあなたは
ひょっとして
私ではありませんか?
思わず声をかけそうになって
途中で怖くなって
やめてしまった。
だって、ほら
その瞬間に背後から
声をかけられそうな気がして。