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2012/06/04
【地震の前触れ】
ニワトリが夜中に突然騒ぎ始める。
犬がやたら吠え、暴れたり、言うことを聞かなくなる。
カラスの大群が異常な鳴き声で騒ぐ、または移動する。
地面、地下水、井戸から音が聞こえる。
井戸の水、温泉の温度変化。
魚が暴れたり、頭を水面に近づけ立ち泳ぎ状態になる。
海面の変色、気泡の発生。
潮の引き満ちが激しい。
赤い地震雲の発生。
長く太い帯雲が空に長く残る。
龍のような巻き雲がまっすぐ立ち上る。
夕焼けや朝焼けの空の色が異常。
日がさや月のかさが異常に大きい。
朝焼け時の光柱現象。
テレビ画面に縞が入ったり、画像が映らない。
ラジオ、携帯電話の雑音がひどい。
【津波の前触れ】
地震の発生。
急激な引き潮。
【土石流の前触れ】
山鳴りや立木の裂ける音、石の衝突音が聞こえる。
雨が降り続いているのに川の水位が下がる。
川の水が急に濁ったり流木が混ざり始める。
腐った土の臭いがする。
【地すべりの前触れ】
地面にひび割れができる。
斜面から水が吹き出す。
沢や井戸の水が濁る。
【噴火の前触れ】
震源の浅い火山性地震が発生する。
火口付近が急激に隆起する。
【竜巻の前触れ】
急激な天候の崩れ。
たくさんの乳房が垂れたような乳房雲が空を覆う。
【嵐の前触れ】
各種メディアが「天気予報」と称し、かなり詳しく教えてくれる。
2012/05/30
おれはひとり、夜道を歩いていた。
最寄駅から帰宅の途中だった。
おれのいくらか前方に、やはりひとり
若い女が歩いていた。
暗くてはっきりとは確認できないが
ハイヒールの靴音がアスファルトに響く。
やがて不意に、女が振り返った。
そこは街灯の光が十分に届かぬ場所で
女の表情を含め、顔は見えない。
おそらく、顔を見られたくないために
そのような場所を女は選んだのであろう。
また、その時、おれは逆に
ちょうど街灯の真下の位置にいた。
やはり、そのようになるタイミングを
あの女は見計らっていたに違いない。
再び女は歩き始めたが、
心なしか、さきほどよりも靴音が大きく
また小刻みになったような気がする。
それに釣られるかのように
おれも少しばかり足を速めたかもしれない。
すると、おれを痴漢と思い込んだのか
女の靴音が明らかに速くなった。
(冗談じゃない)
文句を言ってやりたいような気持ちになり、
おれは前を行く女に追いつこうとした。
それに気づいたのだろう。
ほとんど女は駆け足になった。
(ふざけるな!)
おれは腹が立ち、
むきになって走り始めた。
女も走る。
よくもまあ、ハイヒールなんか履いて
そんなに速く走れるものだ。
呆れつつも感心はするが
健全な男の足に敵うはずはない。
おれは獲物を狙う獣の気分になり、
とうとう女のすぐ背後にまで迫った。
走りながら片手を伸ばし、
女の白いブラウスの襟をつかむ。
そして、そのまま引き下ろした。
ブラウスの生地が破れ、
絹を引き裂く女の悲鳴があがった。
おれは、その声に聞き覚えがあった。
それは、たとえ死んでも
決して聞いてはならない声だった。
2012/05/14
捕えた女を鍋で煮ている。
「お嬢さん。湯加減はいかがですか?」
「ええと、ちょっと熱いわね」
「熱いくらいが、ちょうど良いのですよ」
「あら、そうなの?」
「そうなんです」
近くで太鼓の音がする。
「お祭りでもあるのかしら」
「そうですよ。あなたを歓迎しているのです」
「まあ。それは光栄ね」
「期待してください」
なんとも言えない香りがする。
「どうして、野菜や果物が一緒に入ってるの?」
「野菜は健康に良いのですよ」
「果物は?」
「美容によろしい」
「肌がきれいになるかしら」
「もちろんです」
こっそり鍋に塩を入れる。
「あなたも一緒に入ったら?」
「と、とんでもありません!」
「あら。恥ずかしいの?」
「そ、そういうわけではありませんが・・・・・・」
「おかしな人ね」
「すみません」
木の枝を火に投げ込む。
「なんだか、めまいがするんだけど・・・・・・」
「もうすぐですよ」
熱帯の月が笑いかける。
2012/05/13
眩暈と吐き気のする深夜の国道。
ドブのように黒いコーヒーを飲みながら
俺は会社の営業用車を運転していた。
死にそうなほど瞼が重い。
非常識な超過勤務。
痛みと疲労と睡眠不足。
一瞬の空白。
そして、衝撃があった。
俺は、あわててブレーキを踏む。
通り過ぎたはずの後方のアスファルトの上に
なにか黒っぽい物体が見える。
ドアを開け、車道に降り立つ。
動けずに立ちすくんでいると、
その黒い物体がムクムクと起き上がった。
それは人影のようにも見える。
が、人にしては、あまりにも形が崩れていた。
這い上がり、立ち上がり、そして
その黒い影が、こっちへ向かって来る。
俺は、全身に悪寒を感じた。
それは純粋な恐怖だった。
この世のものとは思えぬ異形。
得体の知れぬ怪物。
それが近づいてくる。
さらに近づく。
(危険だ!)
俺は運転席に戻る。
しっかりドアを閉める余裕もない。
ペダルを踏む。
動かない。
エンジンが止まっている。
心臓まで止まりそうだった。
なんとか発進させる。
後方確認。
(うわっ!)
危なかった。
すぐ背後に迫っていた。
アクセルを踏む。
やがて視界から見えなくなった。
(なんなんだ、あれは?)
まだ心臓がドキドキしている。
赤信号の交差点で止まる。
バックミラーを覗く。
(・・・・・・まさか!)
追われていた。
異形の影が小さく見える。
そして、それが徐々に大きくなる。
信号を無視して発進。
追ってくる。
まだ追ってくる。
どこまでも追ってくる。
いくつもの交差点を突き切る。
気づいた時には
視界いっぱいに大型トラックが迫っていた。
すべての動きが緩慢に見える。
もう逃れられない。
死を覚悟した。
その刹那、俺は見た。
迫りくる大型トラックの運転席にいるのも
やはり異形の影なのだった。
2012/04/09
俺は包丁を持って歩いていた。
若い女が立っていたので、包丁で刺した。
胸が大きかったので、胸を狙った。
女は口をパクパクしながら倒れた。
俺はかまわず、包丁を持って歩き続けた。
中年男が立っていたので、包丁で刺した。
腹が出ていたので、腹を狙った。
男はゲロを吐いて倒れた。
俺は気にせず、包丁を持って歩き続けた。
女の子が立っていたので、包丁で刺した。
かわいい顔をしていたので、顔を狙った。
少女は痛々しい悲鳴をあげて倒れた。
俺は無視して、包丁を持って歩き続けた。
老人が立っていたので、包丁で刺した。
腰が曲がっていたので、腰を狙った。
老人は入れ歯と杖を飛ばして倒れた。
俺はツバを吐き、包丁を持って歩き続けた。
今でも俺は、まだ歩き続けている。
包丁を手に持ったまま。
2012/03/27
かわいらしい男の子がひとり、
色々な色のクレヨンを使って
歩道の真新しい石畳に絵を描いている。
その無邪気な瞳。
折れてしまいそうな細い指。
それにしても、奇妙な絵。
男の胸にナイフを刺す女の絵。
血の色のヘビが歩道を這っている。
不思議そうに見下ろす通行人たち。
やがて、母親が男の子を迎えにくる。
「ママ!」
女の腰に抱きつく男の子。
「ねえ、パパはどこ?」
あやしく微笑む女。
「そうね。このあたりだったかしら」
黒いハイヒールが石畳を叩く。
2012/03/21
靴音が聞こえる。
踊り場で休んでいるというのに。
それにしても長い。
長すぎる。
誰が築いたのか、この階段。
石段も石壁も厚く、硬い。
すでに破壊は試みた。
そのため両手は砕けてしまった。
両足も痛む。
呼吸も苦しい。
立ち上がれない。
石の床が冷たい。
氷のようだ。
体温を奪う。
座り続けることもできない。
ここで息絶えるのか。
「そんなばかな。うそだ。でたらめだ」
それは階段の上からの声。
幻聴ではない。
靴音も幻聴ではなかったのだ。
信じられない。
自分の他に生存者がいたとは。
しかし、暗くて見えない。
壁の光る苔のわずかな明りだけ。
「おい。そこにいるのは誰だ。
そこは出口か」
渇いた喉の奥から声を絞り出す。
ひび割れた声。
だが、返事はない。
立ち上がる。
膝がきしむ。
階段を上る。
歯を喰いしばる。
「来るな。ここに来てはいけない」
あの声だ。
力なく、弱々しい。
やはり階段の上に誰かいる。
どれくらい上ったろうか。
階段の途中に誰か倒れていた。
冷たい体。
息も脈もない。
汚れた顔。
見覚えのある砕けた両手。
「そんなばかな。うそだ。でたらめだ」
胸が苦しい。
そして、あの声が聞こえてくる。
渇いた喉の奥から絞り出す、ひび割れた声。
「おい。そこにいるのは誰だ。
そこは出口か」
階段の下から。
2012/03/15
おいらが橋の下へ潜り込むと
そこには先客がいた。
見覚えのない女だった。
「お邪魔するよ」
とりあえず挨拶しておく。
「まったくだね」
迷惑そうな声。
薄暗くてはっきりとは見えないが
女は取り込み中のようだ。
「何してんだい?」
つい尋ねてしまう。
「詮索しないでもらいたいね」
つれない素振り。
雨足が激しくなってきた。
傘も持たずのにわか雨だった。
「しばらく出られそうもないな」
おいらは黙っていられない。
女は返事もしない。
「近頃、この辺は物騒でな」
おいらは小石を川に投げる。
「知り合いが何人も行方知れずになってんだ」
水かさがいつもより増えている。
すると、この雨雲は上流から来たものか。
「よく喋る男だね」
女は石ころで叩いている。
「あたしが黙らせてやろうか」
骨の折れるような音がした。
2012/03/11
あっ、動いた!
蹴ったのかな。
それとも、殴ったのかな。
案外、頭突きだったりして。
なんにせよ、なかなか元気そうで
母親としては喜ばしいことだ。
でも、いったい誰の子なんだろう?
父親がはっきりしないのだ。
だいたいの形がわかればわかるはずなのに
先生も看護師さんも教えてくれない。
ということは、どういうことかというと、
かなりやばいということだ。
まさか核弾頭ミサイルだったりして。
頭から生まれ落ちたら、母子心中だよ。
でも、尖った部分ないみたいだから、
きっと違うんだろうな。
オートバイの子でもなさそうだし、
電気ストーブの子でもない。
この感じだと、金属製ではないと思う。
鉱物でもないし、植物でもない。
間違いなく、動物。
それも、れっきとした脊椎動物だ。
でも、絶対にゾウの子ではないはず。
ゾウの子だったら、あたしゃ、すでに死んでるよ。
あんな大きなの、おなかに入るはずないもん。
ハリネズミだったらどうしよう。
しかも逆子だったりしたら・・・・・・
うう、いやだいやだ。
想像するだけで失神しそう。
帝王切開してもらうしかないだろうね。
ヘビの子だったら楽なんだろうけど。
いや、待てよ。
腹を食い破られるかな。
うわあ、いやだいやだいやだ。
とんでもないこと想像しちゃった。
つわりが戻ってきそう。
爬虫類との肉体関係ないから、心配ないけど。
ああ、もう父親なんかどうでもいいや。
とにかく、先生にまかせるしかない。
ねえ、先生。
あたしゃ、あんたを信頼してるよ。
なにしろ、先生は優しいんだから。
それに、先生ったら、すごく・・・・・・
あっ、そうか。
そうかもしれない。
この子、ひょっとして
先生の子じゃないかしら。
2012/03/09
いつの間にか年を取ってしまい、
家族も友人も親しい知人もいなくなってしまった。
ひとりで寂しいような気もするな、と思っていたら
とうとう飼い猫が喋り出した。
「おいらが話し相手になってやるよ」
おやおや、これはいけない、と思った。
記憶力が弱まり、月日の立つのが早まり、
年相応に呆けたな、とは自覚していたのだが、
猫の喋る声が聞こえるようになってしまっては
もう救いようのない末期症状である。
「あんた、なにか言いたいことがあるんだろ?」
猫が尋ねる。
言いたいことがあったような気もするが、
なかなか思い出せない。
考えてみると、この猫の名前さえ思い出せない。
「まあ、まだ慣れなくて、
適当な言葉も浮かばないのだろうけどよ」
猫は向こうの部屋へ行ってしまった。
それからしばらくの間、
わしは猫に話しかけるための適当な言葉を考え続けた。
やがて猫は戻ってきた。
わしは猫に尋ねてみた。
「向こうの部屋には、なにがあったっけ?」
「あんたの体」
猫はあくびをした。
「まだ辛うじて生きてるよ」