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2012/07/26
どうか私を
思い出にしないで
お願いだから
もう会うこともない
過ぎ去った人にしないで
なにかの拍子に
ふと思い出すような
記念写真みたいな
そんな
アルバムの1ページにしないで
いっそ破って捨てて
どうせなら
燃やして灰にして
あなたの思い出になんか
私はなりたくない
私の思い出になんか
あなたになって欲しくない
ああ
それができなければ
これまでね
そう
これまで
死がふたりを
分かつまで
2012/07/16
灰色の霧に包まれ、
街は暗くよどんでいる。
霧は建物にまとわりつき、
窓を舐め、壁を濡らす。
霧は生き物のように
屋内にも侵入する。
階段の手すりに絡み、
いやらしく床を這う。
霧の街を手探りで進んでいた男が
崖から落ちた。
霧の底へ底へ落ちながら
叫ぶ男の声がする。
「嘘だ! この街に崖はない」
死んだはずの男に
霧の街で出会った女もいた。
霧の奥へ奥へ逃げながら
叫ぶ女の声がする。
「嘘よ! 突き落としたはずなのに」
2012/07/14
部屋に案内され、
一粒の薬を手渡された。
殺風景な狭苦しい部屋だった。
言われるまま椅子に腰かけ、
言われるまま薬を飲んだ。
背後でドアが閉められ、
施錠される音がした。
ひとり部屋に残された。
正面の天井近く、
設置された看視カメラに気づく。
つい笑顔を作ってしまい、
すぐに自己嫌悪に陥る。
やがて、奇妙な音が聞こえてきた。
「アア、アアア、アアアアア」
感心してしまった。
音楽が聞こえる薬だったとは。
いやいや。
違う、違う。
これは自分の声だ。
なぜか自覚せずに発声している。
ふと見下ろすと
そこに誰かの頭があった。
一脚しかないはずの椅子に
一緒に腰かけている。
どことなく横顔に見覚えがあった。
目が合った。
とまどいの表情は隠せない。
「アア、頼むから
そんな目で、見ないでくれ」
どちらの声なのか
どちらも区別できなかった。
2012/07/05
怖い話だ。
おそろしく怖い話だ。
聞かなければ良かった
と後悔するくらい怖い話だ。
しかし、死ぬほど怖い話ではない。
死ねないほど怖い話だ。
つまり死にたくても死ねないのだ。
たとえば、痛み。
虫歯の痛みを思い出していただきたい。
痛い。
とにかく痛い。
時が立つほど痛くなる。
もう気絶するくらい痛い。
ところが、まだ気絶しない。
ますます痛くなる。
もう死ぬほど痛い。
死んだほうが楽なくらい。
ところが、まだ死なない。
もっともっと痛くなる。
信じられないくらい痛い。
もう表現できないくらい痛い。
ところが、まだまだ死ねない。
さらにさらに痛くなる。
どこまでもどこまでも痛くなる。
なのに、いつまでもいつまでも死ねない。
死にたくても死ねない。
終わりなどない。
つまり、無限に痛くなり続ける痛みなのだ。
しかも、痛みだけではないぞ。
かゆみ、苦さ、臭さ、吐き気、疲れ、息苦しさ、
悲しみ、空しさ、いやらしさ、不安、恐怖、絶望・・・・・・
ありとあらゆる不快な感覚や感情が
どこまでも悪化してゆく。
やはり終わりがない。
死にたくても死ねない。
ますます不快になるばかり。
無限に不快になり続けるばかり。
まったくどこにも
わずかな救いすらないまま・・・・・・
どうだ。
不快だろう。
しかし、ここまで聞いたら
もう逃げられないぞ。
覚悟するんだな。
これから、おまえに
死に至らぬ病、
その不快極まりない不快が始まる。
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2012/06/30
「殺人鬼ですって?」
見える者には見える。
見えない者には見えない。
そんな殺人鬼がいる。
「信じられない」
いると思う者にはいる。
いないと思う者にはいない。
そんな殺人鬼である。
「誰か助けて!」
救助を求めても虚しい。
誰も助けてくれない。
自分でなんとかするしかない。
「お願い。殺さないで」
哀願しても無駄である。
殺人鬼を殺すしかない。
殺されたくなければ。
「・・・・・・殺しちゃった」
殺人鬼は死んだ。
あなたは生きのびた。
すると、殺人鬼はあなたである。
「きゃあああああ!」
2012/06/29
僕は皆から変な奴だと思われている。
落ち着きがなくて、コソコソしている。
怯えて、オドオドしている。
犯罪者のような印象を与えるらしい。
実際、ただの犯罪者になりたいと思う。
自首するだけで済むなら気楽なものだ。
誰かに追われているというわけではない。
付きまとわれているだけ。
ただ見られているだけ。
朝から晩まで、寝ても覚めても。
誰から?
きっと信じてもらえないだろう。
見ているのは猿だから。
そう。
猿芝居の猿。
ほら。
君も変な奴だと思っただろ?
でも、僕が猿から見られているのは事実だ。
どこにいるって?
ああ、今はわからないな。
あいつは他人がいると姿を隠してしまうから。
でも、いつもこっちを見ている。
猿まねで変装したり、望遠鏡で覗いたり。
僕がひとりなら堂々と姿を現すくせに。
寝室とかトイレとか、墓地とかでね。
いかにも軽蔑したような目で。
歯ぐき丸見えの裂けるほど横に伸びた口で。
あいつは顔に似合わず狡猾だ。
捕まえようとしても必ず逃げられてしまう。
幻覚じゃない。
家族にも見えるのだから。
おかげでホームレスさ。
恋人にも見えた。
途端に恋は破れたけど。
無理もない。
四六時中いつも猿に見られていてはね。
しかし、なんなのだろう?
あの猿は。
あの猿の目は。
2012/06/15
地獄は恐ろしいところである。
悪人は死ぬと亡者となり
地獄に落ちて鬼に責められる。
殴られ蹴られ折られ潰され
刺され切られ裂かれ破られ
ねじられ抜かれ曲げられ伸ばされて
冷やされては凍らされ
煮られ蒸され焼かれ炒められて
とんでもないものを飲まされたり
とんでもないものを喰わされたり
逆にとんでもないものに飲まれ喰われては
水中に沈められ
地中に埋められ
火中や溶岩に放り込まれ
恐ろしい病気に感染させられたり
悪化するまま痛むまま
腐るままに放っておかれ
辱められ軽蔑され非難され罵倒され
騙され裏切られ
意志や信念を捻じ曲げられ
背負い切れない責任を背負わされ
返済できない負債が雪だるま式に増え続け
寝る暇も与えられず休みなく働かされては
それまでの苦労が水の泡となり
したくないことをさせられたり
できるはずのないことをさせられたり
反対にまるっきりなにもさせてもらえなかったり
それら情け容赦ない責め苦の数々が
終わりなき永劫の如く続けられる。
どこにも逃げられない。
絶望のあまり死にたくなるが
あいにく、すでに亡者は死んでいる。
どこにも救いはない。
このようなところが地獄である。
2012/06/13
ポンプの唸る音が念仏のように聞こえる。
天井を這う曲がりくねったプラスチック管。
青と赤の電気コードは静脈と動脈を連想させる。
ここは秘密の実験室。
連日連夜、怪しげな研究が続けられている。
「わたくし、もういやです。
これ以上、とても続けられません」
助手であろう若い女の声は震えている。
ピストル型ガラス瓶に金属管が突き刺さり、
ポタポタと白く濁った液体が垂れ、
垂れ、垂れ、垂れ・・・・・・
「手遅れだ。今更やめるわけにはいかない」
博士であろう初老の男の声も震えている。
「ですが、先生・・・・・・」
「あれを見るのだ」
青白い火花が怪物の影を壁に映し出す。
ガラス瓶の底に亀裂が走る。
不可解な曲線を描き続けるオシロスコープ。
「投与をやめたら、一晩に一つ、瘤が増えるだけだ」
稲妻が走り、ほぼ同時に雷鳴が轟く。
助手の女は両手で耳を塞ぎ、床に崩れる。
「いや! いや! いや!」
鬼の角に似た二本の試験管の中で
ポコポコポコと
気泡が割れ続けている。
2012/06/08
皆が起きているうちに寝たので
皆が眠る頃に目が覚めた。
洗面所で鏡を見る。
貧相な暗い顔が映る。
おまえは生まれてからこれまで
なにかに命を賭けたことがあるか。
ない。
あるはずがない。
おまえはそういう奴だ。
いつも逃げてばかりの臆病者だ。
やってみろ。
一度くらい命を賭けてみろ。
よし、やってやろうじゃないか。
ジャンケンはどうだ。
笑うな。
笑うんじゃない。
もし負けたら命をくれてやる。
おまえなんかに負けるはずがない。
おまえは人間のクズだ。
おまえには、パーがふさわしい。
「ジャンケン、ポン!」
おまえが、ニタリと笑う。
鏡の中のおまえは、チョキを出している。
2012/06/06
気がついたら
もう眠ってはいないのだった。
いつから目が覚めていたのか
よく思い出せない。
(・・・・・・とりあえず起きなくちゃ)
立ち上がってはみたものの
意識はぼんやりしている。
はっきり目を覚ますため
キッチンの流し台で顔を洗う。
(・・・・・・ん?)
洗いながら、ふと目を開けると、
水盤に顔が落ちてるのが見えた。
水たまりに油膜が浮くみたいに
ステンレスの水盤上に顔が浮いていたのだ。
(顔の脂分が落ちたの?)
そんなことを考えているうちに
その膜状の顔は歪んで細くなり、
そのまま
すーっと排水口に流れ込んでしまった。
おかしな話である。
(常識的にあり得ない!)
顔をタオルで拭き、
おそるおそる手鏡を覗く。
ちゃんと顔が映っている。
ただし、少しばかり
表情が乏しくなったような
そんな気がしないこともないけれど。