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  • さわやかな目覚め

    2011/12/30

    ひどい話

    長い長いコールドスリープから目覚めると
    人類は絶滅していた。


    「あなたが現存する最後の人間です」

    自動制御の介護ロボットが親切に教えてくれた。


    空気は悪くない。
    出された食事にも不満はない。

    「どうして絶滅したんだ?」
    「種の寿命だそうです」

    老衰のようなものか。


    「おれは不治の病だったはずだが」
    「凍ったまま眠っているうちに自然治癒してしまいました」

    なるほど。
    そういうこともあるかもしれない。


    「この建物の外に出たいのだが」
    「出ると死にます」

    「外を見るだけでもいいのだが」
    「見ると死にたくなります」

    なるほど。
    すべて予測可能というわけか。

    「でも見たいな」
    「それでは」

    ロボットが指示を出したのだろう。
    窓に相当する壁の大型スクリーンが開いた。


    なるほど。
    ロボットは正しい。

    おれは死にたくなった。
     

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  • なんでも質屋

    2011/12/30

    愉快な話

    おれは質屋に入った。
    どうしても現金が必要だったからだ。

    「おや、先生。いらっしゃい」
    質屋の主とは顔なじみだった。

    「じつは、相談なんだが」
    おれは主の目をまともに見ることができなかった。

    「なにか売りたいのだが、なにも売るものがないのだ」

    母親は、少し前に売ってしまった。
    すでに父親は、売る前に亡くなっている。

    妹はいるが、これは売るわけにはいかない。
    その妹の薬代のために金がいるのだから。

    「それは困りましたね」
    「なんとかならないかな」

    主はおれの顔をまじまじと見る。

    「先生は、たしか絵が描けましたよね」
    「ああ。そこそこ描けるが、絵が売れるのか?」

    「いいえ。近頃、なかなか絵は売れません」
    「そうだろうな」

    「絵に買い手はつきませんが、絵を描く才能なら」
    「なに? 才能が売れるのか?」

    「売れます」
    「いくらくらいになる?」

    「ちょっと先生、これに描いてみてください」
    チラシを裏返して、ボールペンと一緒に渡された。

    その白紙にさらさらと、主の似顔絵を描く。
    久しぶりだったが、なかなか上手に描けた気がする。

    「これはまた、うまいもんですね」
    「いくらになる?」

    主は電卓のキーを叩いた。
    「こんなところですね」

    なかなかの金額だった。
    迷うことはない。

    「よし。売った!」

    それで商談成立。
    現金を手に入れると、おれはそのまま薬局へ向かった。


    「お兄ちゃん。ありがとう」
    薬を飲みながら妹が礼を言う。

    だが、おれはあまり嬉しくなかった。

    妹の様子がおかしいのだ。
    いつもと違う。

    なぜだろう。
    妹の顔が、あまりかわいらしく見えなかった。

    しばらくして、おれはやっと気づいた。

    やれやれ。
    絵を描く才能を失うとは、こういうことか。
     

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  • ガラスの宮殿

    2011/12/29

    ひどい話

    ガラスの宮殿のお姫様から使者がやってまいりました。

    「レンガの宮殿の王子様へ申し上げます。

     今宵、ガラスの宮殿で行われます舞踏会に
     ぜひともお越しくださいませ」


    レンガの宮殿の王子様は使者に言われました。

    「それはそれは、大変に名誉なお話でございます。
     と、お姫様には伝えていただこう。

     ただし、ガラスの宮殿は大変に美しいが
     また大変に壊れやすいとも聞いている。

     残念ながらそちらへ参るわけにはいかないので
     よろしく伝えておいてくれ」


    ガラスの宮殿の使者は困ってしまいました。

    「今のお話、そのままお伝えするわけには・・・・・・」


    レンガの宮殿の王子様はおっしゃいました。

    「ありのままのことをそのまま伝えて壊れるような宮殿なら
     いっそ一度壊れてしまえば良いのではないかな」


    ガラスの宮殿の使者はすごすごと引き下がりました、

    とさ。



    ガラガラ、ガッシャーン!

    はい、おしまい。
     

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  • 洞窟の十字架

    2011/12/28

    思い出

    ほんの宝探しごっこのつもりだった。
    そんなふうに冒険したい年頃だったのだ。


    近所の山の崖崩れがあったみたいなところに
    洞窟の穴があった。

    その入り口は鉄の扉で塞がれていた。

    丈夫そうな錠前も掛かってはいたが
    扉の蝶番は錆びて壊れていた。

    というか、誰か壊したに違いない。


    そういうわけで僕は
    夏休みのある日、

    懐中電灯だけ持って
    ひとり洞窟の中に入ったのだ。


    しゃがんで歩けるくらいの高さで
    狭い通路がまっすぐ奥へと延びていた。

    しばらく進むと
    両側に横穴のある場所に出た。

    やはり噂は本当だったのだ。


    戦時中、この洞窟は
    防空壕としても使われていたそうだが

    その昔は隠れキリシタンの教会だったという。

    だから、通路が途中でクロスして
    それぞれ行き止まりになり、

    全体で十字架の形になっているというのだ。


    とにかく、そのまま前に進む。

    だんだん天井が高くなってきて
    やがて中腰なら立って歩けるようになった。


    残念ながら、そこから先はよく憶えていない。

    懐中電灯の電池が切れかけた記憶もあるから、

    おそらく途中で
    怖くなって引き返してしまったのだろう。


    それとも・・・・・・

    いやいや、そんなことはあるまい。


    なぜなら現在、
    僕はキリシタンでもクリスチャンでもないのだから。
     

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  • 異常事態

    2011/12/26

    ひどい話

    けたたましく警報が鳴った。

    続いて、自動アナウンスの声。
    「この宇宙船は、まもなく爆発します。脱出してください」


    避難ボートの乗船ゲートに殺到する船員たち。

    「性別不問。若い順に乗れ!」
    船長の怒鳴り声がする。


    避難ボートの定員は乗船者の半数にも満たない。

    最古参のおれは脱出を諦めた。

    「どうしたんだ?」
    「わかりません」

    誰も事態を把握していないらしい。


    通路を走り、操縦室に入る。
    誰もいない。

    管理パネルを見る。

    「抜き打ち避難訓練、作動中」
    そのように表示されている。


    なんだこれは?
    なにも聞いてないぞ。

    抜き打ちだから事前に聞いていないとしても、
    避難訓練を抜き打ちにするとも事前に聞いてはいない。


    しかし当然、船長は知っているはずだ。


    操縦室を出て、通路を戻る。

    悲鳴や怒声が聞こえる。
    乗船ゲートは悲惨なことになっていた。

    殴り合いの喧嘩が始まっていた。

    船長は床に倒れている。
    その床は血だまりになっていた。


    「おい。やめろ!」
    おれは怒鳴った。

    誰も聞いていない。


    その時、チャイムが鳴った。

    続いて、自動アナウンスの声。
    「避難訓練、終了。避難訓練、終了」
     

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    • Tome館長

      2012/02/06 01:10

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2012/01/06 22:26

      「ゆっくり生きる」haruさんが動画にしてくださいました!

  • 大道芸人

    2011/12/25

    愉快な話

    その大道芸人は道端に寝転んでいた。
    なんの芸も見せていなかった。


    「おい。なんかやって見せろよ」

    餓鬼大将のポン次が命令した。

    寝ていた芸人は片目だけ開け、おれたちを見上げた。

    「銭はあるか?」

    「銭なんかねえが、牛ガエルならあるぞ」
    おれは、後ろ足が一本しかない獲物を示した。

    「なんで片足なんだ?」
    「さっき味見したからな」

    「面倒臭えな」
    「おまえの見世物はなんだ?」

    「口では説明できねえよ」
    「じゃ、やれよ」

    「しょうがねえな」

    くたびれた芸人は起き上がり、よっこらと立ち上がった。


    「さあさ、皆の衆。寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。
     見なきゃ損々、お代は見てのお帰りだよ」

    急に元気になって口上を述べ始めた。

    「ご覧の通り、様子のよろしい坊ちゃん方」
    と、おれたちを紹介。

    「たちまちに消してご覧に入れまする」

    なにやら呪文を唱えると、
    ポン次や仲間の姿が本当に消えてしまった。


    「すげえ!」

    おれは興奮して叫んだ。

    なぜか、おれは消えてない。

    「おい。牛ガエルよこせ」

    言われるまま、おれは芸人に食いかけを渡した。

    「ありがとよ」

    それから芸人は、おれに向かって呪文を唱えた。

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  • ほのかな希望

    2011/12/24

    ひどい話

    ついに限界に達してしまった。
    とうとう万策尽きてしまった。

    エネルギーも食糧も 
    供給が需要に追いつかなくなった。

    掘れる地下資源は掘り尽くし 
    使えるエネルギーは使い尽くしている。

    喰える食糧も喰い尽くし 
    すでに人肉まで食べ始めている。


    「ねえ、ママ」
    「なに?」

    「おじいちゃん、食べていい?」
    「あら、ダメよ」

    「どうして?」
    「だって、まだ生きてるじゃない」

    「おなかへったよ」
    「おばあちゃんの肉は?」

    「もう残ってない」
    「しょうがないわね」

    「ボク、死にそう」
    「それじゃ、頼んでみなさい」

    「うん」

    そんな会話がここまで聞こえる。

    ほとんど目は見えず、まともに歩けなくなったが 
    なぜか耳だけは遠くならない。

    わしは手探りして 
    麻酔薬の注射セットを引き寄せた。

    やれやれ 
    これを使う日がとうとう来たか。

    わしはため息をつき 
    肉の薄いふくらはぎを撫でた。
     

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  • モンゴルの馬賊

    2011/12/23

    愉快な話

    「遥かなる大平原が見えます」

    おれには怪しげな身なりの女が見える。


    「あなたの前世は」
    その占い師は言うのだった。

    「モンゴルの馬賊です」

    「なるほど。モンゴルの馬賊か」
    「そうです。モンゴルの馬賊です」

    「すると、そのモンゴルの馬賊の」
    「そのモンゴルの馬賊の頭目」

    「頭目か」
    「いいえ。そのモンゴルの馬賊の頭目の息子」

    「息子か」
    「いいえ。そのモンゴルの馬賊の頭目の息子の馬です」

    「馬?」
    「そうです。馬です」

    「つまり、おれの前世は、モンゴルの馬賊の頭目の息子の馬?」
    「です」


    おれは腹が立った。

    「なら、おまえの前世はなんだ」
    「アラブの女王です」

    「そうか」
    「そうです」


    ますます腹が立った。

    「おれが何者か知っているか?」
    「知りません」

    「マフィアのボスだ」
    「そうですか」

    「おまえは占い師だ」
    「そうです」

    「どうやら現世では勝てないようだな」
    「そうかもしれません」

    「そうかもしれないではなく、そうなのだ」

    おれは女をにらむ。


    「来世では」

    どうやら女も腹を立てたらしい。

    「来世?」
    「私はトルコの監獄の看守です」

    「看守?」
    「そうです」

    「なら、おれの来世は?」


    女は目を閉じる。

    「あわれなる死刑囚の姿が見えます」
     

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  • やってられない

    2011/12/22

    変な話

    些細なことから彼女と喧嘩してしまった。


    「もう、やってられないわ!」

    そう言いながらベッドから降り立つと、
    彼女は右耳から下がるイヤリングに指をかけた。

    そして、それをエイっと引き下げると、
    彼女の裸身の右側面の皮膚がジジジジジと裂けた。

    (なんだなんだなんだなんだ?)

    アングリと口を開けた僕の目の前に
    まったく見知らぬ女性の裸身が現れた。

    「もう私、あんたの彼女でもなんでもないからね」


    状況が理解できなかった。

    彼女の脱ぎ捨てられた皮膚が床に落ちている。
    イヤリングが腰のあたりまで下がっている。

    よくよく見ると、
    イヤリングからV字形に見慣れた二本の列が延びている。

    ・・・・・・ファスナー。
    ジッパー、またはチャック。

    なんと、彼女の右耳のイヤリングは
    じつは彼女の皮膚のファスナーの取っ手だったのだ。


    「それ、あんたに返すわ」

    素早く着衣を済ませた彼女は
    寝室のドアを開けながら言い捨てる。

    「また、どこかの適当な彼女に着せてやれば」

    怒ったようにドアを閉めると、
    彼女はそのまま足音高く立ち去った。

    やがて、玄関ドアを閉める音も響いた。


    バカみたいに口を開けたまま僕は考える。

    (・・・・・・彼女、誰?)


    ベッドの上にひとり残された僕。


    床の上に乱暴に脱ぎ捨てられた
    僕の彼女だとばっかり思っていた彼女の

    抜け殻。
     

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  • ご要望は?

    2011/12/21

    愉快な話

    部屋の窓から水平線と地平線が見える。
    海と草原と山と湖と滝と池だって見える。

    さらに空には虹とオーロラまで。


    「どうだい、ここは?」
    俺はフィアンセに尋ねる。

    「そうね。なかなか悪くないわね」
    彼女、あまり嬉しそうじゃない。

    「なにか不満ある?」
    「まあ、あると言えばあるけど」

    「たとえば?」
    「あの虹、三重にできないかしら?」

    「お安い御用さ」

    俺は部屋を出ると
    すぐに携帯端末から指示を出した。


    しばらくすると、虹が四重になった。

    「あら。三重でいいのに」
    「なに、サービスさ」

    それから、牧場と遊園地を追加した。

    インディアンを走らせ、騎兵隊に追わせたり、
    UFOを編隊で飛ばすような演出さえして見せた。


    「他には?」
    「あのね」

    はっきり彼女は言った。

    「あなた。もっと素敵な男性になって」
     

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