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2013/09/21
故郷、というときそこの出身でないのなら故郷と呼べないのなら、ここでは心の故郷としましょう。
母方が秋田出身です。鉄道関係の趣味で知り合った人もその両親も秋田出身というので狭いものだと思いました。
わたしにとって秋田というと寝台列車が場面転換に欠かせない「舞台装置」だったような気がします。新幹線もこの間の大雨で峠の部分を徐行して走っており、あの心許なさ故に故郷は遠くなった気がします。
なんだかんだ言っても国道7号とかロードサイドのショッピングセンターが田園風景の中に突如現れたりして、レンタカーで移動中には3年前に見いだせなかった驚きがあります。神奈川の郊外でもあまり変わりないショッピングセンターの風景なので、国内が均一化していくのがわかりなんとも違和感が残ります。
この話で経済を持ち出すのも何だとは思いつつ、関税が更に引き下がると今度10年ぐらい後は田舎もアメリカナイズなのかとさみしい思いをしそうです。八郎潟の一角にたぶん、コストコができてもおかしくないでしょう。
情報があふれ、ものがあふれ、思い出や故郷という想いは人の心の中だけになってしまうのでしょうか。
2013/09/16
11年間乗り続けたプジョーが壊れてしまいました。致命傷はセルモーターの焼損。その2ヶ月前にもエアコンコンプレッサーを交換したばかりでした。出先の駐車場でかくざ。もうこれ以上維持できないため、ロードサービスの牽引でたどりついたディーラーで不意のお別れです。
よく頑張ってくれたと思います。街中で車を見る度、「カーレスになってしまったな」と思い返します。クリエイティブに似合うルシファーレッドの車でした。
先立つものがなく、次は何にしようか思案中です。
2013/09/07
先日秋田へお邪魔したときでした。親戚宅でご飯の後おしゃべりしながら、今の新聞を一緒に見ていました。
あれ、なんか見覚えのあるキャラが写っている。スポーツ祭東京2013(東京国体)のキャラクター「ゆりーと」が立川の昭和記念公園で、秋田代表の「超神ネイガー」とステージで一緒に写ってます。
なんでも、国体ですから全国から集まった選手の壮行会で、各県のご当地ヒーローが応援に駆けつけていたそうです。その一コマとか。うちの隣は町田市で、通勤でいつも「都内」を通りますからスポーツ祭の広告には見慣れていました。
それにしてもネイガーも息が長いと思います。がんばれ。今日のタイトルボーダーはなまはげレッドでまとめてみました。
2013/09/03
小さい頃は夜行寝台列車で東京に戻るのが常でした。昼間の移動を経験すると、寝台列車は一種の舞台転換の装置でもあったのかとさえ思います。非日常と日常の切り替えで。
男鹿半島から秋田市街までレンタカーで、天王で寄り道をしながら約2時間。あっという間です。潟上市にはいとこもいるので訪ねてみたかったですが、今回は遠慮しました。
土崎港、けっこう大きいです。
正午直前に秋田駅到着。ここでレンタカーとはお別れです。この3日間でおよそ車で120km走ったことになります。
早い時間の「こまち」で帰りたかったのですが取れず、予約通り3時台で。お出迎えの人たちが新幹線の発着時間に合わせて、これほどどこから集まってくるのかとぐらい来ます。その前後が閑散としているので余計そう見えたのでしょう。
東京行きに乗り、わっぱめしを車内販売で入手しました。少なくとも盛岡につくまでには手に入れておきたいものです。遅い昼を食べながら仙台発着。どんどん東京駅に近づきます。
東京から自宅までがまた乗り継ぎで長いです。帰ると留守番の家人と飼い犬の柴もお出迎え。今回は立ち席でたいへんでしたが、いい旅をさせてもらいました。ムーコちゃん、コロちゃん、どうもありがとうございます。
2013/09/01
今回はわんこの話から少し外れますが生物つながりで許してください。
秋田へ出かける前にiPadで地図を見ていたのですが、カーナビとはだいぶ違うようで戸惑っていました。今回の旅はレンタカーのナビに頼り切りという状況です。
五城目を出て国道7号線を横切り、男鹿水族館GAOを目指します。片側二車線の道路を男鹿半島の入り口まで走ります。五能線をオーバーパスして男鹿の中心部へ。
これだけで運転したことのない場所だったのでだいぶ気持ちがめげてしまいます。本当に戸賀湾までたどり着けるのだろうか……。行けども行けども山の中で海が見えてきません。途中、巨大ななまはげ像を仰ぎつつ進みます。
戸賀湾に着いたのが昼過ぎ。昼食も摂らず水族館へ。あとで食べようと思っていたが順路を全部見終わったところで食堂はクローズ。満車のため入った第二駐車場に無料バスで戻ると、仙台ナンバーや宮城ナンバーのワゴン車が目立ちます。東北はその日曜日が子どもたちの夏休み最終日でした。家族サービスも大変なようです。駐車場で今晩の宿を予約。
自らの段取りの悪さを呪いつつ、家人の求めもあり入道崎まで行けばなんか食べられるだろうと思いつつ車を走らせます。ほとんどすれ違う車がなくなると目の前に日本海が。しばし絶景に見とれつつ、「電柱が見え始めたから人家がある」といいつつ行くとおみやげ屋さんが軒を連ねていました。
海鮮丼で遅い昼を摂り、気づけばもうすぐ5時。温泉宿は空きが目立ちます。風呂に入りつつ良い一日だったと思います。蝉時雨に囲まれつつ一日は終わりです。明日は東京へ戻ります。「こまち」も社用の人たちが先約しているせいか、午後3時台まで空きがありません。陸路も空路も席が少ないとそれだけ価値が上がってしまい、寝台列車で帰省していたころとは様子が変わっていると思いました。