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Tome館長

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  • 良い子

    2008/10/04

    切ない話

    あるところに、父のない子がいた。

    おとなしくて、じつにやさしい子で
    文句も言わず、母の手伝いをするのだった。

    「おまえは本当に良い子だね」

    母に頭を撫でられるのが、得意であった。


    ところがある日、母のない子に非難された。

    「おまえなんか、親の良い子でしかない」

    それから、良い子でなくなってしまった。

    頼まれても、母の手伝いをしなくなった。
    どうしたのだろう、と母は心配になった。

    だが、母のない子は感心しない。

    「そんなの、親の良い子でないだけだ」

    それから、悪い子になってしまった。

    母を殴ったり蹴ったりするようになった。
    あまり痛くなかったが、母は泣いてしまった。


    さすがに母のない子は感心した。

    「おまえは本当に悪い子だな」

    それから、泣く女の背を撫でてやるのだった。

    「心配するな。おれが守ってやるから」
     

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  • 幽霊の診察

    2008/10/04

    愉快な話

    次の患者は幽霊だった。

    「先生、どうも具合が悪くて・・・・・・」


    若いナースが床に倒れた。
    どうやら気絶したらしい。

    悲鳴をあげ、みんな逃げ出した。


    だが、私は医者だ。
    患者を見捨てて逃げるわけにはいかない。

    それに、腰が抜けて立てないのだ。


    おそるおそる幽霊の手首に触れてみた。
    冷たかった。やはり脈はなかった。

    はだけた胸に聴診器を当ててみた。

    「息を吸って、止めて、はいて・・・・・・」

    生臭いにおいがしただけだった。


    「いつから具合が悪いのですか?」
    「亡くなるちょっと前から・・・・・・」

    どうやら自覚しているらしい。
    死を宣告しても無駄なようだ。


    「どんな具合に悪いのですか?」
    「なんとも、死にきれないくらい・・・・・・」

    ふざけているのだろうか。


    「舌を見せてください」

    腐乱していた。見なければよかった。

    どうにも手のほどこしようがない。


    「お気の毒ですが、もう手遅れです」
    「先生・・・・・・」

    うらめしそうな顔をするのだった。
     

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  • 召使いサリー

    2008/10/03

    変な話

    玄関の扉が開いた。

    「ようこそ、いらっやいませ。
     どうぞこちらへ」

    女に案内され、奥へ進む。

    長い廊下の左右の壁に絵が飾ってある。
    絵はともかく、額縁は立派なものだと思う。


    「外套をお預かりします」

    女に外套を手渡したところで
    廊下に裸で立っている自分に気づく。

    裸の上に外套を着ていたのだろうか。


    「君、名前は?」

    女は振り返り、にっこり笑う。
    「召使いのサリー、と申します」

    ごく自然な若い女の表情である。

    きっとサリーは、裸の男なんか
    うんざりするほど見飽きているのだろう。

    「主は元気かね?」
    「旦那様は、ご病気でございす」

    「まだ息はあるのかな?」
    「昨日の朝からあるかなしかと存じます」

    「脈は?」
    「さきほどまでございました」

    「すると、今は?」
    「わたくしの、この透けるような細く白い指が
     旦那様の老いさらばえた醜い手首に今、
     わずかなりとも触れておりませんので
     なんとも察しようがありません・・・・・・」

    「なるほど」


    廊下が終わり、階段を上り始める。

    召使いサリーのスカートの丈は短い。
    ちょっと短すぎるのではないか、とさえ思う。

    「で、奥方は?」
    「奥様は、荒縄で縛られております」

    「誰に?」
    「旦那様でないとすれば、わたくしにでしょうね」

    「あの丈夫な手錠は?」
    「今朝方でしたか、壊れた、と聞いております」

    「信じられないな」
    「信じてくださらなくても結構でございます」


    階段が終わると、さらに廊下が続いていた。

    左右の壁にたくさんの鏡が並んでいる。
    それぞれ別の表情が見える仕掛けだ。

    「確か猫がいたね?」
    「さっきまで鳴いていやがりました」

    「どんな鳴き声だっけ?」
    「まあ、そんな。
     とても恥ずかしくて口にできませんわ」

    「そういうものかね」
    「そういうものでございますとも」

    「それはまた、残念だね」


    廊下は緩やかにカーブを描き始める。
    まるで少しずれた合わせ鏡のようである。

    「きれいな娘さんがいたよね?」
    「お嬢様は、それはそれは美しい方でございます」

    「もう結婚したのかな?」
    「いいえ、まだなんですよ」

    「好きな人はいるのだろうか?」
    「さあ、どうでしょう」

    「彼女の名前、なんといったけ?」
    「サリーお嬢様、と申します」

    「なるほど」


    曲がる廊下が曲がりきれなくなる頃、
    さりげなく目の前に扉が現れる。

    その扉をサリーが開ける。
    前に進むと、背後で音を立てて扉が閉まった。


    冷たい風が吹いている。

    枯れ葉や野鳥が斜め下に落ちるのが見える。
    見上げれば、寒々とした冬の空。

    ここは屋外なのだった。

    外套を預けたまま庭に出てしまったのである。

    まったくサリーには困ったものだ。


    振り返ると、そこに扉はなかった。
    玄関も窓もない。

    なにしろ屋敷がなかった。

    まったくなんにもないところに
    ひとり裸で立っていた。

    そして、遥か遠くに見える木の枝に
    引っ掛かっているのは外套なのだった。

    「まったくもう、サリーときたら。
     ・・・・・・ヘ、ヘックション!」
     

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  • 水の子

    2008/10/02

    切ない話

    ある山奥にひっそりと小さな村があった。

    その村をかすめるように
    一本の細い谷川が流れていた。


    ある年の春、
    谷川のほとりに娘がいた。

    村の者ではなかった。
    戦火の都から逃れてきたのだった。

    娘は長老の家に世話になることになった。

    娘は働き者だった。


    この年の夏、
    まったく雨が降らなかった。

    そのため、谷川の水は涸れてしまい、
    わずかばかりの田畑は干からびてしまった。

    村人の暮らしは苦しくなった。


    「あの娘がいるからだ」
    「そうだ。よそ者は出てゆけ!」

    毎日いじめられ、
    娘はいたたまれなくなった。


    ある晩、
    娘はこっそり村を出た。

    干上がった谷川の底を泣きながら下った。


    翌朝、
    待ちに待った雨がついに降り、

    谷川の底に水が流れ始めた。


    「やっぱり、あの娘のせいだったな」

    村人たちの喜びは大変なものであった。


    雨は降り続いた。
    谷川に水も増え続けた。

    いつまでも休みなく雨は降り続いた。


    そして
    その年の秋、

    この小さな村は
    谷川からあふれ出た水に

    跡形もなく押し流されてしまった。
     

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  • ミイラとダンス

    屋根裏部屋でミイラを見つけたのは
    かくれんぼして妹と遊んでいた時だった。

    それは干からびてホコリにまみれていた。


    「ミイラさん、見ーつけた!」

    妹は無邪気な声で叫んだものだ。

    奇妙なことに、ミイラは首を振った。

    「やれやれ、とうとう見つかったか」

    年代を感じさせるミイラのかすれ声。

    おもむろにミイラは立ち上がった。
    古い扉を無理に開くような音がした。

    「久しぶりに動くものだから、体が重い」

    ミイラはううんと背伸びをした。
    そして古い建物が壊れるような音がした。

    そのままミイラは崩れてしまった。
    背骨も腕も脚も首も折れて、崩れた。

    屋根裏部屋全体にホコリが舞い上がった。


    そのままミイラは動かなくなった。
    爪先で突いてみたが、反応はなかった。

    傾いた窓からは、午後の白けた日差し。


    妹はため息をつき、ぼそっと呟いた。

    「あーあ、一緒に踊りたかったのに」
     

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    • Tome館長

      2012/06/18 23:12

      ケロログ「mirai-happiness☆」舞坂うさもさんが朗読してくださいました!

    • Tome館長

      2012/06/07 13:02

      「こえ部」で朗読していただきました!

  • 震える指

    2008/10/01

    変な話

    少女の首を絞めている。
    もちろん軽く、冗談みたいに。

    「ううん。もっときつく絞めて」

    聞き覚えのある声。
    でも、誰の声か思い出せない。


    突然、背景の白っぽい壁紙が破れ、
    厚化粧の子どもが次々と現われる。

    男の子も女の子もいる。
    みんなかわいい、と思う。

    まわりをぐるりと囲まれて、
    手と手をつなぎ、輪になって踊るのだ。


    「絞めてあげなよ、もっときつく」

    余計なお世話だ、と思う。
    でも、少女の瞳が潤んでいる。

    「絞めてあげなよ、もっときつく」

    いけないことだ、と思う。
    でも、指が迷って震えている。

    「絞めてあげなよ、もっときつく」
     

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