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2008/09/14
毎日のように姉にいじめられていた。
まだ幼かったから、理解できなかった。
どうしていじめることができるのか。
こんなふうにいじめられる者の気持ち
少し考えれば、すぐにわかるはずなのに。
姉は想像力が乏しいのだと思っていた。
だけど、幼かったから忘れていたのだ。
ある時、世界中の時計が狂ったという。
つまり時震、時間の大震動が起こったのだ。
やっと思い出した。
そうだったのだ。
昔、姉なんかいなかった。
そういえば、よく妹をいじめていたっけ。
2008/09/13
とうとうお山に雪が降り始めました。
子猿が空を見上げて叫んだものです。
「大変だ。落ちてくる。空が落ちてくる」
子猿は降る雪を初めて見たのでした。
雪はいく日もいく日も降り続きました。
ようやく晴れたのは元旦の朝のこと。
きれいな初日の出がお山から見えました。
「よかった。昇ってる。空が昇ってる」
子猿は東の空をじっと眺めるのでした。
2008/09/12
ここは厳しき法廷。
傍聴席は牛や馬で満員。
中央の裁判長席には赤鼻の猿。
柵に囲まれた陪審員席には羊の群。
証言台に立つのは学生服を着た少年。
床には手足を縛られた少女が倒れている。
「被告は、いわゆる美少女です」
狐の検察官が発言する。
「それがどうかしましたか」
猿の裁判官が口をはさむ。
「いいえ。なんの意味もありません」
傍聴席でのんびり牛が鳴く。
「原告の少年は、いわゆる美少年です」
「それがどうかしましたか」
「はい。特別な意味があるのです」
けたたましく馬がいななく。
「じつは被告、美少年が好きなのです」
「なるほど、じつは私も好きです」
「裁判長、私情をはさまないでください」
一匹の羊が陪審員席の柵を跳び越す。
羊は法廷を一周してから退廷する。
兎の弁護人がつぶやく。
「羊が一匹」
狐の検察官が原告の少年に質問する。
「学生服にはポケットがありますね」
「はい。あります」
「全部でいくつありますか」
「ええと、七つです」
「襲われたのは、どのポケットですか」
「ズボンの、このポケットです」
「つまり、七つのうちの一つですね」
「そうです」
「そこに被告の手が侵入したのですね」
「そうです」
「それから、なにをされたのですか」
「あの、それを今、ここで言うのですか」
「勿論です」
「ポケットの袋を、外に引き出されました」
牛と馬と羊の鳴き声で法廷が揺れる。
猿の裁判長が木槌を打つ。
「静粛に、静粛に」
狐と少年の質疑応答が続く。
「それは災難でしたね」
「ええ。もう僕、びっくりしちゃって」
「そうでしょう。そうでしょう」
「今でも、胸がドキドキしています」
「袋を出されて、あなたは嬉しかったですか」
「まさか。とんでもありません」
手足を縛られたままの少女が床を転がる。
少女は泣きながら叫ぶ。
「うそつき! うそつき! うそつき!」
スカートの裾がめくれて下着が覗く。
法廷がざわめく。
猿の裁判長が木槌を打つ。
「発言する前に、私の許可を求めなさい」
一匹の羊が陪審員席の柵を跳び越す。
羊は証言台に近づき、少年に噛みつく。
「ああ、痛い。許してください」
そのまま紙のように少年を食べ始める。
「ああ、痛い。僕はうそつきでした」
少年を引きずりながら羊は退廷する。
兎の弁護人がつぶやく。
「羊が二匹」
狐の検察官が怒鳴る。
「信じられない。証人隠滅だ!」
猿の裁判長が注意する。
「証人を許可なく食べてはいけません」
おびえた牛が法廷の壁に角を突き刺す。
馬は暴れて、猿の裁判長を蹴飛ばす。
ほとんど法廷は壊滅状態。
どさくさに紛れ、狐の検察官が服を脱ぐ。
血走った眼で、床の少女に襲い掛かる。
「そうなのだ。美しいことが罪なのだ」
羊の群が陪審員席の柵を次々と跳び越える。
「羊が三匹、羊が四匹、羊が五匹、・・・・・・」
いつしか兎の弁護人は眠ってしまう。
2008/09/11
明日は、待ちに待った遠足の日。
小夜ちゃんが楽しそうに歌いながら
リュックに荷物を詰めています。
「教科書なんか、一冊もいーらない!」
もう嬉しくてたまらない様子。
「お弁当より、お菓子がたーくさん!」
その時でした。
突然、リュックの中から何者かが
小夜ちゃんの手首を強く引いたのです。
たちまち小夜ちゃんは引き込まれ、
リュックの底にズドンと落ちてしまいました。
「うーん。痛いな、もう」
腰をさすりながら、ブツブツ文句を言います。
リュックの中は意外と広いのでした。
中央には真っ白なベッドが置いてあります。
そのベッドの上には真っ黒な熊がいて
しきりに小夜ちゃんにお辞儀をしていました。
「乱暴なことして、ごめん」
と謝る熊に、小夜ちゃんは尋ねます。
「あなた、誰?」
「熊だよ。ぬいぐるみではないよ」
「こんなところで、なにしてるの?」
「会いたくて、待ってた」
「誰に?」
「君に、小夜ちゃんに」
「わたしに? どうして?」
小夜ちゃんにはわけがわかりません。
熊は、困っているように見えます。
「明日は遠足だよね?」
「うん」
「チューリップ畑に行くんだよね?」
「うん」
「そこでね、ぼく、君を食べてしまうんだ」
「ふーん」
「小夜ちゃん、食べられてしまうんだよ」
「そうなの?」
「そうなんだよ」
足もとにビスケットの箱が落ちていました。
それを見て、小夜ちゃんは心配になります。
(食べられるのは、食べる前かしら?
それとも、食べられたあとかしら?)
「わたし、本当に食べられちゃうの?」
「うん。ぼく、本当に食べてしまうよ」
「それ、困っちゃうな、わたし」
「そうだろうね」
「なんとかならないの?」
「ダメなんだ。これ、運命だから」
「そうなの?」
「そうなんだよ」
小夜ちゃんはビスケットの箱を蹴りました。
リュックの中に引き込まれたわけが
やっとわかったような気がしました。
「そんなこと、わざわざ教えてくれて
クマさん、どうもありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
小夜ちゃんは、急に眠くなってしまい、
ベッドの上の熊のすぐ横にもぐり込みました。
ちょっと驚いた表情の熊に
小夜ちゃんがつぶやきます。
「クマさん、おやすみなさい」
なんだか悲しそうな顔で、熊もこたえます。
「小夜ちゃん、おやすみ」
毛深い熊のぬくもりを嬉しく感じながらも
小夜ちゃんは、ふと心配になるのでした。
(・・・・・・明日の遠足、晴れるかしら?)
2008/09/10
ぼくたちの学校は昔は学校でなくて
近くにあったお寺の墓地だったんだって。
それで今ではお寺も墓もないけど、
いろいろとこわいうわさ話があるんだ。
真夜中にろうかで泣き声を聞いたとか
へいたいが歩いていたとかそんなの。
そのひとつに校庭で逆立ちをすると
墓石が見えてくるというのがあって、
校庭でずっと逆立ちをつづけていると
ぼんやりと墓石が見えてくるという話。
ぼくもためしに逆立ちしてみたけど、
すぐたおれるからなにも見えなかった。
これは友だちから聞いた話だけど、
その友だちのおねえさんの同級生で
逆立ちがすごくうまい男の子がいて
ほうかごに校庭で逆立ちをはじめて
ずっと逆立ちをつづけていたんだって。
でも墓石がなかなか見えてこないから
みんなが帰っても逆立ちをつづけていて
つぎの日の朝、校庭のまん中にたおれていた。
あたまが倍ぐらい大きくなっていて
鼻血を出して死んでいたんだって。
こわい話だけど墓石のせいじゃないよ。
やっぱり逆立ちのしすぎだとぼくは思うな。
2008/09/09
殺風景な氷原を歩いていた。
白夜の空の下には氷原しかなかった。
歩いても歩いても殺風景な氷原を
ただ歩き続けるしかないのだった。
まるで立ち止まっているみたいだった。
それでも黙々と歩き続けた。
疲労感はなく、空腹なのに食欲も湧かない。
さびしいとも思わなくなっていた。
どこまでもどこまでも殺風景な氷原を
ただ歩き続けるしかなかった。
やがて、不意に変化があった。
クレバスだ。
氷原が裂けていた。
かなり大きく裂けていた。
縁に立って見下ろすと、めまいがした。
跳び越すことはできそうもない。
橋を架けるような材料も道具もなかった。
迂回するしか方法がないようだ。
とりあえず右へ曲がってみた。
クレバスを左手に見ながら歩き始めた。
しばらく歩き続けた。
クレバスはなかなか終わらない。
いや。
むしろ幅が広がったように思えた。
悪い方向に進んでいるような気がしてきた。
ついに諦め、途中で引き返した。
クレバスを右手に見ながら歩き始めた。
曲がった地点を越え、さらに歩き続けた。
クレバスはなかなか終わらない。
いや。
むしろ幅が広がったように思えた。
悪い方向に進んでいるような気がしてきた。
ついに諦め、立ち止まった。
クレバスの前で立ちつくしてしまう。
跳び越すことはできない。
迂回することもできない。
ついに氷原を進むことができなくなった。
もうなにも考えられないのだった。
左右に果てしなく裂けたクレバス。
クレバスの向こう側にも氷原が見える。
どこまでもどこまでも殺風景な氷原が続く。
白夜の空も似たようなものだった。
これまで歩き続けた風景と同じだった。
なんとなく想像してみた。
向こう側の氷原を歩く男の姿を。
男は殺風景な氷原を歩き続ける。
こちらへ向かって黙々と歩き続ける。
やがて男はクレバスの前に立ち止まる。
クレバスの向こう側に立ちつくす男の姿。
まったく同じ境遇ではないか。
あの男は氷原を進むことができない。
クレバスを越えたいのに越えられない。
向こう側からこちら側に越えられない。
越えられない?
こちら側に越えられない?
そうだろうか?
もう越えているではないか。
すでにクレバスのこちら側に立っている。
同じではないか。
向こう側からこちら側に越えても。
こちら側から向こう側に越えても。
そうだ。
まるで同じことなんだ。
もうクレバスを越えていたんだ!
ひどく感動してしまった。
そのままクレバスに背を向ける。
目の前には氷原が広がっていた。
果てしなく殺風景な氷原だった。
振り返り、クレバスの向こう側を見た。
やはり、果てしなく殺風景な氷原だ。
なにもかも同じなのだった。
越えたつもりのクレバスに背を向け
ふたたび歩き始めた。
そのまま振り返りもせず
どこまでもどこまでも殺風景な氷原を
歩いても歩いても殺風景な氷原を
ただ黙々と歩き続けるのだった。
2008/09/08
この女は何者なんだろう。
「君、誰?」
「私、本を読んでいるの」
まるで質問の答えになっていない。
頭がいかれているのだろうか。
そうかもしれない。
そうでないかも。
ふたりの間に、なにが始まって
なにが終わったというのだろう。
それとも、なにも始まっていないから
なにも終わっていないのだろうか。
枕もとに揺れる蝋燭の明かりを頼りに
女は熱心に本を読み続けている。
「なにを読んでいるの?」
「暗い穴の底」
知らない書名だった。
どんな内容なのか尋ねてみたいが
質問ばかりしていると嫌われそうだ。
それに、書名ではないのかもしれない。
ため息をつき、仰向けになる。
見上げると、天井がない。
真っ暗な夜空。
真上に浮かぶ丸い月。
「なるほど・・・・・・、暗い穴の底ね」
「そう、暗い穴の底」
2008/09/07
あやしげな薬を飲んだ。
彼に無理やり飲まされたのだ。
彼も一緒に飲んでくれたけど。
「心配ない。楽しくなるだけさ」
でも、別に変わったことはない。
彼が消えてしまったことくらいかな。
それで部屋を見まわしてみたら
首のない人形が床に落ちていた。
ミニ断頭台とセットの人形だろう。
彼はとても悪趣味なのだ。
かわいそうに思って拾ってやる。
かわりの首をつけてやろうと探したら
ベッドの上に適当な首があった。
よく見たら、彼の首だった。
彼の首は心配そうな顔をしている。
「どう? 大丈夫?」
「ええ、大丈夫みたい。あなたは?」
「うん。平気だよ」
それを聞いて安心した。
安心したら嬉しくなってきた。
嬉しくなったら笑いたくなってきた。
笑い出したら止まらなくなって
死ぬかもしれないくらい笑ってしまった。
彼の首が困ったような顔をしている。
またそれがおかしいのだけれど
さすがに心配になってきた。
笑っている場合ではなかったのだ。
「で、接着剤はどこ?」
2008/09/07
学校で肝試しをすることになった。
この夏に転校してきたばかりなので
同級生に臆病者と思われたくなかった。
夜、ひとり校門を出て裏山に登った。
山寺の墓場があり、その一番奥に
大きな地蔵が立っているはずだった。
暗くて足もともわからなかったが
それらしい真っ黒な輪郭が見えてきた。
なるほど、大きな地蔵様だ。
「何者だ!」
突然、その地蔵に怒鳴られた。
もう驚いたのなんの
思わず小便をもらしてしまった。
懐中電灯の光がまぶしかった。
「なんだ。子どもじゃないか」
どうやら、この寺の住職らしい。
「なにしとる、こんな時間に」
しどろもどろになって説明した。
「なに? 学校の肝試しだと」
恐ろしい顔の老人だった。
「あそこは、十年前から廃校だぞ」
2008/09/07
やはり、嫁は狐だった。
私は厳粛な態度で嫁に言い渡す。
「尻尾は見なかったことにしておく」
申し訳なさそうに嫁が項垂れる。
押し殺せない笑みが私の頬に浮かぶ。
「それにしても、うまく化けたものだ」
顎に手をかけ、嫁の顔を持ち上げる。
「あの女優にそっくりだ」
嫁の両目から涙がこぼれ落ちる。
嫁は私の好きな女優を知っているのだ。
「なにも泣くことはない」
あの女優の泣き顔なら悪くない。
もっと泣かせてやりたいくらいだ。
「あの声は出せるか」
嫁は狐みたいにキョトンとする。
「あの歌手の声だ。できないのか」
「できます。・・・・・・この声ですね」
そっくりだ。
私の好きな歌手の声。
歌わせてみたいが、まだ早い。
嫁の足首をつかみ、私は命令する。
「この脚を、あのモデルの脚にしろ」
再び、嫁はキョトンとする。
あわてて私は怒りを呼び覚ます。
「できないのか!」
「できますできます、できます」
私の好きな女優の顔を曇らせ、
私の好きな歌手の声の持ち主は
私の好きなモデルの脚を震わせた。
まだまだ好きなのはたくさんあるが
とりあえず、
いい嫁ではないか。