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  • 堂々巡り

    2008/09/19

    変な話

    彼は哲人である。
    (なぜ私は私なのか?)

    今、彼は悩んでいる。
    (たとえば、なぜ私は彼女でないのか?)

    悩みは深刻らしい。
    (しかし、もし私が彼女なら)

    散歩しながら考え込んでいる。
    (彼女は私になってしまう)

    ところで、彼には恋人がいない。
    (すると、やはり私は私でしかない)

    まあ、しかたがない。
    (私である彼女は、なぜ私は私なのか考える)

    なにしろ、彼は哲人なのだから。
    (これでは堂々巡りだ)

    世俗的なことなど眼中にない。
    (それにしても、なぜ私は私なのか?)

    たった今、彼は交通事故で亡くなった。
    (逆に、なぜ私でないのは私でないのか?)

    自分が死んだことさえ気づかない。
    (たとえば、なぜ彼女は私でないのか?)

    現実の世界など眼中にないらしい。
    (しかし、もし彼女が私なら)

    すでに彼は胎児に生まれ変わっている。
    (私は彼女になってしまう)

    それでも気づいていない。
    (すると、やはり私でないのは私でない)

    まあ、しかたがない。
    (彼女である私は、なぜ私は私なのか考える)

    なにしろ、彼女は哲人だったのだから。
    (これでは堂々巡りね)
     

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  • 近 道

    2008/09/18

    怖い話

    その場所へ行くためにはいつも
    大きくまわり道をしなければならなかった。

    近道をしようと別の道を歩いてみても
    結局、遠まわりになってしまうのだった。


    ある日、その場所から家に帰るにあたり、
    初めて通る道を歩くことになった。

    それは明らかに近道のように思われた。
    道は家のある方向へまっすぐのびていた。

    どうしていままで気づかなかったのか。

    ここへ来る時、この道に出ないのは
    いったいどういうわけなんだろう。

    なんだか不思議な気がした。


    とにかく、そのまっすぐな道を歩き始めた。


    ある気がかりな考え事をしながら
    知らないうちに長時間歩いていた。

    とっくに家の近くに出そうなはずなのに
    あいかわらず見覚えのない景色ばかり。

    足もとの影法師は進行方向へのびていた。
    出発した時もそうであったように思う。

    もう少し進んだら、はっきりするはずだ。


    向こうに見える林は近所の林かもしれない。
    それにしては高い塔が見えないけれど。

    歩き疲れて足が痛くなってきた。

    それとも靴が合わないのだろうか。
    たしかに見覚えのない靴ではある。


    坂道の途中に小さな墓地があった。

    こんな道端に墓地があるなんて、変だ。
    なんだか気味が悪くなってきた。

    痛みをこらえながら急いで通りすぎた。

    墓地が見えなくなってから思いついた。
    交通事故で亡くなった人の墓かも。

    それにしては自動車が一台も通らないけど。


    まだ見覚えのある景色が現れない。
    やっぱり道をまちがえたのだろうか。

    そうかもしれない。そうだろうか。
    そうでないかもしれないではないか。

    ついに考える気力まで失われてきた。


    喉が渇いた。腹も空いてきた。
    あいにく小銭さえ持ってないのだった。

    そういえば、喫茶店や食堂らしき店、
    通りのどこにもなかったような気がする。

    いやな予感がしてきた。


    とうとう十字路のところで立ち止まった。

    いったいここはどこなんだろう。

    町名の表示のようなものは見当たらない。
    道を尋ねようにも人影さえない。

    ああ、いやだ。ここはいやなところだ。


    やっぱり来た道を引き返そう。

    おそらく、さっき考え事をしていた時、
    家の近くを通りすぎてしまったに違いない。

    そう決め付けて、振り返った。


    再び歩き出そうとして、しかし躊躇した。

    なにやら知らない道のように思えたのだ。
    歩いてきた道はこの道だったろうか。

    他の三本の道にも記憶がなかった。

    どうして十字路なんかで立ち止まったんだ。

    こんなところで悩んでしまったから
    もう方角がわからなくなってしまった。

    あわてて足もとを見下ろした。
    なぜか影法師までいなくなっていた。

    どこへ消えてしまったのだろう。
    そんなこと、わかるはずがなかった。

    どの道をいけばいいのだろう。

    それはなおさら、わからないのだった。
     

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  • タイル渡り

    待ち合わせ時刻には早かったので
    時間つぶしに近くの公園に寄ってみた。

    地面にはすべてタイルが敷かれてあり、
    見た目のきれいな公園だった。

    心を落ち着かせるなら土の地面だが
    タイルの地面は心を躍らせてくれる。

    赤や青や緑、色とりどりのタイルを
    眺めているだけで笑いたくなってくる。

    ところが、女の子が泣いていた。
    近くに母親はいないようだった。

    見渡しても、公園には母親どころか
    おれと女の子の他に誰もいないのだった。

    しかたないな、とおれは思った。

    「どうしたの?」
    声をかけると、女の子は泣きながら見上げた。

    おれは慌てて膝を折ってしゃがんだ。
    大人が子どもを見下ろすのは賢明ではない。

    泣きながらでは話しにくいのか
    女の子は人差し指で足もとを示した。

    彼女はピンク色のタイルの上に立っていた。

    「これはピンクのタイルだね」
    泣きながら女の子はうなずいた。

    うなずかれてもおれは困ってしまう。
    「ピンクのタイルがどうしたの?」

    ふたたび女の子は人差し指で示した。

    彼女が立っているピンクのタイルから
    少しばかり離れたところ。

    それもピンクのタイルだった。
    「あれもピンクのタイルだね」

    泣きながら女の子はうなずいた。

    あいかわらずおれは困ってしまう。
    「あのピンクのタイルがどうしたの?」

    女の子はピンクのタイルに片足で立つと
    もう片足を前へ伸ばした。

    伸ばした先にピンクのタイルがあった。

    (ああ、そうか!)
    ようやくおれは理解できた。

    この子はタイル渡りをしていたのだ。

    同じ色のタイルだけ踏むことができて
    途中で別の色のタイルを踏んではいけない。

    そういうルールのひとり遊びをしていたのだ。
    いかにも子どもがやりそうなゲームだ。

    途中で渡れなくなって泣いていたのだ。

    「よしよし、わかった」

    おれは女の子の体を持ち上げ
    そのまま別のピンクのタイルに運んでやった。

    彼女はすぐに泣きやんだ。
    「おじさん、ありがとう」

    おにいさん、と呼んで欲しかったが
    こんなに幼くては、まあしかたないか。

    「どういたしまして」

    女の子は兎のようにピョンピョン飛び跳ね
    ピンクのタイルを次々と踏んでいった。

    公園の出口の前まで跳ねると、手を振った。
    「バイバイ!」

    おれも手を振ってやった。
    「バイバイ」

    女の子はピョンと跳ねて公園から消えた。

    おれはベンチに腰を下ろし、腕時計を見た。
    約束の時刻にはまだ間があった。

    暇で、すぐに退屈してしまった。
    (なにかおもしろいことないかな・・・・)

    なに気なく足もとを見下ろすと
    片足がピンクのタイルを踏んでいた。

    公園にはやはりおれしかいなかった。
    立ち上がると、おれはタイル渡りを始めた。

    やってみると、なかなか楽しい。

    かなり離れた場所のタイルに着地できると
    子どもみたいに嬉しいのだった。

    ふと腕時計を見ると、もう時間だった。
    タイル渡りもおしまいだ。

    おれはピンクのタイルから足を浮かせ、
    公園の出口に向かって歩き始めた。

    その途端、おれはひどいめまいを感じた。

    気がつくとおれは、公園の地面の下、
    息もできないくらい深く埋まっていたのだった。
     

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  • タイムマシン

    2008/09/17

    愉快な話

    さてさて。
    ついにタイムマシンが完成した。

    さっそく過去へ行ってみよう。

    スタート!


    おや。
    もう着いたようだ。

    どれどれ。
    なつかしい風景が見えるかな。


    あっ!
    なんということだ。

    失敗だ。
    未来に着いてしまった。


    くそっ。
    まだなにもないぞ。

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


    やれやれ。
    ひどい目にあった。

    今度は大丈夫。

    やっと過去に着いた。


    苦労したよ。
    タイムマシンの調子が悪くて。

    どれどれ。
    なつかしい風景を見せてくれ。


    あっ!
    なんということだ。

    これが過去か。


    くそっ。
    もうなにもないぞ。

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


    いやはや。
    なんとか現在に戻ることができた。


    しかし驚いたね。
    未来も過去もないとは。

    タイムマシンなんか役に立たない。
    ただ現在があるだけなのだ。

    なるほど。
    理屈ではあるな。


    どれどれ。
    その現在はどうなっているのかな。


    あっ!
    なんということだ。

    これが現在か。


    くそっ。
    もうおしまいだぞ。
     

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  • 戦 車

    2008/09/16

    ひどい話

    あたたかな日差し、おだやかな空。

    小鳥さえずり、兎がピョンと跳ねる。
    そよ風に菜の花がのんびり揺れている。

    絵のような、のどかな春の田園風景。


    それらを無視して、戦車が進んでゆく。

    厳しい装甲板と砲塔。威圧する砲身。
    巨大な鋼鉄の芋虫が、不気味に地を這う。


    木陰では、恋人たちが見つめ合っている。
    若草の上に座り、手と手を握るふたり。

    娘は静かに目を閉じて、あごを上げる。
    その小さな唇に、若者の唇が近づく。


    だが、唇は唇にたどり着けなかった。

    とんでもない音がした。
    娘は目を開く。

    そこに若者の愛しい唇はなかった。
    若者の鼻も、両目も、額も髪もなかった。

    若者の首から上がなくなっていた。


    横を見ると、そこに戦車の威容があった。
    黒い砲口から、白煙があがっていた。

    ハッチが開くと、指揮官が顔を出した。
    娘を見下ろし、パイプに火をつける。

    「どうだ、これでよくわかっただろう」

    気持ち良さそうに煙を吐き出す。

    「平和のありがたみ、とかいうものを」

    方向転換をすると、戦車は去っていった。


    娘の落ち着かない視線が、さ迷っている。
    首から上の恋人をまだ探している。

    娘は、首から下の恋人に尋ねてみた。

    「ねえ、どこへ消えてしまったの?」

    ごぼっ、と泡の吹き出るような音がした。


    白い鳩が、どこか遠くへ飛んでゆく。
     

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  • 蝉 猫

    2008/09/16

    変な話

     
    ある暑い夏の昼下がりのことでした。


    私は縁側で裸のまま昼寝をしていました。
    まるで風というものがないのでした。

    とても寝苦しかったことを覚えています。


    うつらうつらとまどろみかけた時、
    蝉の鳴き声のような猫の鳴き声を聞きました。

    あるいは、猫の鳴き声のような蝉の鳴き声
    であったかもしれません。


    庭を見ると、一匹の猫がいるのでした。
    その狭い額に一匹の蝉がとまっていました。

    これは蝉猫とでも呼ぶしかありません。
    手招きすると、蝉猫は公園へ逃げました。

    私の家の庭には垣根というものがなく、
    そのまま隣の公園へ続いているのです。


    公園のベンチには老人が腰掛けていました。

    めらめら燃える麦わら帽子をかぶったままの
    その老人が眼を凝らしているのは、

    顔が溶接された若い男女のカップルでした。


    もっと若いカップルもいました。

    砂場では男の子が磔ごっこに夢中で、
    逆さ十字架の上で女の子が泣いていました。


    そんな公園風景をぼんやり眺めながら
    ふと気づくのは、視界の大いなる傾きでした。

    脇腹まで腰が縁側に沈んでいるのでした。
    年月を経た床板は涼しく感じられました。

    歪んだ木目がたまらなく愛しくなり、
    私はそっと頬を押し当ててみたのでした。


    ある暑い夏の昼下がりのことでした。
     

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  • 砂時計

    2008/09/15

    ひどい話

     
    これは祖父の遺品のひとつなの。

    石の中に埋め込まれた砂時計。
    ほら、貝の化石も一緒に埋まってる。

    今、最後の砂が下に落ちたところ。


    「それじゃ、また明日ね」

    彼との電話を切る。その時間だから。
    ほんの少ししか話せなかった。

    でも、やっぱり切る時間だな、と思う。
    彼と一緒の時間が短くなってきている。

    以前はあんなに長く楽しめたのに。
    いつまでも砂は落ち続けていたのに。

    私たち、もうおしまいなのかな。
    でもまあ、しょうがないのかな。


    それにしても、不思議な砂時計。
    これさえあれば、時間のことで失敗しない。

    どんな料理でもおいしく作れる。
    正確な調理時間を教えてくれるから。

    祖父が亡くなった時も教えてくれた。


    いつまでも教えてくれない時もある。
    いつまでも終わらない場合とかね。

    たとえば、人類最期の時をイメージしながら
    ほら、砂時計をひっくり返すよ。

    すると、こんなふうに砂が落ち続けるの。
    いつまでも、いつまでもね。

    ねっ、とっても不思議でしょ。

    誰がこんなの作ったのかしら。

    古代文明の遺品だったりして。
    なにしろ祖父は考古学者だったから。


    あれっ、ちょっとおかしいな。
    こんなはずじゃないんだけど。

    まさか。うそよ。うそに決まってる。

    ああっ、最後の砂が・・・・・・!
     

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  • 白い糸

    2008/09/15

    切ない話

    地面に糸が落ちていた。

    ありふれた白い糸であった。
    ただ、おそろしく長いのだった。

    どこまでもどこまでものびている。


    その糸の端を持って引っ張ると
    スルスルと糸が引きずられてくる。

    途中で切れそうな気がして
    手に巻きつけながら糸の先を追う。

    そのうち、手が痛くなってきた。

    手に巻くのは諦め,糸を解き、
    落ちている糸を目で追うだけにした。


    それにしても丈夫な糸だ。

    車道を横断しているのに切れていない。
    人の足首に絡まっていたりもする。

    「あの、足に糸が絡まってますよ」

    好みの女性だったから注意してやった。

    「あら、気がつかなかったわ」

    平気そうな顔をするのだった。
    まるで糸なんか見えていないみたいに。


    まあたしかに、ただの白い糸ではある。

    赤い糸なら運命を予感しそうなものだが、
    そういう期待はできそうになかった。


    歩き疲れ、とうとう日が暮れてしまった。

    白い糸は暗闇の向こうへ消えている。

    しばらく迷ったが、結局、追求は諦めた。


    明日からはネクタイ締めて社会人だ。

    糸なんか追ってる場合じゃない。

    おそらく、どこまでものびているだけさ。

    そう自分に言い聞かせ、帰宅した。


    それだけ。つまらない白い糸の話さ。
     

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  • 職員室

    2008/09/14

    切ない話

    夕陽が校舎を赤く染め、
    やがて藍色の黄昏が訪れる・・・・


    くたびれた職員室、
    教師がひとり。

    「先生。遅くまで大変ね」

    入口から女子生徒が顔をのぞかせる。

    「なんだ。まだいたのか」
    「うん。大会が近いから」

    汗に濡れた頬、
    擦りむいた膝小僧。

    「あまり無理するな」
    「うん。先生こそね」

    首をかしげる子猫の仕草。

    「おれと一緒に帰ろうか」
    「うれしい! すぐに着替えてくる」

    元気な足音が遠ざかってゆく。


    ・・・・そうなのだけど
    いつまで待っても戻ってこない。
     

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  • 錫杖の音

    2008/09/14

    怖い話

    夜、ふと目を覚ますと
    どこか遠く、かすかに音がする。

    場違いな金属の音。
    風鈴の音ではなく、錫杖の音。


    錫杖は、頭に鉄の環がついた古風な杖。
    それを突くと、ジャランと音がする。

    こんな夜遅く、こんな住宅街を
    時代錯誤な坊主が歩いているのだろうか。


    どうでもいいが眠れない。
    錫杖の音が大きくなった気がする。

    眠れないので、寝床から起き上がり
    小便をして、手を荒い、再び寝床に入る。


    錫杖の音。
    また錫杖の音。

    さらにまた錫杖の音。


    なんという音。かなり近い。
    あの十字路のあたりだろうか。

    ゆっくりと近づいているらしい。
    もう家の前まで来ている。


    いや。もっと近い。
    窓の外、庭にいるような気がする。

    まさか、そんなはずはない。
    しかし、この錫杖の音。

    いや。もっと近い。
    耳を聾する錫杖の音。


    枕元だ。
    腕を伸ばせば届くだろう。

    だが、動かせない。
    鉄の環の金縛り。


    そして、錫杖が突き下ろされる。
     

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