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  • 大きな家

    2008/08/24

    切ない話

    嫁いだ家はとんでもなく大きいのだった。
    代々続く豪農の家だとは聞いていた。

    けれど、その大きさは想像を絶していた。

    嫁いでからそろそろ一年立つというのに
    いまだに全体像がつかめないほどなのだ。


    この家には多くの家族が暮らしている。
    迷子になって泣いている子どもがいたりする。

    何人いるのか、夫も知らないという。
    家族間での交流は薄いのだ。

    義父母と顔を合わせることは滅多にない。

    夫の兄弟や祖父母らとも同様。
    曽祖父もいるらしいが、会ったことはない。

    最近では、夫ともあまり会えなくなった。
    家のどこかに出かけたままなのである。

    おそろしく古い家なので維持が大変らしく、
    修理や改築のために男手が必要なのだ。


    得体の知れないような怪しい家族も多い。

    ある夜、私たちの寝間を男が通り抜けた。
    なんの断りもなく、しかも裸のままで。

    見知らぬ男なので、夫も首を傾げていた。

    「しかしまあ、よくあることだから」

    夫にとっては珍しいことではないらしい。

    十年も暮らせば私も慣れるだろうか。
    あまり慣れたくないな、と思う。


    時々、どこか遠くで悲鳴があがる。
    耳を澄ますと、狂った笑い声にも聞こえる。

    どんな家族かと想像すると、眠れなくなる。


    近くの部屋には寝たきりの老人がいる。
    なぜか私が世話をする役目になっている。

    この老人と夫との血縁関係は曖昧だ。
    あるいは血のつながりはないかもしれない。

    たとえそうであっても、家族は家族だ。

    この老人は もうすぐ死ぬだろう。
    この家の家族が ひとり減ることになる。

    私たちにはもうすぐ子どもが生まれる。
    この家の家族がひとり増えることになる。

    家のどこかで誰かが死に、
    家のどこかで誰かが生まれる。

    多くの鳥や獣が集まる大樹のようだ。


    ひとり寝の夜など、ふと考えてしまう。

    私が死んだらどうなるのだろう、と。
    家族の何人が気づいてくれるかしら、と。
     

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  • アリの道

    2008/08/23

    ひどい話

    休日の朝、台所で歯を磨いていた。
    ほとんど洗面所を使わない習慣なのだった。

    最近、虫歯が増えたような気がする。
    それに口の中が甘く感じられるのはなぜだ。

    ぼんやりと白い壁を眺めながら考えていた。
    その時である。妙なものを発見したのは。

    台所の壁に黒くて細い線が引いてある。
    はじめは壁のひびかと思った。

    眼鏡を掛けて、思わず呻いてしまった。

    アリの群が列になって這っていたからだ。
    いわゆるアリの道ができていたのだ。

    六本の脚を忙しなく動かして行き来している。
    精巧な触角や丈夫な顎も見分けられる。

    しばらく子どもみたいに見とれていた。

    それにしても、どこから湧いたのだ。
    ともかくアリの道を辿ってみることにした。

    一方の道は台所の壁から浴室へ続いていた。
    ドアの隙間から入り、浴室の壁につながる。

    浴室の壁には小さな割れ目があって
    そこからアリが出たり入ったりしていた。

    アリの道はここから始まっていたのだ。
    さらに床下から地面へ延びるのであろう。

    ところで、この道の逆はどこへ続くのだ。

    台所の壁から天井を這い、廊下へ出る。
    そのまま階段の壁を上って二階へ続く。

    だんだん不安になってきた。

    ドアの隙間から寝室の中へ消えている。
    あわてて寝室のドアを開けた。

    アリの道は寝室の床の端を這っていた。
    途中で曲がり、ベッドの脚を登っている。

    ベッドの上には妻が眠っているはずだ。
    ありったけの勇気を出して布団をめくった。

    真っ黒なミイラがそこにいた。

    頭から足の先まで真っ黒だった。
    アリの群が、妻の全身を覆っていたのだ。

    「あら、おはよう。どうしたの?」

    真っ黒なミイラがあくびをした。


    甘い甘い新婚生活が台なしであった。
     

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  • 雨 傘

    2008/08/22

    変な話

    その婦人はいつも雨傘をさしていた。

    毎日毎日、
    雨が降っていてもいなくても。

    晴れた日は日傘のつもりなのだろうか。

    近所の人たちはみんな気にしていたらしい。


    ある晴れた日のこと。
    ぼくの弟が婦人に教えてあげたのだ。

    「おばさん、雨は降っていませんよ」

    びっくりした表情の婦人。
    雨傘を傾け、空を仰ぐのだった。

    「あら、本当だわ」

    そして、婦人は雨傘を閉じた。

    「坊や、どうもありがとう」

    そのまま婦人は歩み去った。

    ぼくと弟は顔を見合わせたものだ。


    その日からだった。
    婦人が雨傘をささなくなったのは。

    毎日毎日、晴れた日はもちろん、

    雨の日も、
    どんな土砂降りでも雨傘をささないのだ。

    これもまた、近所の人たちの噂になった。


    ある雨の日、
    ぼくと弟は一緒に道を歩いていた。

    ふたりの目の前には
    あの婦人の姿があった。

    やはり雨傘はさしていないのだった。

    閉じた雨傘を手に持ち、
    服が濡れ、下着が透けて見えていた。


    ぼくは弟の背中を押した。

    「おまえ、教えてやりなよ」

    弟の表情は複雑だった。

    「・・・・・・なんて?」

    ぼくの表情も複雑だったはずだ。

    「・・・・・・雨が降っていますよ、って」
     

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  • あくび姫

    2008/08/21

    変な話

      朝から晩まであくび姫
       医者に診せても止まらない

      眠っていてもあくび姫
       夜見る夢さえ退屈なのよ


    昔、ある国のお城に
    あくびばかりしている姫がいました。

    毎日が退屈で退屈で
    あくびが止まらないのでした。


    そんなある日
    ある旅の男が城にやってきました。

    「お姫様のあくびを止めてさしあげます」

    いかにも自信ありそうです。
    さっそく姫の前に目通りが許されました。


    男は大きなトランクを開けると
    姫にそっくりな一人の娘を取り出しました。

    「なるほど、わかったわ」
    姫はなかなか賢いのでありました。

    「その娘に私のあくびを移すわけね」
    そして、あくびをひとつ。

    「いいえ。お姫様」
    男は首を振りました。

    「この娘をお姫様の椅子に座らせるのです」

    「なるほど。で、私はどうするの?」
    「すみませんが、お席を立ってください」

    「あら、そうなの。しかたないわね」
    姫は立ち上がりながら、あくびをまたひとつ。

    空いた姫の椅子に娘が座ると
    まるで本物の姫のように見えるのでした。

    「それから、どうするの?」
    さらに姫は、あくびをもうひとつ。

    「お姫様は、この中にお入りください」
    男は空のトランクを示すのでした。

    「もう、本当にしかたないわね」

    なんどもなんどもあくびをしながら
    大きなトランクの中に姫は入りました。

    男はトランクを閉めると
    それを片手で持ち上げました。

    「それから、どうするの?」
    くぐもった姫の声がかすかに聞こえます。

    「これで、おしまいです」


    男は大きなトランクを持ったまま
    黙って城をあとにしました。


    さて、それからというもの
    姫の椅子に座った姫そっくりの娘は

    あくびどころか、まったくもう
    なんにもしないのでした。


              やれやれ、ご退屈さま。
     

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    • Tome館長

      2014/05/10 03:48

      「ゆっくり生きる」はるさんが動画にしてくださいました!

    • Tome館長

      2012/02/25 17:46

      「こえ部」で朗読していただきました!

  • 天女たち

    2008/08/20

    愛しい詩

    清らかな
    青い風に抱かれ

    透けるような
    白い衣をなびかせつつ

    はるか彼方の天をめざして

    抜きつ 抜かれつ

    鳥のように戯れながら
    蔦のように絡まりながら

    愛され 祝福される者の
    歓喜の笑みを満面にたたえ

    どこまでも どこまでも

    高く さらに高く
    信じられない高みまで

    天女たちが

    昇って
    ゆく
     

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  • 幼い魔女

    2008/08/19

    暗い詩

    まだ魔法は うまく使えない
    なかなか呪文 おぼえられなくて

    空飛ぶホウキも 折っちゃたし
    わたし 魔法なんていらないの

    ああ なんだかとっても 眠くって

    だって あんなに空が 高いのは
    ほら こんなに地面が 低いから

    うまく笑顔 つくれないのは
    嘘つき手鏡 割れたから

    いいの 冒険なんか したくない
    ほっといて 恋なんか 知りたくない

    暗い屋根裏部屋で 猫と遊ぶの
      

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  • 遊 女

    「ねえ、遊ばない?」

    子どもっぽい声で誘われた。
    その顔も幼く見えた。

    でも、からだは違うと思った。

    「よし、遊んでやろう」

    まず、得意のカードを使って遊んだ。
    ポーカー、ばばぬき、さらに神経衰弱。

    ことごとく負けてしまった。

    勝ち誇る女の憎たらしいこと。
    頭にきたので、チェスを申し込んだ。

    「はい、チェックメイト!」

    あっ、という間に詰まされてしまった。
    高価なチェス盤を斧でたたき割った。

    それでも怒りはおさまらなかった。

    「あんた、碁はできるか?」
    「ええ、少しだけ」

    これはなかなかの熱戦だった。
    だが、最後に大石が死んでしまった。

    「・・・・・・ありません」

    碁に負けると人生に負けた気分になる。

    もう立ち直れなかった。
    黙って項垂れるしかなかった。

    しばらくして、髪に女の指を感じた。
    耳もとで女が囁くのだった。

    「もっと楽しい遊びがあるはずよ」

    ゆっくり頭を上げ、女の顔を見た。
    震えるほど魅力的な笑顔だった。

    なんだか、また負けそうな予感がした。
     

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    • Tome館長

      2011/11/13 23:33

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2011/11/13 23:32

      「しゃべりたいむ」かおりさんが朗読してくださいました!

  • 森の宮殿

    2008/08/18

    楽しい詩

    森の奥に宮殿がある


      異国風な丸屋根 大理石の柱
      螺旋の階段を登ってごらん

      飾り窓がまわる
      シャンデリアがまわる
      宮殿がまわる 森もまわる

      踊り子のように
      くるくるくるくる

      目がまわる


    そんなかわいらしい森の宮殿
     

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  • ヒポポタマス

    2008/08/17

    愛しい詩

    ヒポポタマスと並んで歩いてる。


    装甲車みたいに頑丈で大きなからだ。
    まったく惚れ惚れしてしまう。

    背中を叩いても、私の手が痛むだけだ。
    やさしく撫でたって、感じてもくれない。


    ヒポポタマスはいたって無口だ。
    話しかけても無視されることが多い。

    というか、無視されないことが少ない。
    いったい私のこと、どう思ってるんだろ?


    太くて長い牙をグワッと見せびらかして、
    ヒポポタマスはたびたび大あくびをする。

    私と一緒に歩いていても退屈なのだ。
    きっとハエくらいにしか思われてないんだ。


    ヒポポタマスは勝手気ままに生きてる。
    公園の芝生に寝転んで日光浴なんかする。

    私はベンチに腰掛けてそれを眺める。
    サラサラと音を立てて時がこぼれてゆく。


    みんな、ヒポポタマスはカバだという。
    すぐにでも別れた方が私のためだという。

    そのヒポポタマスの寝姿に見惚れてる私。
    頬杖ついて、ため息なんかついて・・・・・・

    救いようのないくらいバカみたいな私。


    えいっ!

    ヒポポタマスの横に寝転んでやれ!
     

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  • リンチ

    海岸の波打ち際に首だけ出している。
    手足を縛られ、砂浜に埋められたのだ。

    打ち寄せる波が首を越えて顔面を洗う。
    もうすぐ満潮になる。なったらおしまいだ。

    じわじわと苦しみながら溺れ死ぬ恐怖。
    古典的で典型的な血も涙もないリンチ。

    「畜生ども。いっそ一撃で殺せ!」

    いくら叫べども届く耳のない寂しい場所。

    いやだ。じわじわ苦しむのはいやだ。
    確実に窒息死する舌の噛み方を考えよう。

    うまく噛まなければ成功しないだろう。
    一度失敗したら、二度目には噛む舌がない。

    練習している暇はない。もう限界だ。
    この波が引いた瞬間に舌を噛むのだ。

    「なにしてるの?」

    子どもの声だった。しめた!

    「おお、いい子だ。助けてくれ」

    まだ幼い女の子だった。

    顔のすぐ横にしゃがむので
    スカートからパンツが丸見えだ。

    「なにしてるの?」

    説明している場合ではないのだ。

    「なんでもいいから、助けてくれ」
    「なにしてるの?」

    ああ、時間がないのに。

    「リンチだ」
    「リンチ?」

    「そう。リンチされたんだ」
    「リンチってなに?」

    かなり海水を飲んでしまった。

    「こ、殺される。し、死ぬ」

    女の子が笑う。

    「あはは、おもしろい顔」
    「た、助けてくれ」

    「どうすればいいの?」
    「ここの砂を掘ってくれ」

    あごと目で必死に場所を示す。

    女の子は素直に砂を掘り始めた。
    ありがたい。なんとかなりそうだ。

    ようやく肩が見えてきた。

    「いいぞ。もっと急いでくれ」

    胸も現われた。かなり砂がどけられた。
    かたわらに砂の小山ができた。

    途中で女の子は掘るのをやめてしまった。

    「どうした? もう少しなのに」

    女の子は砂の小山を撫でながら

    「お城、つくるの」

    また大量に海水を飲んでしまった。
    咳き込む。苦しい。涙が出る。死ぬ。

    「お、お願いだから、もう少し」
    「疲れちゃった」

    「なんでも言うことをきくから」
    「ほんと?」

    「本当だ。命をかけて誓う」

    女の子は再び掘り始めてくれた。

    上半身が自由になれば、もう大丈夫。
    必死に腰をくねらせて脱出に成功した。

    縛られた手足のまま乾いた砂浜に倒れる。
    助かった。生き延びた。奇跡だ。

    びしょ濡れの女の子が見下ろしている。

    「ありがとう。お嬢ちゃん」

    おろかな子だが、心から感謝する。
    命の恩人だ。女神だ。

    「なんでも言うことをきくのね?」
    「ああ、嘘はつかない」

    「ほんとね?」
    「本当だ」

    「あのね、わたしね」
    「うん」

    「リンチしたい」
     

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