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2013/03/03
巨大な岩の上は平らだった。
多くの観光客が右往左往している。
白い旗を持った女が喋っていた。
「このすぐ下には死体置き場があります」
どうやら観光案内のようだ。
「ですから、下に落ちると死体になるのです」
妙な説明だ。
ガイドの見習いかもしれない。
「皆さん、黒い男には気を付けましょう」
なるほど、黒い服を着た男がいた。
黒い肌、黒い髪、黒いサングラス。
黒い男は老人の脇に立っている。
老人は片腕を押さえられて動けない。
黒い男は岩の端まで老人を押しやる。
「お願いだ。助けてくれ」
泣きそうな顔の老人。
「頼む。全財産をやる。孫娘もやる」
黒い男は老人を突き落した。
おそらく死体置き場に直行だろう。
黒い男はじつに働き者だった。
岩の上の人々を次々と落としてゆく。
「いけません。話が違います」
観光案内の女も男に捕まった。
「この白い旗が見えないのですか」
黒い男は旗を奪い、女を突き落した。
振り返る。
こっちにやってくる。
目の前に立ち、黒い男が旗を差し出す。
「おまえ、引き継げ」
わけのわからないまま白い旗を受け取る。
「この旗の色に意味はない」
黒い服を脱ぎながら男は説明する。
「この服の色にも意味はない」
差し出された黒い服を受け取る。
男は岩の上の端まで移動する。
「だから、おまえの好きにしろ」
そのまま男は岩の下へ身を投げた。
岩の上にひとり残されてしまった。
見上げれば、どこまでも青い空。
両手には、白い旗と黒い服。
とりあえず黒い服を着てみた。
あつらえたようにピッタリだった。
それから、白い旗を振ってみた。
青い空を背景に白い布が左右に揺れる。
それだけ。
何も起こらない。
ひとり大きな岩の上に立っているだけ。
他にすることもないので、ひとり
いつまでも白い旗を振り続けた。
2013/03/02
洞窟を利用して築かれた寺院がある。
奥の壁には古代文字らしきものが刻まれ、
ところどころに凹みがあり、
何事か意味のありそうな気配を漂わせつつ
様々な供え物がはめ込まれている。
ある物は猿のヘソの緒であったり、
また別のある物は髪飾りであったりする。
それがビールの空き缶であったりするのは
おそらく心ない観光客の仕業であろう。
だが、たとえ高徳の僧侶であろうとも
それら供え物を差し替えること
信者の掟として許されていない。
腐れば腐ったで
盗まれれば盗まれたで
凹みから転がり落ちれば転がり落ちたで
なんらかの象徴であり、
受け入れるべき運命である、と言う。
信者は理解せずとも受け入れねばならぬ。
この寺院もいつか埋もれるであろう。
しかしながら
それもまたやはり
なんらかの象徴であり、
受け入れるべき運命なのである。
2013/03/01
イルカなのだが、海イルカではなかった。
川イルカでもなくて、陸イルカ。
海を泳ぐのが、海イルカ。
川を泳ぐのが、川イルカ。
そして陸を歩くのが、陸イルカなのだ。
スラリと二本脚で立っている。
正面から見れば人と区別できない。
ただし、背中に大きな背ビレがある。
肌は白いのに、なぜか背ビレだけは黒い。
「あたし、これから、曲芸します」
人のように喋ることさえできる。
この陸イルカは雌だ。
正面から見ると、少女と区別できない。
ただし、髪を含めて体毛がない。
帽子でもかぶれば、美少女と呼べよう。
今、陸イルカがプールに飛び込んだ。
そのまま泳ぐ。
まるで裸の少女が泳ぐように。
ショーの進行役がビーチボールを投げる。
それを彼女が額で受け止める。
観客たちの歓声と拍手。
陸イルカの得意そうな表情。
なかなか結構なことだ、と思う。
それにしても
ひとつ気になるのだが
ソファーに座る時、彼女
背ビレは邪魔にならないのだろうか。