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2013/03/21
家のまわりをすっかり囲まれてしまった。
鬼どもの恐ろしい声がする。
「出てこい、出てこい。
出てきたら、出てきたら
つかまえて喰ってやる、喰ってやる」
そして、ものすごい笑い声。
押し入れに隠れても聞こえてくる。
「出てこい、出てこい。
出てきたら、出てきたら
地獄へ連れてゆこ、連れてゆこ」
そして、家が揺れるほどの笑い声。
耳を塞いでも聞こえてくる。
「出てこい、出てこい。
出てこなきゃ、出てこなきゃ
家の中へ入ってくぞ、入ってくぞ」
そして、背筋凍りつく大笑い。
ああ、来年の話なんかするんじゃなかった。
お願いだ。
初日よ、早く昇っておくれ。
2013/03/20
宵闇に焚火が燃えている。
そのまわりを村人たちが囲み
歪んだ大きな人の輪になっている。
炎の上には巨大な鍋がぶら下がっている。
鍋の中に何が入っているのか
ここからでは見えない。
さらに
その鍋を覆うように櫓が組まれ
裸の若い衆が祭り太鼓を叩いている。
彼らは暑さを感じないのだろうか。
滝のように汗を流しているのだから
暑くないはずはない。
それは分かる。
あれは大人になれば我慢できるタイプの
そういう暑さなのかもしれない。
村人たちは踊っている。
どうやら盆踊りの会場らしい。
つまり、これは盆踊りの輪なのだ。
その輪を飾る幼なじみの女の子の浴衣姿が
なんだかすごく大人っぽく見える。
陽炎のような父と母の踊る姿も見える。
友だちや近所の大人たちに誘われるが
どうしても踊りの輪に入ることができない。
ひとり、その輪の外側に立ったまま
揺れ動く村人たちを眺めている。
いったい何を期待しているのだろう。
結局、何もできないくせに。
倒れたふりをして地面に耳を当てる。
または
耳を当てるふりして地面に倒れる。
盆踊りの足拍子が響く。
いつまでも響く。
2013/03/19
巨大な百貨店を遵想させる建物。
その内部。
なぜこんな場所にいるのかわからない。
そもそも商品が陳列されてない。
エスカレーターもエレベーターもない。
百貨店を連想した自分自身がわからなかった。
しかしながら階段はあった。
とりあえず下りてみよう。
すぐに踊り場がある。
女がふたり、舌をからめている。
ひとりはオッパイがこぼれていた。
もうひとりはお尻がこぼれていた。
「あんた、どこ見てるのよ」
足もとから声がする。
見知らぬ老婦人が倒れていた。
こちらを見上げている。
荷物らしきものが床に散らばっていた。
「いや、これは失礼しました」
衝突したのに気づかなかったのだろう。
あわてて老婦人を起こしてやる。
手が冷たい。
まるでマネキン人形だ。
「中身がこぼれてしまったわ」
彼女が示す破れた紙箱の中から犬が現れる。
大きな犬だ。
尻尾と舌が異様に長い。
そのまま歩き出す。
よだれを垂らしながら階段を下りてゆく。
うーん、どうも犬は苦手だ。
2013/03/18
そこで目が覚めた。
夢だったのだ。
とにかく恐ろしい夢だった。
まだ心臓がバクバクしている。
だが、どんな夢だったのか、思い出せない。
どうしても思い出せないのだ。
はて?
どうして思い出せないのだろう?
思い出したくないからだろうか。
うん、まあそうだろうな。
なら、どうして思い出したくないのだろう?
これはひょっとすると、つまり
思い出したくないような夢だったからか?
そうだ、きっとそうだ。
思い出したくもない夢だったに違いない。
それくらい恐ろしい夢だったのだ。
うん、間違いあるまい。
だけど、それなら
どんなふうに恐ろしい夢だったんだろう?
恐ろしいはずなのに
どんな恐ろしさかわからない。
わからないのに恐ろしい。
正体不明の恐ろしさ。
これほど恐ろしいことはない。
そこで目が覚めた。
夢だったのだ。
2013/03/17
路傍に咲く可憐な花だった。
「お願い。あたしを摘んで」
そうつぶやいたような気がした。
根こそぎ抜き、家に持ち帰った。
すぐに小さな鉢に植えてやった。
「ありがとう。救われたわ」
可憐な声で花がしゃべった。
「あそこ、土ぼこりがひどかったの」
その花には表情まであった。
「踏まれる危険もあったし」
ただ黙って見つめていた。
いつまでも花はすしゃべり続げた。
今年の変わりやすい天候の話。
自動車や通行人への非難。
ノラ猫とノラ犬の習性の違い。
「お水ちょうだい。喉がカラカラ」
そうであろう。
二時間もしゃべり続けていた。
「いやだ」
おれは冷たく言ってやった。
「どうして?」
「おまえはしゃべりすぎる」
「だって、黙っていられないのよ」
「枯れたら黙るしかあるまい」
「いやよ。助けて!」
花は悲鳴をあげた。
かすれた悲鳴であった。
立ち上がって部屋を出る。
台所でコップに水をくむ。
部屋に戻って花を見下ろす。
花は黙って見上げるばかり。
2013/03/16
ああ、大変!
小猫に餌をやったら大猫になっちゃった。
家の塀を壊して大猫は町に飛び出した。
町の人たちを追いかけ、爪で引っかき、
踏みつぷし、半殺しのまま食べてしまう。
児童公園のジャングルジムの上に逃げても
近所の友だちのアパートに逃げても
大猫に狙われたら逃げきれない。
背伸びしたり、爪を研いだり、
ジャンプとかまでするのだから。
ああ、どうしたらいいの?
大猫を殺すべきかな?
私には殺せない。
大猫に罪はないのだから。
町の人たちを救えばいいの?
私には救えない。
神様じゃないんだから。
大猫に襲われた人たちに罪はないけど。
あら。
でも、そうかしら。
こんなにたくさん人がいるから
大猫に襲われるんじゃないの。
食べられてもっと少なくなれば
大猫から逃げることなんかわけないはずよ。
ああ、変こと言ってる。
でもでも、一番罪深いのは
小猫を大猫にしてしまった私よね。
そりゃまあ、そうなんだけど
でも、罪っていったいなんなのよ?
ニャーン、私にはわからない。
2013/03/15
昨夜ひっそり雪が降ったため
舗装道路は滑りやすくなっている。
坂道の途中ではなおさらだ。
しばらく目の前を歩いていた婦人を
今やっと追い越したばかり。
積雪が奇妙な黄土色をしていたので
屈んで少し掻き集めてみた。
ヌルヌルしていて全然雪らしくない。
柔らかいゴムのようにいくらでも伸びる。
その雪の塊を片手に持って
グルグルと頭上で振りまわしてみる。
まるでヘリコプターのプロペラみたいだ。
きっと追い越したばかりの婦人が背後で
怪訝そうな顔して見上げていることだろう。
そうこうしつつ前方をチェックすると
短いスカートの女子高生たちが
坂の上からこちらへ下りてくるところ。
視線を足もとに落とし、まぶたが丸い。
普段見せないような真剣な表情。
滑って転ぶんじゃないかと不安なのだ。
転ぶ姿を見たい気持ちもないわけではないが
いつもそんな表情をしていればいいのに、と思う。
その方が、ううんと魅力的なのに。
2013/03/15
諸君、聞いてくれ。
我々は未知の何者かによって遠隔操作されているのだ。
似たような夢を見るのも、その一つ。
同じ考えに囚われ続け
他の考えが浮かばないのも、その一つ。
そういう考えは馬鹿げている
と判断するのも、やはりそうだ。
本来、もっと自由であるべきなのだ。
なのに、好んで束縛されている。
まるでリモコンのロボットみたいに。
どう考えても、やはり間違いない。
これは確実である。
絶対にそうなのだ。
なにしろ他に考えられないのだから。
諸君、信じてくれ。
我々は未知の何者かによって遠隔操作されているのだ。
2013/03/14
その女は過ちを三回繰り返す。
三回恋をして、三回デートした。
三回性交して、三回失神した。
三回妊娠して、三回堕胎した。
三回騙されて、三回殺した。
三回自首して、三回脱獄した。
三回発狂して、三回自殺した。
この三回目の自殺は成就された。
彼女が偉いのは四回目がない事。
なかなかできる事じゃない。
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2013/03/13
高層ビルの地下にある映画館。
スクリーンには裸婦の背中が映っている。
その女の顔の前には裸の男の腰がある。
どうやら成人映画のようだ。
上映が終わり、館内が明るくなる。
他人に顔を見られるのが恥ずかしい。
席を立ち、トイレに向かう。
我慢していたつもりはないのに激しい尿意。
廊下の奥にトイレの表示。
壁の前にずらりと便器が横並び。
それぞれに人の列が縦並び。
やっと順番になったが、隣は若い女。
覗き見られそうだが、仕方ない。
なぜ女がいて、なぜ立小便するのか、
激しい尿意のため、疑問にも思わない。
目の前の壁に窓が開いている。
雨が降っているのか、顔面にしぶきがかかる。
気がつくと、そこは駅前広場だった。
いたたまれなくなって瞬間移動したらしい。
便器は消え、そのまま地面に放尿している。
傘を持った人たちが近くを通り過ぎてゆく。
すぐ目の前に交番の灯りが見える。
若い巡査がこちらを伺っている様子。
恥ずかしく、また人々の反応が怖いのだが
すぐに放尿を止めることができない。
むしろ、ますます勢いが増している。
(まるで噴水みたいだな)
そう思いながらも
顔面には雨のしぶき。
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