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2008/12/20
よく切れる剣であった。
竹や木など、風のように切る。
岩や骨なら、水のように切る。
そんな剣が舞い始めた。
畜生も大臣も、おかまいなし。
首がとび、血潮がはねる。
森は荒野、街は屠殺場となる。
「この世に切れぬものなし」
舞いながら、剣は豪語する。
「いや。ひとつだけあるぞ」
両脚を切られた少年が叫ぶ。
「それはなんだ」
「剣である、おまえ自身だ!」
剣は怒り、刃をねじ曲げる。
「うぬ。こうすれば、切れるはず」
パキーン!
ねじ曲げすぎて、刃が折れた。
2008/12/13
「おとなり、息子さんがいたでしょ?」
「ええ、タカシ君だっけ」
「昨日、ノラ娘に襲われたんですって」
「まあ、怖い」
「お尻を噛まれたらしいの」
「それだけで済んだの?」
「教えてくれないの。恥ずかしいんでしょ」
「最近、多いわね。ノラ娘の被害」
「だって、裸で歩きまわるんですものね」
「うちの子も心配だわ」
「まだケン君は小さいじゃないの」
「ううん。エリコの方よ」
「エリちゃんがノラ娘に?」
「そう」
「まさか」
「本当よ。あれ、生えてきたみたいなの」
「尻尾が? 見たの?」
「見てないけど、下着姿でわかるの」
「まあ、大変」
「だからもう、心配で心配で」
「保健所には連絡したの?」
「まさか」
「手遅れになったら、悲惨よ」
「だって、殺されちゃうかもしれないし」
「それは最悪の場合よ」
「でもね、親としてはどうも」
「いやなら、私が連絡してあげるわよ」
「あら、本当?」
「しかたないじゃない。お互い様よ」
「うれしい。助かるわ」
2008/10/07
よくできた笑い話である。
それを聞いて笑わぬ者はいない。
愚かな者も賢い者も笑い出す。
子供も老人も一緒に笑う。
男だろうが女だろうが、みんな笑う。
いくら聞いても笑ってしまう。
ついつい思い出して笑ってしまう。
おかしくて仕事なんか手につかない。
産業の発達がストップするほど。
恋人は吹き出し、その気になれない。
出生数がダウンしてしまうほど。
昼も夜も、寝てもさめても大笑い。
笑いすぎて、苦しくて、涙が出る。
そして、みんな笑い死んでしまう。
腹を抱えながら、咳き込みながら・・・・・・
こうして多くの文明が滅んでいった。
よくできた笑い話とともに。
2008/09/16
あたたかな日差し、おだやかな空。
小鳥さえずり、兎がピョンと跳ねる。
そよ風に菜の花がのんびり揺れている。
絵のような、のどかな春の田園風景。
それらを無視して、戦車が進んでゆく。
厳しい装甲板と砲塔。威圧する砲身。
巨大な鋼鉄の芋虫が、不気味に地を這う。
木陰では、恋人たちが見つめ合っている。
若草の上に座り、手と手を握るふたり。
娘は静かに目を閉じて、あごを上げる。
その小さな唇に、若者の唇が近づく。
だが、唇は唇にたどり着けなかった。
とんでもない音がした。
娘は目を開く。
そこに若者の愛しい唇はなかった。
若者の鼻も、両目も、額も髪もなかった。
若者の首から上がなくなっていた。
横を見ると、そこに戦車の威容があった。
黒い砲口から、白煙があがっていた。
ハッチが開くと、指揮官が顔を出した。
娘を見下ろし、パイプに火をつける。
「どうだ、これでよくわかっただろう」
気持ち良さそうに煙を吐き出す。
「平和のありがたみ、とかいうものを」
方向転換をすると、戦車は去っていった。
娘の落ち着かない視線が、さ迷っている。
首から上の恋人をまだ探している。
娘は、首から下の恋人に尋ねてみた。
「ねえ、どこへ消えてしまったの?」
ごぼっ、と泡の吹き出るような音がした。
白い鳩が、どこか遠くへ飛んでゆく。
2008/09/15
これは祖父の遺品のひとつなの。
石の中に埋め込まれた砂時計。
ほら、貝の化石も一緒に埋まってる。
今、最後の砂が下に落ちたところ。
「それじゃ、また明日ね」
彼との電話を切る。その時間だから。
ほんの少ししか話せなかった。
でも、やっぱり切る時間だな、と思う。
彼と一緒の時間が短くなってきている。
以前はあんなに長く楽しめたのに。
いつまでも砂は落ち続けていたのに。
私たち、もうおしまいなのかな。
でもまあ、しょうがないのかな。
それにしても、不思議な砂時計。
これさえあれば、時間のことで失敗しない。
どんな料理でもおいしく作れる。
正確な調理時間を教えてくれるから。
祖父が亡くなった時も教えてくれた。
いつまでも教えてくれない時もある。
いつまでも終わらない場合とかね。
たとえば、人類最期の時をイメージしながら
ほら、砂時計をひっくり返すよ。
すると、こんなふうに砂が落ち続けるの。
いつまでも、いつまでもね。
ねっ、とっても不思議でしょ。
誰がこんなの作ったのかしら。
古代文明の遺品だったりして。
なにしろ祖父は考古学者だったから。
あれっ、ちょっとおかしいな。
こんなはずじゃないんだけど。
まさか。うそよ。うそに決まってる。
ああっ、最後の砂が・・・・・・!
2008/08/29
森の奥に古い館があった。
ひとりの老婆が住み、占いをするがゆえ
「占いの館」などと呼ばれていた。
予言がことごとく的中するという評判で
辺鄙な場所なのになかなか繁盛していた。
ある日、ある男がこの古い館を訪れた。
玄関の扉を叩いたが、返事はなかった。
男は諦めずに扉を叩き続けた。
古い扉が壊れてしまいそうだった。
しばらくして、扉の向こうで声がした。
「もう占いはやめたよ」
老婆の声であった。
扉を開けるつもりはなさそうだった。
「そんな。お願いしますよ」
「もう占いはやめたんじゃ」
「どうしてやめたんですか」
「わしの勝手じゃ」
「せっかく、ここまできたのに」
「諦めるんだね」
「でも、命にかかわることなんですよ」
「わしゃ知らん」
それでも男は扉を叩き続けたので
とうとう玄関の扉が割れてしまった。
「なんてことをするんじゃ!」
扉の割れ目から老婆の怒った顔が見えた。
「す、すみません。弁償します」
立派な体格の男が小さくなって謝った。
「おや?」
老婆は男を見て驚いたようだった。
扉を開けると、まじまじと男の顔を見た。
「なんとまあ!」
「お婆さん、どうしました?」
「これはまた珍しい」
「私の顔がですか?」
「うん、そうじゃ」
「まさか、死相が出ているとか」
「いや。死相はない」
「本当ですか?」
「だから珍しいのじゃ」
「は?」
「立ち話は疲れるな」
老婆は男を館に入れた。
男が通されたのは飾り気のない小部屋。
どこにも怪しげな雰囲気はなかった。
男を長椅子に腰かけさせると
老婆は向かい合って籐椅子に座った。
「わし、もう占いをする気がなくなってな」
「なぜですか?」
「わし、もうすぐ死ぬからな」
男は返事に詰まった。
「わしだけじゃない。みんな死ぬ」
「ということは、つまり」
「そう。みんなに死相が出ておる」
ここを訪れる占いの客だけでなく、
会う人すべてに死相が出ているというのだ。
「だが、あんたには死相がない」
男は黙ったまま老婆を見つめていた。
「命にかかわるとか言っておったな」
「ええ」
「なにを占って欲しいんじゃ?」
「いえ、結構です。もうわかりましたから」
男は立ち上がった。
「お婆さん。ありがとうございました」
「あんた、旅に出るのかい?」
「わかりますか?」
「なんとなくね」
「とても遠いところなんです」
「そうだろうね」
「扉、壊してしまって、すみませんでした」
「いいよ。風が入ってきて涼しいから」
「おいくらでしょ?」
「代金はいらん。もう使う暇がなかろう」
男は老婆に頭を下げた。
「失礼いたしました」
背を向けた男に老婆が声をかけた。
「あんた、飛行機乗りかな?」
「ええ、まあ、そんなもんです」
「出発はいつだね?」
「明日です」
「そうか、明日かね」
男はもう一度頭を下げた。
「さようなら」
「ああ、達者でな」
男は館を出ると、森を抜け、駅へ急いだ。
すでに日は暮れ、一番星が輝いていた。
出発は明日の朝。あまり時間がなかった。
途中でタクシーを拾うことができた。
男は運転手に行き先を告げた。
「ちょっと遠いけど、ロケット発射場まで」
2008/08/28
夜更けに寝室を覗くと、姉が裏返っていた。
あちこち骨が突き出て、内臓が露出していた。
「やれやれ。しょうがないな、まったく」
裏返った姉は、いくら怒鳴っても聞こえない。
両耳とも体の内側に潜ってしまうからだ。
口も鼻も内側に潜るので、呼吸が心配になる。
ところが、肺も裏返しなので大丈夫なのだ。
でも、胃腸も裏返しになるからたまらない。
ベッドのシーツが汚れて、ひどい臭いだ。
こんな状態で姉はどんな気持ちなのだろう。
あるいは空腹を感じているだけかもしれない。
「ちぇっ、弟の苦労も知らないでさ」
裏返った姉をもとに戻すのは大変な仕事だ。
まず、裏返った肺または胃に手を突っ込む。
それから、気管または食道を手探りで進む。
裏返しの顎をつかんだら無理やり引き出す。
途中、眼球が抜け落ちやすいので注意する。
それから、柔らかい内臓を傷つけないこと。
さらに、子宮と直腸も同様に引っくり返す。
腕と脚は骨を押し出す。汗びっしょりになる。
頭蓋骨が大変だ。多少の損傷はしかたない。
脳がいくらか欠けたとしても許してもらう。
とうとう夜が明けた。精も根も尽き果てた。
「あら、おはよう。どうしたの?」
ようやく目覚めた姉は、寝ぼけ顔なのに
すっきりしたような表情をしている。
2008/08/23
休日の朝、台所で歯を磨いていた。
ほとんど洗面所を使わない習慣なのだった。
最近、虫歯が増えたような気がする。
それに口の中が甘く感じられるのはなぜだ。
ぼんやりと白い壁を眺めながら考えていた。
その時である。妙なものを発見したのは。
台所の壁に黒くて細い線が引いてある。
はじめは壁のひびかと思った。
眼鏡を掛けて、思わず呻いてしまった。
アリの群が列になって這っていたからだ。
いわゆるアリの道ができていたのだ。
六本の脚を忙しなく動かして行き来している。
精巧な触角や丈夫な顎も見分けられる。
しばらく子どもみたいに見とれていた。
それにしても、どこから湧いたのだ。
ともかくアリの道を辿ってみることにした。
一方の道は台所の壁から浴室へ続いていた。
ドアの隙間から入り、浴室の壁につながる。
浴室の壁には小さな割れ目があって
そこからアリが出たり入ったりしていた。
アリの道はここから始まっていたのだ。
さらに床下から地面へ延びるのであろう。
ところで、この道の逆はどこへ続くのだ。
台所の壁から天井を這い、廊下へ出る。
そのまま階段の壁を上って二階へ続く。
だんだん不安になってきた。
ドアの隙間から寝室の中へ消えている。
あわてて寝室のドアを開けた。
アリの道は寝室の床の端を這っていた。
途中で曲がり、ベッドの脚を登っている。
ベッドの上には妻が眠っているはずだ。
ありったけの勇気を出して布団をめくった。
真っ黒なミイラがそこにいた。
頭から足の先まで真っ黒だった。
アリの群が、妻の全身を覆っていたのだ。
「あら、おはよう。どうしたの?」
真っ黒なミイラがあくびをした。
甘い甘い新婚生活が台なしであった。
2008/07/11
おそれおおくも王様の命令である。
素直に白状しろ。
いやか。ほほう、そうか。
ならば、これより拷問をおこなう。
まず、こいつの婚約者を連れて来い。
来たか。おお、なんと美しい!
さっそく裸にしろ。やれ、かまわん。
こいつの目の前でうんと辱めてやれ。
そうだ。遠慮するな。うん、いいぞ。
おやおや。もう死んでしまったか。
それはもったいないことをした。
まあいいか。美人薄命と言うからな。
なに? 胎児はどうするか、だと。
生意気な。そんなもの捨ててしまえ。
いや、待て。いい考えがある。
舌を噛まぬよう、口に押し込んどけ。
大丈夫だろうが、とりあえず用心だ。
さて、どうしてやろうか。
睾丸を潰すか。
それとも焼き火箸を肛門に刺し込むか。
耳に熔けた鉛を注ぐのも悪くないぞ。
ううん、悩むところだな。
とりあえず、全身の皮膚をはげ。
うん。これはなかなか敷物にいいぞ。
折れる関節はみんな折っとけ。
骨も折ったか。
それはご苦労。
歯を抜け。舌を抜け。
目玉も抜いてしまえ。
ええい、面倒だ。もう好きにしろ!
さて、どうだ。そろそろ降参か。
なに。まだか。
いい加減にしろ!
からだに毒だぞ。
諦めろ。本当にもう。
よいか。正直に答えるのだぞ。
おまえ、不死の秘薬を飲んだであろう。
さあ、どうなのだ。