傷を舐める
2008/08/02
僕たちは戦場にいた。
敵も味方も関係なかった。
僕たちはみんな傷ついていた。
どこもかしこも傷だらけだった。
なのに医者ひとり、薬ひとつなかった。
とりあえず血を止める必要があった。
とりあえず手探りで止血点を見つけた。
血が止まれば傷口を舐められる。
そう、僕たちは傷口を舐めた。
舐められるところは自分で舐めた。
自分では舐められない傷も多かった。
だから僕たちは互いに傷を舐め合った。
手負いの獣がやるようにやった。
僕たちはいつまでも傷を舐め続けた。
唾液を出し続けるのも大変だった。
このやり方には唾液が必要なのだ。
唾液が乾いて傷の表面に膜を張る。
この薄くて透明な膜が傷口を保護する。
やがて膜の下に黒い血が溜まってくる。
おそらくこれは肉の再生の邪魔になる。
上から舐めると固まった血が溶ける。
傷口のむき出しの肉が見えてくる。
それがたまらなく愛おしい。
舐めてやらずにいられなくなる。
だから何度も何度も舐めてやる。
唾液が裸の傷口をやさしく包む。
未熟児を抱きしめる母親のように。
こんなこと誰も教えてくれなかった。
生きるために大切なことなのに。
どうでもいいことしか教わらなかった。
僕たちはそれに気づきもしなかった。
どうしようもないくらい愚かだった。
だから戦争なんか始めてしまったんだ。
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