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2013/03/10
海の底にいるのに息は苦しくない。
おそらくエラ呼吸でもしているのだろうよ。
エラがあるかどうかは知らないがな。
おれは難破船と難破船に挟まれて身動きできない。
すでに物心ついた頃から挟まれていた。
いつ物心がついたのか忘れたがな。
ここは日光さえ届かない。
暗く深く寂しい、海の墓場だ。
空腹を感じると魚を食べたりする。
あまり旨くはない。
あまり不味くもないがな。
たまに潜水艦が現れて
サーチライトで海底を照らす。
完全に照らされたこともある。
だが、救助してくれそうな気配はなかった。
そのうち浮上するだけだ。
ただそれだけ。
潜水艦の乗組員を責めても仕方ない。
もっとも
責めようにも方法はないけどな。
こんな環境に置かれ続けていると
つい考え込んでしまうよ。
なんのために生きているのかな、とね。
生き続ける理由はないような気がする。
なんとなく死ぬ瞬間が怖いだけだ。
「おやおや。あんまり元気なさそうだな」
隣の難破船の船長が声をかけてきた。
「まるで幽霊みたいだぞ」
そして大笑い。
ふん。
こいつ、いつも笑顔を絶やさない。
なに、大したこっちゃない。
ただ己の死を認めたくないだけなのさ。
2013/03/09
見知らぬ女の子が笑っている。
「ねえ、腕相撲しようよ」
断る理由が見つからない。
向かい合ってテーブルに肘をつく。
互いの手と手を組んで構える。
彼女の小さな手。
腕も細い。
どう考えても勝負は見えている。
「こっちは二本指でやる」
僕は薬指と小指の二本だけ伸ばす。
彼女は笑顔で頷き、二本指を握る。
頼りない握力。
やはり勝負は見えている。
「一本指でやろう」
僕は小指を一本だけ伸ばす。
笑顔で小指を握る彼女。
「勝負!」
それでも勝ってしまった。
「強いのね」
見知らぬ女の子が笑っている。
僕を喜ばせようとして。
なぜか僕の心は折れてしまった。
2013/03/04
長年の苦労が報われる瞬間であった。
「この瞬間のために生きてきた」
そう言っても過言ではない。
幼い頃からの夢が実現する。
探し求めていた真実が見つかる。
または
命懸けの恋がついに結ばれる。
生涯をかけた事業が実を結ぶ。
あるいは
諦めていた愛しい人に再会できる。
絶望の淵からの脱出に成功する。
それら諸々が
やっとひとつになってまとまる。
まさに、そのような瞬間であった。
頭に隕石が落ちてきたのは。
2013/02/26
その家庭において少年は、自分が
必要とされていない人間だと感じていた。
もしも今、自分がいなくなれば
この家庭はもっと明るくなり、
もっと快適な状態になるに違いない。
そんな気がするのだった。
自分は家族の誰にも愛されていない。
いらない子どもなのだ、と。
その学校において少年は、自分が
意味のない生徒であるように感じていた。
自分なんか学校にいようがいまいが
教師も同級生も誰ひとり気にしない。
学校で勉強しなければならない理由が
どうしても少年にはわからなかった。
自分自身の将来のためだ、と教師は言う。
立派な大人になるためだ、と。
だけど、少年は思う。
将来、こんな自分が大人になったって
誰ひとり喜ばないだろう、と。
その事実を認めても
平気でいられるようにするのが
学校の教育なのだ、と。
もうすぐ世界人口が
80億を超える。
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2013/02/15
目隠しされて
「鬼さん、こちら
手の鳴るほうへ」
君の声がする。
その声のするほうへ
手を伸ばす。
でも届かない。
一歩、二歩、進んでみる。
三歩、四歩、まだ進む。
それでも届かない。
「鬼さん、こちら
手の鳴るほうへ」
その声は、君?
「どこにいるの?」
ぼくは、鬼?
「鬼さん、こっちよ
つかまえて」
違うよ、違う。
本当の鬼は
君だよ。
2013/02/12
「ほら、きれいな淵だろ」
「深そうね。きっと浮かばれないわ」
「まず沈まないことにはね」
「なに言ってるの?」
「さあね。寝言かな」
「魚になった夢でも見ているの?」
「そう。二匹の魚が泳いでいるんだ」
「そのうち一匹の魚は、私?」
「そうだろうね」
「溺れたら、救われなかったりして」
「起こしてやるよ。夢だよ、って」
「魚に言葉なんかわからないわ」
「それじゃ、釣ってやる」
「釣られてあげてもいいけど、エサは何?」
「何がいい?」
「そうね。あなたの小指かな」
2013/02/05
ひとり僕は防波堤に立ち、
水平線を眺めていた。
いや、もっと近くを眺めていたかもしれない。
眼下に砕け散る波の印象が残っている。
どうも記憶があいまいだ。
それに、なんだか僕は
ひとりではなかったような気もする。
恋人と呼ぶべき女と一緒だったはずだ。
なぜか彼女の姿は視界の中に入っていない。
やはり記憶があいまいだ。
とにかく彼女は目の前にいなかった。
あるいは僕の背後に立っていたのかもしれない。
なぜなら、あの時、
誰かに背中を強く押されたのだから。
あれから記憶があいまいだ。
あれから一度も彼女に会っていない。
どうしてなんだろう。
よくわからない。
なぜか、あれから僕は
テトラポッドがきらいになった。
2013/02/04
夜空には
カップ麺が浮かんでいた。
最新情報機器が
商標名と一緒に回転していた。
巨大な顔のモデルは
化粧品を放り投げていた。
やれやれ。
いやな時代になったものだ。
とうとう夜空がスクリーンなってしまった。
見上げて交通安全の標語を読んでいると
交通事故に遭いそうだった。
「お父さん。
星ってなあに?」
幼い娘が真顔で尋ねる。
「もうすぐ見えるよ。
そろそろ放映終了の時間だから」
0時が過ぎた。
「わあ、きれい!」
「あれが、みんな星だよ」
満天の星空。
天の川まではっきり見える。
溜息がもれてしまう。
この美しい光景が
テストパターンでなければいいのに。
2013/02/01
みんなで輪になって踊っていたら
ひとり抜け、
ふたり去り、
だんだん人数が減って
とうとう僕と彼女ふたりだけになった。
「一緒に踊ろ」
「いや。ふたりじゃ輪になんない」
彼女も消えてしまった。
ついに僕ひとり。
ひとりで輪になって踊るのは難しい。
とても
とても難しい。
2013/01/30
「ヒロコ」
と僕。
「タカシ」
と彼女。
「お別れだね」
「そう、お別れ」
4月なのに雪が降っていた。
「なごり雪だね」
「花見と雪見が一緒にできるわ」
僕たちは少し笑った。
「お幸せに、ヒロコ」
「うん。タカシもね」
もう彼女と会うことはないだろう。
「キスしよう」
「いいよ」
すぐに返事されて、僕は困ってしまった。
「つ、強く吸うよ」
「いいよ」
「し、舌を入れてもいいかな」
「うん」
「だ、唾液の交換とか」
「もう」
新幹線のドアが閉まってしまった。
ガラス越しに投げキッスする彼女。
両腕を抱えて抱く真似する僕。
そして
彼女は遠いところへ行ってしまった。
これでよかったんだ。
新幹線のドアに唇が挟まれなくて。