濡れた靴
2011/11/30
階段を上ってゆくと
広い海原に出た。
途切れることのない水平線に囲まれ、
あまりにも日差しは強い。
私は途方に暮れるしかなかった。
「おや、お困りのようですね」
それは自転車に乗った郵便配達夫だった。
「ええ、よくわかりましたね」
「なに、配達を長年やっておりますとね」
「はあ、そういうものですか」
「そういうものです」
「なるほど」
「とりあえず、この荷台にお乗りなさい」
私は素直に自転車の荷台に乗り移った。
郵便配達専用自転車の荷台は驚くほど広く、
この上では日光浴しながら昼寝さえできそうだ。
「あなたは、自転車で海を渡るのですね」
私は声をかけてみる。
海原と比べてしまえば
あまりにも小さな郵便配達夫の背中。
「ええ、そうですよ」
「どういう原理なのですか」
「さあ、よくわかりませんね」
「でも、不思議ですよね」
「あまり気にしないことですよ」
突然、自転車が海中に沈み始めた。
「ああ、大変だ」
「ほら、言わんこっちゃない」
「どうしたのでしょう」
「あなたが気にし過ぎるからですよ」
自転車は、郵便配達夫もろとも
難破船のように沈没してしまった。
それでも荷台だけは海面に浮かんで残り、
私は片方の靴が少し濡れた程度で助かった。
濡れた靴を脱ぎ、
その内側を覗いてみる。
そこには地下へと続く階段があった。
よくわからないままではあるけれど
とりあえず
この階段を下りるしかなさそうだ。
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