とにかく外側に打ち続け発表させよう!!
2009/12/22
現役の美大や芸大生らの作品を
アートフェスタなんかで見渡して思ったんですが、
社会、つまり外側へ向けて発砲してる人達の
作品は、とても良き感性光ったビジュアルが多く、
気合の入り方、覇気の強さが当然ある様に受思う。
やはり外の世界と接点を持って、
時にたたかれたり、大海原抗いながら
積極的に発信し続けてゆかないといけませんよねぇ。
美術手帖は美大生のバイブル「聖書」であると
称されているんだけど、要は流行カタログを目で追いかける
様なモノなのかもしれません。年代順にページを
パラパラと捲ってゆけば、どんなアートが
その時代の美術シーンを彩ってるのかが一目瞭然分かるような。
なので流行モノ見たさにアミューズへと足を運んで
ミーハー的な観点から眺めてばかりの美大生なんかは
自身の発表をする経験がほとんど無く、表現に対する本質と
向き合い、闘う覚悟が事足りない様な印象を受けました。
やはり守られた囲いに篭って絵を描いてるだけの人に対し、
外側へと発信し、果敢に曝け出す表現者とでは
表現の伸びゆき差が断然出てくるんだよね。
自己満足の狭いカテゴリーで収束してゆくのか、
他者、つまりオーディエンスを共感させ、打ち震わせれる
自己完結の殻を突き破った作品力が
宿っているのかの、決定的な違い。それが発表し続けるモノと
傍観し野次馬根性でピリオドを打つ人との
大きな開きなのだと思う。
第三者に作品を暴露させる、絵にプライスを付けて売る、
初めて曝け出す他人に作品をレビュー、批評してもらう。
どれも自分の枠内から外部コードへと延長させた
先にある事柄なんだと思う。つまり自己責任が伴うし、
自己満足で終止させてはいけない緊張感とプレッシャーが
自身の心に重く圧し掛かってくるんだな..。これをバネにして
押し上げ、さらに上質なる図像へと引き上げる事が出来るのが
プロと呼ばれる絵描きなんだと思う。
「絵だけで生活出来る、できないは別枠に置いておいて」
自分はプロと誇らしく名乗れる
部類の有能で効率良くやりくり出来る絵描きでは決して
ないんだけれど、趣味で描いている訳でも当然無くて。
どういった風に肩書きを名称させれば良いのか、
皆目検討もつきませんなぁ。
侍でいう所の浪人的な部類に位置するのが、もしかしたら
相応しいのかもしれませんね。無所属なんだけど
自分の興味持ったコンクールだとかイベントなんかで
その都度、その都度、波紋を投げかけ
有機的土壌を耕し、自身へと還元させる様な。
今は枚数をとにかく描き溜めていって、チャンスをモノに
出来る時期「刻」まで備えつける事が今の課題なんだと思う。
新たな新作を一点でも多く産み出して、それを世に解き放ちたいのだ。
必ず、自分が評価、認められる時期が来る事を
頑なに信じて。最後は気持ち^^つまり想いの勝負なんだと思うよ。
最後まで自身を信じてアートに人生を賭けて
手に入れたいモノ全てを
より良い方向へと掴み取り導いてゆきたいよなぁ〜。
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