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文学・文芸 > 小説
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Comment先日、前職の上司に食事に連れていってもらうことになった。先月の半ば頃だったと思う。そこは上司の行きつけの居酒屋で、こぢんまりとした店内と聞き上手な店主がとても心地いいお店だった。
その席で上司が話していたことをふと思い出した。
「酸素の優先権を買ったんだ」
上司の話では、今後大気汚染が加速度的に広まり、空気を直に吸うことは危険になってくるというのだ。統計としては早くて15年後遅くとも90年後には限られた人口しか綺麗な酸素を取り込むことができないという。
「90年後なら死んでるけどさ、15年後だったらまだ働かなくちゃならないでしょ?俺のとこの下はまだ小学生になったばっかりだし」
そんな時に現れたのが、酸素の優先権を販売する会社“air-repair”だったという。
したたか呑んでいたせいもあり、その時は上司がやばい詐欺に引っかかっているな、としか考えていなかった。
しかし、あながちあり得ない話でもないと思い直し、調べてみることにした。
ホームページには株式会社air-repairとあり、活動方針、定員などが記載されていた。
定員4000万人。優先権と言うだけあってやはり早い者勝ちのようだ。システムは最初に登録料1万円を支払いそこから毎月3000円を積み立ててゆくと言うもので、ホームページのトップには現在の会員数がリアルタイムで表示されている。362万4561人。私がシステムを確認している間も会員数は増え、362万4637人となっていた。
早く買わなくちゃなくなってしまうかもしれない、大した金額でもないのだし、一度購入してから調べて怪しいようなら解約すればいいやと、私も優先権を購入した。
昨日インターネットに詳しい友人と食事に行って調べてもらいたいとお願いした、今朝来たメールには
「怪しい会社じゃないよ信用していいと思う。私も会員になっちゃた」
と書いてあった。それでもギャンブルが苦手な私は不安でもう一度ホームページを見た。登録者数は跳ね上がっていた。1852万635人。
登録しておいてよかったのだろう。賢明な判断だったと思いたい。
しばらく解約せずに見守ってみることに決めた。
そんな、衝動買いをしてから三年が経った。
加速度的ではないにしろ、確実に大気汚染は進行していた。しかし、優先権のことなど記憶の隅の方に追いやって、明日の夕飯や今日の電車のことに頭をいっぱいにしていた。そんなある日、air-repairから一通の封書が郵送されてきた。水道料金の明細や、通販カタログ、選挙の知らせに混じりながらも、黄緑色の封筒に黒いスタンプの文字は私の脳裏を刺激した。すぐさまほかの封筒を投げ出し、黄緑色の封筒を開いた。中には少し厚みのあるクリーム色の紙が三つ折りになっていた。私は三つ折りで隠された文面を見て言葉を失った。
“誠に恐縮ではございますが、予想を超える汚染のスピードと会員希望の殺到、及び品質向上のため積立金を10万円に変更させていただくことになりました。”
前後の長ったらしい挨拶なんて頭に入らなかった。10万?一気に桁が上がり過ぎだ。やっぱり悪徳商法だったのか、仕方がない解約しようとホームページを開こうとしたが、エラーになってしまいログインすることが出来なかった。私は慌てて以前話を持ちかけてきた上司に電話した。しかし、電話に出た上司からは「一度登録したら解除することはできない」と一蹴されてしまった。相談に乗ってもらった友人にも掛けようと思ったが、不正なお金なら払わなければいいことだと思い直し、その封書は見なかったことにして私は通販カタログに目を通した。
それから三か月間、料金を支払わなくても何も音沙汰がないので、焦って損をしたななんて考えていた矢先、またしても我が家のポストに黄緑色の封書が入っていた。私は恐る恐る封筒を開き、慎重に三つ折りを解いた。
“積立金が未払いとなっております。三か月間の料金に延滞金を含めた36万2000円を期日までにお支払いいただけない場合、しかるべき手段を以て回収させていただきます。”
言葉を失うどころか、呼吸が止まりそうだった。しかるべき手段?しかるべきってどんなことなんだ。私はこの間は掛けずにいた電話を友人に掛けた、しかし相談に乗ってくれた友人の電話からは「この電話は現在使われておりません」と機械音が鳴るだけだった。
私は寒気にも似た不安を抱えたまま警察署に駆け込んだ。
受付の女性は事情を説明すると訳知り顔で、4階の生活安全課へ行くよう説明した。
そこで迎えてくれたおじいさんが、最近この相談が増えていると言ったので、私が安心したのも束の間
「その会社はインチキなんかじゃないよ。今の状況だと支払いを怠った君が悪者だ」
と衝撃的な言葉を言い放った。茫然としている私を見ておじいさんは不憫に思ったのか
「登録の解除は僕からしてあげよう、ただ未払い金は支払ってもらうよ」
私はその提案に飛び付いた。この老いぼれもグルかと内心では口汚く罵りながら、私には支払い能力がないため無期限でお金を貸してほしいと頼み込んだ、おじいさんは微笑んで快諾してくれた。
私は無事に登録解除をし、お金も払いきった。実際無駄金だったのだが、今も払い続けるよりは人生勉強のお金と思って諦めることにした。
それから7年後、私は死んだ。直接の死因は肺炎だが、酸素の優先権を持っていない為大気汚染に侵されたのだ。
疑いの呼吸
by あかり
先日、前職の上司に食事に連れていってもらうことになった。先月の半ば頃だったと思う。そこは上司の行きつけの居酒屋で、こぢんまりとした店内と聞き上手な店主がとても心地いいお店だった。
その席で上司が話していたことをふと思い出した。
「酸素の優先権を買ったんだ」
上司の話では、今後大気汚染が加速度的に広まり、空気を直に吸うことは危険になってくるというのだ。統計としては早くて15年後遅くとも90年後には限られた人口しか綺麗な酸素を取り込むことができないという。
「90年後なら死んでるけどさ、15年後だったらまだ働かなくちゃならないでしょ?俺のとこの下はまだ小学生になったばっかりだし」
そんな時に現れたのが、酸素の優先権を販売する会社“air-repair”だったという。
したたか呑んでいたせいもあり、その時は上司がやばい詐欺に引っかかっているな、としか考えていなかった。
しかし、あながちあり得ない話でもないと思い直し、調べてみることにした。
ホームページには株式会社air-repairとあり、活動方針、定員などが記載されていた。
定員4000万人。優先権と言うだけあってやはり早い者勝ちのようだ。システムは最初に登録料1万円を支払いそこから毎月3000円を積み立ててゆくと言うもので、ホームページのトップには現在の会員数がリアルタイムで表示されている。362万4561人。私がシステムを確認している間も会員数は増え、362万4637人となっていた。
早く買わなくちゃなくなってしまうかもしれない、大した金額でもないのだし、一度購入してから調べて怪しいようなら解約すればいいやと、私も優先権を購入した。
昨日インターネットに詳しい友人と食事に行って調べてもらいたいとお願いした、今朝来たメールには
「怪しい会社じゃないよ信用していいと思う。私も会員になっちゃた」
と書いてあった。それでもギャンブルが苦手な私は不安でもう一度ホームページを見た。登録者数は跳ね上がっていた。1852万635人。
登録しておいてよかったのだろう。賢明な判断だったと思いたい。
しばらく解約せずに見守ってみることに決めた。
そんな、衝動買いをしてから三年が経った。
加速度的ではないにしろ、確実に大気汚染は進行していた。しかし、優先権のことなど記憶の隅の方に追いやって、明日の夕飯や今日の電車のことに頭をいっぱいにしていた。そんなある日、air-repairから一通の封書が郵送されてきた。水道料金の明細や、通販カタログ、選挙の知らせに混じりながらも、黄緑色の封筒に黒いスタンプの文字は私の脳裏を刺激した。すぐさまほかの封筒を投げ出し、黄緑色の封筒を開いた。中には少し厚みのあるクリーム色の紙が三つ折りになっていた。私は三つ折りで隠された文面を見て言葉を失った。
“誠に恐縮ではございますが、予想を超える汚染のスピードと会員希望の殺到、及び品質向上のため積立金を10万円に変更させていただくことになりました。”
前後の長ったらしい挨拶なんて頭に入らなかった。10万?一気に桁が上がり過ぎだ。やっぱり悪徳商法だったのか、仕方がない解約しようとホームページを開こうとしたが、エラーになってしまいログインすることが出来なかった。私は慌てて以前話を持ちかけてきた上司に電話した。しかし、電話に出た上司からは「一度登録したら解除することはできない」と一蹴されてしまった。相談に乗ってもらった友人にも掛けようと思ったが、不正なお金なら払わなければいいことだと思い直し、その封書は見なかったことにして私は通販カタログに目を通した。
それから三か月間、料金を支払わなくても何も音沙汰がないので、焦って損をしたななんて考えていた矢先、またしても我が家のポストに黄緑色の封書が入っていた。私は恐る恐る封筒を開き、慎重に三つ折りを解いた。
“積立金が未払いとなっております。三か月間の料金に延滞金を含めた36万2000円を期日までにお支払いいただけない場合、しかるべき手段を以て回収させていただきます。”
言葉を失うどころか、呼吸が止まりそうだった。しかるべき手段?しかるべきってどんなことなんだ。私はこの間は掛けずにいた電話を友人に掛けた、しかし相談に乗ってくれた友人の電話からは「この電話は現在使われておりません」と機械音が鳴るだけだった。
私は寒気にも似た不安を抱えたまま警察署に駆け込んだ。
受付の女性は事情を説明すると訳知り顔で、4階の生活安全課へ行くよう説明した。
そこで迎えてくれたおじいさんが、最近この相談が増えていると言ったので、私が安心したのも束の間
「その会社はインチキなんかじゃないよ。今の状況だと支払いを怠った君が悪者だ」
と衝撃的な言葉を言い放った。茫然としている私を見ておじいさんは不憫に思ったのか
「登録の解除は僕からしてあげよう、ただ未払い金は支払ってもらうよ」
私はその提案に飛び付いた。この老いぼれもグルかと内心では口汚く罵りながら、私には支払い能力がないため無期限でお金を貸してほしいと頼み込んだ、おじいさんは微笑んで快諾してくれた。
私は無事に登録解除をし、お金も払いきった。実際無駄金だったのだが、今も払い続けるよりは人生勉強のお金と思って諦めることにした。
それから7年後、私は死んだ。直接の死因は肺炎だが、酸素の優先権を持っていない為大気汚染に侵されたのだ。
published : 2013/06/16