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文学・文芸 > 小説
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Commentヴァレンタインの贈り物より、ホワイトデーの贈り物の方が何となく好きです。
そう言っていたのは、カフェのオーナーを務める男性だった。
彼は不思議な包容感を身に纏いながらいつも声を掛けてくれていた。私は彼に話しかけられるのを待ちながら、アンティークの食器に囲まれた席で本を読んでいた。
恋ではなかった。父を早くに亡くした私は、年上の男性の暖かいまなざしに安らぎを感じていたのだと思う。
そして、ある寒いヴァレンタインデーの日、彼にチョコレートを贈ろうとした。もちろん手作りではないが、食べる事の好きな彼の為に2か月も前から予約して手に入れたチョコレートだった。
意味深にとられてはいけないと、いつものようにカフェに立ち寄り、いつものようにいつもの席へ着こうとしたが、その日はカフェの様子がいつもとは異なっていた。
私の席には欲がそのまま脂肪に固まった様な醜いおばちゃんが居たし、店内はとても賑わってた。彼の周りには人だかりが出来、従業員やら常連客がこぞって贈り物をしていた。
そんなに人気があったのか、と不思議に思いつつ回れ右をして帰ろうと思ったが、顔見知りの若い女性従業員に声を掛けられ、仕方なく一杯だけ珈琲を飲んだ。
チョコレートの入っている紙袋を無造作に床に置き、珈琲を早々に飲み干した。レジで先ほどの女の子が会計をしながら話しかけてきた。
「今日、店長の誕生日なんですよ」
私は、自分でも胡散臭いと感じる程、殊更に驚きながら、まったく知らなかったと伝えた。
家に帰り、自分の不甲斐なさと、馬鹿さ加減に泣きそうになった。
少しでもはしゃいだりしていた自分に苛々した。
「今日は何を読んでいるんですか?」
と尋ねてくれなかったことが寂しかった。
だから、チョコレートは食べてしまった。人気があるだけあってチョコレートはとってもおいしかった。口の中でとろけて、芳醇なカカオの香りが広がった。
その甘さと余韻は、私にはいい薬になった。
落ち着いてくると、チョコレートを食べてしまったことを後悔した。別に明日渡したってよかったじゃないかと。若い子の恋愛じゃあるまいし、そんなに恥ずかしがる必要はなかったのだ。
でも、もう私は一人で味わいつくしてしまった。
なんだか、考えるのも面倒になってしまい、その年のヴァレンタインデーは終わった。
そしてまた、何事もなかったかのようにカフェに通っていた。
ひと月後のホワイトデー。私の仕事は休みだった。
特にやることもなくデパートに暇つぶしに出かけると、ホワイトデーの催事が行われていた。平日だったからか、買い物客も少なかったので手の込んだお菓子達をじっくりと眺めてまわった。
そして、彼になにか贈ろうと思い立った。今日はカフェも混んではいないだろうと予測を立て、期待はせずに可愛らしい洋菓子を購入し、カフェに向かった。
カフェは思った通り、静かで暖かく、じんわりと染み込む穏やかさで満ちていた。
さっそく席について珈琲を注文し、本を開いて彼を待った。
その時読んでいた本は忘れてしまったが、確か主人公が彼に似ていた。
「何かお買いものされたのですか?」
彼の声がふわりと降りてきた。
私は休みなのでデパートに向かったところ、とても可愛い洋菓子を見つけ、あなたに贈りたくなったので買ってきましたと素直に答えた。
彼は、すこし驚いたような困った様な微笑みを浮かべて「ありがとうございます」と丁寧にお礼を言った後「ヴァレンタインの贈り物より、ホワイトデーの贈り物の方が何となく好きです。」と付け加えた。
そうゆうところが素敵なんだ、と思った。ヴァレンタインの失敗も一言で救われてしまった。また泣きそうになった。
私の中で熟成されたチョコレートが濃い、甘い匂いを放っているように感じた。
白日
by あかり
ヴァレンタインの贈り物より、ホワイトデーの贈り物の方が何となく好きです。
そう言っていたのは、カフェのオーナーを務める男性だった。
彼は不思議な包容感を身に纏いながらいつも声を掛けてくれていた。私は彼に話しかけられるのを待ちながら、アンティークの食器に囲まれた席で本を読んでいた。
恋ではなかった。父を早くに亡くした私は、年上の男性の暖かいまなざしに安らぎを感じていたのだと思う。
そして、ある寒いヴァレンタインデーの日、彼にチョコレートを贈ろうとした。もちろん手作りではないが、食べる事の好きな彼の為に2か月も前から予約して手に入れたチョコレートだった。
意味深にとられてはいけないと、いつものようにカフェに立ち寄り、いつものようにいつもの席へ着こうとしたが、その日はカフェの様子がいつもとは異なっていた。
私の席には欲がそのまま脂肪に固まった様な醜いおばちゃんが居たし、店内はとても賑わってた。彼の周りには人だかりが出来、従業員やら常連客がこぞって贈り物をしていた。
そんなに人気があったのか、と不思議に思いつつ回れ右をして帰ろうと思ったが、顔見知りの若い女性従業員に声を掛けられ、仕方なく一杯だけ珈琲を飲んだ。
チョコレートの入っている紙袋を無造作に床に置き、珈琲を早々に飲み干した。レジで先ほどの女の子が会計をしながら話しかけてきた。
「今日、店長の誕生日なんですよ」
私は、自分でも胡散臭いと感じる程、殊更に驚きながら、まったく知らなかったと伝えた。
家に帰り、自分の不甲斐なさと、馬鹿さ加減に泣きそうになった。
少しでもはしゃいだりしていた自分に苛々した。
「今日は何を読んでいるんですか?」
と尋ねてくれなかったことが寂しかった。
だから、チョコレートは食べてしまった。人気があるだけあってチョコレートはとってもおいしかった。口の中でとろけて、芳醇なカカオの香りが広がった。
その甘さと余韻は、私にはいい薬になった。
落ち着いてくると、チョコレートを食べてしまったことを後悔した。別に明日渡したってよかったじゃないかと。若い子の恋愛じゃあるまいし、そんなに恥ずかしがる必要はなかったのだ。
でも、もう私は一人で味わいつくしてしまった。
なんだか、考えるのも面倒になってしまい、その年のヴァレンタインデーは終わった。
そしてまた、何事もなかったかのようにカフェに通っていた。
ひと月後のホワイトデー。私の仕事は休みだった。
特にやることもなくデパートに暇つぶしに出かけると、ホワイトデーの催事が行われていた。平日だったからか、買い物客も少なかったので手の込んだお菓子達をじっくりと眺めてまわった。
そして、彼になにか贈ろうと思い立った。今日はカフェも混んではいないだろうと予測を立て、期待はせずに可愛らしい洋菓子を購入し、カフェに向かった。
カフェは思った通り、静かで暖かく、じんわりと染み込む穏やかさで満ちていた。
さっそく席について珈琲を注文し、本を開いて彼を待った。
その時読んでいた本は忘れてしまったが、確か主人公が彼に似ていた。
「何かお買いものされたのですか?」
彼の声がふわりと降りてきた。
私は休みなのでデパートに向かったところ、とても可愛い洋菓子を見つけ、あなたに贈りたくなったので買ってきましたと素直に答えた。
彼は、すこし驚いたような困った様な微笑みを浮かべて「ありがとうございます」と丁寧にお礼を言った後「ヴァレンタインの贈り物より、ホワイトデーの贈り物の方が何となく好きです。」と付け加えた。
そうゆうところが素敵なんだ、と思った。ヴァレンタインの失敗も一言で救われてしまった。また泣きそうになった。
私の中で熟成されたチョコレートが濃い、甘い匂いを放っているように感じた。
published : 2013/05/12