あかり

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文学・文芸 > 小説

切り身

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切り身

by あかり

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    彼は今日も魚を捌いていた。
    お客さんが沢山いる店内で彼の周りは静寂に包まれていた。木製の箱の中から柵を取り出し、包丁を入れていく。
    鮪、鯛、鰤、鱸。
    従業員が忙しなく彼の前を通り過ぎていく。彼はそんな騒々しさをものともせずに自分の世界に没頭していく。
    包丁を入れるごとに、彼が風景から遠のいてゆく。静寂は静寂を呼び、幾重にも重なりあって彼を外界から遠ざけていく。
    鰹、鰯、鮭、鯵。
    切った魚を美術品の様にお皿に盛りつけて、新たな命を与えてゆく。
    しかし、それよりも、魚を捌く彼の方が美しかった。彼は、料理を作っているというより、ただ切る為だけに切っている様だった。
    彼はほとんど手元しか動かさない。動く必要があるのは手元だけだから、彼は風景と同化しそうだった。木の幹が水を吸い上げるように、ひっそりと、しっかりと包丁を動かし続ける。
    鮃、鯒、蛸、烏賊。
    彼に捌かれる魚達も、ひっそりと息を潜め、自分の番を待っている。そしてそうとは気付かぬうちに切り身に変わる。
    物音ひとつ立てず、魚が切られていく。まな板と包丁が当たる音も聞こえない。周りの音も聞こえない。余りにも滑らかに捌いてゆくから不安になった。
    このまま、彼の指まで捌いてしまうのではないかと。
    薄い切り身に彼の指が混じっていないかと目を凝らして探す。彼は平然と切り身を作る。
    白身魚が赤く染まって、彼自身も気付かぬうちに彼の作品になってしまう。
    そのまま、全てを滑らかに切り身に変えてゆく。
    青魚の匂いと血液の匂いが交わって、初めて異変に気付く。魚も、彼も、空間も、心も、切り身になっていることに。
    それでも彼は切ることをやめない。
    赤身の柵がまだ残っているから、彼は、静かに包丁を動かし続ける。

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    彼は今日も魚を捌いていた。
    お客さんが沢山いる店内で彼の周りは静寂に包まれていた。木製の箱の中から柵を取り出し、包丁を入れていく。
    鮪、鯛、鰤、鱸。
    従業員が忙しなく彼の前を通り過ぎていく。彼はそんな騒々しさをものともせずに自分の世界に没頭していく。
    包丁を入れるごとに、彼が風景から遠のいてゆく。静寂は静寂を呼び、幾重にも重なりあって彼を外界から遠ざけていく。
    鰹、鰯、鮭、鯵。
    切った魚を美術品の様にお皿に盛りつけて、新たな命を与えてゆく。
    しかし、それよりも、魚を捌く彼の方が美しかった。彼は、料理を作っているというより、ただ切る為だけに切っている様だった。
    彼はほとんど手元しか動かさない。動く必要があるのは手元だけだから、彼は風景と同化しそうだった。木の幹が水を吸い上げるように、ひっそりと、しっかりと包丁を動かし続ける。
    鮃、鯒、蛸、烏賊。
    彼に捌かれる魚達も、ひっそりと息を潜め、自分の番を待っている。そしてそうとは気付かぬうちに切り身に変わる。
    物音ひとつ立てず、魚が切られていく。まな板と包丁が当たる音も聞こえない。周りの音も聞こえない。余りにも滑らかに捌いてゆくから不安になった。
    このまま、彼の指まで捌いてしまうのではないかと。
    薄い切り身に彼の指が混じっていないかと目を凝らして探す。彼は平然と切り身を作る。
    白身魚が赤く染まって、彼自身も気付かぬうちに彼の作品になってしまう。
    そのまま、全てを滑らかに切り身に変えてゆく。
    青魚の匂いと血液の匂いが交わって、初めて異変に気付く。魚も、彼も、空間も、心も、切り身になっていることに。
    それでも彼は切ることをやめない。
    赤身の柵がまだ残っているから、彼は、静かに包丁を動かし続ける。

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published : 2013/05/12

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