あかり

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ブラジャーの考察

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ブラジャーの考察

by あかり

  • iコンセプト

    じんじんの絵

  • iコメント

    私が乗り込んだ電車は空いていた。仕事を早退した為に、帰宅ラッシュから逃れたのだ。私は座席に着こうとした。その時、視界の端に何かが映った。濃いピンクと黒の塊が。
    私の目はしっかり認識した。それはブラジャーだった。ひと気のない車両の座席に陣取ったブラジャー。私はその堂々たる佇まいに圧巻されていた。私はもう一度そっと見た。そのブラジャーはショッキングピンクの地に黒のレースがあしらわれた派手なものだった。私なら絶対選べない色だ。きっと若い子のものだろう。しかし、こんなに不自然に感じるのは何もその色のせいではない。電車の座席にぽつんとブラジャーが在ることが不自然なのだ。何故、ここにブラジャーだけがあるのだろう。まさかここで女性が脱いだとは考えられまい。じゃあ新しいものを買って忘れた、若しくは友人宅へ泊まりに行った帰りに忘れた。もしかしたら新手の悪戯か罰ゲームかもしれない。
    とにかく私の頭はブラジャーのことでいっぱいだった。
    私は周りに乗客が居ないことを確認し、持っていた紙袋にブラジャーを押し込んだ。なぜそうしたのかは自分でもよくわからないが、そうせずにはいられなかった。盗むというスリルを求めたのかもしれない。乗り換えの駅に着くと、そそくさと電車を降りつつさっきまでブラジャーの置いてあった座席に後ろめたい一瞥をなげた。
    乗り換えの駅もいつもの混雑ぶりからは想像もつかない程閑散としていた。ふと、改札を出てみようと思い立った。普段はただ、電車と電車を行き来する通路としてしか利用しない駅だが、降りてみたら楽しいかもしれない。早退しといて何を遊んでいるのだろう。確かに会社にいた時は気分が悪かったのだが、もうすっかり回復していた。
    きっと会社の空気が悪いのだ。私は改札を出て、駅ビルに入ってみた。改札階では地方の特産品の祭事をやっていて、売り子のおばさんが眠たそうに商品をいじっていた。
    意外と大きな八階建ての駅ビルで、私は早退してよかったと思っていた。八階はレストラン街になっていて、七階はカルチャーセンターや本屋が入っていた。私は六階から順に降りてゆき、最後に地下で今日の夕飯を買って帰ろうと計画を立てた。
    六階は雑貨やインテリアのフロアで、私は色とりどりの雑貨を目の端に捉えながらぐるりと一周した。特に目ぼしい物もなく、私は下の階へエスカレーターで下って行った。
    五階は紳士服のフロアで、私は父に何か買ってあげるような気持ちで一周した。ただ、父にはこれといった趣味もなく何が欲しいのか見当もつかないのだ。毎年誕生日や父の日で迷ってしまうから、今のうちに決めておくのはいいかもしれない。やっぱり特に良い物もなく、実家に帰って手料理でも作ってあげる方がいいだろうという結論に至って、下へと降りて行った。
    四階は部屋着や下着のフロアで、普段外には着ていけない様なラブリーな部屋着が並び、エプロンやタオルなんかも置いている。上の二階と同じ様に流しながら一軒のランジェリーショップで私の目は釘づけになった。
    そう、さっき私が盗んだ下着と全く同じものが並んでいたのだ。色鮮やかな下着に目が回りそうになりながら、そのきつい色とは対照的に控えめにディスプレイされていた。私はその下着を手に取り、サイズを確認した。値段はお店の中で一番安く、冷静に見ると付け心地も悪そうだった。導かれるようにレジへ行き会計を済ませると私は急に恥ずかしくなり、一気に改札階まで降りてそのままホームに戻った。
    ランジェリーショップの紙袋は私が持っていた地味な物とは違い、淡いピンクと水色で装飾された愛らしい物だった。少し混み始めた電車が到着して、私は更に恥ずかしくなった。電車の乗客全員がこの吐き気がする程甘ったるい紙袋の中身を知っている様な錯覚に陥ったのだ。そわそわと落ち着かない気持ちまま、最寄駅まで着くと躊躇うことなく走って家に帰った。
    家に着くと私は紙袋を逆さまにして中身を広げ、窮屈なスーツを脱ぎ捨てた。下着についているタグを、鋏を使うことすらもどかしく引き千切った。
    鏡の中で買ったばかりの下着を身に着けた私が立っていた。みすぼらしい程に誇張された乳房と年相応に弛んできた二の腕やお腹まわりがミスマッチ過ぎて吐き気を催した。座席に置いて行かれた、誰かのブラジャーは少し小さいが、私はそちらに着替えた。
    無理やり詰め込まれた二つの丸みは私の心に反発して色気を漂わせていた。
    私はそのまま蹲り、自分の胸元を眺めながら吐き気を堪えた。どうしてこんな物が私の身体に付着しているのか全く分からなくなった。目を瞑ってしまえば、全て無くなる様な気がして、私は眠った。目が覚めなければいいと願って。

    翌朝普段と変わらない一日が始まっていた。
    私はブラジャーを外してシャワーを浴びた。水浸しの身体のまま携帯電話を握り会社へ電話を掛けた。

    「辞めます。」

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ブラジャーの考察

by あかり

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    じんじんの絵

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    私が乗り込んだ電車は空いていた。仕事を早退した為に、帰宅ラッシュから逃れたのだ。私は座席に着こうとした。その時、視界の端に何かが映った。濃いピンクと黒の塊が。
    私の目はしっかり認識した。それはブラジャーだった。ひと気のない車両の座席に陣取ったブラジャー。私はその堂々たる佇まいに圧巻されていた。私はもう一度そっと見た。そのブラジャーはショッキングピンクの地に黒のレースがあしらわれた派手なものだった。私なら絶対選べない色だ。きっと若い子のものだろう。しかし、こんなに不自然に感じるのは何もその色のせいではない。電車の座席にぽつんとブラジャーが在ることが不自然なのだ。何故、ここにブラジャーだけがあるのだろう。まさかここで女性が脱いだとは考えられまい。じゃあ新しいものを買って忘れた、若しくは友人宅へ泊まりに行った帰りに忘れた。もしかしたら新手の悪戯か罰ゲームかもしれない。
    とにかく私の頭はブラジャーのことでいっぱいだった。
    私は周りに乗客が居ないことを確認し、持っていた紙袋にブラジャーを押し込んだ。なぜそうしたのかは自分でもよくわからないが、そうせずにはいられなかった。盗むというスリルを求めたのかもしれない。乗り換えの駅に着くと、そそくさと電車を降りつつさっきまでブラジャーの置いてあった座席に後ろめたい一瞥をなげた。
    乗り換えの駅もいつもの混雑ぶりからは想像もつかない程閑散としていた。ふと、改札を出てみようと思い立った。普段はただ、電車と電車を行き来する通路としてしか利用しない駅だが、降りてみたら楽しいかもしれない。早退しといて何を遊んでいるのだろう。確かに会社にいた時は気分が悪かったのだが、もうすっかり回復していた。
    きっと会社の空気が悪いのだ。私は改札を出て、駅ビルに入ってみた。改札階では地方の特産品の祭事をやっていて、売り子のおばさんが眠たそうに商品をいじっていた。
    意外と大きな八階建ての駅ビルで、私は早退してよかったと思っていた。八階はレストラン街になっていて、七階はカルチャーセンターや本屋が入っていた。私は六階から順に降りてゆき、最後に地下で今日の夕飯を買って帰ろうと計画を立てた。
    六階は雑貨やインテリアのフロアで、私は色とりどりの雑貨を目の端に捉えながらぐるりと一周した。特に目ぼしい物もなく、私は下の階へエスカレーターで下って行った。
    五階は紳士服のフロアで、私は父に何か買ってあげるような気持ちで一周した。ただ、父にはこれといった趣味もなく何が欲しいのか見当もつかないのだ。毎年誕生日や父の日で迷ってしまうから、今のうちに決めておくのはいいかもしれない。やっぱり特に良い物もなく、実家に帰って手料理でも作ってあげる方がいいだろうという結論に至って、下へと降りて行った。
    四階は部屋着や下着のフロアで、普段外には着ていけない様なラブリーな部屋着が並び、エプロンやタオルなんかも置いている。上の二階と同じ様に流しながら一軒のランジェリーショップで私の目は釘づけになった。
    そう、さっき私が盗んだ下着と全く同じものが並んでいたのだ。色鮮やかな下着に目が回りそうになりながら、そのきつい色とは対照的に控えめにディスプレイされていた。私はその下着を手に取り、サイズを確認した。値段はお店の中で一番安く、冷静に見ると付け心地も悪そうだった。導かれるようにレジへ行き会計を済ませると私は急に恥ずかしくなり、一気に改札階まで降りてそのままホームに戻った。
    ランジェリーショップの紙袋は私が持っていた地味な物とは違い、淡いピンクと水色で装飾された愛らしい物だった。少し混み始めた電車が到着して、私は更に恥ずかしくなった。電車の乗客全員がこの吐き気がする程甘ったるい紙袋の中身を知っている様な錯覚に陥ったのだ。そわそわと落ち着かない気持ちまま、最寄駅まで着くと躊躇うことなく走って家に帰った。
    家に着くと私は紙袋を逆さまにして中身を広げ、窮屈なスーツを脱ぎ捨てた。下着についているタグを、鋏を使うことすらもどかしく引き千切った。
    鏡の中で買ったばかりの下着を身に着けた私が立っていた。みすぼらしい程に誇張された乳房と年相応に弛んできた二の腕やお腹まわりがミスマッチ過ぎて吐き気を催した。座席に置いて行かれた、誰かのブラジャーは少し小さいが、私はそちらに着替えた。
    無理やり詰め込まれた二つの丸みは私の心に反発して色気を漂わせていた。
    私はそのまま蹲り、自分の胸元を眺めながら吐き気を堪えた。どうしてこんな物が私の身体に付着しているのか全く分からなくなった。目を瞑ってしまえば、全て無くなる様な気がして、私は眠った。目が覚めなければいいと願って。

    翌朝普段と変わらない一日が始まっていた。
    私はブラジャーを外してシャワーを浴びた。水浸しの身体のまま携帯電話を握り会社へ電話を掛けた。

    「辞めます。」

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published : 2012/06/19

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