大澤悠

フォト、グラフィック、絵画、イラスト、プリント

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兵庫県川西市

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大澤悠

フォト、グラフィック、絵画、...

  • 作例 Photomerge

    2009/06/29

    作品更新

    こちらの作例は少しめずらしいものである。

    何の変哲もないマツバギクの写真だが、どういうことかというと、

    この写真の元画像はデジタルカメラで撮影されており、ピクセル数が約10000×10000pixel程の大きさだ。

    画素数でいうと約10,000万画素の画像である。

    使用したカメラは610万画素のPENTAX K100D。
    レンズはFA28−70mm F4。



    600万画素程度のデジカメで10,000万画素をとることはできない。
    しかしながら何十枚ものショットを一枚に合成することにより、巨大画像データを作れるのだ。

    今回は Adobe Photoshop CS4 での「photomerge」という自動処理で合成した。
    CS4の処理機能は旧バージョンよりも驚くほど向上している。それによって完全にとはいえないまでも、一見して細かな描写までもを合わせることができた。


    このマツバギクをよく見ていただければ、破綻している部分をみつけることができるだろうが、私は紙にプリントして、そこからさまざまな技法を用いた本番であるから、この程度で十分の合成である。

    ちなみに驚愕の10,000万画素とは、写真プリントでは2メートルに引き伸ばしても高精細で印刷できる。

    Photomergeはコチラ

    新たに画像アップしました。

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  • あれこれと

    2009/06/12

    活動記録

    日に一枚。帰宅すると印刷しよう、ときめてプリンタを回しはじめる。
    ミッキーの電話器がさまざまな加工をほどこされて4枚刷り上がり、
    次にガラスに閉じた金魚のアクセを透明度に変化をつけ4枚プリントをする。

    印刷が私に与える影響とはどのようなものか量りしれない。
    先程日に1枚をプリントすると言ったばかりなのに、おおきくこえて15枚ほど過多に刷ってしまい、そうするちに朝の4時になってしまう。大変な発見をしてしまった。無茶苦茶楽しいのである。

    「技術とは、たんに外的なたすけになるだけのものではなく、意識を内的に変化させる」 W-J.オング (『声の文化と文字の文化』)

    印刷も書くことも、ことばも、もともとは声の文化によって本質的には聴覚の音素だったそうだ。つまり、演説や対話が最も人々に理解され、説得するものであった。これとはうってかわって、活版の印刷がはじまった約1600年から現在まで、技術となじみはじめて生活に深く内面化した生活の我々の意識とは、音から視覚空間へとおおきな革変のなかに未だいる。こうした卓見をまとめたオングは印刷が意識に及ぼした影響のについても紹介してある。

    「印刷はプロテスタントの宗教革命を実現し、カトリックの宗教的慣行を方向転換させた」「近代資本主義の発展」「全地球の探査を実現」「家庭生活と政治を変えた」「かつてなかったほどの知識を広める」 などなど。

    さて後読感としては「宗教的慣行を方向転換させる」インクジェットのプリンタが
    我が家にあることを実感するばかりだ。

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  • なぜモノクロに目がむかないのか

    「哺乳類の体は色彩的にみてとても貧弱なものにすぎない。みんな潜在的な色盲なのだ。
    けれど、しかし不思議なことに、人間は化粧をしたり、色鮮やかな衣服を身にまとうことで、もう一度、鳥や熱帯魚や昆虫のように豊かな色彩の世界をとりもどそうとする。

    人間に至って、哺乳類ははじめて、鳥や蛇やとかげや昆虫や魚たちが楽しんでいるような色彩の世界の歓びをとりもどすことができた。」中沢新一




    漫画が好きで短編をいくつか描いたのは、もう3年以上まえのことだった。
    この感覚とは、熱中している当時は気づきもしなかったが、今思いかえせば、天田草太やAlbert Brecciaおとこのこが憧れる漫画家になりたくて、その一心にはじまったが、しかしながらそれ以上の進展は望めそうにもないことに絶望していた。

    性別の枠に閉ざされた、おとこのこの憧憬の感覚。そこには黒やシロや灰色のトーンにかぎっては、道端の道路標識の程度に理解され、本を開いたとたん目線はもっとも注目すべきキャラクターの絵と、コマの内にあるフキダシをのぞむようにできている。こうしたことの繰り返しであった。漫画とは印刷されているメディアの、その紙の質などはとくに筆記するに値しないことは今でもそうである。

    色彩の実感のない当時の私のやりたいことの方が、いまよりももっとアートをしていたといえるだろう。単純ないち、に、いち、に、と足をはこぶ行進曲のようにして、乏しい調子にしてみると、なぜかもっともっと身をまかせれるようになるのだ。

    そうして生まれたモノクロのまんがの面々は、身体の輝きや色彩感覚の豊かさということになると、他のメディアアートのものに自慢できるような豊かさはもっていなかった。

    町ではみんなテレビやインターネットや雑誌などによって色彩感覚はもはや取り戻されているといっても過言ではないだろう。豊かな色彩感覚をとりもどした生活を送るなかにいて、その言葉通りの生活をするために私は印刷を選んだ。

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  • 山の者供

    裏山街道の入り口は実は四箇所ある。石切り場のほうから二箇所、まったく反対側に一箇所これはすぐに行き止まり、そして三角棟の裏から一箇所である。

    どの道も例外なく踏み込んだ途端に回れ右で引き返したくなる。日のあたらない鬱蒼とした藪を両脇にしてその姿は獣道となる一歩寸前。頭を枝葉の輪に突っ込み、ごそごその藪を挟む細い道は肩幅しかない。駆け上がろうにも腕に飛び出した枝が引っかかり、ではゆっくりと登ろうにも一挙一足にやはり突飛した枝葉が行く手を阻んでいる。もう一歩も足が動かない程の疲労感のなかでは、もはや登山の爽快感など微塵もなく、日陰に閉ざされた行く先にみえるのは恐怖と絶望とドラえもんのオブジェである。

    これがこの大学の裏山である。さらに「イノシシ取りの罠」とは暗喩やコピーなどではなく実際に街道に設置してあるのを見ることも触ることもできる。これは間違ってもふんずけてしまわないように迂回しなければならない。餌はどうやら米ヌカのようだ。市によっては猿に懸賞金を(1万弱)かけているところもあるが、シシなどは役所に許可をもらえば鍋に、刺身に、焼肉にして食うのが通例だろう。ちなみにその日にとれたシシは臭みもなく美味であるが、二日以後はもう生臭い。

    鬱蒼とした雰囲気で、湿気が多く、日陰でアンダーになって足元が暗い。まるで気分も暗くする魔法のようだ。しかし、この闇の魔法が功を相してか、ここでは採集できる数々の光り輝くものがあるのだ。

    秋に、梅雨に、なってくると裏山ではキノコがむくむくと大きくなる。落ち葉のカーペットはふわふわしていて、そこには動物でもなく植物でもない、菌糸類の世界が奇妙な傘を集合さして群生している。

    アカハツ(食)、
    ヤマドリタケ(食)、
    ミヤマアワイグチ?(食)、
    クリイロイグチモドキ
    ドクベニタケ
    アカモミタケ(食)、
    アカヤマドリ{/リンク(食)}、
    ウスヒラタケ(食べようと相談するも教師に止められる)、
    オニイグチモドキ(超不気味でも食)、
    ホコリタケ

    キノコの数は枚挙にいとまがない。山ではじめてキノコを採集してもすぐには食べないで、詳しい人に必ず聞かなければならない。しかし過去に痛い目にあった人ほど懐疑的な意見で断念せざる終えないことが多い。そのときはキノコを見分けるのと同時に、現在志向の考え方を持つ人も見分ましょう。


    キノコについてはこちら

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