岡田千夏

イラストレーター

7京都府京都市

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猫、動物園へ行く

2008/01/10

日記・ブログ

 天気もいいし暖かいので、動物園へ行くことにした。
 途中、動物園から300メートルくらい手前の京都会館の前の道路を、黒白猫が横切ってくるのが見えた。道の幅が広いわりにはあまり交通量は多くないけれど、向こうからやってきた軽自動車が速度を落とす気配がないのでちょっとはらはらしたが、黒白猫は小走りに走って、無事道路を渡りきると、向かいにある勧業会館の植え込みの中へと入っていった。尻尾が根元で切れたように短くて、それがハートの形をしているのが特徴的であった。
 動物園に着いて、キリンを見てサルを見て、おにぎりを食べてからまた動物を見て回っていたら、飼育舎の並びが途切れてベンチが置いてあるあたりの茂みの陰に、黒白猫の姿を見つけた。猫は、地面の上でなにかをついばむ二羽の鳩をじっと見つめていて、私は猫を見た瞬間さっきの猫だと思ったのだけれど、動物園の外からはだいぶ奥に来た場所であるし、よく似た別の黒白猫かもしれないと思いなおしはじめたときに、黒白猫が後ろを向いて、あの特徴的なハート型の短い尻尾が見えた。
 動物園で猫を見るのは初めてだから、いったい何しに来たのだろうと思うし、なにより、さっき道で顔を合わせたときに、猫も私たちも動物園に行く途中だったという偶然が、何となく可笑しい気がする。

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はやいのにゃ!

2008/01/09

日記・ブログ

 急ぎで必要なパソコンソフトがあったので、インターネットの店で在庫を確認してから昨日の朝注文したところ、東京の店からなのに、今日の昼過ぎに家に届いた。
 何事もスピード化されたいまの世の中では当たり前なのかもしれないけれど、すごいなあと思う。
 超特急で届けてくれるバイク便のニュースなんかを見ると、何もそこまで急がなくても、猫みたいにもっとのんびり行ったらいいのにね、などと思ったりもするけれど、いざ自分が頼むとなったら、深夜もトラックで走って翌日届けてくれるシステムは、やっぱりありがたい。

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柿とメジロと三毛猫と

2008/01/08

日記・ブログ

 冷蔵庫の中にしまったままになっていた柿がすっかり熟してしまって、柿の苦手な私はもとより、柿の柔らかいのが嫌いな夫も食べないので、庭に来るメジロにやることにした。
 いつもメジロが花の蜜を吸いに来る山茶花の木のとなりの百日紅の、冬枯れした枝に半分に切った柿を刺して、まだかまだかとメジロの来るのを待ったけれど、なかなか柿に気がつかないのか、メジロが来ぬままとうとうその日は暮れてしまった。
 次の日の朝起きて台所に下りると、ぴちぴちと可愛いさえずりが聞こえて、庭に薄緑色のメジロの姿があった。いつものとおりつがいで来て、かわるがわる柿の実をつついている。わずかな量の花の蜜を、花から花へとせわしなく飛び回って飲むよりも、一所にとどまって好きなだけ食べられる柿の方が、ずっと食べやすいにちがいない。味を占めて、メジロは何度も何度もやってきた。きょろきょろしながら柿の実をつついて、それが終わると、近くの枝に飛び移り、くちばしの両側を百日紅の枝にこすりつけて拭いている。その様子がとても可愛くて、いくら見ていても見飽きない。
 みゆちゃんはというと、同じようにメジロを見つめている。時々、猫が鳥や虫に呼びかけるように鳴く鳴き方で、ひげを震わせ、にゃ、にゃにゃ、と鳴いている。そんなふうに鳴いてしまったら、相手に自分の居所がばれてしまうのではないのかと思う。なぜ、呼びかけるように鳴くのか不思議である。メジロには手の届かないのを知っているのか、あるいは、みながメジロを可愛い可愛いと言うのでやきもちを妬いているのか、みゆちゃんの後姿は、なんとなく面白くなさそうである。

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聖護院のノラ

2008/01/07

日記・ブログ

 平安神宮の裏の、丸太町から少し北へ入ったあたりは、細い道がごちゃごちゃと入り組んだところで、そこをうろうろしていたら、駐車場の横の塀にもたれるように座って日向ぼっこをしている黒白猫に出会った。黒い部分が少なかったけれど、ちょびひげもついていて、顔の雰囲気が少しデビンちゃんに似ていた。毛並みがあまり良くないところが何となく哀れっぽくて、立ち上がって歩き出したのを見ると、びっこをひいていた。今日みたいに暖かくて穏やかな日には、足の悪い野良猫も、少しはのんびりしていられるかもしれないけれど、後ろ足をひいて小道を歩いていく姿は、やっぱり悲しいような気がした。

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初詣

2008/01/04

日記・ブログ

 初詣に行く習慣はないけれど、かといって、行かないことに固執する理由もないので、平安神宮に歩いていった。いつもは、買い物に行く地元の小母さんや近所のおじいさんしか通らない道に、よそ行きの格好をした参拝客が、たくさん歩いている。
 案の定、平安神宮は人がいっぱいで、境内の中に入ったものの、本殿の前まで行くには、人がぎゅうぎゅうにつまった細い通路を進んでいかなければならず、その行列の両側には、「しばらくお待ちください」と大きく書かれた立て札を掲げた警備員が人に押されながら立っていたので、本殿まで行くことはあきらめて、そこで引き返して平安神宮を出た。
 近くの公園で子供を遊ばせようと思ったら、神宮道に並んだカステラ屋とか鯛焼き屋とか焼きそば屋などの露店の業者の車両が公園の中にたくさん止まっていて、そのすきますきまにあるようなぶらんこや滑り台で少し遊んだあと、もう寒くて子供の手も真っ赤になってすっかり冷えきってしまったから、手をつないで帰った。


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金時人参と「兎の目」

2008/01/03

日記・ブログ

 一年のうちで金時人参を食べるのは、お正月だけである。金時人参と聞いて決まって思い出すのは子供の頃に読んだ灰谷健次郎の「兎の目」で、黄色いカナリアに金時人参を食べさせると羽の色が赤く変わると信じている少年が、家に来た級友に、西洋人参ではだめで赤い金時人参でなければいけないのだと説明するのである。その級友も私も、人参には西洋人参と金時人参があるということをそのときはじめて知って、その印象が、いまもなお金時人参と「兎の目」を結び付けている。
「兎の目」は、それまでに読んでいた本とは雰囲気が全然違っていたから、最初は面白く読んでいたのだけれど、結局、終わりのほうあと少しというところでなぜかやめてしまった。覚えているのは、上の金時人参の話と、動物園での写生会ではやく遊びたい少年が、マントヒヒだったかマンドリルだったかの背景を残った絵の具を適当に混ぜて塗りたくったところ、偶然檻の中の薄暗い雰囲気がうまく表されて賞を取る話と、あの耳の長いウサギを表す漢字が、「兎」という不思議な形をした字であることを知ったということだけである。
 そんなことを思い出しながら金時人参を切って、お雑煮の鍋の中に入れたら、濃い赤がぱっと広がって、思いのほかきれいであった。

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猫とおせち

2008/01/02

日記・ブログ

 年が明けて、元旦の朝となり、お雑煮を作っておせちを並べた。みなで食べ始めると、テーブルの上にやってきたみゆちゃんが、おせちを嗅ぎまわりだした。いつもはテーブルの上に乗っても、隅っこに置いてある新聞の上などに座って眠そうな顔をしているのだけれど、おせちには興味津々であるらしい。たしかに、おせちには棒だらとか祝い海老とか数の子とか、海の幸がたくさん入っている。なかでも、ごまめの魚らしいにおいがどうも気になるようである。人間用のおせちだから味が少し濃いだろうけれど、一匹くらいいいかと思ってあげてみたら、食べなかった。
 水の嫌いな猫がどうして海の幸が大好物なのか不思議に思っていたのだけれど、今の定説によると、日本では昔から魚介類が豊富に獲れるから、自然、猫に必要なタンパク源として、魚介類を好むようになったということらしい。したがって、魚が好きなのは日本猫だけで、たとえば欧米の猫なんかは、魚よりも肉がいいらしく、こちらでは定番のおさかな味のキャットフードも欧米では珍しくて、あちらの主流はチキン味とかビーフ味だということである。
 ごまめを食べなかったみゆちゃんには、かわりに大好きな猫用カニカマ(正確には乾しカマ)を、正月なのでいつもより多めにあげた。

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ゆく猫、くる猫

2007/12/31

日記・ブログ

 今年の7月16日に、実家のネロが死んだ。9歳だった。
 子猫のときは、手のつけようのないようなやんちゃ猫で、家族はみな手や足に引っ掻き傷を作られた。大人になってからも、しょっちゅう盗み食いはするし、決して言うことは聞かないし、暴君ネロの名がぴったりな猫だったのだけれど、同時にその名の通り王者の品格も備えていて、他のどの猫もネロに一目置いていたし、人間から見ても、その顔には威厳が感じられた。
 そんな気の強い性格とは裏腹に、体は弱くて、よく病気をした。また甘えん坊な一面もあって、一番懐いていた母に抱っこされるのが大好きだった。
 死んですぐには、とてもネロがいなくなったことが信じられなくて、実家に帰っても、どこか、押入れの中とか、いつも寝ていた場所から何食わぬ顔をしてひょいと姿を現すのではないかという錯覚にとらわれたけれど、そうではないのだということに気づくたび、喪失感に襲われた。
 半年近くがたって、ネロがいないという事実もあまり動揺せずに受け入れられるようになったけれど、やっぱり、もしもいまこの瞬間に、どこかの寝場所からあくびでもしながら出てきたとしても、ちっとも不思議な気はしないだろうと思う。
 今年はネロが死んで、タマが来た。ゆく猫とくる猫がいる。もっとも、ネロの場合は、はじめての完全室内飼いの猫で、最後も両親に看取られて、お墓も実家の庭にあるから、ある日ふいとどこかへ姿を消してしまった外猫たちに比べると、いってしまったというよりも、存在の形を変えて、やっぱりいまも実家にいるというイメージがある。
 これから先も、ゆく猫がいて、くる猫がいるだろうと思うけれど、来る猫は拒まず、去る猫は追いかけて行くのである。

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よい猫年を

2007/12/29

日記・ブログ

 新築した親戚の家に遊びに行ったとき、南側に向いて大きく開いた窓から明るい光がいっぱいに差し込む居間でくつろぎながら、このソファの上に猫の一匹でも寝ていたらもっといいのにねなどと、父と話したことがあった。
 家に猫がいるかいないかで、居心地のよさは全然違う。猫が別に何かをするわけでもないけれど、ただそこに寝ているだけで、部屋の空気はがらりと変わる。
 猫好きの勝手な意見だと思われるかもしれないが、そう思ったその人自身、自分が「猫好き」であることに気づいていない可能性がある。そういう「猫好き予備軍」は、世の中に結構いると思う。私自身も自分が猫を飼うまでは、なかなか猫の魅力を知るきっかけに恵まれず、猫なんか可愛くない動物だと思っていた。それが今では、もう猫がいないと生きていけないくらい(と言ったら大げさかもしれないけれど)猫が好きだし、それに猫を愛している状態というのは、とても幸せである。
 今は自分を「猫好き」だと思っていない人も、居間に一匹猫を置いてみたら、本当の「猫好き」な自分に気がつくかもしれない。新しい年は、潜在的な「猫好き」がもっともっと表面化して、多くの猫と人が、幸せになって欲しいと願う。

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黒猫のワイン

2007/12/26

日記・ブログ

 お酒はあまり飲めるほうではなくて、普段アルコール類などまったく買わないのだけれど、クリスマスで財布のひもがゆるくなっていたのと、ラベルでにゃあと鳴く黒猫に惹かれて、ドイツのツェラー・シュワルツ・カッツのスパークリングワインを買ってしまった。
 お酒と無縁な人間であるからよく知らなかったけれど、ラベルによると、シュワルツカッツとはドイツ語で黒猫のことで、「黒猫の座った樽が最も出来が良い」というドイツのユニークな言い伝えですでにおなじみであるらしい。
 その黒猫ちゃんのワインとはいかなるものかと、ローストチキンと一緒に飲んだのだけれど、勝手に炭酸のジュースみたいなものだと想像していたのがそうでもなくて、私のような飲めない人間にはあまり値打ちがなかった。
 しかしラベルはとても気に入っている。足がすっと伸びた黒猫もかわいいし、左側に描かれた色づいた葡萄の葉っぱと金のつると実もきれいである。
 調べてみると、シュワルツカッツにはいくつか種類があって、それぞれにしゃれた猫のラベルがついているようである。中身はさっぱり飲めないけれど、瓶だけ眺めて楽しみたい。

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