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文学・文芸 > 詩
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Commentわん
宮尾節子
そでも引っ張るし もちろんボールも取って来る
けれど本当は歯を当ててわたしを咬むのが
いちばん好きなんだよね、
わん
だってたにまのゆりみたいに
いちばんきけんなところに
いちばんきれいなあいがさいている
もっともこわいばしょに
もっともふかいあいが
ちがう?
咬みたい、なら
咬ませてあげたい
手を口にあてがってやると
喜んでがぶりと咬みつく
振りをするけれどもちろん歯を立てない
うううと唸って牙だって剥いて本気の振りをするけれど遊び
そのギリギリで止めるきみの歯がとてもくすぐったい
ありがとうはありがとうなんだけどなぜかじれったい
本気で好きなら本気を出さない
愛なんてでもへん
じゃない?
噛みつきたい、なら
噛みつかせて、あげたい
でも本当は、噛み砕きたい
のではないの?
大好きなわたしの大好きな手をこころゆくまで
すきだすきだすきだとうなりながら
羽をのばすように牙をのばして
ひびのひだにかくれていた
やせいのちからをぜんぶひっぱりだしてひなたで
ばりばりとこの手を骨まで噛み砕き
届きたいのではないのかわたしという存在の全部に
届けたいのではないかあなたという存在を全部
そして
もっとも強い愛のちからで昇り詰めた崖っぷちでおお
ほんとうは戻りたいのではないか
犬よ、おまえは一匹の
オオカミに──
大好きな者の前で
かんのうとはかぎりなくけものに
ちかづくこういだ
しに ちかづく
そうか
あいとはせんじょうにちかづく!
わたしは俄に了解する
酒乱で暴力を繰り返す父親を
その妻と息子が助け合って殺害した事件を
きっと父親は望んだのだ
愛する者の手にみずからをゆだねることを
狼に戻ってしまってもう自分では制御できない獣の性を
「さあ 殺れ」と挑発する
それは愛の告白だった
「殺ってくれ」
「殺ス前ニ、」獣は知った、
「殺シテクレ」獲物になれる淘汰の術を
獣は最後の力でみずからを獲物にしたのだ
それは美しい行為ではないのか──
最愛に捧げる最愛の姿では
人間界を越えた自然界の
おきてにしたがった
それは清らかな
「殺してくれ」は遺したのだ愛する者に
「生きてくれ」を──
ソレガ彼ノ伝エタカッタ最後ノ声ダ
人間ノ