アトリエタリエス

グラフィックデザイナー

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  • 文字列の繋がり

     「メルアド、教えてくれる?」

    コミュニケーションとは、そうやって取るものだと、ずっと思ってきた。いつでも相手に繋がっていられるように、とりあえず携帯電話のメールアドレスを聞いておく。そうすれば、私と相手はいつでも繋がっていられる。なにかあったら、すぐメールすればいい。小さな機械の中に、私と、知人友人達との繋がりが、文字列の形式で集約されている。

    ずっと、そう思っていた。

    しかし、携帯電話は、いつからかずっと私に嘘をついていた。いくら送信しても、メールはすぐに戻ってきてしまう。その時、初めて気付いたのだ。携帯電話が繋げていたのは、私とあの人ではなかった。

    繋がっていたのは、無邪気な思い込みのまま生活を続けていた無知な私と、もう存在しなくなった抜け殻のようなあの人のメールアドレスという、無意味な文字列のデータだったのである。

  • 失った嘘

    2進法。0と1との連続で決まる、コンピューターの言語感覚。

    ユーザーはコンピューターの画面を視覚的に捉える。私は自分の目で捉えるままに右手のマウスを頼りに、コンピューターを利用してあらゆる作業をやった。キーボードを叩き、マウスを動かし、クリックし、時にはその指示に従い、うまくやっていたはずだった。

    少なくとも、今朝までは。

    今朝。いつものようにコンピューターの電源を入れた。しかし、いつものような画面は現れない。いやな予感。冷や汗をかき始めた私の目の前の画面に表示されたのは、判読不能の、めちゃくちゃな文字列の連続だったのである。

    2進法。0と1との連続で決まる、コンピューターの言語感覚。私はその時、コンピューターが私に視覚的に嘘を吐き続けていたことを悟り、その嘘が、私をいかに助けてくれていたかを痛感した。

  • だから空は泣く

    地球という球体のほんの小さな一部分から空を見上げると、空は包み込むように広く、たった一つの壮大な空気の層を遥か上方に積み上げている。圧倒的で、そして、たった一つの存在。

    空気の中に含まれる水蒸気は集合し、空のエキスを凝縮させる。それは液体となって滴り、私達はそれを雨と呼び、時にはそれを厭い、時にはそれを喜ぶ。

    そして、雨上がりの地面。

    空は今や一つではなくなった。見上げる空はたった一つだが、空は雨の中に自分の分身を投射し、雨上がりの地面の中に、無数の空を残している。無数の水たまりは天然の鏡となり、ひとつひとつ、全く別の空を映し出している。そしてその全てには、形や歪みという個性を与えられているのだ。

    空は今や、独りぼっちではなくなった。

    だからこそ、空は泣く。自分自身を、たったひとりの孤独の存在としないために。

  • 実像

    電車の窓の向こうには、嫌なものを消し去ってくれる夜の鏡の世界が広がっている。

    天井の蛍光灯が青白く顔を照らし出す。真っ白な光が、全てのものを露にする。顔の染み、化粧の崩れ、目の下の隈……。昼間のうちを人間関係の渦の中でもみくちゃにされた疲労が、倦怠感となって私の表情を覆う。

    違う。私の顔は、こんなんじゃない。

    夜の街を映し出している窓の外を見る。ガタゴトというリズムと共に流れて行く壁や光の帯の手前に見出した私の顔。夜の闇はただのガラス窓を鏡に変え、窓の向こうに、もう一つの世界を作り出す。

    暗がりの中の私と向き合う私。鏡の闇の向こうでは、映して欲しくない私の顔は、夜の闇に修正をかけられ、私の望む表情だけを映し出す。

    私もまだ、捨てたもんじゃない。

    夜の電車の窓ガラス。私の望みどおりの実像をくれる、闇の世界の温かい鏡。

  • 道は歩かなければならないなどとは、誰が決めたというわけでもない。それでも人は、道を進んで行ってしまう。

    道は常に二方向へと誘導を行う。右か左か、前か後ろか。道の真ん中に立つだけで、人は進むべき方向を二通りに決定されてしまう。

    電柱の陰に座り込む。行き交う人混みの流れを傍観してみる。人は目の前の道を行き交い、止まることを知らない。ただそこに道があるというだけで、人は二通りに制限された選択肢を何の疑問もなく受け入れる。

    私はそれに、逆らってみたくなった。だからこうして道端にしゃがみこんで、外の人間が知ることのない真実を知ったような顔をして、人の波を観察し続けているのだ。

    しかし私もいずれ、この電柱の陰から立ち上がった時に、脅迫的な「二方向の選択」を突き付けられるのである。「道」というテリトリーに入り込んだ瞬間、どんな傍観者でも、二方向の魔力から抜け出せることはできないのだ。

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