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    Works 3,356
  • ノンノン堂

    2008/09/23

    愉快な話

    植木に水をくれていたところだった。

    「あの、すみません」

    垣根越し、女の子に声をかけられた。

    「ノンノン堂という店はどこでしょう?」


    知らなかった。
    初めて耳にする名前だった。

    そこそこ住み慣れた町である。
    生まれ育った町ではないが大抵は知っている。

    「どんな店なの?」
    「この近くにあると聞いたんですけど・・・・・・」

    返事が拙いのは幼いからだろうか。
    どんな店か説明しにくい店かもしれない。

    教えてやりたいが残念だ。

    「わからないな」
    「・・・・・・そうですか」

    その子は行ってしまった
    気落ちした表情が同情を誘った。


    夕食のとき、家族に尋ねてみた。
    やはり誰も知らないのだった。


    数日後、ふたたび道を尋ねられた。
    茶色に髪を染めた少年だった。

    「あの、ノンノン堂はどこですか?」

    またか、と思った。

    「なにを売ってる店?」
    「いや、友だちに聞いただけなんで・・・・・・」

    あの女の子と同じような返事だ。

    「ごめん。わからないな」
    「・・・・・・どうも」


    その翌日も道を尋ねられた。
    少女と男の子だった。

    「ノンノン堂という店はどこでしょう?」

    「ノンノン堂はどこ?」

    この町の住人でないことだけは確かだ。

    「知りません」

    「知らん」


    さらに翌日は十人に尋ねられた。
    やはりノンノン堂だらけであった。

    隣に住む奥さんまで尋ねるのだ、

    「ねえ。ノンノン堂って、ご存じ?」

    さすがに頭にきた。
    怒るよ、もう。


    立て札を作って垣根の前に立てることにした。
    板切れを近所から譲ってもらった。

    『ノンノン堂とかいう店は知らん!』

    そんな文面を考えていた。

    だが、途中で気が変わった。
    立て札はやめることにした。

    ノコギリを挽きながら吹き出してしまった。
    別のものを作ることにした。

    そして、完成した。

    『ノンノン堂』

    なかなか立派な看板ができあがった。

    家の門柱に掲げるつもりである。
    これでもう道を尋ねられることはあるまい。

    だが、その前に決めておく必要がある。


    さて、なんの店にしてやろうか。
     

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    • Tome館長

      2012/05/29 22:39

      「mirai-happiness☆」舞坂うさもさんが朗読してくださいました!

    • Tome館長

      2012/05/29 01:29

      「こえ部」で朗読していただきました!

  • 猫の雑木林

    2008/09/23

    怖い話

    猫は一度こちらを振り返ると
    そのまま雑木林へ逃げ込んでいった。

    まるで僕を誘惑するみたいに
    茂みの奥へと姿を消してしまった。

    ひとりで足を踏み入れてはいけない、
    そう大人から言われている場所だった。


    ひょっとすると、あの猫の罠かもしれない。

    でも、いまさら引き返したくなかった。
    あいつをこのまま逃がしたくなかった。

    だから、僕は道をはずれ、茂みをかき分け、
    たったひとり、雑木林に入っていったんだ。


    人の気配のない雑木林の中は薄暗く、
    ひんやり、ひっそりとしていた。

    切り抜き色紙のような木漏れ日が
    クモの巣を銀色に浮かび上がらせていた。


    なんとも言えないにおいがして
    あちこちに不法投棄物が目についた。

    空缶、空ビン、濡れた雑誌、ポリ袋、
    錆びた自転車まで捨てられてあった。


    着せ替え人形が腐葉土に埋もれていた。

    汚れた人形の腕を持ち上げると
    腰の部分から千切れてしまった。


    近くに、いやらしい色彩の毒キノコが
    落葉を押し上げるように突き出ていた。

    その不気味な傘のところを蹴飛ばすと
    黄色っぽい煙のような粉が舞った。

    吸い込まないように
    僕は顔をそむけた。


    なかなか猫の姿は見つからなかった。

    音を立てないように注意しながら、
    さらに奥へと雑木林を進んでいった。


    大きな切り株があった。

    年輪のあるその丸いテーブルの上、
    トカゲの尻尾がのたうちまわっていた。

    あの猫のいたずらに違いない。
    いかにもあいつがやりそうなことだ。

    しばらくすると
    尻尾は動かなくなった。


    なんだかいやな予感がした。
    そして、その予感は正しかったのだ。

    なにか白いものが木々の間に見えた。
    それはゆっくり動いていた。

    僕は立ちすくんでしまった。

    あれは大人たちが噂していた怪物。
    見てはいけないものを見てしまったのだ。


    うっかり枯れ枝を踏んでしまい、
    その折れる音があたりに響き渡った。

    本当に心臓が止まりそうになった。

    恐ろしい姿の白い怪物がこちらを向いた。

    まともに目と目が合ってしまった。


    やはり、あいつの罠だったんだ。
    足を踏み入れてはいけなかったんだ。

    肉食の獣が獲物を見つけたみたいに
    いやらしく舌なめずりしながら

    白い怪物はニタリと笑うのだった。


    なにも考えられなかった。
    立ちすくんで、一歩も動けなかった。

    ヘビににらまれたカエルみたいだった。


    ゆっくりと白い怪物が近づいてきた。

    周囲の木立ちが手をつなぎ始めた。
    ここから絶対に逃がさないつもりなのだ。

    木々の樹皮が横に裂け、ニタリと笑った。

    もう僕はダメになるんだ、と思った。


    どこか遠く、
    あるいは耳もとかもしれないけど

    あいつの鳴き声を聞いたような気がした。
     

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  • 沼の番人

    2008/09/23

    怖い話

    重苦しい吐息のような霧に包まれ、

    聞こえるのは
    櫓を漕ぐ音と舟に当たる水音。

    そして、ときどき気味の悪い怪鳥の叫び。


    この沼は腐ってる。
    吐きそうな臭いがする。

    実際、これまでうんざりするくらい吐いた。


    忘れた頃、
    沼の澱んだ水面に死体が浮かぶ。

    浮かぶ死体を沈めるのが
    沼の番人の仕事だ。

    錘を付けても
    ガスが溜まって浮かぶのだ。


    膨らんだ死体は
    竹槍で刺すと簡単に沈む。

    穴を開けてガスを抜けば
    再び沼の底に帰る。


    錘が外れて浮かぶ死体の処置は面倒である。
    鎖を巻いてやれば沈むのだが容易ではない。

    その鎖を巻くために沼に落ちそうになる。
    沼の番人が死体になっては話にならない。


    滅多にないが
    浮かんだ死体が喋ったりする。

    「よう、沼の番人。あんたも大変だね」

    思わず竹槍でブスブス突きまくってしまう。

    あるいは、気が変になったのかもしれない。
    こんな因果な仕事をしていたら無理もない。


    一度だけ美女の死体が浮かんだことがあった。

    まるで微笑んでいるような美しい表情だった。
    これは生きているのかもしれないと思った。

    だが、引き上げてみたら腰から下がなかった。

    嫌になったね。
    あのときは死ぬほど吐いた。


    やれやれ、またひとつ死体が浮かんできた。

    はて、誰であったか。
    見覚えのある顔だが。

    なんだ。
    俺の顔が沼の水面に映ったのか。


    笑わせるが、
    こいつの顔は笑ってない。
     

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  • ニンジン

    ぼくはニンジンがきらいだった。

    でも、おかあさんがおこるから
    いやなんだけど、むりに食べてみた。

    そうしたら、甘くておいしかった。

    どうしてニンジンがおいしいのか
    ぼくにはわけがわからなかった。


    「生のニンジンは甘いのよ」

    おかあさんが教えてくれた。

    「今のニンジン、においも少ないしね」


    それで、ぼくはニンジンが好きになった。

    まい日、おやつに生のまま食べた。


    ある日、学校からはやく帰ったとき、
    ぼくは一本の大きなニンジンを見つけた。

    それは台所のテーブルの上にあった。

    おかあさんはいなかったけど
    おやつだと思って、ぼくは食べた。

    信じられないくらい甘くておいしかった。

    でも、すごく大きなニンジンだったから
    ぼくは半分しか食べられなかった。

    のこりの半分はテーブルの上においた。


    それから、ぼくは

    おなかがいっぱいになって
    なんだかきゅうに眠くなって

    じぶんのへやでねようと思って
    かいだんをのぼって二かいへあがって

    へやのドアをあけて
    びっくりした。

    ぼくのベッドの上におかあさんがいて
    しかもはだかでねていたから。


    おかあさんはニンジンそっくりの色をして
    からだがちょうど半分しかなかった。
     

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  • ナメクジ

    一匹のナメクジが
    あなたのからだを這っている。


    突然変異による
    太くて巨大なナメクジ。

    気味が悪くて
    あなたはつかむこともできない。


    それをいいことにナメクジは
    わがもの顔で這いまわる。

    あなたのからだのいたるところを

    上から下まで、裏も表も、内も外も
    とても信じられないような奥の奥まで

    ぬらぬらした半透明の粘液を垂らしながら
    ひたひた、もぞもぞ、ぬめぬめ、・・・・・・


    もうあなたは
    気を失いかけている。

    あまりのおぞましさに
    鳥肌が立っている。


    ところが、
    この軟体動物は鳥肌が大好物。

    ツノのような触覚が
    微妙な皮膚の表面をさぐる。


    あなたはもう
    ほとんどキュウリの気分。

    冷たく血の気が引いて
    顔は緑色になる。


    立ち上がることも
    逃げることもできない。

    死ぬかもしれない
    とあなたは思う。


    さらに
    そのいやらしさを増しながら

    突然、
    ナメクジが分裂して二匹になる。


    雌雄同体、
    そっくりな二匹のナメクジ。

    二匹はあなたをはさんで絡みつく。


    ほとんどからだのすべてを覆われ、

    あなたはもう
    皮膚呼吸さえできない。


    おいつめられたあなたは
    幻を見る。

    平凡な家庭のありふれた食卓風景。
    あなたがまだ幼かった頃の記憶。


    パパがいる。
    ママもいる。

    弟が笑っている。


    きれいに盛り付けられた
    料理の皿たち。


    「ねえ、お願い・・・・・・」

    あなたは温かな食卓に手を伸ばす。


    「お塩、とって・・・・・・」
     

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  • 2008/09/21

    変な話

    授業中、教室に波が押し寄せてきた。

    床はすっかり水浸しになった。

    正面の黒板にまで波の飛沫がかかり、
    無数の小さな黒い点々がついた。


    「じつにけしからん!」

    教師はチョークを波に投げつけた。

    「ここは浜辺じゃないんだぞ」


    教壇はすっかり四角な小島になっていて
    彼が怒るのも無理ないな、と思った。

    教室のあちこちで悲鳴があがり、
    生徒たちは椅子や机の上に避難した。


    「どこからやってきたのかしら?」

    すぐ隣の席の女子生徒が自問している。

    彼女の靴と靴下は両足とも濡れていた。

    「ちゃんと扉は閉まっているのに・・・・・・」


    窓もみんな閉まっていた。

    波が入ってくる隙間はないはずだった。


    「みんな、波なんか無視しろ」

    教師は授業を続けようとしている。

    「こんなの気のせいだ。幻にすぎない」


    それでも波は教室に打ち寄せている。

    懐かしい潮の香りさえする。


    級長でもある男子生徒が手をあげた。

    「先生」
    「なんだ」

    「僕、この波に見覚えがあります」
    「なに、本当か」

    「はい」
    「どこの波なんだ」

    「去年、僕が溺れた夏の海です」

    その途端、彼は波にさらわれてしまった。


    見上げると、カモメが飛んでいる。

    もう波の音しか聞こえないのだった。
     

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  • 泣き娘

    2008/09/21

    切ない話

     
    小さな娘が大きな声で泣いていました。

    いつまでもいつまでも泣き続けるのでした。


    村人たちが心配そうに声をかけます。

    「ねえ、どうして泣いているの?」

    しゃくりあげながら、娘がこたえます。

    「だって、みんな、かわいそうだから・・・・・・」

    村人たちは顔を見合わせました。

    そよ風に稲穂の波がゆれます。


    「なにがかわいそうなの?」

    ますます大きな声で娘は泣くのでした。

    「だって・・・・・・」

    はなをすすりながら言うのです。

    「あたいが、こんなに泣いてばかりいるから・・・・・・」


    案山子みたいな顔の村人たちに見守られ、
    娘はいつまでも、ただ泣くばかり。
     

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    • Tome館長

      2011/11/06 00:44

      ケロログ「瞬きすれば、まぼろし」アカリさんが朗読してくださいました!

    • Tome館長

      2011/09/17 16:48

      「こえ部」で朗読していただきました!

  • 時計台守り

    2008/09/20

    変な話

     

    果てしなく広がる宇宙を海にたとえれば
    その古い時計台は離れ小島に建っている。

    小島には時計台守りの老人が住んでいて
    この老人の他に住人はいない。

    時計台のネジを巻くのが老人の仕事だが
    老体にとってあまり楽な仕事ではない。

    それでも毎日、老人は時計台に登る。
    くる日もくる日も時計台のネジを巻く。

    旅の途中の船が時間に迷わぬように。
    急ぐ船が時間に振り回されぬように。

    もっとも、船はめったに小島の近くを通らない。

    それでも老人は、ネジ巻きを欠かさない。

    時々、老人は岸辺にひとりたたずむ。
    そこから果てしない時の流れを眺める。

    はるかな遠い未来が
    いつしか近い未来になる。

    やがて未来は現在になり
    すぐに現在は過去にかわってしまう。

    近い過去はさらに遠い過去へと続く。
    どこまで続くのか、果ては見えない。

    いつもながら美しいものだ
    と老人は思う。

    この時の流れを止めてはいけない。
    誰かがネジを巻かなければならない。

    そんなふうに老人は確信するのだ。

    それから老人は、時計台の文字盤に目をやる。
    もうすぐ一日が終わろうとしている。

    ううん、と老人は背伸びをする。

    「明日もいっぱいネジを巻くんだ」

    そんな老人の呟きが海のかなたへ消える。

     

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  • 毒グモ

    二の腕に入れ墨を彫った。

    初めてなので、怖い気持ちもあり、
    比較的無難な場所を選んだのだ。


    派手な色のクモの入れ墨だった。
    熱帯に生息する毒グモなのだそうだ。

    こいつに噛まれると悲惨なことになる。
    三日三晩、踊り狂った挙句に死ぬという。

    無害なクモよりはいい。
    箔がつく。


    仲間のほとんどは入れ墨をしていた。

    トカゲとかサソリとか蛇とか蝶とか。
    みんな、それなりに決まっていた。

    クモの入れ墨をしている奴はいなかった。
    クモが好きな奴なんかいないのだろう。

    だが、他に適当な図案はなかった。


    彫る動機なんかいいかげんだった。
    仲間から軽く見られたくなかっただけだ。

    いろいろやばい薬も使ったことがある。
    危ない目付きも様になってきたと思う。

    だけど、まだまだ生き方に甘さがある。
    なんだかわけもわからず焦っていた。


    仲間から彫リ物師を紹介してもらった。

    老人だった。
    その眼は酒で濁っていた。

    腕がいいのか、そんなに痛くなかった。

    「こいつに呪いをかけておいたよ」

    濁った眼でいやらしく笑うのだった。
    ただの酔っ払いの戯言だと思った。


    それにしても、この毒グモは不気味だった。
    なんだか生きてるような気がするのだ。

    皮膚の上を少しずつ移動する。
    まるで本物の毒グモが這っているようだ。

    二の腕から、まず肩に移動した。
    肩から胸に移り、しばらく蠢いていた。

    さらに脇腹から背中にまわり、
    反対側の脇腹から臍の下まで這ってきた。

    通り道は疼くような感じがするのだった。

    やがて陰毛の茂みに隠れてしまった。
    こっちは疼いて疼いてしかたなかった。


    ある晩、名も知らぬ女を抱いた。

    女を抱くのはこれが初めてだった。
    そんなこと、仲間には絶対に言えない。

    入れ墨の通り道を女に教えてやった。
    女は笑っただけで、信じてくれなかった。

    でも通り道に沿って舌で舐めてくれた。


    翌朝、疼きが嘘のように消えていた。

    すぐ横で、女はまだ眠っていた。
    まだあどけなさの残る寝顔だった。

    妹くらいの年齢かもしれないと思った。

    「いいもん。死んでやるから」

    寝言だろうか。
    女は寝返りを打った。

    その白い背中に入れ墨があった。


    それは不気味な毒グモのように見えた。
     

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  • 動物病院

    2008/09/20

    愉快な話

    熊のぬいぐるみの具合が悪いので
    動物病院へ連れてゆくことにした。

    まちがっているけど、しかたないのだ。

    私は動物が好きなのだけれど

    私が住んでいる団地では、規則により
    犬猫を飼ってはいけないのである。

    それで犬猫のぬいぐるみを探したけれど
    なかなか良い犬猫のぬいぐるみがなくて

    気に入ったのは結局、熊のぬいぐるみ。

    すぐに買ってしまって、もう嬉しくて
    いつも寝るときに抱きしめて寝ている。

    なぜか抱いていると安心して眠れるのだ。


    ところが最近、この熊のぬいぐるみが
    一緒に寝るのを拒否するようになった。

    きっと精神的な病気に違いない。

    とすれば、仮に動物ではないとしても
    おもちゃ病院では治らないだろう。

    つまり、まあそういうわけなのだ。


    動物病院を訪れるのは初めてだった。

    しばらく私たちは待合室で待たされた。

    意外にも本物の動物の患者は少なくて
    杖を突いた老犬が一匹いるだけだった。

    狐によく似た顔の人間の患者もいた。

    ぬいぐるみの患者も多かった。
    ライオン、ワニ、キリン、それに毛虫。

    かれらに付き添いはいないようだ。

    高そうな陶器の犬までおすわりしていた。

    私は内心、ホッとした。
    笑われたらどうしようか、心配だったのだ。


    驚いたことに、ナースは羊だった。

    キャップというのか、髪飾りというのか
    あのナースのマークを頭にのせている。

    白衣は着ていないが、羊毛は白っぽい。

    さらに驚いたことに、医者は牛だった。

    それらしい白衣を首のあたりに巻きつけ、
    聴診器を鼻の穴からぶら下げている。

    よだれをダラダラ垂らしながら
    しきりに尻尾を振ってハエを追い払う。

    「どうしたのかね?」

    よかった。人の言葉を話せる牛で。
    さすが医者だわ、と私は感心した。

    「クマちゃん。先生にお話しなさい」

    私は熊のぬいぐるみの頭を撫でてやる。

    「怖くないわよ。草食だからね」

    それでも、なかなか話し出そうとしない。
    ぬいぐるみのくせに人見知りするのだ。

    「クマちゃん。どうしたの?」
    「・・・・・・べつに話すことなんかないよ」

    困ってしまう。反抗期かもしれない。

    しかたないので、私が病状を説明した。

    口にするのが恥ずかしいようなことも
    正直に話さなければいけなかった。

    そういう意味では、相手が牛でよかった。

    「・・・・・・なるほど」

    牛の医者は大きくうなずいた。

    なんて、偉そうなんだろう、と私は思った。

    「つまり、これは倦怠期ですな」
    「まさか!」

    私は信じられなかった。

    牛の医者はますます偉そうに首を振る。

    「他の可能性は考えられませんな」

    突然、目の前が真っ暗になった。

    「暴れないでください。落ち着いて」

    それは羊のナースの声だった。

    背後にこっそり立っていた羊のナースが
    私の頭になにかをかぶせたのだ。

    さらに、あれこれ理不尽な指示をする。

    ようやく目の前が明るくなった。

    羊のナースが手鏡を差し出す。

    「パンダの着ぐるみです」

    手鏡に映る私はパンダの姿であった。

    つまり、私は羊のナースの前脚で

    パンダのぬいぐるみのようなものを
    乱暴に着せられたのだ。

    「どうですか?」

    牛の医者がまじめな顔で質問する。

    「どうですか、と言われても・・・・・・」
    「なかなか似合うよ」

    その明るい声は熊のぬいぐるみだった。

    「・・・・・・そう?」
    「うん。かわいいよ」

    私は嬉しくなってしまった。

    なんだ。こんなに簡単なことだったんだ。

    「でも・・・・・・」
    「なあに?」

    頭をかく、熊のぬいぐるみ。

    「ぼく、パンダより、ウサギがいいな」
     

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