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2025/02/09
精神→精神 この二駅しかない
(人間で)是非が決まらない、⋯是は、肯定。非は、あらず
決めている…としても決めているという心にはあまり何もない
⋯悪いやつに負ける
それよりも、言いたいのはこのヒヤッとする怪談話のような霊園への入り口である!という事である。
入り口は、言い換えれば仏界に許された唯一つの霊界これは、つまり仏界である!! 月の裏の向こうへ旅立たされる、なにもない冥界を魂で塗り替えることなのだから!
仏閣の神格値と力の共通が許される、安心の一時。
動物も休む。意志を聞き取り安心している。
人間の能力の向上も学説に叶っている。
瞑想法は満月になされる。
海は、その収穫を喜び祝っている。とこう唄う。祝いは忙しいのである、と読誦。
同じ力が何一つとないと知る時、力は発揮出来るようになる。
・これってせいしん
・今、自分の肉体を比べてみる⋯思う悪いことばが何も言っておらず、その正しい姿を見るときに自分にたいして力がないとわかる。
ことばない⋯10回、20回、覚える!
めっちゃ他家の空気とか掴む、それをめっちゃ怒ってる。判断はそれが“平気”かを境とする。これで不安ないし、以後の状態は心配しなくて良い。
①
私の前、は、その「お化け」こっきりの現実がある。国⋯、家が何か自分の知識では、人間という社会性、「わたし」を育てる始めと、“友達の家”にしても神様のようにとても楽しみに思う。それを、大切な壁にしない⋯国は覚えない。
②
「誰か」、意識や気配がする。お上さんだったらそれなりに心の丈があるから、会得がある、
「上」は、紙に上と書き、一貫して見えないことの次第だが心と比較し、だまし絵や動くように見える平絵のように、字を思いながら試してみる。⋯と?
目指すは、完全孤立した仙山である。森も大仙であり、実家もその一つの木々であり、私はリスで、仙山であり、仙人とは、木の実を拾い食を設け、楽しい生き方をするのだよ、とやっと伝えることの出来る時期である。霊性的にも想像はばっちり「調和」だ。
単に悪いやつとたたかうことになる、悪いやつとたたかう中に凄い無理感と果てしない虚脱感。お腹と背中がべたんこになったみたいに感情は壊れていて、自意識の帷の時間がつづいた。それを、理性的に考える。何故か直ぐに忘れることの出来るそれらは、寝たら直ることを知る南無阿弥陀仏に似ている。
私の目的は身体性に生きること。身体は、気を含むことを前提。
そうしないことを5年間休みなく続けさせられ、自分にたいする責任感や徳で平然なキブンを補ってる。
今のままでは本当に良くない。
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