淑白

絵画

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  • まだ待ってる人のこと






    自分が、十数年けて描いたデッサンを何かの間違いで捨てて、もう絶対に覚えていなくて哀しんで、我慢して、ふんぎって前向きに計画(絵画の)を急いで実行する。が、気持ちが、ナーバスで、気も切れ切れであるし、どうしよう。


    実際、たいしてかわいくないから、無で、無だったら「あんなに可愛かったやないか」と中年でDVを受けることになることを

    豚どもは、ひぃひぃ笑うだろう。
    君は心が賢いんだよね、
    私の自傷を救うてくれる。が、私は笑ってみるだけで。崩れてしまいます。

    良い友、

    世界に二人だけしかいない時間と、
    人や人々に囲まれる時間がある。

    東大阪の友達や伯父友達から、

    私がいつも黙っていたのは、何か人には隠しちゃう人が背後におる。

    わ、私の冷や汗はこれのことです!

    友は手を伸ばしてくれる

    色んな人や、時間を悉く取られて来たので

    私は相当恨んでいる。

    昨日は名前を聞いた。

    今日は。明日は。

    布施から帰った。
    人間じゃないと云われた。 

    亡霊に連れさられた半生を

    哀しい。

    四天王寺さんに拝んで頂いた。

    闇のともだち だ。大阪に住まう相談

    わたし、高さいらん思てん、それはな、わりかしここという世界とかずっと使うおもうんやんか、

    「イキる」とかなしで、

    そうすると地球が寂しなるのが目に見えてるし、寿命も伸びる

    これが自分だとか、わりかし無いんやったら水みたいに自由自在で。

    せやからあんまり怒ったりせーへんねん。

    ジブンノ高さを貫くんじゃなくて、

    より自分になる方法やねん。

    憎しみが、まず敵なんですな。

    憎しみを、炎のさなかで、何が哀しいだとか、つらつら書く勇気と
    たたかう心

    恥じらいも抜けていく

    これがほんまの根性焼き

    では憎しむことを、なんとなくしなかった、感情を開いても、水平線になってみても、何も変わらなかった。邪魔だ。

    私は有限で、限りのあることを無限とは言わなかったし、伝わってるかわからないけど、彼は何で自分のがたがたな文脈が
    フィクションが
    真実としか言わないんだろう。それを芸術って、

    何かにショックを受けるのは心やん、
    心のないフィクション?
    どういうこと?

    今になって憎しみなんて関係あるのか?
    っておもったけど、大澤さん(大学時代の同級)を憎しみの感情を持つ、事が、まっとうする愛なのか。って生きる事が、なかなか出来なかったから、正しい答えではないです。

    まっすぐに思ってるだけで、思ってるだけなんだけども、
    大澤さんを今恋として好きではないし、何で愛されるのかわからない。という中で考えてみると、
    文脈のノリであれやこれや想像しそうだが、
    (大澤さんは)愛す事が、出来ない人だった。人ってめっちゃ正しいから、
    生きていたら?生きていても同じか出会ってない

    出会ってなくても、
    言葉のあやを置いといて
    死んでても
    愛って、あったから責任があって、
    あったことってもう過去
    でもある限り続いてるんやと思う。

    蝶、誰でも心地よい。
    大澤さんは空を飛ばないし、
    私を好きだ、恋をしているのも今や嘘だとわかるので
    本人は「恋にやぶれた」と言うが、
    優しさを表現してあげれば

    よかったとか、やっぱりよくわからない。

    時間とか限りがあるなら、いじめられて這い出して存在が自分の中にもうないから、その時にちゃんと私は恋をしていたんやと思う。それを他人がいつも破壊する。

    大澤さんも、誰も何も言わない。

    結局皆適当に形を付けて、人で遊んでる時点で、私も何も言わない。人よりも上なら強くなったような気がする止まりで、狂ってる。

    優しさを、愚かさが覆い被さった古代日本のゆくえ、今も、今はどうするのだ? と大国主。

    死を耐える人に生きてる人が優しく出来ない。手が短い。

    空がわからず、空に見下げられても気付かない鈍感なオトナたち。

    人に貶されると、関わりの無いものだと思うけど、

    過ぎ去る日々を祈るばかり。

    もう相手にならない。

    大人の逆襲。


    知らん人(私)に決めさせる

    言いたい言葉を述べさせ、聞き、

    「さようなら、去るな。」を丁寧に言う

    中国のおっさんたち

    水がなくなったこと、を

    あれは円環であるから、自分にむけられている。反省をすれば大丈夫だし、あるとこにはある。

    目に水をためすぎている私。
    客観もあるが思惑は仕方の無いことばかりで、暗闇や、暗闇やと思うと休まる心。答えもあるし、家もある。
    我慢していた涙を、話したい人もいる。時々溢れたいのだが、我慢し過ぎて怖がる人ばかり。

    「それなら私たちが、誼であるから」と中国のおっさん

    わたしたちに頼るのではなく、もっと一人一人かタイマンであってほしい。

    【書評】「週刊読書人」7/23号に、ベッティーナ・シュタングネト『エルサレム〈以前〉のアイヒマン』https://t.co/Ao1VRiA8Irが紹介されています(評・橋爪大輝さん)。「全体主義国家の過去に向き合う姿勢を問うという点では、この国の過去と現在を考えるうえでも大いに参照すべき点がある。」



    自分は書いての通り結構難しいやつなので、色んな事には耐えれる。






    またご縁があれば、お話をしましょう。



    誰が、誰を、を

    「あなた」 「私」に言い変えるのにひと手間がかかるんだよ。















































     

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