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文学・文芸 > 詩
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Comment恋愛の足音、恋愛の上着
宮尾節子
耳を澄ませると
建仁寺の裏にあった
今田幸一アパートの二階に
あがってくる足音の(靴下を履いている白だ)
トントントンが聞こえてくる
恋愛の足音だ。
トントント、ンと口まねをする
恋愛の足音につながる
あの足音が扉を開けて、わたしを抱きにくるのが
どんなにワクワクしたか
開けるな、音のままで居ろ。
と願ったので、まだ音のままで居る恋愛の。
置いて行った上着も、あった。
頬にあてると、恋愛の匂いがした。
恋愛の上着だった。
ああ、ここにからだが入っていたと
思うと、
どんなに胸がきゅんっとなったか
恋愛の上着に
このままで、と願わなかったので
上着もひとも、いなくなって
トントントンと
今田幸一アパートの階段あがる
足音だけが
(今が一番幸せだ、
みたいな名前のアパートで)
袋とじのように、今もわたしの耳に恋愛をあげる。