中鉢正人

グラフィックデザイナー

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中鉢正人

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    Works 85
  • 新作です

    2010/01/31

    お知らせ

    mbc新作です

    http://www.youtube.com/watch?v=ERAGzq1rXQI

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    2010/01/19

    作品更新

    新曲です

    that is why I do it

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  • 5つの鍵 〜その2〜

    5つの鍵」 〜その2〜


    『え〜、今宵はクリスマスイブに結婚する

    ロマンチックなお二人に捧げます。

    聴いて下さい

    Fly me to the moon』



    僕はそう2人に告げるとソロギターを弾き始めた。



    大学時代からの同級生が

    12/24に結婚式をあげた。

    クリスマスイブにやるなんて迷惑きわまりないが

    彼らしいっちゃ彼らしい。

    「ミュージシャンなんて辞めて、さっさと就職しろ!」

    が彼が僕に言う口癖だった。

    大学時代一緒にバンドを組んでいた彼はボーカル担当。

    同性から見ても顔がカッコいい彼はモテまくりの人生だ。

    大学を共に卒業して、

    これから一緒にバンド頑張るぞーってな時に

    彼はバンドを抜けた。

    将来の不安からだろうか、親から言われたのか、

    はたまた当時の彼女から辞めろと言われたのか、

    真相は未だに謎だが、

    器用な彼は広告代理店にサラッと就職した。


    そこから僕は一人でギターを弾き続けた。

    ジャズに元々興味があり、

    必死に勉強して、

    バイトと掛け持ちしながら始めたジャズギターも

    今では細々ながらリーダーバンドとしての収入、

    ラジオのジングル演奏といった単発の収入、

    トラックメイカーにギタリストとして参加するなど、

    徐々にではあるけど、音楽の収入も増えてきた。

    ギター以外に色々やればいいのだけど、

    僕にはギターしかない。

    そう思っていた。

    当時付き合っていた彼女にも

    3年前愛想をつかれ、

    今では独り身にも慣れたものだ。



    しかし

    ボーカルの彼との友情は持続していた。

    改めて

    男の友情って不思議だ。

    当時からボーカルの彼は

    とっかえひっかえ彼女を変えては

    僕の演奏するジャズバーに女性を連れてきていた。

    毎週彼女が違うときもあったな。

    「おいおい、僕のギター聴いてる?」

    なんて声をかけたくなるときもあったっけ。


    そんな彼が少し落ち着いたのが3年前。

    よっぽど綺麗な彼女を見つけたらしい。

    僕の演奏するジャズバーにも

    1度来た事があったっけ。

    彼女が僕の事を

    「あのギタリスト素敵」

    と言っていたらしく

    本気で僕に嫉妬していた思い出がある。

    確かに綺麗な女性だった。

    僕は覚えている。

    ショートカットで、

    細くて、

    笑顔が素敵な女性だった。

    彼を見つめる瞳に

    僕のほうこそ

    嫉妬していた事を思い出す。



    ところが月日が経てば彼の浮気癖は復活。

    残業と言っては朝まで遊んで、

    チョイチョイ他の娘をつまみ食いをしていたようだ。

    あんな綺麗な彼女が居るのに。

    あー、もったいない。



    でも

    彼女も彼女で

    仕事を中心に生活を据えていたらしく

    バリバリのキャリアウーマンとの事だった。

    若いのに部下もいるらしい。

    彼の勤める広告代理店の

    クライアントが彼女の会社という訳だ。



    ところが去年

    彼の浮気性が火種を生み

    ついには

    浮気相手が妊娠したとの事で

    彼も腹をくくったらしい。

    あの綺麗な彼女と別れて

    別の女性と結婚するらしい。


    そんな中、

    彼が身の回りを整理するという事で

    彼のマンションの大掃除に付き合わされた。

    彼の部屋から出てくる出てくる浮気発見の種。

    段ボール6箱ほどになる今までの女性武勇伝。

    そんな中、オシャレなアンティークの鍵を発見した。

    なんだか様々な形で、

    合計6つある。

    「なにこれ?」

    僕は彼に聞いた。

    「これ?

    アンティークの鍵なんだよね。

    チョーカー(首飾り)にしてもいいし、

    ほら女性を口説く時にさ、

    お前も使いなよ」


    「どうやって?」


    ギターだけに没頭して

    女性と話す事すら少なくなった僕は興味津々だ。

    「ほら、例えばさ

    こう鍵を6つ置いてさ

    これは貴方の鍵です。

    左から 3年前に戻れる鍵、

    次に 3年後に行ける鍵、

    次に 綺麗になる鍵、

    次に お金持ちになる鍵、

    次に 好きな人を振り向かせる鍵、

    最後は 貴方が僕を好きになる鍵です。


    なーんて言ってみろよ

    女はロマンチックな言葉に弱いんだぜ。」


    彼は得意げに

    僕にこう話した。

    まぁ、確かに彼くらいカッコ良ければ

    女性は心奪われるかもしれないけど、

    僕には無理だな。

    第一、そんなキザな言葉で

    女性が落ちるとは思えない。


    とはいいつつも

    わずかな期待を込め

    僕は

    ギターケースに鍵を6つ投げ込んだ。

    まぁ、もらいもんだし

    革ひもを買ってチョーカーにでもしよう。

    そう気軽に感じていた。


    そして

    あっという間に彼の結婚式の日はやってきた。

    鍵の事もすっかり忘れていた。




    結婚式では

    彼(と妊娠している新婦に)

    ソロギターで

    Fly me to the moonを捧げた。

    クリスマスイブにはちょうど良いスタンダードナンバーだ。



    肝心の彼は

    ほとんど聴いておらず

    妊娠中の新婦を気遣っていた。

    あの様子だと恐妻家になりそうだな。

    彼にはちょうど良いかもしれない。


    新郎新婦の親族より

    程よい拍手を頂いて、

    僕は会場を後にした、

    普段ジャズギターを聴かない人にとっちゃ

    カラオケでコブクロを歌った方がよっぽどよいのだろうが

    残念ながら僕には歌唱力はゼロだ。

    ジャズは伝わる人だけに伝わればいい。

    続いて自転車で向かった先は

    国分町にあるジャズバーだ。

    そこで深夜まで演奏の仕事があるのだ。

    ところが会場に到着すると

    今日は10時までで演奏はいいらしい。

    キャリアの長い先輩達が後ろに控えている。

    しかし先輩方は

    キャリアだけでない「何か」を持っている。

    ハートがある演奏する。

    いつだってそうだ、

    リアルジャズの現場は群雄割拠だ。

    巧けりゃいいってもんでもないし、

    年とってりゃいいってもんでもない、

    生き残るのは戦争だ。


    必死で挑んだ演奏も

    惨敗の結果。

    「バイバイ、ボーヤ」

    とピアニストのジャックに言われ

    いつもの半分のギャラを握りしめ

    ジャズバーを後にした。



    ちくしょう。


    ハートが込められた演奏ってどうすりゃいいんだ?


    練習しかないのかな。



    そればかり考えていた。



    一人悩みながら

    広瀬通を渡った時

    僕はForstaを思い出した。


    そうだ、1杯呑んで帰ろう。

    こんな日は酔っぱらうに限る。


    僕は自転車を停め、

    やたら重い自転車のチェーン(大掃除の際に彼からもらった)

    を掛けて、コートの雪をほろい

    心地よい木目のドアを開けた。

    すると中にはお客さんが数人。


    あー、安心する。


    僕はウイスキーを呑む事にした。

    カウンターで楽しく談笑し、

    ギターを取り出して、

    いい気分で演奏していると、

    どこかで見た事のある女性が来店してきた。


    「いらっしゃいませ」

    いつも通りの玉ちゃん(スタッフ)の抜ける声。


    女性は少々疲れているようだ。


    すると

    Forstaの女社長えっちゃんが

    間髪入れず優しい声をかける


    「ランチでたまにいらっしゃる方ですよね?

    お仕事終わりですか?お疲れさまです。」


    心地よい声のトーン。

    見事な記憶力。

    気が利くってこういうことなのだろうな

    と僕は思った。



    静かに

    カウンタに腰をかける女性。

    やはり見覚えがある。


    誰だっけ。


    うーん。わからない。




    時折、天井を見上げてはゆっくりとビールを飲む彼女。

    なんだか

    バーに行き慣れているキャリアウーマンって感じだ。





    しかし、とても綺麗な女性だ。

    彼女と話をしたいが

    キッカケがない。

    というか

    どう話しかけていいかすら分からない。


    以前会った事ありますよね?

    なんて僕の勘違いかもしれないし...


    そうこう悩んでいる時に

    あの鍵を思い出した。


    6つの鍵だ。


    よーしっ!

    あの話をキッカケに

    思い切って話しかけてみよう。

    キザな男でもいい、

    ここはForsta。

    オシャレなバーだ

    ロケーションはバッチリだ、

    当たって砕けろだ。


    僕は高まる緊張を抑えるため

    ウイスキを一気に呑み干した。

    意を決して、綺麗な彼女に近づいた。


    僕は

    カウンターへ鍵を「6つ」

    並べ始めた。

    コトン、

    コトンと。

    ひとつひとつ丁寧に

    高鳴る緊張を隠し

    落ち着いて

    静かに

    置いていった。



    続けて僕は綺麗な彼女に話した。


    「これは貴方の鍵です。

    左から 3年前に戻れる鍵、

    次に 3年後に行ける鍵、

    次に 綺麗になる鍵、

    次に お金持ちになる鍵、

    次に 好きな人を振り向かせる鍵、

    最後は 貴方が僕を好きになる鍵です。」



    よっしゃー上手く言えた。


    クスッと笑った彼女と

    一気に打ち解けて

    今度僕の演奏するジャズバーに誘うんだ!

    ひょっとしたら酔った勢い...

    なんてあるかも!





    しかし



    彼女は眉間にシワを寄せ


    「はっ!?」


    と僕に言い放った。






    負けた





    完全にバカな男だと思われている。

    こんな言い方なんかしないで

    普通に話しかけりゃよかった。



    彼女は真剣な顔で

    正面を見据えている。

    ビールを一気に呑み干して

    僕なんか無視して

    Forstaを後にするのだろう。


    そう思っていると

    彼女は僕にこう言い放った。



    「そうね、アナタには興味がないので、

    元彼を私に振り向かせて欲しいな。

    今日、元彼結婚するんですって。

    なので、この

    好きな人を振り向かせてくれる鍵

    を頂くわ。

    残りの5つはアナタにお返しします。」


    僕はその場から逃げたかった。

    すぐに家に帰って、安物の芋焼酎でも呑んで

    寝ときゃよかったんだ!



    ん?


    元彼が結婚?



    あっ!

    アイツの元彼女だ!


    僕はそこで初めて

    今日結婚した友人の

    元彼女だと認識した。


    以前アイツとジャズバーに来たときより

    疲れてそうにみえるが綺麗な人は綺麗だ。




    すると間もなく

    さっき一気呑みしたウイスキーが

    僕に襲いかかってきた。


    ふらついた足で自分の相棒(ギター)を

    コツンとしてしまい

    ギターが倒れてくる事に

    気がつかなかったのだ。




    すぐに彼女は

    「うしろ!ギター、倒れるっ!」

    と僕に声をかけた。




    僕が後ろを振り向くと

    ギターが倒れている途中だった。


    バイトを頑張って頑張って

    一生懸命貯めたお金で買ったジャズギター。

    Gibson ES-175というモデルだ。

    僕にはもったいないくらいの

    ビンテージモデル。



    今の僕には間違いなく財産だ。




    ギターにもしもの事があれば

    次の日から

    僕に仕事はなくなってしまう!



    「うわわわっ」


    僕は甲高い声をあげた。

    そんな声に

    冷静に恥ずかしがる

    自分に少々驚きながら

    ギターを救った。



    セーフ。


    とりあえずはセーフ。


    ふーっ

    ふと見上げると

    飽きれた彼女の表情。

    ダメだ。

    完全にカッコ悪い男だ。

    続けて彼女は僕にこう言い放つ。



    「ギター弾くんですか?」



    僕は思わず

    「えっ?」

    と声をもらす。

    僕はショックだった。

    2年前のあの時、

    彼女はヤツと僕の演奏を聴いていたのに

    綺麗な彼女は

    僕の事を覚えていない。

    それだけ心に響く演奏ができなかったってことだ。


    僕はその方が悔しくてたまらなかった。




    続いて彼女は僕にこう話した。


    「さっき

    元彼の心を振り向かせる鍵をもらったので

    今度、アナタのギターを聴きに

    元彼と一緒に遊びに行きます。

    なので、1曲弾いてもらえませんか?

    元彼はジャズが好きだったんです。

    もっぱら聴くほうでしたけど。

    元彼は特にジャズギターが好きで。

    そういえば今夜は満月ですね。

    Fly me to the moonなんか弾いてもらえません?」





    驚いた。


    さっき演奏したばかりじゃないか。



    新郎新婦

    そして

    その親族の目の前で

    ついさっき演奏したFly me to the moonは

    思ったように伝わらなかった。


    でも最近は

    それが当たり前のように通り過ぎる日々だった。



    ジャズって一部の人にしか伝わらないかも


    そういった

    疑心暗鬼の心が自分を浸食していたのかもしれない。




    違う。



    僕はジャズが好きで

    ジャズを奏でている。

    自分自身が楽しまないで

    相手に想いは伝わらない。



    僕はあのときを思い出す事にした。

    目の前の綺麗な彼女(当時は友達の彼女)に

    心奪われながらも、

    演奏すること自体が楽しくて仕方なかった。

    だから

    「あのギタリスト素敵」

    と音で覚えてもらっていたんだ。



    思い出そう。



    目をつむる僕に

    彼女は言う。

    「無理しないでいいですよ。どうせ、弾けないんでしょ?」



    ここで彼女に伝わらなかったら

    僕のギターはまだまだってことだ。


    「いえ...せっかくなんで精一杯弾きます。」


    僕は彼女にそう告げると

    深く深く

    深呼吸をして

    ゆっくりと

    Fly me to the moonを弾いた。













    僕は


    楽しく弾く事ができた。


    それだけだった。


    綺麗とか


    上手いとかでない感覚。


    僕は満足だった。


    そして彼女は僕を思い出しただろうか?




    すると

    彼女は深くため息をついて



    「これ元彼の電話番号です。

    彼は今頃

    結婚を取り止めて、

    私に振り向いているはずだから

    彼に電話して

    私をアナタの演奏するジャズバーに

    誘うよう言ってくれません?

    今度二人で見に行きますので。」


    と携帯電話番号の書いたコースタを僕に手渡した。






    惨敗だ。




    彼女に想いは伝わらなかった。



    また一から勉強だ。


    でも

    楽しく演奏することを思い出させてくれた

    彼女には心から感謝しよう。



    彼女はコートを羽織り

    Forstaを後にした。

    スタッフの玉ちゃんは

    クスクス笑って僕を見ている。

    えっちゃんも哀れみの表情で僕を見上げている。




    よし、

    コースターに書いてある

    携帯番号(っていうか僕の友達)

    に明日電話をして(あれ?アイツ携帯2台持ってたのかな?)

    こう伝えてやろう。


    「先日、お前の元彼女にForstaで会ったよ。

    疲れてるように見えたけど、やっぱ綺麗だったな。

    お前にゃもったいないよ。

    そして

    僕のギターは伝わらなかった。

    でも

    演奏する楽しさを思い出したんだ。

    そうそう、

    就職はまだしない。

    もう少し、

    あと少しだけ、

    演奏を続けてみるよ。」


    って伝えてやるんだ。




    そして余った鍵はバンドメンバーにあげよう。

    チョーカーにでも使ってもらおう。



    そう決めて僕はForstaをあとにした。

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  • 5つの鍵 〜その1〜

    5つの鍵


    残業が終わったのは夜10時過ぎだった。

    去年は彼氏と楽しく過ごしたクリスマス。

    今年は1人。

    でも、そう決めたのは私自身。

    今年のクリスマスイブに元彼が結婚する、

    という話を風の噂で聞いた。

    仙台は狭い。

    彼と別れた時だって、すぐに知れ渡ったっけ。

    あの日から私は仕事のことだけを考えて暮らして来た。

    晩翠通り沿いにある会社から、マンションのある上杉まで自転車で10分。

    毎日、会社と自宅の往復。

    確かに会社での私の責任は

    無駄に長いブーツのように重くなった。

    私の指示を仰ぐ部下も当然増えた。

    同時に

    眉間のしわも確実に増えた。

    そんな私が綺麗なはずがない。

    栄養ドリンクとコンビニ弁当でごまかされた身体だって

    もう誰にも見せられない。

    ため息まじりでセキュリティを閉め

    会社をでて自転車の駐輪所に向かおうとすると

    アーケードには恋人があふれていた。

    なんだかアーケードがロールケーキに見えた。

    そうか、気付けば今夜はクリスマスイブだった。

    去年は楽しく過ごしたクリスマスイブ。

    まさか今年は

    元彼の結婚記念日になるとは夢にも思わなかった。

    自宅に向け自転車を走らせようとした時

    左手に温かな光を放つお店が目につく。

    そうだ、たまにランチを食べにいくお店だ。

    スペルはForsta。フォスタ?ファシュタ?

    はっきり覚えていない。

    そういえば夜はバーになっているって言ってたな。

    今まで気にもしなかった自分に改めて驚く。

    よし、明日は金曜で締め切りの近い仕事も

    デスクにたまっているけど、

    一人でバーに行ってみよう。

    なぜかそう私を思わせた。


    一人でバーなんて行った事ないのに。


    私は自転車を停め、やたら重い自転車のチェーン(元彼の)を掛けて、

    コートの雪をほろい

    心地よい木目のドアを開けた。

    すると中にはお客さんが数人。

    常連さんらしき人がカウンターの男性店員と談笑している。

    男性店員の後ろでは

    ランチでよく見る女性の店員さんが

    鍋の様子を笑顔で伺っている。

    いい匂い。

    カレーだろうか。

    男性店員が私に気付くと

    「いらっしゃいませ」

    と声をかける。

    今の私には

    男性店員の視線すら痛かった。


    来なきゃよかったかな


    すると

    後ろの女性店員さんが

    後悔する私に優しく声をかける。

    「ランチでたまにいらっしゃる方ですよね?

    お仕事終わりですか?お疲れさまです。」


    心地よい声のトーンだ。

    幾人ものお客が行き来するバー。

    疲れた私が見透かされているようで

    優しすぎる言葉だった。


    「あっ、ビールをください」


    これが今の私に言える精一杯の言葉だった。



    目の前で綺麗に注がれていくビール。

    スピーカから流れる心地よいジャズ。

    周りには楽しそうに見つめ合う恋人達。


    私が1年前置きっぱなしにしてきた時間だった。

    私が元彼と一緒においてきた時間だった。


    私はこの1年

    何をしてきたんだろう?

    何を見てきたんだろう?

    過去に戻りたい?

    彼と別れなければ良かった?



    ビールを飲みながら

    私はそんなことを考えていた。



    緊張して気付かなかったが

    カウンターの奥には

    一人の男性が座っていた。

    細身のパンツに、派手なシャツ、

    今流行の黒ブチ眼鏡をかけて、

    髪はボサボサ。

    横にはなぜかギターが立てかけてある。

    ミュージシャンだろうか。

    顔は見た事ないので有名人ではなさそうだ。

    しかし、常連さんのようだ。

    男性店員とも女性店員とも楽しく談笑している。

    そもそも顔も好みじゃないし

    全く興味がわかない。

    というより

    恋より仕事を優先し

    疲れきった私に今更恋愛にエネルギーは注げなかった。






    ビールを半分くらい飲んだ私に

    彼は

    カウンターへ鍵を「6つ」

    並べ始めた。

    鍵をコトン、コトンと。

    ひとつひとつ丁寧に

    そして

    静かに置いてく彼。

    よく見ると形もバラバラで、

    全てアンティークの鍵に見えた。

    カウンターの素敵なライトに反射して

    6つとも、とてもかわいらしく見えた。




    「これは貴方の鍵です。

    左から 3年前に戻れる鍵、

    次に 3年後に行ける鍵、

    次に 綺麗になる鍵、

    次に お金持ちになる鍵、

    次に 好きな人を振り向かせる鍵、

    最後は 貴方が僕を好きになる鍵です。」




    「はっ!?」



    私はこの目の前に居るボサボサ頭の男性に飽きれた。


    初めて会ったのに、なんて失礼な。

    新手のナンパなのかな。


    仕事で疲れきった私をナンパするなんて

    もの好きな男性もいたもんだ。

    ひょっとしてクリスマスイブに

    一人でバーで飲んでいる

    私が可哀想で仕方なくて

    暇つぶしに私に話しかけているのかも。


    無視しようとしたけど

    ビールは半分以上残っている。

    しばらく黙っていたが、

    仕方なく答える事にした。


    仕事でもミスをしない私。


    答えるならキチンと答えよう。

    鍵の質問に答えた後に

    アナタに興味がないこと



    このビールを飲んだら帰る事も。




    私は鍵をひとつづつゆっくりと眺めながら考えた。

    まず、

    3年後に行く鍵。

    3年後に行ったって年を重ねるだけだ。

    なので3年後はパス。

    次、

    3年前は元彼と出会った年。

    あの頃からやりなおして、

    素直で、料理もできて

    元彼の大好きな彼女を演じていれば結婚できたかもしれない。


    綺麗になるのもいいな。

    綺麗になって元彼の前に現れてやろうか。

    元彼は私の勤める会社のお得意さんだ。

    年が明けた2010年早々に驚かせてやろうか。


    それにお金も当然いいけど、

    今は愛情が欲しい。



    やっぱり

    元彼が私に振り向く鍵がいいな。

    仕事中心の私のライフスタイルを理解してもらおう。

    夫婦共に仕事を頑張る結婚生活を理解してもらいたい。

    子どもなんて10年はいらない。そう理解してもらう鍵がいいかも。


    鍵を決めた私は

    男性にこう答えた。

    「そうね、アナタには興味がないので、

    元彼を私に振り向かせて欲しいな。

    今日、元彼結婚するんですって。

    なのでこの鍵を頂くわ。

    残りの5つはアナタにお返しします。」


    目の前の彼は

    明らかに戸惑っていた。







    勝った






    仕事でもミスのない私。

    こんなベタなナンパにひっかかる訳がない。

    ふっと彼の後ろを見ると

    彼の失意とともに、

    横に置いてあるギターまで倒れそうだった。

    違う。

    ギターが本当に倒れてしまう途中だった。


    「うしろ!ギター、倒れるっ!」

    私は思わず大きな声をあげた。

    安いギターかもしれないのに。

    ギターなんかナンパ用の小道具かもしれないのに。


    彼は

    「うわっ!」

    と叫ぶと間一髪でギターを拾い上げた。

    とてもホッとした顔をしている。

    するとなんだか彼がとても滑稽に見えてきた。

    目の前の男性は

    普段勤める私の会社の部下とまるで同じだ。

    それに加え

    ナンパは失敗するは、

    ギターは倒れそうだわ。

    いいところがひとつもない。



    待って、

    ひょっとして

    そもそもギターなんて弾けないのかも。





    「ギター弾くんですか?」


    少々見下した言い方で私は彼に質問した。


    「え?」

    彼は更に戸惑っている。


    やっぱり。



    このギターはナンパ用小道具なんだ。

    カッコ悪い。

    男なんてそんなもんだ。


    私は更に続けた。


    「さっき元彼の心を振り向かせる鍵をもらったので

    今度、

    アナタのギターを聴きに

    元彼と一緒に遊びに行きます。

    なので、1曲弾いてもらえませんか?

    元彼はジャズが好きだったんです。

    もっぱら聴くほうでしたけど。

    元彼は特にジャズギターが好きで。

    そういえば今夜は満月ですね。

    Fly me to the moonなんか弾いてもらえません?」



    目の前の彼はもはや顔面蒼白だった。

    カウンタに置いてある綺麗なキャンドルと同じくらい

    彼の顔は青ざめて見えた。

    温かな炎が唯一彼の顔面に血を巡らせているような感じがした。




    少し言い過ぎたか。



    名も知らぬ男性のナンパを断ったあげく

    ジャズギターまで要求するなんて。



    仕事でもそう。

    ミスをした部下をとことん叱ってしまう。

    私の悪いクセだ。





    しかし彼は

    「...わかりました」

    こう答えた。


    「無理しないでいいですよ。どうせ、弾けないんでしょ?」

    私は更に追い打ちをかけてしまう。

    「冗談ですよ」と笑って言えるような性格なら

    元彼とも別れずにすんだのかも。



    「いえ...せっかくなんで精一杯弾きます。」


    彼はこう答えると

    深く深く

    深呼吸をして

    ゆっくりと

    Fly me to the moonを弾きだした。








    ...私は驚いた。

    甘く流れるその旋律に。

    そして彼のギターの指板を見つめる眼差しに。



    「ミュージシャンはずるい。」


    元彼とジャズバーに行った時もそうだ。

    演奏するミュージシャンがとても素敵に感じた。

    元彼は当時仕事が忙しく、

    朝帰りする日も度々あった。

    たまに会う日でもどちらかのマンションに直行。

    お互い仕事中心の関係で、

    元彼に勧められて聴きだしたジャズ。

    元彼は一人でジャズバーに行く事もあったらしい。

    やきもちをやかせたくて

    「あのギタリスト素敵」

    なんて言ってみたこともあったっけ。

    今は思い出に過ぎないけど。


    私は

    彼のギターをもっと聴きたくなった。



    そしてビールを置いてあったコースタに

    自分の携帯番号を書いて

    彼に手渡した。


    「これ元彼の電話番号です。

    彼は今頃

    結婚を取り止めて、

    私に振り向いているはずだから

    彼に電話して

    私をアナタの演奏するジャズバーに

    誘うよう言ってくれません?

    今度二人で見に行きますので。」


    そうして鍵をひとつ手にして

    私はForstaを後にした。


    彼の前には

    散らばった5つの鍵と

    私の携帯番号が書かれたコースタ。




    ギターに恋をしたのか、

    彼に恋をしたのか、

    彼から電話が着た時に

    確かめる事にしよう。








    5つの鍵  〜その1〜  


    おわり

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