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◇ イギリスの田舎町ノーザンプトンにある老舗紳士靴メーカー『プライス社』。突然の父の訃報により、跡取りとして倒産寸前の『プライス社』を急遽、継ぐ事となったチャーリー・プライス(ジョエル・エドガートン)。優柔不断でどこか頼りないチャーリーは社員を束ねて会社を立て直すような器量ではなく、もはや四代続いた『プライス社』の経営存続は風前の灯火となっていた。すっかり自信喪失したチャーリーだったが、解雇されたローレン(サラ=ジェーン・ボッツ)の一言とひょんなことで知り合ったドラッグ・クイーンのローラ(キウェテル・イジョフォー)との出会いをキッカケに一念発起。ニッチ市場、つまりは特定のニーズを持つ小規模な市場開拓に狙いを定め、保守的な熟練職人たちとぶつかりながらも、一致団結して奮闘する模様を情緒豊かに描いた英国産ハートフル・コメディ。登場人物のそれぞれが胸に抱えた心の弱さを克服しながら、少しづつ苦難を乗り越えていく姿に誰もが元気を貰える一本。
事実は小説よりも奇なり
今からおよそ190年ほど前、イギリスの詩人バイロンはこう言った。「事実は小説よりも奇なり」と。なるほど、確かに現実世界で起きることは、人が頭で考えて創りだした世界よりもずっと複雑で面白味があったりもする。しかし映画というカテゴリーの中では、ほとんどの場合が監督や脚本家の頭の中で創りあげられた世界と言っても過言ではなく、我々観客は実在しない登場人物に感情移入し、ありもしない筋書きに一喜一憂するもの。それでは、映画は現実を超えられないのか?勿論、答えはノー。頭が三つもある翼竜が火を噴いたり、魔法の力を手に入れた少年が世界を救うようなお伽話は観ていてとても楽しいし、レーザービーム飛び交う宇宙戦争やピンチの時に必ず現れてくれるスーパーヒーローだって最高だ。故にバイロンの言葉が全てとも思えない。
そんな否定も肯定もできない難題は各々に委ねるとして、それならば実話を基にした映画を観ようではないかという提案をここに。事実に勝る物はなしと言うべきか「この物語は実話に基づいています」のコピーひとつでその作品の放つメッセージ性や説得力が格段と増し、スクリーンと観客の距離がグッと近づくのも一つの真理。いくつかあるノンフィクションを謳った映画の中でも、特にお薦めしたいのが、この『キンキー・ブーツ』。ちょっぴり切ないけど、最後には笑顔になれること間違い無しの英国産ハートフル・コメディをご堪能あれ。
ドラッグ・クイーンとは、主に男性の同性愛者および両性愛者が派手な衣装と厚化粧で自分の中にある「理想の女性像」を演出したゲイによるサブカルチャーである。その単語自体には耳馴染みが薄いかもしれないが、奇抜な女装男性がバラエティ番組を席巻する昨今の日本に於いては決して物珍しい文化ではないはず。そんなドラッグ・クイーンの足元にマーケットの照準を絞ることで傾いた靴工場の経営を立て直すというのが物語の本筋なのだが、肝はもっと別にある。それは、誰しも心に弱さを抱えて生きているということ。そして、その弱さを抱えた人間同士が集えば互いの欠けているパーツを補い合えるということ。
突然の父親の訃報により、右も左もわからないまま靴工場を継ぐことになってしまったチャーリー・プライス。従業員からの信望もなかなか得られず、常に偉大な父親と比べられる自分の境遇に辟易する日々。一方、歯に衣着せぬ発言と大仰な態度で向うところ敵無しといった感じのローラとて同じ。「男らしさ」を求めボクシングを習うよう強要する父親との確執は、幼少の頃から性的倒錯に悩まされていたローラの心に今でも暗い影を落としていた。全く違う境遇にありながら、どこか似た者同士な二人。親や周囲の期待の目から逃げるようにして生きてきた二人の心が通い合うのも必然といえば必然か。ただ、お互いの傷を舐めあうことに終止せず、不器用ながらもそれぞれの心の闇を払拭しあっていくことに重きを置いているのがこの映画の良いところ。ドレスを着れば500人の前でも歌えるのにジーンズ姿だとまともに挨拶もできないローラをチャーリーが勇気づけ、「What Can I Do? (どうしたらいい?)」が口癖の気弱でどこか頼りない靴工場の跡取り息子チャーリーをローラが奮い立たせる。弱くない人間なんて何処にもいないけど、強くなれない人間だって何処にもいない。
誰にだって偏見はある。食わず嫌いならぬ観ず嫌いで手をださずにいる映画も数多い。この作品は観客動員数やら興行収入ランキングという言葉とは無縁なので、今頃レンタルショップの棚では大量入荷されたハリウッド大作を横目に肩身の狭い思いで陳列されているに違いない。キャストも日本人に馴染み深いスター揃いとは言い難いし、飲み会の席でこの映画の話題を振ってみても知る人ぞ知る程度の知名度なのかもしれない。そこで劇中のローラよろしく「偏見を捨ててちょうだい!」と声を大にして言わせて貰いたい。良い映画も悪い映画も言ってしまえば最終的には個人の趣味の問題だし、批評家らが手厳しくこき下ろした作品が自分にとっては十年に一本の傑作だなんてことも少なくない。この作品は、観客の評価と知名度が比例していないだけ。騙されたと思って試しに観てほしいという言い回しがあるが、ここは騙されないと思って観ていただきたい。きっと、ローラならこう続けるはず。「紳士に淑女、そして性別をどちらにするかまだ迷ってる皆様。秋の夜長には、この作品『キンキー・ブーツ』をお薦めします!」と。
第53回アカデミー主演男優賞を獲得したロバート・デ・ニーロによる究極の役作りとしても有名なこの作品は、批評家たちの間で「1980年代最高の映画」とうたわれるほど。かつては“怒れる牡牛”と呼ばれミドル級チャンピオンにまで昇り詰めながらも堕落していく実在のプロボクサー、ジェイク・ラモッタの半生をモノクロ映像で描いたこの傑作は先述したように主演のデ・ニーロの存在が痛いほどに光っている。鍛え上げられた肉体と時代に連れどんどん肥えていく体型、その差27キロ。人生の浮き沈みを体現するような徹底した役作りと鬼気迫る名演は、もはや役者魂などという言葉すら生温い。
1974年のロンドンで実際に起きたギルドフォード・パブ爆破テロ事件の容疑者として、冤罪で逮捕されたコンロン親子が無実を勝ち取るまでの戦いを描いた社会派ヒューマンドラマ。被害者であるジェリー・コンロンの追想記を基に製作され、ジェリー役をダニエル・デイ=ルイス、再審を求めたまま獄中死してしまった父親ジュゼッペをピート・ポスルスウェイトが好演し、翌年のアカデミー賞には7部門でノミネート。女性弁護士ピアース(エマ・トンプソン)の力を借りて、英国司法最大の闇に15年間を犠牲にして戦い抜いた父子の実話が胸に突き刺さる一本。
「この世界で最も美しい物を見せよう。何だかわかるか?」父親にこう訪ねられた幼き頃のチャーリーは、少しも迷うことなく「靴だよ」と答える。この台詞を裏付けるかのように、冒頭の靴が生産されゆくシーンはとても美しく、どこかワクワクさせられる。そして、革靴にプシューという機械のプレス音と共に刻印された『INSPIRED BY A TRUE STORY...(実話に基づく物語)』の文字に否が応にも期待せずにはいられない。「人生の挫折や苦悩を試行錯誤しながらも乗り越えていく」なんていかにもなテーマを押し付けがましくない演出と小気味好いストーリー展開で観る者を感動に誘ってくれる。このランキングでも第3位に置いておくには勿体ない、そんな隠れた名作。
一位に挙げた「レイジング・ブル」同様に実在するプロボクサーの自伝的映画であるこの作品は、これまた同様に役者による役作りが鮮烈な作品。違いは注目すべきが主人公のミッキー・ウォードを演じたマーク・ウォールバーグではなく、その兄のディッキーを演じたクリスチャン・ベールにあるところ。クリスチャン・ベールといえばバットマンの正体であるブルース・ウェイン役としての端正な容姿のイメージが強い役者だが、はじめこの映画を観たときには途中までクリスチャン・ベールと気づかなかったほど別人になりきった役作りに挑んでいる。コカイン中毒の元ボクサーを演じるにあたり不健康に痩せこけ、頭髪を自ら抜き、歯並びを変えるまでの徹底したこだわりに実在の人物を演じるうえでの覚悟や難しさのようなものを痛感させられる。この好演によりアカデミー賞やゴールデングローブ賞をはじめ、名だたる映画賞で助演男優賞を総嘗めにしたのも頷ける。・・・と、スポットライトをクリスチャン・ベールにばかりあててしまったが作品自体も無論◎。
名優ショーン・ペンが原作に惚れ込み、メガホンを握った実話に基づく青春ロードムービー。裕福な家庭で育ったクリストファー・マッカンドレス(エミール・ハーシュ)は両親や世の中のあらゆるモノに不満と疑問を抱いて生きていた。そこで一念発起した彼は、大学卒業を機に身分証も預金も全てを棄ててアレグザンダー・スーパートランプという新しい名前で一路、荒野へと向かう。ヒッチハイクや貨物列車に紛れ込みながら、ひたすらアラスカへと進む青年は旅の途中で様々な人々と出会い触れ合っていくことで何かしらを感じ取っていく。それでも、過剰な物質的世界から解放、そして“存在の真理”を追求するために敢えて孤独と飢餓に満ちた荒野へと身を投じていく姿は果敢なくも勇ましく、そして余りにも切ない。乗り捨てられたキャンピングカーの中にある彼の遺体をヘラジカ狩りの猟師が発見したのは死後二週間後。残された日記から綴られる無謀なまでに研ぎすまされた“若さ”が胸にドッシリとくる一本。
今回のレッスンは、俺にピッタリな台詞だゼ。
“I have a terrible habit of doing
the opposite of what people want.”
【私、人の期待を裏切るたちなの】
さぁ、リピート・アフター・ミー!
恥ずかしがらずに声をだして。
そうだ、そうだ。その調子。
あとはもう少しツンとした感じが出せれば100点だよ。
「あなた達の思い通りに動く私じゃないの!」
そんなニュアンスを心掛けてくれ。
オカマ口調で発音できたら、もはや言う事ないね。
そんなこんなで今回のレッスンはここまで。
ま、良くも悪くも期待を裏切るってのはハラハラさせる、ダロ?
文・イラスト:ゲンダ ヒロタカ 1980年、東京生まれ横浜育ち。専門学校でデザインを学んだ後、単身ロンドンへ留学。その後、映画好きが昂じて映写技師として映画館に勤務、現在はフリーライターとして活動中。