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◇ アメリカン・コミックスとして絶大な人気を誇る『バットマン』の実写映画版シリーズ
第6作目。バットマンことブルース・ウェイン(クリスチャン・ベール)は昔の恋人レイチェル・ドーズ(マギー・ギレンホール)に未だ思いを寄せていた。しかし彼女にはハービー・デント(アーロン・エッカート)という新たなパートナーの存在が。新任検事でありながら"光の騎士"と市民から慕われるデント。素顔で堂々と悪に立ち向かう彼の姿にウェインは"真"のヒーローを認め、バットマン家業から身を引くことを考える。
一方、悪の蔓延るゴッサム・シティーには史上最強にして最悪の敵ジョーカー(ヒース・レジャー)が現れ、街をより一層の「恐怖」と「混沌」に陥れようとしていた。彼の企てる犯罪と言う名のゲームにおびき寄せられるようにして絡み合う三人の運命。救いようのない残酷な結末へと物語は徐々に加速していく。
はじめてタイトルから「バットマン」の文字が外されたことからも、これまでのシリーズからの分岐を感じる作品。完成を待たずに28歳という若さで惜しくも急逝してしまったヒース・レジャー。彼の残した狂気に満ち溢れたジョーカーは、間違いなく映画史に残る名悪役となった。
アンチヒーローとしての最高傑作
「アナタの好きな映画はなんですか?」
そんな質問を投げかけられることが、たまにある。その度に僕は正直、困ってしまう。単純に好きな映画が沢山ありすぎて、どれをあげれば良いのか悩むってのもひとつにある。ましてや「この人、この作品知ってるかな・・?」とか「いやぁ、コレはおもしろいんだけどベタすぎてつまらない人間って思われちゃうかなぁ・・」なんて思考回路が横道に入りだしたら尚の事だ。では、質問を「アナタの好きな映画の登場人物は誰ですか?」に変えてみたとする。するとどうだろう、真っ先にひとつの名前を思い浮かぶ。
『ダークナイト』のジョーカー。
ヒール(悪役)であるキャラクターが主人公や作品そのものを喰ってしまうケースが稀にあり、代表的なところでいうと『スター・ウォーズ』のダース・ベイダーがまさにそれだ。主人公であるルーク・スカイウォーカーを遥かに凌ぐカリスマ性と圧倒的な存在感で作品のイメージをまるごと飲み込み、長らくアンチヒーローの象徴としての座をつとめてきた。しかし、その特等席に何喰わぬ顔で腰をかけようとする男がいる。悪趣味な紫のスーツに、白塗りの顔と笑うように裂けた口。アメコミから飛び出してきた史上最狂の悪党、その名もジョーカー。
別にジョーカーとダース・ベイダーの優劣をつけるつもりは毛頭ない。どちらもそれぞれの"悪"としての魅力があるし、あとは個人の趣味だと思う。しかしながら、これまでの全てのヒールと比較してみてもジョーカーには決定的な違いがあり、その決定的な違いこそが僕を惹き付けてやまない。では、その決定的な違いとは何かー。
それは、彼が一寸の隙間もない純然たる"悪"だということだ。
ジョーカーにとっての犯罪とは享楽のためであり、退屈凌ぎにすぎない。最高の好敵手にあたるバットマンですら彼にとっては玩具であり、地位や金にも執着していない。唯一の目的らしい目的といえば「誰しもが心の奥底は醜いもの」ということを世の中に証明したいくらいだろうか。そのスタンスに混じりっけのない純度100%の"悪"を感じ、身震いをおぼえる。オレンジジュースで言うなら、そこいらの悪党はドリンクバーに陳列された果汁30パーセントにも満たないヤツであり、グラスの底に果肉がどっぷり沈殿しちゃってるようなフロリダ産100%絞りたて濃厚のヤツこそがジョーカーだ。
純然たる"悪"を最も痛感したのは、次にある。「この口の傷の物語を?」劇中、ジョーカーはこの台詞を幾度となく口にする。そして、自身の口が醜く裂けてしまった理由を吐露しはじめるのだ。そもそもヒールのキャラクターには哀しい過去がつきまとっているケースがよくあり、それ故に悪に染まったというパターンは少なくない(ダース・ベイダーも然り)。嗚呼、ジョーカーもまた御多分に洩れずか、と少しガッカリにも似た感情が支配する。しかし、だ。話すごとに内容の変わる哀しい過去にハッとする。すべてはデマカセ。でっちあげた悲哀物語を饒舌に語るこの男を目にし、遅まきながら「やられた」と観客は思う。ジョーカーという男は、もはや人間ではない。故に同情など必要としない。いわば『狂気が服を着て歩いているようなモノ』だという事にようやく気づく。そんな我々の感情をまるで見透かしているかのように、ジョーカーは下唇を舐め回しながら独特なハイトーンヴォイスでこう囁く。
Why So Serious ?(そのしかめ面は何だ?)
ギャングのボス達の眼前で血なまぐさい手品を披露し、手にした札束の山はガソリンで焼き払う怪人に得体の知れない恐怖と、同時にスケール違いの悪党に対する興奮すら覚えてしまう。1989年にジョーカー役を演じたジャック・ニコルソンの怪演ぶりも見事だったが、このヒース・レジャーの造り出したジョーカーはあまりに破滅的でいて、そこはかとなく魅惑的だ。
この映画は脚本自体もしっかりしているし、マイケル・ケインやモーガン・フリーマンら脇を固める俳優陣の演技がより一層の深みを作品に与えている。それに加えて派手な爆破にバットモービルをはじめとする特殊効果や迫力ある戦闘シーンなどのエンターテイメント性も申し分ない。僕自身、何度も繰り返し観ているのだが全くもって飽きがこない。アメコミと言えど子供騙しの欠片もない、侮るなかれな名作だとつくづく思う。それでも、だ。これだけ語る要素が多い映画であっても、劇場からの帰り道、はたまた見終えたDVDをケースに戻す時、決まって心に強く残っているのは紛れもなくジョーカーただ一人なのだ。恐るべし。
至極の152分は、オープニングにお決まりのタイトルバックすらないまま、ジョーカーを筆頭とするゴロツキ集団の銀行強盗シーンから息もつかせぬ展開ではじまる。エンディングをむかえる頃には、掌にじっとりとしたものを感じている。そしてラストシーン。ゲイリー・オールドマン演じるジム・ゴードン警部補がバットマンについて表するような、こんな台詞によって作品は締めくくられる。
彼はヒーローじゃない
沈黙の守護者
我々を見守る監視者
"暗黒の騎士"(ダークナイト)だ
真っ黒に染まったスクリーンに2秒間の沈黙のあと映し出される『THE DARK KNIGHT』のタイトルバック。「その映画が素晴らしいかどうかは、終わり方で決まる」誰かの言葉だ。・・・誰かは忘れた。ただ、それを強く感じる瞬間だった。
観客の中に衝撃と動揺を残したまま、煙に巻くように姿をくらましたジョーカー。あの神経に響く不気味な笑い声が今でも脳裏をかすめる。2003年に発表されたアメリカ映画協会が選ぶ悪役ベスト100には、まだ存在しなかったヒース・レジャー演じるジョーカーだが、この不世出の悪役が放つドス黒い輝きは、未来永劫に色褪せる事はない。
アメリカ映画協会が選ぶ悪役ベスト100では第3位にランクイン。もはや説明不要、インペリアル・マーチをバックに全身黒ずくめの衣装と呼吸音がインパクト絶大なシスの暗黒卿である。元はジェダイの騎士だったアナキン・スカイウォーカーが暗黒面に堕ちた姿であり、善と悪を両方兼ね備えていたという意味ではスター・ウォーズのキャラクターの中で最も人間味があるとも言える。
『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』の公開時、終盤でアナキンが遂にダース・ベイダーになるという瞬間には、まだ上映中にも関わらず劇場に拍手が沸き起こったというのだから悪役としての枠を飛び越えている。因みにあのマスクはドイツ軍のフリッツヘルメットや伊達政宗所用の兜を参考したとのこと。銀河系の支配者と仙台との意外な繋がりに、なんとなく感動。
精神科医にして高度な知的能力を持った連続猟奇殺人犯。アンソニー・ホプキンスの演じたこの男は、内蔵や人肉を好んで食する異常性を備えながらも、若きFBI訓練生クラリス(ジョディ・フォスター)に協力して『バッファロー・ビル事件』を解決へ導くといったイメージが根強く、寧ろこの事件の犯人であるビルの方がより濃く"悪"の印象が残る。レクター自身「食べる時は世に野放しになっている無礼な連中を喰らう」と発言しているように、どこか他の猟奇殺人犯とは一線を画しているように思える。クラリスの前で垣間見れる紳士的で教養のある立ち振る舞いが、レクター人気の根源だろうか。なにわともあれ、猟奇殺人犯には変わりないのだが・・・。アメリカ映画協会が選ぶ悪役ベスト100では堂々の第1位。
アメリカ映画協会が選ぶ悪役ベスト100では第12位。アレックス(マルコム・マクダウェル)はベートー・ベンを嗜好する15歳。彼をリーダーとする不良少年グループは非人道的暴力行為の限りを尽くしていたが、ある夜、ゴロツキ仲間の裏切りによりアレックスだけが逮捕される。「ルドヴィコ療法」の被験者になる条件と引き換えに刑期を短縮した彼に待っていた現実とは・・・というストーリーだが、レンタルビデオ店でこの作品と出会った時の衝撃は凄まじかった。白いつなぎにボーラーハット、右目は逆まつげかとツッコミたくなるような奇抜なメイク。ドラッグ入りのミルクを飲んで暴力三昧、ステッキを振り回しながらジーン・ケリーの「雨に唄えば」を口ずさむこの少年に、高校一年生の純粋だった僕が危うく人間不信になりかけたのは言うまでもない。
アメリカ映画協会が選ぶ悪役ベスト100では第18位。同ランキングで第2位だった『サイコ』のノーマン・ベイツ(アンソニー・パーキンス)や『ノーカントリー』でハビエル・バルデムが演じた殺人鬼アストン・シガーと最後まで悩んだ結果、人物以外で唯一のエントリー。海水浴で賑わう平穏なビーチに突如現れた巨大な人食いサメ。人々を恐怖に陥れるこの"怪物"を退治するために、地元の警察署長ブロディ(ロイ・シャイダー)と漁師クイント(ロバート・ショウ)、海洋学者フーパー(リチャード・ドレイファス)の3人が立ち上がるというパニック映画の金字塔。この台詞を持たない悪役を最大限に引き立てるのは、やはりジョン・ウィリアムズ作曲によるあの背後から忍びよる雰囲気満点のテーマ曲であって他ならない。
警察署内でバットマンに尋問されるジョーカーが吐いた一言だよ。
"See, I'm not a monster. I'm just ahead of the curve."
【俺は怪物じゃない。ただ先が読めるだけさ】
声にだして、発音して。そうそう、いい調子だゼ。
"ahead of the curve"
で「時代を先取りする」みたいなニュアンスがあるんだ。
もし学校や職場でキミの突出した才能を妬んだ先輩や上司から
"怪物"扱いされるような事があったら、ジョーカーになりきって
さっそく活用してみよう!
おっと、、とはいえあの奇抜なメイクまでは禁物、だゼ?
文・イラスト:ゲンダ ヒロタカ 1980年、東京生まれ横浜育ち。専門学校でデザインを学んだ後、単身ロンドンへ留学。その後、映画好きが昂じて映写技師として映画館に勤務、現在はフリーライターとして活動中。